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6、契約結婚

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「しかし困ったな」

 テレーシアとイングリッドを眺めながら、アルフォンスは呟いた。
 黒い犬は行儀よく、アルフォンスの側に控えている。騎士団に所属する犬とのことだ。
 
「騎士団長としては、隣国の聖女であるあなたを王宮に預けて、陛下の判断を仰がねばならない。あまりにも凄惨な刑を受けたらしいな。タイメラを訪れていた者がこのストランドまで馬を駆けさせ、一気に噂が広まったのだが」」

 草の上に座ったテレーシアは、こくりとうなずいた。
 腕の中に抱きしめたイングリッドは、疲れのためか眠ってしまっている。

「外交を考えれば、陛下はあなたをタイメラ王国に引き渡すだろう」

 イングリッドが起きていなくてよかった、とテレーシアは思う。

 たとえ保護されても故郷に戻されるのであれば、イングリッドが逃がしてくれた意味がない。
 ビリエル殿下……いや、あんな輩に敬称などもう不要。ビリエルとパウラには二度と会いたくはない。
 あんな男がいずれ国王になるなど、許せない。自分を陥れたパウラが、大きな顔をして聖女として崇められるなど認めたくもない。

(けれど今のわたくしには、なんの力もないわ。それにタイメラの地は二度と踏みたくはありません)

 己の激情を静めるために、テレーシアは深呼吸した。

「刑は執行されたからもう罪には問われないといっても、王や王子はあなたを軟禁するだろうな」
「わたくしのことは忘れていただけませんか」

 きっと無理だろうと思いながらも、テレーシアはアルフォンスを見上げた。

 話の通じそうな人ではある。けれど騎士団長という身分である以上、期待はできない。
 偶然出会った見ず知らずの異国の聖女の頼みなど、国王陛下への忠誠とは比べるまでもない。

 アルフォンスは瞼を閉じた。
 静かな佇まいの人だった。もし自分が冤罪をかけられた聖女でなければ、彼に迷惑をかけることもないのに、とテレーシアは胸が痛んだ。

「どうかしたのか? 肺か心臓が痛むのか?」
「え? いえ。そういうわけでは」
「火刑などという恐ろしい刑は、話でしか聞いたことがないが。熱い煙を吸ったのであれば、体内も蝕まれるのではないか? ほら、傷もあるし、火傷もしているではないか」

 大きな手が、テレーシアの手首に触れる。ひんやりとした心地よい手だった。
 テレーシアの縄で縛られていた部分は血が滲んでおり、それ以外の腕は火傷で赤くなっている。

「失礼するよ」

 アルフォンスが低い声で囁いたと思うと、テレーシアの体がぐいっと持ちあげられた。
 眠るイングリッドごと、テレーシアは横抱きにされている。

「……っ」

 突然のことに、声が出なかった。
 アルフォンスの整った顔が、間近にある。

「この森の中なら、誰にも聞かれない。だから森を出るまでに、俺の提案に返事をしてくれ」
「どのような?」
「人として、怪我を負った女性を見捨てることはできない。だが、騎士団長という立場では、隣国の聖女を見逃すことはできない」

 思ったとおりだ。こくりとテレーシアはうなずいた。

「あなたを保護しても、それは一時いっときだけのことになる。だから、聖女という身分を伏せて……だな」
「わたくしは、ふつうの女性としてふるまえばよろしいのでしょうか」

 アルフォンスの瞳に、訝しげに問いかけるテレーシアの顔が映っている。

「まぁ、無理だな」
「世間知らずなのは認めますけど」

 即座に否定されては、さすがに面白くない。テレーシアは、彼のフォレストグリーンの美しい瞳から目を逸らした。

「いや、その。そういうつもりではなくて」
「では、どういうおつもりですか?」

 凛とした騎士団長が慌てるさまが、可愛らしいなんて言ったら怒られるだろうか。

(可愛らしい? わたくし、この方を可愛いって思ったの? 殿方でいらっしゃるのに。こんなにもがっしりとして威厳があるのに)

 自分の中に泡のように浮かんできた感情に、テレーシアは戸惑った。胸元では、変わらずにイングリッドが眠っている。
 イングリッドに感じるのも「可愛い」という気持ちなのだが。アルフォンスに対しての「可愛い」とは、似て非なるもののようにも感じる。
 うまく説明はできないけれど。

「俺の家族ということにすれば、誰も手出しはできない。そう、聖女とばれても、だ」
(家族。それはこの方の妹ということでしょうか)

 隣接するタイメラとストランドの国は、言葉は似通っているが民族が少し異なる。
 考えすぎるクセのあるテレーシアは「民族が違うのだから、異母兄妹ということにするのかしら」とか「黒髪の兄と銀髪の妹は、さすがに無理があるのではないかしら」と首を傾げた。

「言いづらいから、一気に言うぞ」
「は、はい」

 アルフォンスの気迫に気おされた。

「俺の花嫁ということで手を打たないか」
「はなよめ?」
「妻だ」

 念を押されて、テレーシアは「えぇっ」と彼女らしからぬ素っ頓狂な声を上げてしまった。

「なに、どうしたの?」と、イングリッドがまだ眠そうなまぶたを開く。
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