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三章

6、お茶にしましょう【1】

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 夏の盛りの王宮のキッチンは、甘く爽やかな香りに包まれています。
 マーマレードを煮た香りがまだ残っているのです。

 クリスティアンさまに嫁いで数年。王太子妃という立場に、ようやく慣れてきた気もします。
 広いテーブルの上には、煮沸した瓶に熱いマーマレードを詰めて、それを逆さにした物が並んでいます。逆さにして置いておくと空気が抜けるんです。
 
「んー、とどかない」
「あら、だめよ。マルティナ。まだ熱いから火傷をしますよ」
「うーんうーん」

 蜂蜜色の髪に結んだ水色のリボンを揺らしながら、四歳になる娘のマルティナが瓶に手を伸ばしています。
 まったく困った子ですね。

 抱き上げようとしたのですが、さすがに四歳にもなるとすぐには抱っこできません。しかも整然と並んだ瓶がきらきらと光って楽しいのか、マルティナはなかなかテーブルから離れてくれません。

「お、重い……」
「マルティナ、おもくないもん」
「悪口ではないのよ。大きくなったわね、という意味なの」

 本当に三歳の頃までは、かろうじて抱っこもできていたというのに。子どもの成長は早いです。

「こら、マルティナ。ちゃんとお母さまの言うことを聞かないと、手が痛くなるぞ」
「あ、お父さまー」

 ぱっとテーブルから手を離すと、マルティナはキッチンに入っていらしたクリスティアンさまに飛びつきました。
 勢いよく飛びつかれても、もちろんクリスティアンさまはびくともなさいません。

「あのね、お茶にするのよ」
「それはお誘いかな?」
「ええ。どうぞ なかにわにいらして…いらっしゃる? いらっしゃるくださいな、お父さま」
「うん『いらしてくださいな』だな。では、お招きにあずかろう」

 マルティナを軽々と抱き上げて、クリスティアンさまはやはりマーマレードの瓶に視線を向けます。

「この量では冬まで持たないかな?」
「そうですね。王族の皆さまにさしあげると、秋の終わりにはなくなりそうですね」

 宮殿では使用人の方々も手伝ってくれるのですが。わたしも王太子妃という身。キッチンにこもりっきりというわけには参りません。
 朝食には王太子妃のベリーのジャムとマーマレードがあると、とても嬉しいと仰ってくださる方が多いので。つい頑張って作るのですが、なかなか数はこなせません。

「ジャム作りにあなたを奪われるのは、正直寂しいものだ」
「殿下……」

 言葉を洩らしたわたしの唇を、マルティナを抱っこしたままのクリスティアンさまが指で押さえます。
 困りました。これでは喋ることができません。

「ん? んん?」
「まぁ、人がいるから仕方がないか」

 クリスティアンさまの言葉の意味を察して、わたしは頬を赤らめてしまいました。
 言えるようにはなったんですよ。「あなた」と。
 でもやはり、二人きりの時だけの呼び名ですから。照れてしまうんです。

「ねぇねぇ、お庭におかしをはこぶの。このきれいなおさら、つかってもいーい?」

 身軽にクリスティアンさまの腕から飛び降りたマルティナは(この辺りは、運動が苦手なわたしではなく、クリスティアンさまに似たのだと思います)使用人の元へと向かいました。
 ぱたぱたと軽い足音。白地に淡い水色の縞模様のワンピースの裾を、ふわりと翻しながら。

「姫さま。朝食ではなく、お茶の時間ですのに。ジャムは必要ですか?」
「いるのー」

 キッチンに用意されているのは、さっくりと焼いたメレンゲと生クリームをあわせ、ベリーを載せたお菓子。ビスケット。それにマフィン。
 ヴァーリン王国ではスコーンをあまり食べないので、ジャムは主に朝食用なんです。

「しょうがありませんねぇ、姫さまはお母さまのジャムがお好きですものね。ビスケットにつけますか? それとも平パンを温めましょうか?」
「どっちもー。マルティナ、たくさん食べられるよ。ビンに入ってるのぜんぶでもへいき」

 それは多すぎますねぇ。虫歯になってしまいますよ、と口々に使用人は苦笑しています。

「……私もマルガレータのジャムは好きだし。その気になれば私だって一瓶はいける」

 ぽつりと呟いたクリスティアンさまの言葉は、使用人には届かなかったようです。
 あの、そこは張り合うところですか?
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