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六章 出会い

6、潔華ではない

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 未央宮に戻った桃莉は、興奮気味だった。
 蘭淑妃にまとわりついて、さっき出会った潔華ジエホアの話ばかりをしている。

「とってもすてきなおねえさまだったのよ。はるになったら、またあそびましょうって、やくそくしてくれたの」
「そう、よかったわね。桃莉」

 椅子に座った蘭淑妃の膝に乗って、桃莉は楽しそうに語っている。
 寿華宮に着くまでは、皇后に腹帯を渡すという大役に、緊張していたはずなのに。

「淑妃さま。湿布の貼り替えをしてもよろしいでしょうか」

 キハダの木の皮である黄栢おうばく、クチナシの実、百草霜ひゃくそうそうという様々な草の炭。それに薄荷などを粉にしたものを、湿布に用いる。
 水で溶いた粉を布に塗り、捻挫した足に貼るのだ。

「ね、ツイリンもみたでしょ。ジエホアさま」
「はい。拝見しましたよ」

 どろりとした黒っぽい緑の薬を、桃莉は興味深そうに覗いている。

「ジエホアさまにね、おてがみをだすの。タオリィ。もじのおべんきょうをしなくっちゃ」

 いつになく桃莉ははしゃいでいる。
 それほどに年の近い友達が嬉しかったのだろう。

(皇后陛下も罪なことをなさる)

 翠鈴は心の中でため息をついた。

「桃莉。お母さまは今から、翠鈴に捻挫の手当てをしてもらうの。その間はお庭で遊んでいてもらってもいいかしら」
「うん、いいよ」

 蘭淑妃の膝からぴょんと飛び降りた桃莉は、走って部屋を出ていった。
 扉が閉まった途端。蘭淑妃が声をひそめた。

「潔華という姪御さんは、皇后娘娘ファンホウニャンニャンにはいらっしゃらないわ」
「ご存じでしたか」

 翠鈴も低い声で応じる。

「あのお子さまは、男の子ですね。陛下のご子息以外は、子供といえども後宮には入れませんが」

 皇后になら、親族や許可を得たものは謁見することができる。だが、皇后が暮らす寿華宮の奥に広がる後宮に立ち入ることはできない。

 外部の人間は寿華宮の使用できる門が限られているのだ。後宮へとつながる門は、男性には開かれていない。

「当然、陛下には内緒なのでしょうね。たしか施潔士シージエシィーという甥御さんがいたはずよ」

 なるほど。清らかな花が女の子の偽名で、清らかな知識人が本当の名前か。
 優しそうなあの男の子に、似合っている。

 翠鈴はひざまずき、蘭淑妃の足首に湿布を貼る。
 強烈なにおいに、蘭淑妃は顔をしかめた。せっかく焚きしめた香が台無しだが、しょうがない。

「皇后娘娘は、桃莉のことを気に入ってくださったのね」
蝮草まむしぐさの毒に耐えたことも、お褒めくださったそうです」
「そう。きっと皇后娘娘のお心遣いね」

 蘭淑妃は、穏やかな光を通す窗に目を向けた。
 ひとりでおとなしく遊んでいるのだろう。桃莉公主の声は聞こえない。
 とても静かな午後だ。

「陛下のご意向であれば、桃莉は他国に嫁ぐことになります。それが国同士の繋がりを深めるのであれば、なおのこと」

「政略結婚ですか」

 家同士が縁続きになるために、娘を嫁がせることはよくある。皇帝の血筋ともなれば、国同士になるのだろう。
 そうなれば桃莉に断る術はない。

「桃莉は、陛下の初めての子供ですから。赤子の頃は、皇后娘娘にも可愛がってもらったのですよ」
「もしかすると。皇后陛下が潔華さまを招いたのは、淑妃さまのことを思いやってかもしれませんね」
「そうね」

 蘭淑妃は目を細めた。

「わたくしも、桃莉が遠い国に嫁いで、二度と会えなくなるのは寂しいわ」

 侍女が部屋にいないからだろうか。
 湿布に使う薬のにおいに、思考が麻痺してしまったのだろうか。蘭淑妃は、語りはじめた。

 入内した頃のことを。
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