後宮の隠れ薬師は、ため息をつく~花果根茎に毒は有り~

絹乃

文字の大きさ
上 下
18 / 184
一章 姉の仇

18、印を刻むための毒

しおりを挟む
明玉メイユィの首を絞めるときに、ついた傷でしょう? 頬を引っかかれたのね。窒息寸前の必死の抵抗だから。十五年経っても消えないね」

 翠鈴は、石真シーチェンの頬を指さした。

「ちが……っ。これは官吏になる前の痴話ゲンカで」
「ふぅん?」

 翠鈴は口の端を上げて、目をすがめた。

「じゃあ、肌が変色しているのは?」
「これは知らない間に肌が荒れたんだ。きっと何かの病気だ」
「荒れた? かぶれたの間違いでしょう?」

 翠鈴が一歩踏み出すと、石真は一歩下がる。彼の視線が一瞬後ろへと向いたのは、このまま部屋から逃げ出そうと考えてのことだろう。

 とっさに人影が動いた。光柳だ。
 何食わぬ顔をして、扉の前に立つ。

「おい。書令史。お前が俺を呼び出したんだろう。こんないかれた小娘の相手をさせるためなのか」
「小娘って思ってくれるんだ。ありがとう」

 えらそうな石真の言葉に、にっこりと翠鈴は微笑んだ。光柳はまるで「あーあ」とでも言いたげに、肩をすくめる。

「じゃあ、小娘が教えてあげる。あんたのその肌の色素沈着は、鬱金香うっこんこうが原因よ」

 聞きなれない名前だったのだろう。「うっこんこう?」と石真は首を傾げた。

牡丹百合ぼたんゆりとも言うね。新杷国しんはこくの西にあるテンシャン山脈が原産で。頭に巻く胡国ここくのチュルバンに似た形の花が咲くよ」
「牡丹百合……」

 その名に聞き覚えがあったのだろう。石真の声はかすれていた。きっと明玉から、毒のことを聞いたに違いない。
 そう。故郷の村では鬱金香が咲き乱れていたのだから。

 明玉は、美しい牡丹百合の名を好んで使っていた。

「わたしは姉さんの墓に、鬱金香の球根を植えた。あの花の鱗茎りんけい……球根のことだけど。あんたの顔に使われた毒を含んでいるのよ」

 明玉は、首を絞められながらも渾身の力で石真の顔を掻きむしった。その指に、爪に、厚い布地など簡単に通す鬱金香の毒を塗りつけて。皮膚のその奥に、直接毒を送りこんだ。

 毒に対して半端な知識しか持たない石真は、顔のひどいかぶれをそのまま放置したに違いない。あるいは、毒は口から摂取するだけのものだと思いこんでいたのだろうか。

「皮膚の色がすっかり変わってしまうほどなんだから。炎症がよほどひどかったのね。医官に相談しなかったの? その頃はまだ宦官じゃなかったんでしょ」
「話にならん。俺は帰るぞ」

 吐き捨てるように言った石真が、扉へと向かう。だが、光柳は扉の前から退こうとはしない。

「彼女の話はまだ終わっていない」
「うるさい。退け」

 石真は、光柳の肩を突き飛ばそうとした。

 とっさに動いた雲嵐ユィンランが、石真の手首を捻りあげる。石真は痛そうに顔をゆがめて、うめき声をあげた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

転生先が意地悪な王妃でした。うちの子が可愛いので今日から優しいママになります! ~陛下、もしかして一緒に遊びたいのですか?

朱音ゆうひ
恋愛
転生したら、我が子に冷たくする酷い王妃になってしまった!  「お母様、謝るわ。お母様、今日から変わる。あなたを一生懸命愛して、優しくして、幸せにするからね……っ」 王子を抱きしめて誓った私は、その日から愛情をたっぷりと注ぐ。 不仲だった夫(国王)は、そんな私と息子にそわそわと近づいてくる。 もしかして一緒に遊びたいのですか、あなた? 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5296ig/)

〖完結〗愛人が離婚しろと乗り込んで来たのですが、私達はもう離婚していますよ?

藍川みいな
恋愛
「ライナス様と離婚して、とっととこの邸から出て行ってよっ!」 愛人が乗り込んで来たのは、これで何人目でしょう? 私はもう離婚していますし、この邸はお父様のものですから、決してライナス様のものにはなりません。 離婚の理由は、ライナス様が私を一度も抱くことがなかったからなのですが、不能だと思っていたライナス様は愛人を何人も作っていました。 そして親友だと思っていたマリーまで、ライナス様の愛人でした。 愛人を何人も作っていたくせに、やり直したいとか……頭がおかしいのですか? 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全8話で完結になります。

私には何もありませんよ? 影の薄い末っ子王女は王の遺言書に名前が無い。何もかも失った私は―――

西東友一
恋愛
「遺言書を読み上げます」  宰相リチャードがラファエル王の遺言書を手に持つと、12人の兄姉がピリついた。  遺言書の内容を聞くと、  ある兄姉は周りに優越を見せつけるように大声で喜んだり、鼻で笑ったり・・・  ある兄姉ははしたなく爪を噛んだり、ハンカチを噛んだり・・・・・・ ―――でも、みなさん・・・・・・いいじゃないですか。お父様から贈り物があって。  私には何もありませんよ?

お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました

蒼衣翼
恋愛
アイメリアは今年十五歳になる少女だ。 家族に虐げられて召使いのように働かされて育ったアイメリアは、ある日突然、父親であった存在に「お前など家族ではない!」と追い出されてしまう。 アイメリアは養子であり、家族とは血の繋がりはなかったのだ。 閉じ込められたまま外を知らずに育ったアイメリアは窮地に陥るが、救ってくれた騎士の身の回りの世話をする仕事を得る。 養父母と義姉が自らの企みによって窮地に陥り、落ちぶれていく一方で、アイメリアはその秘められた才能を開花させ、救い主の騎士と心を通わせ、自らの居場所を作っていくのだった。 ※小説家になろうさま・カクヨムさまにも掲載しています。

処理中です...