わたしのことがお嫌いなら、離縁してください~冷遇された妻は、過小評価されている~

絹乃

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6、モニカ王女

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「確認させてください」

 フロレンシアは、一歩踏み出した。

「離縁するという言葉に、偽りはありませんね?」
「当たり前だ。ぼくという夫がありながら、その護衛を誘惑するなんて。この毒婦っ、悪女。奸婦、妖女っ。最悪だ」
「思ったよりも語彙力がおありですね」
「なんだとっ」

 フロレンシアの言葉に、かっとなったディマスが立ちあがる。

 これまでは夫の高圧的な態度が怖かった。
 なのに今は、声を荒げる夫のことを冷めた目で見ている。

「とにかくお前はイネスと、生まれてくる子供の世話をするんだ。ひざまずいてぼくに謝れっ。靴を舐めれば、無礼な暴言を許してやらんこともない」
「離縁ではなく? ほんの十数秒で正反対のことをおっしゃるんですね」
「いい加減にしろ。お前なんか誰にも必要とされていないくせに、ぼくは……」

 ディマスの言葉の途中で、年配の家令が「失礼いたします」と割って入った。

「なんだ。邪魔をするな」
「いえ。お客さまでございます」
「またか。今日は来客の予定はない」

 主の返事に、家令はおごそかに「いいえ、奥さまにでございます」と答えた。
 エミリオが誰が訪れたかを察したのだろう。すぐに廊下の端に控えて、一礼した。
 コツコツ、と靴の踵が高い音を立てる。

「イネスか? ダメじゃないか、妊娠しているのにそんな靴を履いては」
「お邪魔するわ」

 従者を伴って現れたのは、イネスではなかった。第一王女のモニカだった。二十歳になったばかりの王女は、透きとおるような淡い金の髪を結いあげている。淡い藤色のアフタヌーンドレスは艶があり、上質な布だとすぐに分かる。

「ごきげんよう、フロレンシア。ドレスの刺繍の催促に来ましたのよ」
「モニカさま。先ぶれもなくいらっしゃるなんて」
「あら、手紙は届いているはずよ。でも、どうして床に座りこんでいるの? それにさっきの怒鳴り声は、バレロ伯爵ね。まったく品がないったら、フロレンシアには相応しくなくってよ」

 本人が目の前にいるのに、モニカ王女はディマスの悪口を言い放つ。
 陰に隠れていないのだから、陰口ですらない。

「モニカ殿下。どうぞ応接室へお入りください」

 家令が慌ててモニカ王女を促す。

「あら、いいわよ。フロレンシアが床に座らせるのが、伯爵の流儀なのでしょう? だったら、彼女にお仕事を依頼に来たわたくしも床に座るべきだわ」
「そのような失礼なことは、この家の主としてできません」

 ディマスの声は震えていた。
 第一王女を寒い廊下に立たせたままで、部屋にも通さないなど。国王の怒りを買って当然だし、貴族たちに知られたら悪い噂が立つ。

「フロレンシアは普段から失礼なことをされているわ。ねぇ、そうでしょう? エミリオ・トルレス副団長」

 モニカはエミリオに向き合った。

「殿下のおっしゃる通りです」とエミリオは、静かに肯定する。

「あら?」

 何かに気づいたモニカ王女は、エミリオに近づいた。
 ジャケットのポケットから、白いハンカチがわずかに見える。それを王女は引き抜いた。

 以前、フロレンシアが洗濯を手伝ってくれたエミリオに貸したハンカチだ。
 彼女の頭文字が、布と同じ白の糸で刺繍してある。

「ひどいわ。わたくしがずっと順番を待っているのに。どうしてエミリオの方が早いの?」

 ぐいっと身を乗りだして、モニカ王女はエミリオを見あげる。モニカの勢いに、エミリオは壁際まで追いやられてしまった。

「殿下。よくご覧になってください。頭文字は、わたしのものではありません」
「あら。ほんと。じゃあこれはフロレンシアのものかしら」

 丁寧に刺繍されたハンカチを、モニカはうっとりと眺める。使いこまれリネンは手触りが柔らかい。

「水を通すごとに、リネンはしなやかな風合いになるのよね。ドレスだけじゃなくって、ハンカチの刺繍もフロレンシアにお願いしようかしら」
「あ、あの。モニカ殿下」

 意を決したように、ディマスが口を開いた。
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