133 / 166
七章 毒の豆
17、春節の挨拶
しおりを挟む
春節の朝は、とても静かだ。
帰郷している侍女や宮女が多いのも理由だが。夜通し起きていたので、朝に寝てしまう人も少なからずいるのだろう。
「ツイリンっ」
未央宮で、回廊の明かりを消し終えた翠鈴に、桃莉公主が飛びついてきた。
桃莉は白地に同じ色の糸で刺繍を施した襦をまとい、桃色の裙を履いている。華やかでとても愛らしい姿に、翠鈴はつい笑みを浮かべてしまう。
「ねぇねぇ。タオリィ、がんばっておきてたよ」
「それはすごいですね。でも、眠くないですか?」
「だいじょうぶ。かねのおとがするまえに、ねたから」
翠鈴の腰にしがみついたままで、桃莉は晴れやかな笑顔を見せる。
「あのね。きょうね、ジエホアおねえさまがくるんだって。おてがみもらったの」
「施潔華さまですね。皇后陛下に新年のご挨拶にいらっしゃるんですね」
桃莉の初めての友人である施潔華は、本当の名は施潔士という。
どうやら皇后陛下は、甥の潔士と桃莉公主を許嫁にと考えているらしい。
初めてお友だちから(それも女の子同士の)。ふたりが仲良くなって、いずれは「実はぼくは男の子だったんだよ」と、明かすつもりなのだろうが。
(うーん。大丈夫なのかなぁ)
潔士自身は、桃莉公主のことをどう思っているのだろう。
桃莉は、友人が訪れることを純粋に喜んでいる。でも、それでいいのかもしれない。
皇帝陛下が、桃莉公主を政治的な婚姻に利用するよりは。
翠鈴は、桃莉が皇后陛下のお住まいである寿華宮を訪問するのだと思っていた。
だが、違った。
潔華が、この未央宮を訪れたのだ。
◇◇◇
「まだかな、まだかな」
「桃莉さま。潔華さまも、まずは皇后陛下にご挨拶をなさるのですから。お時間がかかりますよ」
門で潔華を待つ桃莉に、侍女頭の梅娜が声をかける。
だが、桃莉は聞いているのかいないのか。背後に立つ翠鈴を見上げて「ねぇ、ツイリンはどうおもう?」と聞いてきた。
「わたしも梅娜さまと同じ意見ですよ」
「じゃあ。タオリィ、みてくるね」
「いや、聞いてましたか? わたしの話を」
門から出て駆けだそうとする桃莉に、梅娜と翠鈴の二人が「だめですっ」と声をそろえた。
「翠鈴。お願い」
気が逸るのだろう。桃莉は言うことを聞いてくれない。走り出した小さな背中を、翠鈴は追いかける。
桃莉公主は外遊びが好きなので、足が速い。だが背も高く、山野で鍛えた翠鈴には敵わない。
翠鈴は、桃莉の体を抱えあげた。
「やだ、おろして」
「だめです。お行儀が悪いですよ」
翠鈴に抱っこされた状態で、桃莉は足をばたつかせる。
たぶん、空中で走っているのだろう。
「お好きなんですね。潔華さまのこと」
桃莉の足が宙で止まる。翠鈴の胸に顔を埋めて、消えそうな声で「うん」と答えた。
それでも桃莉は、外で待つと言って譲らない。
(まぁ、寿華宮まで行っておしまいになるよりは、いいかな)
しばらく待つと 侍女を伴った潔華が、未央宮にやって来た。
侍女を置き去りにして、潔華が走る。小走りなんてものじゃない。今日も女の子も格好だが、裙の裾を揺らし、上着の袖も翻している。
「お待ちください。潔華さまぁ」
「過年好」
息を切らしながら、潔華は桃莉に新年の挨拶をした。
「ゴウニェンハオ、です」
あんなにも待ち遠しそうにしていたのに。桃莉は、翠鈴の背中に隠れてしまった。
「手紙をありがとうね、桃莉。会いたかったよ」
ぱぁぁっと、桃莉公主の顔が輝いた。すぐに翠鈴から離れて、潔華の前に出る。
「あのね、しりとりの……えっと」
「成語接龍だよね。桃莉はすっごくがんばってるよね」
翠鈴は知らない。以前、桃莉が潔華に手紙を届けに宮城から出た時に、少年の姿の潔士と会っていることを。
しなやかな体と睫毛の長さは、女の子の姿をしている今と同じだが。髪型と着るものを変えてしまえば、潔士は明らかに男の子だ。
「あのね、お母さまがおまちだから、ですから。どうぞおはいりください」
手紙のやり取りはあるが。桃莉が潔華と顔を合わせるのは、これで二度目だ。
あまりにも緊張したのだろう。潔華を伴って歩く桃莉は、右手と右足、左手と左足が一緒に出ている。
「手をつなごうか?」
潔華が、左手を差しだした。
周囲の大人の思惑で出会ったふたりだが。存外、いいことなのかもしれない。
帰郷している侍女や宮女が多いのも理由だが。夜通し起きていたので、朝に寝てしまう人も少なからずいるのだろう。
「ツイリンっ」
未央宮で、回廊の明かりを消し終えた翠鈴に、桃莉公主が飛びついてきた。
桃莉は白地に同じ色の糸で刺繍を施した襦をまとい、桃色の裙を履いている。華やかでとても愛らしい姿に、翠鈴はつい笑みを浮かべてしまう。
「ねぇねぇ。タオリィ、がんばっておきてたよ」
「それはすごいですね。でも、眠くないですか?」
「だいじょうぶ。かねのおとがするまえに、ねたから」
翠鈴の腰にしがみついたままで、桃莉は晴れやかな笑顔を見せる。
「あのね。きょうね、ジエホアおねえさまがくるんだって。おてがみもらったの」
「施潔華さまですね。皇后陛下に新年のご挨拶にいらっしゃるんですね」
桃莉の初めての友人である施潔華は、本当の名は施潔士という。
どうやら皇后陛下は、甥の潔士と桃莉公主を許嫁にと考えているらしい。
初めてお友だちから(それも女の子同士の)。ふたりが仲良くなって、いずれは「実はぼくは男の子だったんだよ」と、明かすつもりなのだろうが。
(うーん。大丈夫なのかなぁ)
潔士自身は、桃莉公主のことをどう思っているのだろう。
桃莉は、友人が訪れることを純粋に喜んでいる。でも、それでいいのかもしれない。
皇帝陛下が、桃莉公主を政治的な婚姻に利用するよりは。
翠鈴は、桃莉が皇后陛下のお住まいである寿華宮を訪問するのだと思っていた。
だが、違った。
潔華が、この未央宮を訪れたのだ。
◇◇◇
「まだかな、まだかな」
「桃莉さま。潔華さまも、まずは皇后陛下にご挨拶をなさるのですから。お時間がかかりますよ」
門で潔華を待つ桃莉に、侍女頭の梅娜が声をかける。
だが、桃莉は聞いているのかいないのか。背後に立つ翠鈴を見上げて「ねぇ、ツイリンはどうおもう?」と聞いてきた。
「わたしも梅娜さまと同じ意見ですよ」
「じゃあ。タオリィ、みてくるね」
「いや、聞いてましたか? わたしの話を」
門から出て駆けだそうとする桃莉に、梅娜と翠鈴の二人が「だめですっ」と声をそろえた。
「翠鈴。お願い」
気が逸るのだろう。桃莉は言うことを聞いてくれない。走り出した小さな背中を、翠鈴は追いかける。
桃莉公主は外遊びが好きなので、足が速い。だが背も高く、山野で鍛えた翠鈴には敵わない。
翠鈴は、桃莉の体を抱えあげた。
「やだ、おろして」
「だめです。お行儀が悪いですよ」
翠鈴に抱っこされた状態で、桃莉は足をばたつかせる。
たぶん、空中で走っているのだろう。
「お好きなんですね。潔華さまのこと」
桃莉の足が宙で止まる。翠鈴の胸に顔を埋めて、消えそうな声で「うん」と答えた。
それでも桃莉は、外で待つと言って譲らない。
(まぁ、寿華宮まで行っておしまいになるよりは、いいかな)
しばらく待つと 侍女を伴った潔華が、未央宮にやって来た。
侍女を置き去りにして、潔華が走る。小走りなんてものじゃない。今日も女の子も格好だが、裙の裾を揺らし、上着の袖も翻している。
「お待ちください。潔華さまぁ」
「過年好」
息を切らしながら、潔華は桃莉に新年の挨拶をした。
「ゴウニェンハオ、です」
あんなにも待ち遠しそうにしていたのに。桃莉は、翠鈴の背中に隠れてしまった。
「手紙をありがとうね、桃莉。会いたかったよ」
ぱぁぁっと、桃莉公主の顔が輝いた。すぐに翠鈴から離れて、潔華の前に出る。
「あのね、しりとりの……えっと」
「成語接龍だよね。桃莉はすっごくがんばってるよね」
翠鈴は知らない。以前、桃莉が潔華に手紙を届けに宮城から出た時に、少年の姿の潔士と会っていることを。
しなやかな体と睫毛の長さは、女の子の姿をしている今と同じだが。髪型と着るものを変えてしまえば、潔士は明らかに男の子だ。
「あのね、お母さまがおまちだから、ですから。どうぞおはいりください」
手紙のやり取りはあるが。桃莉が潔華と顔を合わせるのは、これで二度目だ。
あまりにも緊張したのだろう。潔華を伴って歩く桃莉は、右手と右足、左手と左足が一緒に出ている。
「手をつなごうか?」
潔華が、左手を差しだした。
周囲の大人の思惑で出会ったふたりだが。存外、いいことなのかもしれない。
150
お気に入りに追加
691
あなたにおすすめの小説
私も一応、後宮妃なのですが。
秦朱音@アルファポリス文庫より書籍発売中
恋愛
女心の分からないポンコツ皇帝 × 幼馴染の後宮妃による中華後宮ラブコメ?
十二歳で後宮入りした翠蘭(すいらん)は、初恋の相手である皇帝・令賢(れいけん)の妃 兼 幼馴染。毎晩のように色んな妃の元を訪れる皇帝だったが、なぜだか翠蘭のことは愛してくれない。それどころか皇帝は、翠蘭に他の妃との恋愛相談をしてくる始末。
惨めになった翠蘭は、後宮を出て皇帝から離れようと考える。しかしそれを知らない皇帝は……!
※初々しい二人のすれ違い初恋のお話です
※10,000字程度の短編
※他サイトにも掲載予定です
※HOTランキング入りありがとうございます!(37位 2022.11.3)
本の虫令嬢は幼馴染に夢中な婚約者に愛想を尽かす
初瀬 叶
恋愛
『本の虫令嬢』
こんな通り名がつく様になったのは、いつの頃からだろうか?……もう随分前の事で忘れた。
私、マーガレット・ロビーには婚約者が居る。幼い頃に決められた婚約者、彼の名前はフェリックス・ハウエル侯爵令息。彼は私より二つ歳上の十九歳。いや、もうすぐ二十歳か。まだ新人だが、近衛騎士として王宮で働いている。
私は彼との初めての顔合せの時を思い出していた。あれはもう十年前だ。
『お前がマーガレットか。僕の名はフェリックスだ。僕は侯爵の息子、お前は伯爵の娘だから『フェリックス様』と呼ぶように」
十歳のフェリックス様から高圧的にそう言われた。まだ七つの私はなんだか威張った男の子だな……と思ったが『わかりました。フェリックス様』と素直に返事をした。
そして続けて、
『僕は将来立派な近衛騎士になって、ステファニーを守る。これは約束なんだ。だからお前よりステファニーを優先する事があっても文句を言うな』
挨拶もそこそこに彼の口から飛び出したのはこんな言葉だった。
※中世ヨーロッパ風のお話ですが私の頭の中の異世界のお話です
※史実には則っておりませんのでご了承下さい
※相変わらずのゆるふわ設定です
わたくしは、すでに離婚を告げました。撤回は致しません
絹乃
恋愛
ユリアーナは夫である伯爵のブレフトから、完全に無視されていた。ブレフトの愛人であるメイドからの嫌がらせも、むしろメイドの肩を持つ始末だ。生来のセンスの良さから、ユリアーナには調度品や服の見立ての依頼がひっきりなしに来る。その収入すらも、ブレフトは奪おうとする。ユリアーナの上品さ、審美眼、それらが何よりも価値あるものだと愚かなブレフトは気づかない。伯爵家という檻に閉じ込められたユリアーナを救ったのは、幼なじみのレオンだった。ユリアーナに離婚を告げられたブレフトは、ようやく妻が素晴らしい女性であったと気づく。けれど、もう遅かった。
余命わずかな私は家族にとって邪魔なので死を選びますが、どうか気にしないでくださいね?
日々埋没。
恋愛
昔から病弱だった侯爵令嬢のカミラは、そのせいで婚約者からは婚約破棄をされ、世継ぎどころか貴族の長女として何の義務も果たせない自分は役立たずだと思い悩んでいた。
しかし寝たきり生活を送るカミラが出来ることといえば、家の恥である彼女を疎んでいるであろう家族のために自らの死を願うことだった。
そんなある日願いが通じたのか、突然の熱病で静かに息を引き取ったカミラ。
彼女の意識が途切れる最後の瞬間、これで残された家族は皆喜んでくれるだろう……と思いきや、ある男性のおかげでカミラに新たな人生が始まり――!?
貴方がそう仰るなら私は…
星月 舞夜
恋愛
「お前がいなくなれば俺は幸せになる」
ローズ伯爵には2人の姉妹がいました
静かな性格だけれど優しい心の持ち主の姉ネモ
元気な性格で家族や周りの人から愛されている妹 ネア
ある日、ネモの婚約者アイリス国の王太子ルイが妹のネアと浮気をしていることがわかった。その事を家族や友人に相談したけれど誰もネモの味方になってくれる人はいなかった。
「あぁ…私はこの世界の邪魔者なのね…」
そうしてネモがとった行動とは……
初作品です!設定が緩くおかしな所がありましたら感想などで教えてくだされば嬉しいです!
暖かい目で見届けてくださいm(*_ _)m
公爵令嬢の白銀の指輪
夜桜
恋愛
公爵令嬢エリザは幸せな日々を送っていたはずだった。
婚約者の伯爵ヘイズは婚約指輪をエリザに渡した。けれど、その指輪には猛毒が塗布されていたのだ。
違和感を感じたエリザ。
彼女には貴金属の目利きスキルがあった。
直ちに猛毒のことを訴えると、伯爵は全てを失うことになった。しかし、これは始まりに過ぎなかった……。
天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする
カエデネコ
恋愛
※カクヨムの方にも載せてあります。サブストーリーなども書いていますので、よかったら、お越しくださいm(_ _)m
リアンは有名私塾に通い、天才と名高い少女であった。しかしある日突然、陛下の花嫁探しに白羽の矢が立ち、有無を言わさず後宮へ入れられてしまう。
王妃候補なんてなりたくない。やる気ゼロの彼女は後宮の部屋へ引きこもり、怠惰に暮らすためにその能力を使うことにした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる