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13、パウラの来訪

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 夜更け。テレーシアは目を覚ました。
 窓から射しこむ月の光が、床を四角くレモン色に切りとっている。涼しい月の色に体を染めて、イングリッドが窓辺に立っていた。

「どうしたの? 眠れないの?」

 テレーシアはベッドから降りて、イングリッドの元へ進む。

『気配を感じるの』

 ふだんの元気にあふれた様子とは違い、イングリッドは神妙に夜を眺めている。

『あの子が来てる』
「あの子って?」
『陽光の精霊。あたしと違って、聖女から名前で呼んでもらえていないから。あの子って言うしかないんだけど、名前はちゃんとある』

 イングリッドの言葉は、寂しく湿っていた。

『あの子は、パウラに命じられてテレーシアに火をつけた。でも、あたしは知ってる。あの子は、最後までパウラに抵抗してた。泣きながら「やめて」って叫んでた。パウラには聞こえなかったようだけど』

 テレーシアはこくりとうなずいた。
 確かに火刑台に積まれた薪にパウラが火をつけるとき、彼女の奥深くから悲鳴が聞こえた。

 涼しい風が、白いカーテンを揺らす。夜なのに鳥が啼いていた。

「主のいる精霊が、ひとりで行動することはないわ。きっとパウラが近くに来ているのね」
『あの子は、男爵に捕らえられたの。いくらパウラに力があったとしても、彼女を聖女に選びたくはなかった。なのに、どうしようもなかった』
 
 ふと足音が聞こえた。庭に目を向けると、優雅に揺れるパンパグラスの葉の向こうにアルフォンスが立っていた。

「どうかなさったんですか?」
「いや、眠れなくて散歩していたんだ。どうにも今夜は安眠できない」

 月に照らされたアルフォンスは、困ったように微笑んだ。ガウンの下は寝間着だろう。一緒に暮らしてはいても部屋は違うので、そんな彼の姿を見るのはテレーシアは初めてだ。

「暑熱の聖女が、このストランドに入ってきています。そのせいで安らがないのでしょう」
「分かるのか?」
「正確には陽光の精霊の力を感じます。わたくしよりもイングリッドの感覚が鋭いので、それで分かるのです」

 パウラが何をしに来るのか、想像はできる。
 タイメラにテレーシアを連れ戻して、国を救えと命じるのか。自棄になって、今度こそテレーシアにとどめを刺しに来るのか。
 おそらくは前者だろう。

(氷の精霊を追いだせば、国がどうなるのか。考えもなしに動いたパウラですもの。きっとビリエルに命じられたのね。そしてビリエルにわたくしを連れ戻すよう命じたのは、国王陛下に違いないわ)

 パウラの保身。ビリエルの王位継承権が剥奪されぬこと。
 どんなに逃げても、ふたりの利己主義が追いかけてくる。どこまでも、どこまでも。

 数日後。
 パウラが神官を伴って、アルフォンスの屋敷を訪れた。

 平日なので、テレーシアとイングリッドしか家にはいない。午後ということもあり、通いの使用人も夕方までは自宅に戻っている。

「何よ。元気そうじゃない」

 いかにも不機嫌そうに眉をしかめたパウラは、左のこめかみに綿紗ガーゼを貼っていた。温めると粘着するテープを利用している。

「わざわざこんなところまで追いかけてきたの?」

 警戒心を露わにして、テレーシアは玄関のポーチで応対する。この家の主であるアルフォンスがいない上に、客がパウラでは中に通すわけにはいかない。

 せめて庭の四阿あずまやで座って話を、と勧めたけれど。パウラは急いでいるようで、断ってきた。

「国境近くにいるタイメラの避難民を見てきたわ。攻撃的で野蛮ね。テレーシアはあいつらに施しは与えないのね。『木の実でも拾ってかじってろ』ってことかしら」
「パウラ。あなたにはそう見えたのね」

 テレーシアの言葉に、パウラはかっとして目をすがめた。

「そうやってわたしのことをバカにする」

 パウラは天に向かって手を伸ばした。彼女のてのひらに、ぽっと明かりがともる。光に包まれた陽光の精霊が現れた。

「また精霊に火をつけさせるつもりなの?」

 テレーシアの声に警戒の色がにじむ。今は、イングリッドが側にいない。
 氷を操ることはできるが、精霊なしではその力には限界がある。

「おやめください、パウラさま。非礼な態度をくり返して、テレーシアさまが戻ってくれるはずがないでしょう」

 パウラの後ろに控えていた若い神官が、思いきった様子で声を上げた。

「わたくしはタイメラには戻らないわ」
「戻りなさいよ」
「わたくしを殺そうとしたのはパウラ、あなたよ。今更でしょう? 都合がよすぎるわ」
「いいから、わたしの言うことを聞きなさいよっ!」

 パウラの声の大きさに、鳥が木の枝から飛びたった。
 テレーシアは首をふる。

 その時。ぱぁん、と音がした。テレーシアの左頬が熱を帯びる。痛みは遅れてやってきた。
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