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2×××年 8月9日 早朝
××県○○市の住宅街の空き地で幼女の遺体が発見された。
遺体の損傷は激しく、頭部と胴体、手足は別々の叢で見つかった。
衣服を身に付けておらず皮膚に精液が付着していた事から性的暴行を受けたと見られていたが、近隣住民の通報を受け駆け付けた警察官が確認したところ、幼児型のアンドロイドと判明した。
─────
アンドロイドの普及は10年程前から急速に進み、家庭内や公共施設等、至る所で活用されている。
非常にぎこちなかったアンドロイドの動きも容姿も精巧さは年々増し、良く良く見なければ人との外見上の区別がつきにくくなっていた。
それに加えて安価に施せる高度な整形技術により、黄金比率の人工的な美を、人々は自らの容貌にも求めるようになっていった。
美しい国と称されるこの国は、表向き民主政治という形を取りながら、100年前の未曾有の経済危機を建て直した英雄、園田一樹氏が退いた後、息子の和光氏が支持を集め、次に孫の剛氏と続き、現在は曾孫の廉氏が首相として政権を担っている。
殆んど世襲制のように二世三世と引き継がれ、首相のバトンが渡される度に発言権と影響力が及ぼす範囲は膨れ上がっていった。
園田一族一党に権力が集中し、独裁と囁かれる程に内実は民主政治とはいえない有様だった。
但し「独裁」という生々しい言葉は、この国の「和をもって尊しとなす」という基本の精神により、「出る杭は打たれる」かの如く国民の大半は中流横並びで、「臭いものには蓋」をしているせいなのか危機感なく政治に関心薄く、誰が首相になっても、どの政党が国を担おうとも身近に危険が迫る事はないだろうと、まるで絵に描いた牧歌的で平和な風景が何時までも続くと信じて疑わない国民性によって包まれていた。
この国におけるアンドロイドの普及率は今や西の大国を抜いて世界一位である。
それに伴い、様々な問題が浮上した。
────
代々閣僚を勤めた政治家一族の三世議員、内閣府特命担当大臣の尾形佑馬は自宅で寛ぎながら、帰宅後も腕に装着した儘のウェアラブルデバイスで目に付くニュースを拾っていた。
グラスに注いだベルギー産の濃厚なクラフトビールを口に含む。
彼の指が止まったのは、空き地で見つかった幼女型のアンドロイドの惨殺遺体に関する記事の上だった。
「画像……」
ちらりとリビングで遊ぶ二人の娘、8歳の麗香《れいか》と6歳の愛美《まなみ》の方に目を遣る。
画像という文字が目に焼き付き、脳内に一瞬留まった。
口に含んだ儘でいたビールをごくりと嚥下する音で覚醒するより早く指が動いていた。
バンド型デバイスが彼の腕に映し出した画像を見て後悔した。
彼にとっては他人事ではないショッキングな画像。
指が震え、その忌まわしい画像を消す事が出来ない。
舌に残っていた筈の高級ビールの味は忽ち失せ、目の前が暗くなり吐き気を覚えた。
「あなたーあなたー」
妻の綾乃の呼ぶ声が、やけに遠くに感じられた。
────
2つの二等辺三角形を絡ませて造られた巨大なアーチを潜ると、先に見えるのは3つの流線形の柔らかいフォルムの巨大な何かである。
粘土を丸め上から潰し、平たくした上で少し引き伸ばしたような形の物が地上から生えたキノコのようでもあり、その傘に当たる部分3つが連結していた。
その周囲を廻る幅の広いムービングウォークを行き来する人々の姿から、その円盤上の物体が実用的な建物であると知れる。
しかし継ぎ目が悉く排除され、外観は実に滑らかで窓らしい窓もなく、何処から入って良いのか一見しただけでは分からない。
いわゆる壁は白一色で統一され、美しくもあると同時に近寄りがたい高潔さを醸し出していた。
これこそが、この国の首相官邸である。
凡そ100年前に建てられた当初は画期的だったのだろうが、現代では古風な歴史的建造物という位置付けになっている。
所々に立つ警備員は人間とアンドロイドが混在しているが、人間はアンドロイドに指示を出す為だけに配備されていた。
『何度見ても、どっちが本物だか見分けがつきにくいな』
高速のムービングウォークに身を預けながら、尾形佑馬は陽射しに向かい眩しそうに手を翳した。
アラフォー38歳の彼は、現閣僚の中で最も若く、中々のイケメンで爽やかなイメージがウリだ。
現在の閣僚の全てが、二世三世どころか、それ以上という現状である。
ムービングウォークから降り、皮膚に転写された「上級国民」のIDが自動的に読み込まれると、彼の頭上で扉が開いた。
首相官邸の入り口は、キノコの傘のちょうど下側にあるのだ。
足元にある透明の円盤が迫り上がり、身体が宙に浮かんで見えた。
宇宙船の内部に吸い込まれるように尾形の身体が消えた後、シュッと扉が素早く閉じた。
始めにIDが認識された時点で、閣議室に至る全ての扉はノーチェックで足を進めるごとに次々と開かれていく。
尾形が入室すると、既に出席者の半数が揃っていた。
臨時閣議の為に召集された15名の閣僚達が腰を屈めただけで、空間に椅子が出現し体重を支えてくれる。
今回の閣議は「アンドロイドに関わる様々な問題についての対策と規制法案」について話し合われる事になっていた。
「先ず、アンドロイドによって増えつつある現状の問題に対してどのような対策、規制を今後設けるべきかについてですが──」
進行役兼書記担当の官房長官である村井が口を開いた。
「そうだな。一つ一つ片付けていこう。先ずは事の発端となった半月程前の事件についての概要と、その後の話しを聞かせてくれ」
首相の園田が促す。
××県○○市の住宅街の空き地で幼女の遺体が発見された。
遺体の損傷は激しく、頭部と胴体、手足は別々の叢で見つかった。
衣服を身に付けておらず皮膚に精液が付着していた事から性的暴行を受けたと見られていたが、近隣住民の通報を受け駆け付けた警察官が確認したところ、幼児型のアンドロイドと判明した。
─────
アンドロイドの普及は10年程前から急速に進み、家庭内や公共施設等、至る所で活用されている。
非常にぎこちなかったアンドロイドの動きも容姿も精巧さは年々増し、良く良く見なければ人との外見上の区別がつきにくくなっていた。
それに加えて安価に施せる高度な整形技術により、黄金比率の人工的な美を、人々は自らの容貌にも求めるようになっていった。
美しい国と称されるこの国は、表向き民主政治という形を取りながら、100年前の未曾有の経済危機を建て直した英雄、園田一樹氏が退いた後、息子の和光氏が支持を集め、次に孫の剛氏と続き、現在は曾孫の廉氏が首相として政権を担っている。
殆んど世襲制のように二世三世と引き継がれ、首相のバトンが渡される度に発言権と影響力が及ぼす範囲は膨れ上がっていった。
園田一族一党に権力が集中し、独裁と囁かれる程に内実は民主政治とはいえない有様だった。
但し「独裁」という生々しい言葉は、この国の「和をもって尊しとなす」という基本の精神により、「出る杭は打たれる」かの如く国民の大半は中流横並びで、「臭いものには蓋」をしているせいなのか危機感なく政治に関心薄く、誰が首相になっても、どの政党が国を担おうとも身近に危険が迫る事はないだろうと、まるで絵に描いた牧歌的で平和な風景が何時までも続くと信じて疑わない国民性によって包まれていた。
この国におけるアンドロイドの普及率は今や西の大国を抜いて世界一位である。
それに伴い、様々な問題が浮上した。
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代々閣僚を勤めた政治家一族の三世議員、内閣府特命担当大臣の尾形佑馬は自宅で寛ぎながら、帰宅後も腕に装着した儘のウェアラブルデバイスで目に付くニュースを拾っていた。
グラスに注いだベルギー産の濃厚なクラフトビールを口に含む。
彼の指が止まったのは、空き地で見つかった幼女型のアンドロイドの惨殺遺体に関する記事の上だった。
「画像……」
ちらりとリビングで遊ぶ二人の娘、8歳の麗香《れいか》と6歳の愛美《まなみ》の方に目を遣る。
画像という文字が目に焼き付き、脳内に一瞬留まった。
口に含んだ儘でいたビールをごくりと嚥下する音で覚醒するより早く指が動いていた。
バンド型デバイスが彼の腕に映し出した画像を見て後悔した。
彼にとっては他人事ではないショッキングな画像。
指が震え、その忌まわしい画像を消す事が出来ない。
舌に残っていた筈の高級ビールの味は忽ち失せ、目の前が暗くなり吐き気を覚えた。
「あなたーあなたー」
妻の綾乃の呼ぶ声が、やけに遠くに感じられた。
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2つの二等辺三角形を絡ませて造られた巨大なアーチを潜ると、先に見えるのは3つの流線形の柔らかいフォルムの巨大な何かである。
粘土を丸め上から潰し、平たくした上で少し引き伸ばしたような形の物が地上から生えたキノコのようでもあり、その傘に当たる部分3つが連結していた。
その周囲を廻る幅の広いムービングウォークを行き来する人々の姿から、その円盤上の物体が実用的な建物であると知れる。
しかし継ぎ目が悉く排除され、外観は実に滑らかで窓らしい窓もなく、何処から入って良いのか一見しただけでは分からない。
いわゆる壁は白一色で統一され、美しくもあると同時に近寄りがたい高潔さを醸し出していた。
これこそが、この国の首相官邸である。
凡そ100年前に建てられた当初は画期的だったのだろうが、現代では古風な歴史的建造物という位置付けになっている。
所々に立つ警備員は人間とアンドロイドが混在しているが、人間はアンドロイドに指示を出す為だけに配備されていた。
『何度見ても、どっちが本物だか見分けがつきにくいな』
高速のムービングウォークに身を預けながら、尾形佑馬は陽射しに向かい眩しそうに手を翳した。
アラフォー38歳の彼は、現閣僚の中で最も若く、中々のイケメンで爽やかなイメージがウリだ。
現在の閣僚の全てが、二世三世どころか、それ以上という現状である。
ムービングウォークから降り、皮膚に転写された「上級国民」のIDが自動的に読み込まれると、彼の頭上で扉が開いた。
首相官邸の入り口は、キノコの傘のちょうど下側にあるのだ。
足元にある透明の円盤が迫り上がり、身体が宙に浮かんで見えた。
宇宙船の内部に吸い込まれるように尾形の身体が消えた後、シュッと扉が素早く閉じた。
始めにIDが認識された時点で、閣議室に至る全ての扉はノーチェックで足を進めるごとに次々と開かれていく。
尾形が入室すると、既に出席者の半数が揃っていた。
臨時閣議の為に召集された15名の閣僚達が腰を屈めただけで、空間に椅子が出現し体重を支えてくれる。
今回の閣議は「アンドロイドに関わる様々な問題についての対策と規制法案」について話し合われる事になっていた。
「先ず、アンドロイドによって増えつつある現状の問題に対してどのような対策、規制を今後設けるべきかについてですが──」
進行役兼書記担当の官房長官である村井が口を開いた。
「そうだな。一つ一つ片付けていこう。先ずは事の発端となった半月程前の事件についての概要と、その後の話しを聞かせてくれ」
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