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一章 姉の仇

13、甘くはない

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蝮草まむしぐさの実を食べれば、口や舌を無数の灼熱の針で刺されたように痛みます。しかも唇が腫れるので、公主も口になさったのだと判断しました。赤い実は、甘いそうです」

 翠鈴は子供の頃に、ぎゅっと詰まった赤い実を採ろうとしたことがある。
 周囲の草が枯れはじめた草むらで、その赤はあまりにも目に鮮やかだった。

 赤い実に手を伸ばした時に、姉の明玉に注意されたのだ。

――植物は、毒で武装していることが多いのよ。麗しい花も、鮮やかな実もうかつに触れてはいけないわ。わたしの可愛い翠鈴の手がかぶれたり、苦しんだりするのはつらいもの。

 今も、諭してくれた姉の声は耳に残っている。
 たとえ顔を忘れても。決して消えはしない。

「牛乳の件は?」

 光柳が、翠鈴に問いかける。

「微細な針を、牛乳に含まれる油脂が包み込むのです。それで、痛みが軽減されます」
「なるほど。詳しいな」

 できれば知識を披露するのは避けたいと、翠鈴は思った。

 だが、知っていることを伏せて、この場から帰ることはできないだろう。
 黙っていれば、微笑んでいれば、しっとりとした柔和な光をたたえる光柳だが。彼は甘くはない。

「わたしが内廷に牛乳があると考えたのは、油脂分を集めたらくや、酪を発酵させた奶餅ナイピンが、蘭淑妃のお食事に出されているからです。おそらくは皇帝陛下もお召し上がりになっているでしょう。ですが、後宮では牛を飼っておりません。かといって、城市まちに酪や奶餅を買いに行くとも考えにくい。誰が作ったか分からぬ物を、食事に出すことはないでしょうから」

 そもそも新杷国では牛乳は飲まない。それは周辺の遊牧民の食習慣だからだ。だが、最近は牛乳の加工品はとり入れられている。

「蝮草の実とは、どのようなものだ?」
「そうですね。熟せば赤く。粒がぎゅっと集まった形は、穀物の高粱コーリャンにも似ています」

 奥の方から、シュンシュンと湯の沸く音がする。いい香りがしたと思うと、雲嵐がお茶を運んできた。
 がっしりとした体格に似合わずに、盆をもつ仕草は丁寧だ。

「下女にもてなしは不要です」
「そうだな。下女ならな。だが、私には君は薬師にしか見えない」

 光柳は柔らかく微笑んだ。

「田舎育ちですので。山野に生える植物に詳しいだけです」

 答えながらも、翠鈴は「無理があるなぁ」と思った。光柳の笑顔も、翠鈴自身の返事も。どちらも嘘くさい。

 茶壺ちゃこと呼ばれる急須から注がれたお茶は、緑の澄んだ色をしていた。半発酵の青茶チンチャだ。
 立って飲むわけにもいかない。翠鈴は椅子に腰かけた。

 お茶を口に含むと、ほのかな甘さと華やかな香りを感じた。

 父が薬の礼にと、患者からお金以外に高級なお茶を贈られることは多かった。
 都である杷京はきょうから遠く離れた村で暮らしていたとはいえ、翠鈴は父のおかげで質のよいものに囲まれて育ったともいえる。

 久しぶりに飲むおいしいお茶だった。
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