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三章 湯泉宮と雲嵐の過去
5、南天の葉
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馬車は南の城門を出た。
高い城壁に囲まれた城市は賑わっていたが。門の外は荒涼としていた。
堀にかかる橋から、まっすぐに伸びた道を馬車は進む。翠鈴が乗ったことのある荷馬車と違い、快適だ。
「すごいっ。酔いませんね」
「酔う? 荷馬車は気分が悪くなるのか?」
「お尻も痛くありません」
「尻が痛むのか?」
荷車になど、人生で一度も乗ったことのない光柳は首を傾げた。
「わたしは何度か荷馬車や、川を下る舟で酔ったことがありますので。南天の葉を用意しておいたのですが。必要ありませんでしたね」
翠鈴は、緑の葉を懐から出した。
南天の葉は魚の中毒にも効くし、舟で酔った時にも噛めば効く。
「噛むのか?」
「どうぞ」
翠鈴は南天葉を一枚、光柳に手渡した。
ほんのひと齧り。そして光柳は顔をしかめた。
「なんか……なんだか苦い」
「毒がありますから」
「えっ!」
手帕を取りだした光柳は、齧った葉をぺっと出した。
「毒も少量であれば、薬になります。南天はその毒が逆に防腐作用になりますから」
ただし、と翠鈴は目を細める。
射殺しそうでもあり、射貫くようでもある瞳だ。
「素人判断で口にするのは、やめた方がいいですね」
「今の量は大丈夫か?」
「問題ありません」
しれっと翠鈴は答えた。
そもそも毒になる量など、人に与えるはずがない。
雲嵐があわてて、竹筒に入った水を差しだしている。
この旅の行先は南方だそうだ。
「私が子供の頃に過ごしていた離宮は、新杷国の南の端にある。その近くに温泉がある」
光柳の説明によると。寒い時期なので、気候のよい南方と温泉というのは最高の組み合わせとのことだ。
「温泉は入ったことはありませんね。蒸し風呂は入りますが。湯船は、このあいだ未央宮で初めてつかりました」
新杷国は広い。杷京を出てからの景色はほとんど変わらない。
冬でなければ、大地はやわらかな緑に覆われているのだろう。
翠鈴が前を見ると、雲嵐が開いた窗の外を眺めていた。
もともと穏やかな印象なのだが。今日の彼はさらに落ち着いて見える。
雲嵐は何かを懐かしむように、目を細めた。
「南方に滞在なさったことがおありなんですか」
翠鈴は問いかけた。
窗の外は、冬枯れの野だ。けれど、雲嵐の瞳にはその先の、さらに果ての景色が見えていたのだろう。
「そう思いますか?」
声をかけられたのが意外だったのだろう。雲嵐は、驚いたように向きなおった。
「雲嵐さまは、南方のかたのようにはお見受けしません。もしかすると、光柳さまとご一緒に南の離宮にいらっしゃったのではないかと」
「ご明察です」
雲嵐が柔らかな笑みを浮かべる。
けれど、翠鈴の隣に座る光柳は眉を寄せている。
あ、これは話題にされたくないんだな、と翠鈴は感じた。
だから、あえて突っこんで訊くことにした。
「離宮でのお話を伺ってもよろしいですか?」
「ええ、もちろん」
雲嵐は、ちらっと光柳に視線を向けた。主の意見に従うためだろうか。
「言わなくていい。雲嵐」
「もうすぐ次の町ですから。お茶でも飲みながらにしましょう」
ちがった。
主の反応を楽しんでいるだけだった。穏やかそうに見えて、意外と雲嵐は一筋縄ではいかない。
(まぁ、クセの強い光柳に仕えているんだし。素直な人じゃ無理だよね)
雲嵐には、慣れた道らしい。
彼の言葉通り、町が見えてきた。
杷京から、あるいは杷京へ行く人がここで休憩をとるのだろう。
町の通りには店が並んでいる。
御者が馬を停めた。
高い城壁に囲まれた城市は賑わっていたが。門の外は荒涼としていた。
堀にかかる橋から、まっすぐに伸びた道を馬車は進む。翠鈴が乗ったことのある荷馬車と違い、快適だ。
「すごいっ。酔いませんね」
「酔う? 荷馬車は気分が悪くなるのか?」
「お尻も痛くありません」
「尻が痛むのか?」
荷車になど、人生で一度も乗ったことのない光柳は首を傾げた。
「わたしは何度か荷馬車や、川を下る舟で酔ったことがありますので。南天の葉を用意しておいたのですが。必要ありませんでしたね」
翠鈴は、緑の葉を懐から出した。
南天の葉は魚の中毒にも効くし、舟で酔った時にも噛めば効く。
「噛むのか?」
「どうぞ」
翠鈴は南天葉を一枚、光柳に手渡した。
ほんのひと齧り。そして光柳は顔をしかめた。
「なんか……なんだか苦い」
「毒がありますから」
「えっ!」
手帕を取りだした光柳は、齧った葉をぺっと出した。
「毒も少量であれば、薬になります。南天はその毒が逆に防腐作用になりますから」
ただし、と翠鈴は目を細める。
射殺しそうでもあり、射貫くようでもある瞳だ。
「素人判断で口にするのは、やめた方がいいですね」
「今の量は大丈夫か?」
「問題ありません」
しれっと翠鈴は答えた。
そもそも毒になる量など、人に与えるはずがない。
雲嵐があわてて、竹筒に入った水を差しだしている。
この旅の行先は南方だそうだ。
「私が子供の頃に過ごしていた離宮は、新杷国の南の端にある。その近くに温泉がある」
光柳の説明によると。寒い時期なので、気候のよい南方と温泉というのは最高の組み合わせとのことだ。
「温泉は入ったことはありませんね。蒸し風呂は入りますが。湯船は、このあいだ未央宮で初めてつかりました」
新杷国は広い。杷京を出てからの景色はほとんど変わらない。
冬でなければ、大地はやわらかな緑に覆われているのだろう。
翠鈴が前を見ると、雲嵐が開いた窗の外を眺めていた。
もともと穏やかな印象なのだが。今日の彼はさらに落ち着いて見える。
雲嵐は何かを懐かしむように、目を細めた。
「南方に滞在なさったことがおありなんですか」
翠鈴は問いかけた。
窗の外は、冬枯れの野だ。けれど、雲嵐の瞳にはその先の、さらに果ての景色が見えていたのだろう。
「そう思いますか?」
声をかけられたのが意外だったのだろう。雲嵐は、驚いたように向きなおった。
「雲嵐さまは、南方のかたのようにはお見受けしません。もしかすると、光柳さまとご一緒に南の離宮にいらっしゃったのではないかと」
「ご明察です」
雲嵐が柔らかな笑みを浮かべる。
けれど、翠鈴の隣に座る光柳は眉を寄せている。
あ、これは話題にされたくないんだな、と翠鈴は感じた。
だから、あえて突っこんで訊くことにした。
「離宮でのお話を伺ってもよろしいですか?」
「ええ、もちろん」
雲嵐は、ちらっと光柳に視線を向けた。主の意見に従うためだろうか。
「言わなくていい。雲嵐」
「もうすぐ次の町ですから。お茶でも飲みながらにしましょう」
ちがった。
主の反応を楽しんでいるだけだった。穏やかそうに見えて、意外と雲嵐は一筋縄ではいかない。
(まぁ、クセの強い光柳に仕えているんだし。素直な人じゃ無理だよね)
雲嵐には、慣れた道らしい。
彼の言葉通り、町が見えてきた。
杷京から、あるいは杷京へ行く人がここで休憩をとるのだろう。
町の通りには店が並んでいる。
御者が馬を停めた。
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