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悠久の時をゆくもの

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 「さて、次はすぐ近くなのだけど、
  今度はこれまでとは方向性が違うミッションよ。

  結論から言うと二つの世界への干渉になるわ。
  頑張ってね。行ってらっしゃい。」

白い靄の中でベルザンディが一方的に話すと、
前方に虹色の魔法陣が展開し、二つの輪がそれぞれ逆方向に
回転を始めた。

 「うわー、面倒だなこれ。。
  全く経験ないよ。
  まぁでも、二つの世界のためにもなることだし
  やりますか。

  オーダー アクセプト。
  ノルンズ マーセナリー
  セブン出撃する。」

ぶつぶつ言いながらも、験担ぎの意味合いもあって
ほぼルーチンとなった出撃時の発声をすると
虹色の靄を纏ってセブンはその輪の中へ飛び込むと
吸い込まれるように消えていった。



空は薄暗くところどころが赤く染まり、
地表には無数の無残な死体の山が放置された
戦場の跡の様で、気分が滅入る風景が広がっている。

その風景の中心には洋風の屋敷があった。
門は壊されて傾いていたり倒れていたりと
攻め込まれた跡のようにそこらじゅうに血飛沫が
べっとりとこびりついている。

屋敷の中では全身血まみれの数名の男達が
綺麗な服装のままの女性を中心にして輪になって話し込んでいた。

 「カーミラ様、どうか此処をお引きください。
  我らも全力でお守りいたします故、
  何とぞ海辺の町まで落ち延びましょう。」

 「ならぬ!
  何を腑抜けたことを申すのか!
  これまでに此処を身命を賭して戦い
  散っていった騎士達に顔向けできん!

  例え次の侵攻で落とされようとも構わぬ。
  我が魂までは落とされはせぬ!」

この領地の女主人であるカーミラに
護衛騎士達が此処からの撤退を申し出ている様だが、
すでにその状況ではなく、玉砕寸前と言う雰囲気だ。

 「しかし、先程の戦闘で、我らが無敵の騎士団長も
  討たれ、この屋敷にまで入り込まれ、屋敷の中の者達も
  奴らの手にかかってしまっております。
  どうか、御一考を。」

 「ならぬ!
  あの様な下劣な者共に易々とくれてやる気はない!
  なんとしても・・・」

嘆願する騎士の前にカーミラが一歩足を踏み出した時であった。
左後方から白い槍が彼女の体を貫き、穂先が突き出してきた。

 「ぐっ!き、さ、ま・・・」

 「貴女が悪いのですよ。
  あのような魔女のような術を使われるから、
  教会から魔女の認定と討伐の指令が下ったのです。
  せめてこの破魔の槍の一突きでお送り致します。」

これまでこの領地に手を伸ばしてきていた隣の領主が
度々因縁をつけて侵攻してくる中、カーミラは
自らの血を槍の様なものに変えて周りの兵を殲滅するという
異様な戦闘術を行使して撃退を続けていた。

その術が魔女の使う魔術だと悪評高い教会に認定され、
身内から討たれる結末に繋がったようだ。

 「鬼神の様な団長もこの槍で逝って貰いました。
  貴女も同じ槍で逝けるのです。
  よ・・・」

暗い笑みを浮かべた騎士の言葉は最後まで聞こえてこなかった。
頭を綺麗に赤い槍の様なものが貫いていたからだ。
周りにいた騎士達にも同時に赤い槍が突き刺さり、
全員がその場に倒れていった。

 「破魔の槍か。
  なるほどな。
  我が血を与えて人外の力を手にしたあの騎士団長が
  ああも簡単にやられたのは変だと思っておったが。

  いつの世も人は浅ましいものだな。
  マインよ、そこにいるか?」

 「はい、カーミラ様。」

 「此処も終わったか。
  さて、次はどうしたものか。
  神の呪いを受けしこの身では、
  どこに行こうとも幸せのかけらも見つからぬな。

  殺戮の日々だけが繰り返されるか。
  もうどうにかして欲しいところだ。
  
  マインよ、
  この槍で我が身を切り裂いてみてくれぬか?」  

左脇腹を貫いたままの白い槍を見ながら、
諦めた表情でカーミラはそんなことをマインに言い放つのだった。

 「どこの世界に主人様のお体を
  切り裂くメイドがおりましょうか?
  
  お戯れもほどほどになさいませ。

  この草原のお屋敷も来た頃は
  風光明媚な良い村でございましたが、
  今では死体の山で埋まる魔界のような村に成り果てました。

  次は海辺の寒村ではございますが、
  物静かな暮らしがおくれるところと存じます。
  そちらへ参りましょう。」

困った主人だと言う顔をしたメイド服のマインは
元気をなくしたカーミラに諭す様に返答したのだった。

 「魔界か。落ちてみたいな。
  もう人の世は繰り返したくないな。」

それでも気落ちするカーミラから、ゆっくりと槍を抜き取りながら、
マインは宥め続けた。

 「魔界に行きたいか?
  その身を捧げるというのなら
  行かせてやらんでもないぞ。」

死臭漂う屋敷の奥の影から、突然男が顔を出してきて、
そんな声をかけてきた。

 「何奴!「失礼ですが、どちら様で?ここはカーミラ様の
  お屋敷でございます。突然のご来訪はお受け致しかねます。
  お引き取りくださいませ。」」

カーミラの声を遮り、男の前に瞬時に立っていたマインが
そう返答し、追い返そうとした。

 「ほう、その動き、貴様も人間ではないな。
  よかろう、貴様も良い容姿をしておる。
  我が愛妾に加えてやろう。
  2人して魔界に来るがいい。
  今この闇の中に入れば繋がっておる。
  どうじゃ?我が愛妾になると言うのなら、
  連れていってやろう。」

 「無礼な!
  今は彼の国もなく、我らも人の身ではないとはいえ、
  亡国の王妃で在られたカーミラ様を貶めるような
  その様なこと、断じて受け入れるわけがございません。
  即刻お引き取りください。
  これ以上の無礼はこの私が許しません!」

激昂したマインの体から赤い靄のような鬼気が
揺らめき立つのを見て、その男はふんと鼻を鳴らして
また来ると言い残して消えていった。 

 「お騒がせし、申し訳ございません、カーミラ様。
  さ、此処に長居は無用と存じます。
  出立の用意をいたしますので、あちらの方へ移りましょう。」

まだ屋敷の奥で壊されていない食堂の椅子があるところへ
カーミラを誘導しようとするマインであったが、カーミラの
様子がおかしいことに気がついた。

 「カーミラ様、如何されました?」

 「マインよ、すまぬな。
  私の我儘でお前まで我が眷属にして、
  神の呪いに巻き込んで。

  もうこの世では私の様な異形の存在は
  いない方が良いのではないだろうか。

  あの無粋な男の愛妾となって、
  例え仮初めであってもひとときの愛を受けられるのなら
  その方が良いように思う。」

 「何をおっしゃいますか、カーミラ様。
  それはひとときの愛などではございませぬ。
  心をかよわせぬ逢瀬など陵辱と同じでございます。
  気をしっかりとお持ちください。

  きっとご安心いただけるよう、このマインがおそばに
  ついておりますから。」

それでも、暗い表情になっていく主人の姿にマインは
胸を痛めるのであった。

 「あのーすみません。
  お邪魔してもいいですか?」

屋敷の入り口から声がしてきた。
またもやこの2人でも感じ取れない気配のない
異様な風体の男であった。

 「どちら様で?
  どこかの国の兵士さんでしょうか?」

 「あ、申し遅れました。
  電、いや傭兵のセブンと申します。
  実はこちらにご長命の領主様とメイド様が
  おられると噂を聞きまして、お話をさせていただきたく
  参った次第です。」

その言葉を聞き終えると、一瞬でマインは短剣を男の喉に
突き立てた。
はずであったが、その男の手に掴まれていた。刃を直に。

 「あ、不躾で申し訳なかったですね。
  自分はこう見えても運命の女神様から依頼を受けて
  ここに来ておりますので、どうか剣はお納めください。
  秘密は厳守しますので、ご心配なく。
  かく言う自分も人間ではなく、そうですね、
  機械仕掛けの人形の様なものとなります。」

セブンは武装を展開し、体内が機械仕掛けであることが
わかるようにして見せた。

 「確かに、人ではないようですね。
  それと、運命の女神様とおっしゃいましたか?
  ノルン様でしょうか?」

 「あ、そうですねノルン様、此処へはベルザンディ様と
  共に参っております。」

 「そうですか、確かにセブン様の身からは神気の気配がします。」

 「ノルン様だと!?
  この神の呪いを受けた私の運命を変えて頂けると
  言うのか?どうなのだ!?」

 「落ち着いてください、カーミラ様。
  さて、セブン様。御用の向きはなんでございましょうか?」

食い気味にセブンに詰め寄ってきた
カーミラの腕を引っ張って下がらせると
マインは少し期待を込めてセブンに問いかけた。

 「あ、実はですね、此処とは違う世界なんですが、
  その世界の存亡をかけた船の艦長の任についてくれる方を
  探していまして、特に長命の方を。」

 「違う世界でございますか?
  何故私共に?」

 「あーその船なんですが、違う世界の世界樹の守りについていた
  エルフの女性達を全員攫って別の世界に売り飛ばそうとする、
  異次元の海を渡る海賊船でして、自分が海賊の男達を倒したとしても
  船が動かせません。

  そこで、失礼ながら、カーミラ様の血を使った使役術と、
  相手を長命にできる効果があれば、海賊を殺さずに船員として
  使えるので無事に元の世界まで戻れるのではないかと言うことです。

  ちなみに、今から行ってすぐに戻る動きをかけたとしても
  千年以上は掛かるくらい離れてしまっているそうです。

  攫われたエルフの女性は皆5千年は生きれる長命の方なので、
  そこは問題ないそうです。

  如何でしょうか?受けていただけませんか?」

即座に声を発しようとしたカーミラはハッと気づいて
マインを見た。
マインが笑顔で頷くのを見ると、満面の笑顔でカーミラは
その任受け賜ろうとはっきりとした声で返答したのだった。



 「おかしいわね?
  あの海賊船、エルフ達の元の世界とは別の方向に
  向かっているのだけど?
  何か知ってるかしら?」

白い靄の中で透明な髪を揺らめかせてベルザンディが
訝しんだ。

 「さぁ、送って行った時にちょっと一緒に共闘したけど、
  普通のエルフさん達だったけどなぁ。

  解放された時に、これで皆さん自由ですよ、
  自分らしく生きたい様に生きればいいんですよって
  言ったんだけど、妙に嬉しがって泣いてる子が
  多かった様な気がする程度だったな。

  最後にカーミラさんがものすごくいい笑顔で
  もうお前達は自由を勝ち取ったのだ、
  自由を謳歌して過ごすのだと
  力一杯叫んでたくらいだし。
  みんな解放されたのが嬉しかったんだろうな。」

 「それよ。
  みんな自分に押し付けられた役割からも
  解放されたと言って喜んだのね。
  貴方そうなるのがわかっていて
  そう言ったのではないかしら?

  あー、また世界樹一本減るわね。
  この帳尻はいつか合わせてもらうわよ。」
  
横を向いて俺はしりませんポーズをとるセブンの
電脳内には、自由に溢れた次元間の海に向かう女性達の
生き生きとした顔が浮かんでいた。
その中央に満面の笑顔を浮かべたカーミラとマインと共に。
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