後宮の隠れ薬師は、ため息をつく~花果根茎に毒は有り~

絹乃

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一章 姉の仇

14、これ以上は子を産むな

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「君も知っているだろうが。桃莉タオリィ公主は繊細で臆病だ。不用意なものは口にしないだろう」

 光柳クアンリュウは、静かに息をついた。
 おや? と翠鈴ツイリンは片方の眉を上げた。

 由由ヨウヨウが桃莉のことを「人見知りが激しい」と評するよりも「臆病」という言葉はきつい。
 陛下の言葉を書きとめる書令史にしては、不敬なのではなかろうか。

 光柳は、翠鈴のことを薬師であると感づいている。だが、翠鈴も彼がふつうの書令史ではないと勘ぐった。

 隠したい正体がある場合は、言動に注意しなければならない。
 書令史の階級は低い。なのに、光柳の側には常に雲嵐ユィンランがいる。そして、光柳が指示を出さずとも、雲嵐は翠鈴を客として扱い、茶を淹れた。

 側仕えがいるとなれば、光柳は相応の身分だ。

 光柳が、由由たち宮女に見せる柔和な笑顔。それに反して、翠鈴に見せている怜悧で冴えた表情。おそらくは、後者が素の顔なのだろう。

(まぁ、余計なことに首を突っ込んでもしょうがないし。この人が何者でも、わたしには関係ないけどね)

 説明を求めるように、光柳が翠鈴を見据える。

 翠鈴は彼のことをまったくといっていいほど知らない。なのに、光柳に熱を上げている宮女たちよりも、彼の本質に近い部分を垣間見てしまったようだ。

「公主さまのおやつとして供された飴がけの山査子さんざしですが。その中に、蝮草まむしぐさが紛れ込んでいたと、わたしは考えます。いえ、正確に申すなら何者かが混入させた、と」
「毒の実を公主に?」
「死ぬほど苦しいですが。死にはしません。つまりは桃莉さまの母親でいらっしゃる蘭淑妃への脅しです」

 室内が一気に冷えたように思えた。
 あまりの静けさに、光柳が唾を飲み込む音さえも聞こえる。

「それは……」
「つまりは、これ以上は子を産むな、と。今後も陛下の渡りが続くようであれば、淑妃が最も大事にしている桃莉を害することなど容易にできるのだと、脅迫しているのです。おやつとして出された飴がけは、毒見をすり抜けてしまったようですね」

 翠鈴は一気に話し終えた。
 山査子の実のすべてを齧ることはできない。小さい物ならなおさらだ。毒見には、たまたま蝮草の実が出されなかったのだろう。

「君は、犯人は他の夫人の中にいると考えるのか」
「いえ。違うと思います」

 翠鈴の声は、氷をまとっているかのように凍えていた。
 なのに、瞳には喜悦の光が宿っていた。日頃から、翠鈴は目つきが悪いと言われるのに。

「獲物を見つけた」と、翠鈴の目は語っていた。

「お尋ねしますが。左頬の肌が赤黒く変色している宦官の名はなんですか?」

 なぜそんなことを訊く? と光柳は言いたそうに眉をしかめた。
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