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四章 猛毒草

8、顔がよければいいのか

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 翠鈴ツイリンたちのいる隣室で、光柳クアンリュウ蔡昭媛ツァイしょうえんの侍女の話を聞いた。

――なんでこの侍女は、ほわほわしているんだ?
――光柳さまと、一対一でお話しできるのがよほど嬉しいんでしょう。

 光柳と雲嵐ユィンランは、長年一緒にいるので。ほぼ声を出さずとも、微かな口の動きだけで意思の疎通ができる。とても便利だ。
 自分たちでは普通のことだと思っているのだが。
 周囲に話せば、不思議がられることにふたりともが気づいていない。

――なぜ彼女は、私と話ができると嬉しいのだ?
――それは……光柳さまに好意を抱いているからでしょう。

 そんなことを聞かないでくださいよ、とでも言いたげに、雲嵐が肩をすくめた。

 分からない。
 光柳は軽く混乱した。

 この侍女とは初対面だ。自分も彼女のことは全く知らぬが、彼女とてそれは同じこと。
 ただ帝から、蔡昭媛の件を任されたから。虐めについて事情を聴きたいだけなのに。

――もしかして顔がよければ、誰でもいいのだろうか?
――ご自分の顔がよいという自覚は、おありなんですね。

 雲嵐が、口を閉ざした。
 すぐに未央宮の侍女が、お茶を運んでくれる。

 せっかく未央宮まで来たのに。翠鈴に会えないし、蘭淑妃や桃莉タオリィ公主に挨拶もできていない。

「早速だが、本題に入ろう。蔡昭媛が虐げられていると、陛下が心配なさっておいでだ」

 光柳の言葉に、卓を挟んで向かいに座る范敬が息を呑んだ。
 まさか帝の話が出てくるとは思わなかったのだろう。

「実際、昭媛はひどく衰弱しているのだろう? 他の嬪からの虐めでもあるのか? それともまさか侍女たちが虐めているとでもいうのか?」

 まっすぐに言葉を投げられて、范敬ファンジンは固まってしまった。
 小刻みに震える指先が、こつんと碗に当たって音を立てる。

「君が苛めているのか?」

――光柳さま、直截的すぎます。
――そうかもしれぬが。まわりくどく尋ねても、時間の無駄だ。
――ふだんは大事になさっている情緒は、どこに行ったんですか。

 雲嵐は口うるさい。といっても、ほとんど声は出ていないが。
 光柳は、侍女の返事を待った。

「私たちは関係ありません。私もなにもしていません」

 范敬の声はかすれている。
 だが、蔡昭媛が虐げられているという事実は存在する。
 他の嬪が関わっているとなると、面倒なことになる。

「なら侍女頭に話を聞くとしよう。それとも隣室にいる昭媛に直に聞いた方が早いかな」

 侍女は首を振った。
 事を大きくしてほしくないのだろう。

 昭媛の具合が悪く、里に帰されでもしたら。その地位が空いてしまう可能性が高い。
 そうなれば侍女たちも総入れ替えだ。

雪雪シュエシュエさまは、お可哀想な方なのです」

 卓の上に置いたこぶしを、范敬は強く握りしめた。

「弱々しい雪雪さまが、厭わしいのでしょう。宦官の……呉正鳴ウージョンミンが雪雪さまのことを、たいそう嫌っているのです」
「宦官が?」

 光柳が予想していた答えではなかった。
 弱々しくおっとりとした蔡昭媛を虐めるのが、女性ならば分かる。

呉正鳴ウージョンミンは、閨房けいぼう渡りの記録係だな」

 光柳の問いかけに、雲嵐が「はい」と応じる。

 いつ、どの妃嬪が皇帝と体を重ねたのか。その記録をとっておかねば、後継者争いが勃発する。
 皇后や妃嬪、その下の側室でさえも。閨でのことは、すべて筒抜けだ。

(閨房渡りの記録係なら、皇后が身ごもっておられることも早くから知っているだろう。呉正鳴は、あまりにも蔡昭媛が帝から顧みられないから。腹を立てたのか?)

 いや。そんなはずはない。
 すべての側室に対して陛下は平等など、あり得ないのだから。

「つかぬことを訊くが。陛下は、昭媛の元へ通ったことはあるのか?」
「いいえ。私は雪雪さまが入内なさる前から、お仕えしておりますが。一度もございません」
「なるほど」

 光柳はあごに指を添えた。

 ただの一度も陛下の渡りがないのは、さすがに不憫ではあるが。他にも同じように顧みられない側室はいる。
 さっさと隣の部屋の扉を開けて、翠鈴に事情を聞けば分かるだろうに。

 茶の入った碗を、光柳は手に取った。
 茶はすでにぬるくなり、香りも薄くなっていた。
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