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一章 姉の仇
7、赤い実と蛇除け
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「なにみてるの? こっちだよ、ツイリン」
桃莉が翠鈴の手を引いて、花園を抜ける。風が吹くと黄色や白の塊が揺れて、菊の香りが届いた。
草の青い匂いもする。
(いい天気だなぁ)
翠鈴はぼんやりと空を眺めた。
その時だった。急に背後から、肩を掴まれたのは。
ちょうど桃莉と手をつないでいたので、翠鈴だけでなく桃莉まで後ろに引っ張られる形となった。
「庭の奥には行かない方がいい」
ぴしりと鋭い声が聞こえた。
翠鈴はふり返ると、肩に手を置いていたのは松光柳だった。隣には雲嵐がついている。
とっさに桃莉が翠鈴の背中に隠れた。
「なにゆえに?」
問いかける翠鈴に「見なさい」と、光柳が庭を囲む壁を指さす。
伸びた草を鎌で刈っている宦官がいる。ザッザッと草を刈り取る音が聞こえた。
一人で草を刈って、それを集めるのは大変じゃないだろうか。
「草刈りの邪魔はしませんよ。銀木犀の花を集めるだけですから。場所も離れていますし」
「これから樟脳を置いていくのでな。あれは危険だ」
「蛇よけですか?」
光柳の説明に、翠鈴はすぐに答えた。
樟脳は強烈な刺激臭があるので、間違って口にすることはないだろうが。素手で触れれば、肌がかぶれることもある。
「詳しいな」
「いえ、常識ですから」
応じる翠鈴の声は上ずった。
常識なのか? と光柳は眉をひそめる。
(いけない。姉さんを殺した奴の仇を討つまでは、目立たないようにしないと)
翠鈴は光柳から視線を逸らした。
どうにもこの人は苦手だ。他の宮女たちが、さらっと流してしまう部分を光柳は気にする。
「まぁ。花を集めるのは別な日にした方がいいだろう。桃莉さまにも、その方が安全だろうからな」
「へび、いなくなる?」
翠鈴の背後から、ひょこっと桃莉が顔をのぞかせる。
光柳は「はい。ですから、今日は我慢なさってください」と優しい声で諭した。
鳥の声が聞こえて、翠鈴は庭の壁を見遣った。
丈の高い茎を持つ草に、小さな赤い実がぎゅっと詰まってついている。
その実を鳥がついばんでいるようだ。
光柳は、翠鈴に庭の壁へは行くなと命じたのに。自分は草を踏み分けて進んでいった。
「蛇よけの仕事は、君ひとりか?」と、草刈りの宦官に声をかける。
「いや、もうひとりいるが。遅刻してるんだ」
光柳に問われて、鎌を持った宦官は立ち上がる。
(なんだ。一人じゃなかったのか)
宦官の仕事などどうでもいいが。翠鈴も、もし由由が仕事に遅れて、未央宮の灯りをすべて自分で灯して、消してということになると困るな、と考えていた。
宮女の人員の配置は偏っている場合がある。暇そうにしている者もいれば、少人数でまわしていかなければならない部署もある。
(光柳は書令史だったよな。なんで内侍監みたいに目を配っているんだ?)
宦官のことはよく分からないし。知りたいとも思わない。
「さぁ、戻りましょう。銀木犀はこの庭でなくとも咲いていますから。探しに参りましょう」
翠鈴は少ししゃがんで、桃莉の背中を押した。
その日はまだ、桃莉は元気だったのだ。
桃莉が翠鈴の手を引いて、花園を抜ける。風が吹くと黄色や白の塊が揺れて、菊の香りが届いた。
草の青い匂いもする。
(いい天気だなぁ)
翠鈴はぼんやりと空を眺めた。
その時だった。急に背後から、肩を掴まれたのは。
ちょうど桃莉と手をつないでいたので、翠鈴だけでなく桃莉まで後ろに引っ張られる形となった。
「庭の奥には行かない方がいい」
ぴしりと鋭い声が聞こえた。
翠鈴はふり返ると、肩に手を置いていたのは松光柳だった。隣には雲嵐がついている。
とっさに桃莉が翠鈴の背中に隠れた。
「なにゆえに?」
問いかける翠鈴に「見なさい」と、光柳が庭を囲む壁を指さす。
伸びた草を鎌で刈っている宦官がいる。ザッザッと草を刈り取る音が聞こえた。
一人で草を刈って、それを集めるのは大変じゃないだろうか。
「草刈りの邪魔はしませんよ。銀木犀の花を集めるだけですから。場所も離れていますし」
「これから樟脳を置いていくのでな。あれは危険だ」
「蛇よけですか?」
光柳の説明に、翠鈴はすぐに答えた。
樟脳は強烈な刺激臭があるので、間違って口にすることはないだろうが。素手で触れれば、肌がかぶれることもある。
「詳しいな」
「いえ、常識ですから」
応じる翠鈴の声は上ずった。
常識なのか? と光柳は眉をひそめる。
(いけない。姉さんを殺した奴の仇を討つまでは、目立たないようにしないと)
翠鈴は光柳から視線を逸らした。
どうにもこの人は苦手だ。他の宮女たちが、さらっと流してしまう部分を光柳は気にする。
「まぁ。花を集めるのは別な日にした方がいいだろう。桃莉さまにも、その方が安全だろうからな」
「へび、いなくなる?」
翠鈴の背後から、ひょこっと桃莉が顔をのぞかせる。
光柳は「はい。ですから、今日は我慢なさってください」と優しい声で諭した。
鳥の声が聞こえて、翠鈴は庭の壁を見遣った。
丈の高い茎を持つ草に、小さな赤い実がぎゅっと詰まってついている。
その実を鳥がついばんでいるようだ。
光柳は、翠鈴に庭の壁へは行くなと命じたのに。自分は草を踏み分けて進んでいった。
「蛇よけの仕事は、君ひとりか?」と、草刈りの宦官に声をかける。
「いや、もうひとりいるが。遅刻してるんだ」
光柳に問われて、鎌を持った宦官は立ち上がる。
(なんだ。一人じゃなかったのか)
宦官の仕事などどうでもいいが。翠鈴も、もし由由が仕事に遅れて、未央宮の灯りをすべて自分で灯して、消してということになると困るな、と考えていた。
宮女の人員の配置は偏っている場合がある。暇そうにしている者もいれば、少人数でまわしていかなければならない部署もある。
(光柳は書令史だったよな。なんで内侍監みたいに目を配っているんだ?)
宦官のことはよく分からないし。知りたいとも思わない。
「さぁ、戻りましょう。銀木犀はこの庭でなくとも咲いていますから。探しに参りましょう」
翠鈴は少ししゃがんで、桃莉の背中を押した。
その日はまだ、桃莉は元気だったのだ。
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