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八章 陽だまりの花園
4、陽だまりの花園
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光柳と会おうと約束した休日の午前。空はどこまでも晴れわたっていた。雲を見つけるのが難しいほどだ。
翠鈴が花園に着いたとき。花海棠が咲き誇っていた。
「うわぁ。すごい」
まるで光とうすくれないの花の中に、溺れてしまいそうだ。
手を伸ばせば、翠鈴の指にほわっと柔らかな花弁が触れる。花海棠はあまり香りはしないが。花園では、春の花が咲いているので甘い匂いがする。
「早いな。翠鈴」
すでに光柳と雲嵐は、赤い柱の四阿にいた。
やはり天気がいいからだろうか。今日は光柳の表情が明るい。
「眠れるようになったんですか?」
「いや、全然」
「じゃあ、詩ができたんですね?」
「いや、まったく」
翠鈴の問いに、光柳は首をふる。
悩みはまったく解決してなさそうなのに。どういう心境の変化なのだろう。
翠鈴は四阿に入った。屋根で陽射しが遮られるせいで、外よりもひんやりとしている。
「約束があれば、元気にもなりますよね」
雲嵐は、四阿の中央の卓に置いた荷を解いた。包袱の中には赤い漆塗りの箱が入っている。卓には、瓢箪と竹もある。
「翠鈴が好きなそうなものを、用意しましたよ」
ぱかっと蓋が開かれる。艶やかな箱の中には、白い桃酥が並んでいた。刻んだ胡桃の入った焼き菓子だ。
それに、山査子の実と砂糖、水飴を煮詰めた山査子条。ヨモギの団子である青団もある。
「うわぁ」と、翠鈴は声を上げた。
やはり甘いものは格別だ。見ているだけでも心が弾むのに、おいしいのだから。
それに、雲嵐の気遣いが嬉しい。
「ありがとうございます。雲嵐さま」
「気に入っていただけてよかったです。青団の中は甘い棗の餡と、別に蛋黄と肉松が入ったものもあります」
「酒に合うよな」
雲嵐の説明を聞いた光柳が、弾んだ声を出す。蛋黄は塩漬けの卵の黄身を茹でたもので、肉松は綿状の肉のでんぶだ。
「酒といっても、光柳さまは甘い酒しか召し上がりませんよね」
「一言余計だな、雲嵐は」
光柳は口を尖らせたのに。これっぽっちも怒っているようには聞こえない。
風が吹いて、花園に植えられている柳の葉がそよいだ。うすべにの花海棠と、浅緑の柳が春を際立たせる。
「花はくれない、柳はみどり。光の果てには天堂があり、地上には花の楽園がある」
そよ風に、光柳が紡ぐ詩がさらわれていく。言葉は書き留められることもなく、空へと昇る。
(よかった。ちゃんと詩を詠むことができるじゃないですか)
翠鈴は微笑んだ。桃酥は、噛むとほろりと崩れる。香ばしい胡桃の風味が口の中に広がった。
ふと杏子の匂いが鼻をかすめた。
見れば、光柳が瓢箪の栓を抜いている。どうやら中に杏子酒が入っているようだ。
器にとろりとした酒を注ぐ。さらに竹の筒に入ったお茶を足す。
「杏子酒を茉莉花茶で割ると、甘酸っぱくて香りもいいんだ」
「考えましたね」
「何より、昼前から酒を飲むという罪悪感が薄れる」
光柳は自分の酒とは別に、翠鈴には茉莉花茶を勧めた。琥珀色のお茶に、ぽとりと一滴の杏子酒を落とす。
茉莉花茶が、ゆらりと揺らいで見える。
「翠鈴を、酔わせてしまってはいけないからな」
「そうですね。翠鈴が酔いつぶれてしまって、私が宿舎まで抱えて行けば大事になりますからね」
「何を言う。私だって翠鈴を運ぶことはできる」
運ぶって、米や麦の入った麻袋じゃないんだから。
呆れながらも、翠鈴は酔わないように気をつけようと思った。
碗を卓に置いて、そっと懐に手をあてる。そこには不眠に効く薫衣草と冬菩提樹の花を詰めた袋が入っている。ほんの少量ではあるが、どうやって光柳に渡せばいいのだろう。
思えば、自分から光柳に贈り物を渡したことがない……ような気がする。
(あれ? 切り出し方が分からない)
ふつうに「安眠できるお茶ですよ」と言えばいいのに。光柳のために、生薬がいいか花茶がいいかを考えて。胡玲から買ったのに。
そもそも、どうして渡し方で悩んでいるのだろう。翠鈴の思考はぐるぐると渦を巻いた。
翠鈴が花園に着いたとき。花海棠が咲き誇っていた。
「うわぁ。すごい」
まるで光とうすくれないの花の中に、溺れてしまいそうだ。
手を伸ばせば、翠鈴の指にほわっと柔らかな花弁が触れる。花海棠はあまり香りはしないが。花園では、春の花が咲いているので甘い匂いがする。
「早いな。翠鈴」
すでに光柳と雲嵐は、赤い柱の四阿にいた。
やはり天気がいいからだろうか。今日は光柳の表情が明るい。
「眠れるようになったんですか?」
「いや、全然」
「じゃあ、詩ができたんですね?」
「いや、まったく」
翠鈴の問いに、光柳は首をふる。
悩みはまったく解決してなさそうなのに。どういう心境の変化なのだろう。
翠鈴は四阿に入った。屋根で陽射しが遮られるせいで、外よりもひんやりとしている。
「約束があれば、元気にもなりますよね」
雲嵐は、四阿の中央の卓に置いた荷を解いた。包袱の中には赤い漆塗りの箱が入っている。卓には、瓢箪と竹もある。
「翠鈴が好きなそうなものを、用意しましたよ」
ぱかっと蓋が開かれる。艶やかな箱の中には、白い桃酥が並んでいた。刻んだ胡桃の入った焼き菓子だ。
それに、山査子の実と砂糖、水飴を煮詰めた山査子条。ヨモギの団子である青団もある。
「うわぁ」と、翠鈴は声を上げた。
やはり甘いものは格別だ。見ているだけでも心が弾むのに、おいしいのだから。
それに、雲嵐の気遣いが嬉しい。
「ありがとうございます。雲嵐さま」
「気に入っていただけてよかったです。青団の中は甘い棗の餡と、別に蛋黄と肉松が入ったものもあります」
「酒に合うよな」
雲嵐の説明を聞いた光柳が、弾んだ声を出す。蛋黄は塩漬けの卵の黄身を茹でたもので、肉松は綿状の肉のでんぶだ。
「酒といっても、光柳さまは甘い酒しか召し上がりませんよね」
「一言余計だな、雲嵐は」
光柳は口を尖らせたのに。これっぽっちも怒っているようには聞こえない。
風が吹いて、花園に植えられている柳の葉がそよいだ。うすべにの花海棠と、浅緑の柳が春を際立たせる。
「花はくれない、柳はみどり。光の果てには天堂があり、地上には花の楽園がある」
そよ風に、光柳が紡ぐ詩がさらわれていく。言葉は書き留められることもなく、空へと昇る。
(よかった。ちゃんと詩を詠むことができるじゃないですか)
翠鈴は微笑んだ。桃酥は、噛むとほろりと崩れる。香ばしい胡桃の風味が口の中に広がった。
ふと杏子の匂いが鼻をかすめた。
見れば、光柳が瓢箪の栓を抜いている。どうやら中に杏子酒が入っているようだ。
器にとろりとした酒を注ぐ。さらに竹の筒に入ったお茶を足す。
「杏子酒を茉莉花茶で割ると、甘酸っぱくて香りもいいんだ」
「考えましたね」
「何より、昼前から酒を飲むという罪悪感が薄れる」
光柳は自分の酒とは別に、翠鈴には茉莉花茶を勧めた。琥珀色のお茶に、ぽとりと一滴の杏子酒を落とす。
茉莉花茶が、ゆらりと揺らいで見える。
「翠鈴を、酔わせてしまってはいけないからな」
「そうですね。翠鈴が酔いつぶれてしまって、私が宿舎まで抱えて行けば大事になりますからね」
「何を言う。私だって翠鈴を運ぶことはできる」
運ぶって、米や麦の入った麻袋じゃないんだから。
呆れながらも、翠鈴は酔わないように気をつけようと思った。
碗を卓に置いて、そっと懐に手をあてる。そこには不眠に効く薫衣草と冬菩提樹の花を詰めた袋が入っている。ほんの少量ではあるが、どうやって光柳に渡せばいいのだろう。
思えば、自分から光柳に贈り物を渡したことがない……ような気がする。
(あれ? 切り出し方が分からない)
ふつうに「安眠できるお茶ですよ」と言えばいいのに。光柳のために、生薬がいいか花茶がいいかを考えて。胡玲から買ったのに。
そもそも、どうして渡し方で悩んでいるのだろう。翠鈴の思考はぐるぐると渦を巻いた。
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