上 下
12 / 16

12、落ちた評判

しおりを挟む
 ビリエルにテレーシアを連れ戻すように命じられてから半月後。
 夕刻に、パウラはタイメラを出国した。無論、聖女がひとりで神殿どころか国を出るなど認められない。
 面白くもないが、若い神官を伴っている。

「驚きました、パウラさま。まさか国境を越えた避難民を見舞うなど」
「あら。聖女として当然の行いよ。テレーシアさまもよく救護院や孤児院に出向いていたじゃない。それに今回は、タイメラに戻ってこられることを教えるんだから。彼らは感激して涙を流すかもね」

 馬車のなかで、パウラは流れていく外の景色を眺めていた。
 こうした慰問は、これまでテレーシアに任せていた。だって面倒だもの。

 陽が落ちて、神殿に疲れてもどってくるテレーシアを見るたびに、自分が行かなくてよかったと思ったものだ。

 パウラは神殿に面会に来た男爵のことを思いだした。
 義父は、男爵家が農園が枯れ果てたせいで、どうしてもテレーシアを連れ戻してほしいと懇願した。

(上級貴族であれば、いくらでも領民から税がしぼりとれるし。領地がもっと広ければ、土地を貸して……えーっと何ていったのかしら、貸した分のお金が取れるというのに)

 パウラは気づいていなかった。
 狡猾な男爵から土地を借りようなどという平民はいないということを。法外な賃料を要求されるので、誰もが男爵を避けていることを。
 領地を流れる川を、舟で移動しただけで高い通行税を要求していることも。

(お義父さまもビリエル殿下も「テレーシア、テレーシア」ってうるさいのよ。ほんと先の見通せない人間って、クズね。わざわざこのわたしが、テレーシアを連れ戻さないといけないなんて)

 本当にバカバカしくてしょうがない。
 しかも、テレーシアを追いやってから、パウラの評判は落ちるところまで落ちた。

 暑熱の聖女が、寒冷の聖女を火刑に処したから。この国から水も氷も涼気も失われたのだと、民は騒いでいる。

 国王陛下が、自らテレーシアの元へ出向いて、息子の非礼を詫びるつもりだと耳にした。陛下に足を運ばせては、王位継承権すら危ぶまれるとビリエルは察したのだろう。
 一刻も早くテレーシアを連れ帰れと、パウラに命じた。ついでに、避難民もタイメラに戻ってこさせろと。自国から難民を出すなど、恥でしかないとのことだった。

 ビリエルの保身につきあうなど、面倒以外の何物でもないが。パウラ自身も汚名を返上しなければならない。

(まぁ、火刑はやりすぎたかもしれないけど。追放くらいにしておけば、よかったかしら)

 そうだわ、とパウラは持参していた銀の小箱を開けた。ワゴンの中に吊るされたランタンの明かりを受けて、銀が冷たく光る。
 中には粉末にした炭が入っていた。

(わたしはテレーシアに嵌められた、可哀想な聖女。なのに寛大な心で、彼女の罪を許さないといけないのだったわ)

 国を捨てた民を納得させるには、物語がいる。あくまでも悪人はテレーシアであって、パウラは生きのびるために仕方なく彼女を処罰してほしいと、殿下に訴えたのだと主張しなければならない。
 たしか痣は右頬だったはず。

 ワゴンの窓に顔を映しながら、パウラは炭を頬に塗った。外が暗くなっているおかげで、自分の顔もはっきりと見える。
 若い神官は、横目でパウラを一瞥しただけだった。

 タイメラはあんなにも暑く、乾燥しきっていたのに。ストランド王国に入ると、爽やかな風が吹いていた。

 時間は朝。道の両端には森が広がっている。朝霧が木々の色を映しているせいだろうか。空気が澄んだ緑に見える。
 久しぶりに肌が潤うのを、パウラは感じた。

 難民たちは、森のすぐ近くに住んでいた。天幕を張り、それぞれの家族が暮らしているようだ。朝食の用意だろうか、天幕の外から幾筋もの白い煙や湯気が上がっていた。

「なんで生活ができているの?」

 タイメラに残った民は、食べる物もほとんどないというのに。鹿のように、木の皮をかじる者もいると聞くのに。パウラは驚きながら、周囲を見まわした。

 ひときわ大きな天幕が、中央にあった。そのそばには木の実の入ったかごが積み上げてある。

「この人たち、木の実を食べているの? かわいそう。タイメラを脱出しても、それしか食べる物がないのね」

 パウラには想像がつかなかった。避難民が、すでに生活の礎を築きはじめていることを。
 ばさりと天幕の入り口が開く。
 中から現れたのは、幼い男の子だった。

「魔女だ。魔女がやって来た」
「なによ、魔女って。わたしは寒冷の聖女じゃないわよ」
「お前のせいで、ぼくの妹は病気になってしまったんだ。お前がタイメラをめちゃくちゃにしたんだ」

 騒ぎ立てる声に、両親も天幕から出てくる。呆然と立っているパウラを見て、夫婦は「ひっ」と引きつった声を上げた。

「早く中にお入り」
「災厄をばら撒かれるよ」

 あちらこちらの天幕から、パウラをうかがう気配がする。

「ちがうわ。わたしはあんた達の……あなた達を見舞おうと思って、わざわざ」

 ヒュン、と風を切る音がして、パウラの言葉は途切れた。
 こめかみに鈍い痛みを覚えた。指で触れると、血が流れていた。パウラの足もとには、小石が落ちていた。

「わ、わたしは毒に侵された体で、こうして無理をしているのよ」

 かすれた声でパウラは訴える。さもつらそうに。

「毒は自分で飲んだんじゃねぇのか?」
「黒花の種子を使われたにしちゃあ、タイメラの王都からこんな遠くまで来る元気があったもんだ」
「あのテレーシアさまが、毒なんか盛るはずがないだろ」

「帰れ」との声が、まるで合唱のように響いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!

伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。 いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。 衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!! パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。  *表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*  ー(*)のマークはRシーンがあります。ー  少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。  ホットランキング 1位(2021.10.17)  ファンタジーランキング1位(2021.10.17)  小説ランキング 1位(2021.10.17)  ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。

木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。 それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。 誰にも信じてもらえず、罵倒される。 そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。 実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。 彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。 故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。 彼はミレイナを快く受け入れてくれた。 こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。 そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。 しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。 むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。

ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。 それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。 失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。 アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。 帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。 そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。 再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。 なんと、皇子は三つ子だった! アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。 しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。 アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。 一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。

「聖女は2人もいらない」と追放された聖女、王国最強のイケメン騎士と偽装結婚して溺愛される

沙寺絃
恋愛
女子高生のエリカは異世界に召喚された。聖女と呼ばれるエリカだが、王子の本命は一緒に召喚されたもう一人の女の子だった。「 聖女は二人もいらない」と城を追放され、魔族に命を狙われたエリカを助けたのは、銀髪のイケメン騎士フレイ。 圧倒的な強さで魔王の手下を倒したフレイは言う。 「あなたこそが聖女です」 「あなたは俺の領地で保護します」 「身柄を預かるにあたり、俺の婚約者ということにしましょう」 こうしてエリカの偽装結婚異世界ライフが始まった。 やがてエリカはイケメン騎士に溺愛されながら、秘められていた聖女の力を開花させていく。 ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。

処理中です...