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七章 毒の豆
17、春節の挨拶
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春節の朝は、とても静かだ。
帰郷している侍女や宮女が多いのも理由だが。夜通し起きていたので、朝に寝てしまう人も少なからずいるのだろう。
「ツイリンっ」
未央宮で、回廊の明かりを消し終えた翠鈴に、桃莉公主が飛びついてきた。
桃莉は白地に同じ色の糸で刺繍を施した襦をまとい、桃色の裙を履いている。華やかでとても愛らしい姿に、翠鈴はつい笑みを浮かべてしまう。
「ねぇねぇ。タオリィ、がんばっておきてたよ」
「それはすごいですね。でも、眠くないですか?」
「だいじょうぶ。かねのおとがするまえに、ねたから」
翠鈴の腰にしがみついたままで、桃莉は晴れやかな笑顔を見せる。
「あのね。きょうね、ジエホアおねえさまがくるんだって。おてがみもらったの」
「施潔華さまですね。皇后陛下に新年のご挨拶にいらっしゃるんですね」
桃莉の初めての友人である施潔華は、本当の名は施潔士という。
どうやら皇后陛下は、甥の潔士と桃莉公主を許嫁にと考えているらしい。
初めてお友だちから(それも女の子同士の)。ふたりが仲良くなって、いずれは「実はぼくは男の子だったんだよ」と、明かすつもりなのだろうが。
(うーん。大丈夫なのかなぁ)
潔士自身は、桃莉公主のことをどう思っているのだろう。
桃莉は、友人が訪れることを純粋に喜んでいる。でも、それでいいのかもしれない。
皇帝陛下が、桃莉公主を政治的な婚姻に利用するよりは。
翠鈴は、桃莉が皇后陛下のお住まいである寿華宮を訪問するのだと思っていた。
だが、違った。
潔華が、この未央宮を訪れたのだ。
◇◇◇
「まだかな、まだかな」
「桃莉さま。潔華さまも、まずは皇后陛下にご挨拶をなさるのですから。お時間がかかりますよ」
門で潔華を待つ桃莉に、侍女頭の梅娜が声をかける。
だが、桃莉は聞いているのかいないのか。背後に立つ翠鈴を見上げて「ねぇ、ツイリンはどうおもう?」と聞いてきた。
「わたしも梅娜さまと同じ意見ですよ」
「じゃあ。タオリィ、みてくるね」
「いや、聞いてましたか? わたしの話を」
門から出て駆けだそうとする桃莉に、梅娜と翠鈴の二人が「だめですっ」と声をそろえた。
「翠鈴。お願い」
気が逸るのだろう。桃莉は言うことを聞いてくれない。走り出した小さな背中を、翠鈴は追いかける。
桃莉公主は外遊びが好きなので、足が速い。だが背も高く、山野で鍛えた翠鈴には敵わない。
翠鈴は、桃莉の体を抱えあげた。
「やだ、おろして」
「だめです。お行儀が悪いですよ」
翠鈴に抱っこされた状態で、桃莉は足をばたつかせる。
たぶん、空中で走っているのだろう。
「お好きなんですね。潔華さまのこと」
桃莉の足が宙で止まる。翠鈴の胸に顔を埋めて、消えそうな声で「うん」と答えた。
それでも桃莉は、外で待つと言って譲らない。
(まぁ、寿華宮まで行っておしまいになるよりは、いいかな)
しばらく待つと 侍女を伴った潔華が、未央宮にやって来た。
侍女を置き去りにして、潔華が走る。小走りなんてものじゃない。今日も女の子も格好だが、裙の裾を揺らし、上着の袖も翻している。
「お待ちください。潔華さまぁ」
「過年好」
息を切らしながら、潔華は桃莉に新年の挨拶をした。
「ゴウニェンハオ、です」
あんなにも待ち遠しそうにしていたのに。桃莉は、翠鈴の背中に隠れてしまった。
「手紙をありがとうね、桃莉。会いたかったよ」
ぱぁぁっと、桃莉公主の顔が輝いた。すぐに翠鈴から離れて、潔華の前に出る。
「あのね、しりとりの……えっと」
「成語接龍だよね。桃莉はすっごくがんばってるよね」
翠鈴は知らない。以前、桃莉が潔華に手紙を届けに宮城から出た時に、少年の姿の潔士と会っていることを。
しなやかな体と睫毛の長さは、女の子の姿をしている今と同じだが。髪型と着るものを変えてしまえば、潔士は明らかに男の子だ。
「あのね、お母さまがおまちだから、ですから。どうぞおはいりください」
手紙のやり取りはあるが。桃莉が潔華と顔を合わせるのは、これで二度目だ。
あまりにも緊張したのだろう。潔華を伴って歩く桃莉は、右手と右足、左手と左足が一緒に出ている。
「手をつなごうか?」
潔華が、左手を差しだした。
周囲の大人の思惑で出会ったふたりだが。存外、いいことなのかもしれない。
帰郷している侍女や宮女が多いのも理由だが。夜通し起きていたので、朝に寝てしまう人も少なからずいるのだろう。
「ツイリンっ」
未央宮で、回廊の明かりを消し終えた翠鈴に、桃莉公主が飛びついてきた。
桃莉は白地に同じ色の糸で刺繍を施した襦をまとい、桃色の裙を履いている。華やかでとても愛らしい姿に、翠鈴はつい笑みを浮かべてしまう。
「ねぇねぇ。タオリィ、がんばっておきてたよ」
「それはすごいですね。でも、眠くないですか?」
「だいじょうぶ。かねのおとがするまえに、ねたから」
翠鈴の腰にしがみついたままで、桃莉は晴れやかな笑顔を見せる。
「あのね。きょうね、ジエホアおねえさまがくるんだって。おてがみもらったの」
「施潔華さまですね。皇后陛下に新年のご挨拶にいらっしゃるんですね」
桃莉の初めての友人である施潔華は、本当の名は施潔士という。
どうやら皇后陛下は、甥の潔士と桃莉公主を許嫁にと考えているらしい。
初めてお友だちから(それも女の子同士の)。ふたりが仲良くなって、いずれは「実はぼくは男の子だったんだよ」と、明かすつもりなのだろうが。
(うーん。大丈夫なのかなぁ)
潔士自身は、桃莉公主のことをどう思っているのだろう。
桃莉は、友人が訪れることを純粋に喜んでいる。でも、それでいいのかもしれない。
皇帝陛下が、桃莉公主を政治的な婚姻に利用するよりは。
翠鈴は、桃莉が皇后陛下のお住まいである寿華宮を訪問するのだと思っていた。
だが、違った。
潔華が、この未央宮を訪れたのだ。
◇◇◇
「まだかな、まだかな」
「桃莉さま。潔華さまも、まずは皇后陛下にご挨拶をなさるのですから。お時間がかかりますよ」
門で潔華を待つ桃莉に、侍女頭の梅娜が声をかける。
だが、桃莉は聞いているのかいないのか。背後に立つ翠鈴を見上げて「ねぇ、ツイリンはどうおもう?」と聞いてきた。
「わたしも梅娜さまと同じ意見ですよ」
「じゃあ。タオリィ、みてくるね」
「いや、聞いてましたか? わたしの話を」
門から出て駆けだそうとする桃莉に、梅娜と翠鈴の二人が「だめですっ」と声をそろえた。
「翠鈴。お願い」
気が逸るのだろう。桃莉は言うことを聞いてくれない。走り出した小さな背中を、翠鈴は追いかける。
桃莉公主は外遊びが好きなので、足が速い。だが背も高く、山野で鍛えた翠鈴には敵わない。
翠鈴は、桃莉の体を抱えあげた。
「やだ、おろして」
「だめです。お行儀が悪いですよ」
翠鈴に抱っこされた状態で、桃莉は足をばたつかせる。
たぶん、空中で走っているのだろう。
「お好きなんですね。潔華さまのこと」
桃莉の足が宙で止まる。翠鈴の胸に顔を埋めて、消えそうな声で「うん」と答えた。
それでも桃莉は、外で待つと言って譲らない。
(まぁ、寿華宮まで行っておしまいになるよりは、いいかな)
しばらく待つと 侍女を伴った潔華が、未央宮にやって来た。
侍女を置き去りにして、潔華が走る。小走りなんてものじゃない。今日も女の子も格好だが、裙の裾を揺らし、上着の袖も翻している。
「お待ちください。潔華さまぁ」
「過年好」
息を切らしながら、潔華は桃莉に新年の挨拶をした。
「ゴウニェンハオ、です」
あんなにも待ち遠しそうにしていたのに。桃莉は、翠鈴の背中に隠れてしまった。
「手紙をありがとうね、桃莉。会いたかったよ」
ぱぁぁっと、桃莉公主の顔が輝いた。すぐに翠鈴から離れて、潔華の前に出る。
「あのね、しりとりの……えっと」
「成語接龍だよね。桃莉はすっごくがんばってるよね」
翠鈴は知らない。以前、桃莉が潔華に手紙を届けに宮城から出た時に、少年の姿の潔士と会っていることを。
しなやかな体と睫毛の長さは、女の子の姿をしている今と同じだが。髪型と着るものを変えてしまえば、潔士は明らかに男の子だ。
「あのね、お母さまがおまちだから、ですから。どうぞおはいりください」
手紙のやり取りはあるが。桃莉が潔華と顔を合わせるのは、これで二度目だ。
あまりにも緊張したのだろう。潔華を伴って歩く桃莉は、右手と右足、左手と左足が一緒に出ている。
「手をつなごうか?」
潔華が、左手を差しだした。
周囲の大人の思惑で出会ったふたりだが。存外、いいことなのかもしれない。
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