後宮の隠れ薬師は、ため息をつく~花果根茎に毒は有り~

絹乃

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一章 姉の仇

18、印を刻むための毒

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明玉メイユィの首を絞めるときに、ついた傷でしょう? 頬を引っかかれたのね。窒息寸前の必死の抵抗だから。十五年経っても消えないね」

 翠鈴は、石真シーチェンの頬を指さした。

「ちが……っ。これは官吏になる前の痴話ゲンカで」
「ふぅん?」

 翠鈴は口の端を上げて、目をすがめた。

「じゃあ、肌が変色しているのは?」
「これは知らない間に肌が荒れたんだ。きっと何かの病気だ」
「荒れた? かぶれたの間違いでしょう?」

 翠鈴が一歩踏み出すと、石真は一歩下がる。彼の視線が一瞬後ろへと向いたのは、このまま部屋から逃げ出そうと考えてのことだろう。

 とっさに人影が動いた。光柳だ。
 何食わぬ顔をして、扉の前に立つ。

「おい。書令史。お前が俺を呼び出したんだろう。こんないかれた小娘の相手をさせるためなのか」
「小娘って思ってくれるんだ。ありがとう」

 えらそうな石真の言葉に、にっこりと翠鈴は微笑んだ。光柳はまるで「あーあ」とでも言いたげに、肩をすくめる。

「じゃあ、小娘が教えてあげる。あんたのその肌の色素沈着は、鬱金香うっこんこうが原因よ」

 聞きなれない名前だったのだろう。「うっこんこう?」と石真は首を傾げた。

牡丹百合ぼたんゆりとも言うね。新杷国しんはこくの西にあるテンシャン山脈が原産で。頭に巻く胡国ここくのチュルバンに似た形の花が咲くよ」
「牡丹百合……」

 その名に聞き覚えがあったのだろう。石真の声はかすれていた。きっと明玉から、毒のことを聞いたに違いない。
 そう。故郷の村では鬱金香が咲き乱れていたのだから。

 明玉は、美しい牡丹百合の名を好んで使っていた。

「わたしは姉さんの墓に、鬱金香の球根を植えた。あの花の鱗茎りんけい……球根のことだけど。あんたの顔に使われた毒を含んでいるのよ」

 明玉は、首を絞められながらも渾身の力で石真の顔を掻きむしった。その指に、爪に、厚い布地など簡単に通す鬱金香の毒を塗りつけて。皮膚のその奥に、直接毒を送りこんだ。

 毒に対して半端な知識しか持たない石真は、顔のひどいかぶれをそのまま放置したに違いない。あるいは、毒は口から摂取するだけのものだと思いこんでいたのだろうか。

「皮膚の色がすっかり変わってしまうほどなんだから。炎症がよほどひどかったのね。医官に相談しなかったの? その頃はまだ宦官じゃなかったんでしょ」
「話にならん。俺は帰るぞ」

 吐き捨てるように言った石真が、扉へと向かう。だが、光柳は扉の前から退こうとはしない。

「彼女の話はまだ終わっていない」
「うるさい。退け」

 石真は、光柳の肩を突き飛ばそうとした。

 とっさに動いた雲嵐ユィンランが、石真の手首を捻りあげる。石真は痛そうに顔をゆがめて、うめき声をあげた。

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