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第13章 胡麻擂り合戦
しおりを挟む「三好を上手く使うしかないであろう。筑前(秀吉)もそう考えておる。阿波や伊予からの反発が度々上がって来ている。この儘長宗我部の思い通りにさせておいても、こちらに利がない。」
信長は近頃、安土城の本丸に新しく増築された御殿で政務を行う事を好んでいた。
天守閣同様に派手好みな信長らしく洒落た造りで、渡り廊下の欄干は朱塗りに金銀細工にも凝った彫刻が施され、天守閣に繋がっている為、直接往き来が出来る。
まだ暑い夏は終わってはいない。
障子は開け放たれ、自然を切り取り、その儘運んできたような池や川のある美しい庭園が拝めた。
信長の前には明智光秀、側近の猪子兵介、他には力丸と数名の小姓が控えていた。
さほどの秘事ではないと考え、特に人払いはしていない。
「ですが──長宗我部が納得するでしょうか?」
光秀の顔が明らかに曇る。
「それを納得させるのが貴様の役目であろうが!」
『それ』とは、信長に臣従する四国の長宗我部に、四国の領土は切り取り次第とした以前の約束を反故にし、許すのは土佐国と阿波南半国のみで、切り取った伊予と讃岐は返却しろという内容の事である。
四国の領土を争う長宗我部氏と三好氏の根深い争い。
三好氏が織田の敵であった時には、長宗我部には格段に利用価値があった。
だが立場は逆転し、中国で毛利との戦いを繰り広げる今となっては、三好氏の方が遥かに役に立つ。
理屈では光秀にも分かっているが、三好を立てる余り長宗我部との約束を反故にすれば、猛烈な反発があるのは容易に想像出来た。
「長宗我部が納得しなければ……」
蒸し暑い──
油蝉の声がやけに煩く感じられた。
「利がない!と申した!今の長宗我部には大した使い道はない。寧ろ邪魔だ。じゃが、約束を全て反故にするのは憐れ故、土佐と阿波の半分は許すと言っているのじゃ。」
「ですが、それではほとんど自力で攻め取った領土を返せと言っているのと同じ事……」
「くどいのぅ。分かっておるのか?これは命令じゃ!聞かずば、こちらには妥協などない。攻め滅ぼすのみ。貴様の家臣、斎藤利三の妹が元親(長宗我部)の正室なのであろう?今まで通りに上手く使え。」
これ以上、信長に食い下がる事は出来ないと光秀は判断した。
乱法師は信長の元へと向かう途中の渡り廊下で、前から来る光秀に気付き頭を下げた。
しかし光秀はそれに気付かずに行ってしまった。
「上様、ただ今戻りました。」
「伜共は何か言っておったか?」
乱法師は安土に滞在中の信長の三人の息子達に、脇差しを下賜するという使者の役を終え戻ってきたところだった。
「中将様(信忠)は甲斐の武田との関係を気にされているようでした。ただ、それはどちらかと言えば私に話す内容のもので、上様に御伝えするような事では…」
信長はそれを聞き、信忠は一体誰に似たのだろうかと苦笑する。
武田信玄には松姫という娘がいる。
つまり現当主の勝頼の妹なのだが、かつて信忠がまだ十一歳、松姫が七歳の時に婚約が成された。
その後、徳川家康と武田信玄が激突した三方原の戦いで、同盟関係にある織田が徳川を助け、この婚約が破棄されてしまってから随分経過していた。
にも関わらず、何と二人の心に激しい純愛が芽生えてしまったのだ。
当然肌を重ねた事もなければ、御互い顔も見た事すらない。
ところが信忠は松姫からの文を読み、その純情可憐さに胸打たれ、妻は松姫以外考えられないと思い込んでしまった。
信忠には、塩川氏から迎えた妻との間に既に三法師という息子がいるのだが、あくまでも正室の座は松姫の為に空けておく程の執心振りであった。
今年の春、武田方の高天神城が徳川家康によって攻め落とされ、援軍を送れずに見捨てた勝頼の信用は失墜した。
今、武田は織田との和睦を必死に模索している。
信忠が案じるのは、戦になれば松姫が危険に曝されるという事。
つまり、色恋がらみで武田との関係を気にしているのだ。
自分には全くない妙な優しさと純粋さを持つ息子に呆れる他なかった。
「そういえば先程、日向守殿をお見かけ致しましたが…随分、暗い顔をされておられました……」
先程の光秀の様子を思い出す。
「長宗我部には土佐と阿波の半国のみを許すと伝えた!日向がずっと四国の取り次ぎをしておったからな。」
「納得しなければ──戦─でございますか?」
阿波の三好は勿論だが、伊予の西園寺公広や河野氏といった大名は、長宗我部に攻め込まれ歴史ある寺社などを焼かれたと、その暴略振りをしきりに訴え助けを求めてきていた。
そういう苦情は中国攻めを行っている秀吉が取り次ぎ、或いは取り次いだ内容を息の掛かった側近、堀、長谷川、菅谷、矢部、猪子等を通して信長の耳に入れる事もあった。
秀吉は毛利への対抗策として四国の大名達を味方に付ける必要があり、積極的に支援している。
それは無論、彼等と敵対する長宗我部を不利に追い込み、長年その取り次ぎをしてきた光秀をも微妙な立場に追い込むものだった。
友好関係にあろうが縁戚関係にあろうが、状況による関係悪化は良くある事で、信長にしても妹のお市を嫁がせた浅井長政を攻め滅ぼしているのだから柔軟な対応と割り切るしかない。
乱法師の個人的な考えでは、いっそ交渉が決裂し長宗我部が攻め滅ぼされた方が良いのではとすら思っていた。
だが、この危険な考えは心の内に留めている。
彼は信長の決断に多大な影響を及ぼす立場にある有力な側近の一人だからだ。
ただ、彼一人が心に留め置いたところで、信長の側で耳にする長宗我部のここ最近の悪評は酷いものだった。
伊予の大名、西園寺公広は長宗我部をこの儘野放しにしておけば、野心を大にして信長に反旗を翻すと讒言していた。
以前に信長が四国切り取り次第と言ったからとて、四国領土を破竹の勢いで制圧して行く事が、今や織田家にとって利になっていない以上、それは己の野心のみの行いに過ぎない。
しかも四国制圧に専心する余り、織田家最大の敵、毛利氏と手を結ぶ事さえ厭わないのだから、目的の為には当に手段を選ばずの所業であろう。
毛利を攻めるには長宗我部を切り捨て、三好氏に肩入れした方が得策と考えるのは当然の流れ。
もし長宗我部が織田家の友好と庇護を得たいのであれば、己の欲を捨て信長の意向に従うべきだ。
もし約束を反故にした事のみを憤り、命令に従わないのであれば最早用済み。
と、そこまで乱法師は考えていた。
────
兵士達がいる陣屋には無数の篝火が焚かれ、常に火は絶やされる事なく昼のような明るさだ。
因幡にある鳥取城は四方を山に囲まれた山城である。
守将は織田に敵対する毛利の家臣吉川経家。
羽柴秀吉軍に包囲され、兵糧攻めに持ち込まれてから二ヶ月以上が経過している。
海は制圧され、二つ築かれた出城の間は遮断され、兵糧を運び込む道は徹底的に絶たれている。
城内から見れば篝火の明るさは忌々しく映るだろう。
羽柴軍は兵糧攻めにあたり若狭商人に米を高値で買い占めさせ、鳥取城周辺の村を焼き払い村人が城に逃げ込むように仕向けた。
更に鳥取城では兵糧米を高値に釣られ武器弾薬に換えたり売ったりしてしまった為、城兵に加え避難した村人達が生きていくのに数ヵ月も持ち堪えられないだろう。
一方の羽柴軍は丹後但馬から海を経由して兵糧が運び込まれ、何年でも在陣していられそうな程の蓄えがあった。
鳥取城の東にある帝釈山に本陣を構えた秀吉は、飯の真っ最中だった。
居城にいる時程の贅沢な食事は望めなくとも、瓜や茄子の漬物に湯漬けは良く合う。
人は残酷なもので、餓えている者達を前にすれば粗末な陣中の飯でさえ、より旨く感じられるものだ。
陣屋の兵士達も始めは鳥取城に対する嫌がらせで、飯時ともなれば、わざと団扇で扇いで旨そうな薫りを送りもした。
或いは城から見える所に市を開き食べ物を売買させたり、芸人に歌舞音曲を披露させたりもした。
だが飢餓状態が壮絶さを増し、目の前で繰り広げられる共食いの凄まじさに却ってこちらの食欲も士気も減退しそうであった。
総大将の秀吉は山の上。
惨状を見ずに飯は食えても、凄惨な共食いの報告を、飯時だから後にしろなどとは言えずに食べながら聞いていた。
「──余程、腹が減っておるのか──まだ生きてるのを鉈で切り刻み──」
秀吉は器用な男だ。
兵士の報告を聞き、飯を食いながら、今宵抱く女の事を考えていた。
『今宵は、どちらに……いや、いっそ、どちらも並べて……』
どうしても男色に食指が動かない秀吉は、陣中に美女二人を置いていた。
「──切り刻んだ手足を寄って集って貪り─頭が旨いのか──」
『やっぱり今宵は楓にしよう。あの、柔肌──白い乳房──早う、味わいたい。』
「──頭骨を叩き割って──中の──美味なようでございます──」
「なる程、美味か!」
そこで飯を食べ終え箸を置いた。
「あと一月も持ち堪えられぬやもしれぬな。」
陣屋の篝火は、山の上から見下ろすと穏やかに暮らす人家の明かりと見紛うばかりだ。
秀吉に通じている信長の側近衆五人から、長宗我部の四国切り取り次第という約束を信長が反故にする決断をしたと耳に入ってきていた。
褥で女の乳房を揉みしだきながら思った。
『上手く事が運んだ。』
鳥取城を攻めながら、配下の黒田官兵衛、小西行長に三好の支援、淡路の調略を行わせている。
阿波の三好氏の淡路水軍、讃岐の十河氏の水軍、伊予の河野氏の村上水軍。
四国勢の持つ水軍力は毛利攻めに役立つ。
彼等の望みは四国を制圧しようと侵略を繰り返す長宗我部氏の排除。
秀吉と三好を始めとした阿波、伊予の大名は利害がぴったり一致している。
阿波の木津城主、篠原自遁や讃岐の安富氏も軍師の黒田官兵衛に調略させ従わせた。
臣従した篠原自遁に兵糧や武器を支援して積極的に長宗我部に対抗させている。
約束を反故にされて憤る長宗我部の説得に当たる光秀からすれば嫌がらせのようなものだ。
だが飄々とした秀吉に悪気なんかない。
ともかく敵は毛利であり、戦に勝つ為の手段として偶々利害が一致したから手を結んだだけ。
「──ああん──はぅ──んあっあぁーー」
激しく腰を動かすと、女は媚びるような甘えた声で縋り付いてくる。
『全く女は可愛いいのぅ……』
女の柔らかい尻を手でじっくりと撫で回し、鷲掴みにして強く突き上げる。
『こんなに女が好きで好きで毎日のように抱いておるのに子宝に恵まれないのは何故じゃろうか?子種が少ないのかのぅ。』
やっと産まれたと思ったら夭折してしまったりで、四十五歳になるのに秀吉には後継ぎがいない。
秀吉が男色に惹かれない理由は、出自の低さ故に上流階級の風習に馴染めないせいもあるが、男に無駄に子種を撃ち込んでいる暇があったら、女に一発でも多く撃ち込んだ方が良いという切実な理由もあるのだ。
背丈が五尺しかないからというのもあるかもしれない。
女より顔が美しかろうが、男である以上体格は女より良いに決まっている。
己より背が高い女は抱けても、己より男前で体格の良い男にはそそられなかった。
彼は万事につけて、あまり恵まれているとは言えない。
異常な程前向きなのか要領が良いのか、欠点も不運も全て味方に付けてしまうところはあった。
人を極端に蹴落とそうと画策する程腹黒い訳でもないのだが、偶々跳び込んで来た幸運は絶対にものにし利用する。
そのせいで不幸になる人間がいようとも、そこまで構っていられない。
人が羨む物など何一つ、天は与えてくれなかったのだから──
以前にやっと授かった嫡男を亡くし悲嘆に暮れたが、その時ですら良い考えを思い付いた。
信長の息子を養子に迎える事を。
人にくれてやれるほど子沢山な信長は、哀しみに暮れる秀吉を憐れみ快く承諾した。
それにより信長の四男、御次丸を養子として迎えたのだ。
『これで領土は安泰じゃ!』
伜の養父の土地は多分召し上げないだろうし、何かあった時に養子の陰に隠れて庇って貰おうという打算があった。
彼には良い意味でも悪い意味でも誇りなどない。
信長の側近衆に媚びへつらうどころか、その気になれば信長の足の裏だって舐めて見せる。
身の丈五尺の体格では、戦場で敵と組み合い首級を上げるような派手な武功も無い。
但し警戒心を抱かせない不細工な容姿と愛敬で人心を取り込み、風向きを読むのには長けていた。
そして今、風向きは自分に向いていると感じていた。
強い風に乗れば、最大限に力を発揮出来る。
────
乱法師は自邸に京の公卿、吉田兼和を迎えていた。
「此度も立派な御馬揃えでおじゃりましたなぁ。何度見ても上様が所有される名馬の素晴らしい事。」
八月に安土の馬場で行った馬揃えの話だ。
信長への献上品を携えて来たので乱法師が披露したが、対面は特になかった。
取り次ぎ役は乱法師以外の者でも良いところ、吉田兼和は大抵彼に依頼してくる。
取り次ぎをした事に対する細やかな礼として刀の下緒を三本貰った。
「そらそうと、高野山偉う物騒な事になってますなぁ。高野聖色んな所で大勢捕らえられてるやら...詳しい事は分かりまへんが、皆処刑されるんどすか?」
「今のところは──恐らく。」
処刑される事だけは間違いないだろう。
『数が多いから、荒木の時のように家に閉じ込めて焼き殺すのだろうか。』
此度は無抵抗の人質を処刑するのとは異なり、荒木村重の残党を匿っていた罪に因るものだ。
引き渡しを命じる使者を十人も殺害した。
高野聖とは諸国を渡り歩いて勧進を行う僧侶の事だが、密偵としての活動を行う者も中に紛れ込んでいる。
高野山に対する見せしめと密偵の捕縛という目的で、畿内で片っ端から高野聖を捕えさせていた。
「上様のきょうびの御気色は……あまり宜しゅうあらへんようでいてはりますのんな?」
「日頃の御様子は特に御変わりございませぬ。高野山の事は高野山の事。」
そう答えた乱法師は、今年に入って春頃から血生臭い事件が続いているように感じていた。
四月に秀吉の居城、長浜城まで馬で駆け湖を舟で進み、竹生島まで参詣するというので供をした時の事。
往復で三十里もある上に、ただ行って帰って来るだけではないので、留守の者達は長浜城に泊まってくるものだと思っていた。
極めて厳しく激しい気性の主が一泊して帰ってこないとなれば、考える事は今も昔も変わらない。
城中、およそ全ての者が思った。
羽を伸ばせると──
ところが供をしたのは乱法師以下、五、六人の小姓達だから頗る若い。
そして十代の若者にひけをとらないどころか、それ以上の体力を誇るからこそ周りの疲労に気づかない。
それが信長の困ったところでもあった。
皆の期待を裏切り、日帰りで帰ってきてしまった。
主が戻って来た時に家臣達が出迎えるのが当然の決まりだが、帰って来る事を予期していた時のような整然さが全くなかった。
鋭い信長の目には醜態と映る程に、焦りばらつき落ち着きの無さは明らかだった。
女房衆の数が少ない理由を問い質し、二の丸辺りを彷徨《うろつ》いていた者数名を縛り上げ、桑実寺まで無断で外出していた者数名の出頭を直ちに命じた。
桑実寺の長老が、つい女子のした事だからと要らぬ仏心を出してしまい更に信長の怒りに火を点けて斬られた。
激怒している上に、一度決めた厳罰を信長が翻す事などあり得ない。
職務怠慢の女子達は全員、問答無用で斬首された。
この事件でまた信長の冷酷非道振りが、安土から諸国に伝わるのだろうか。
惚れた弱味で乱法師の心は常に信長に寄り添っている為、処罰させた側が悪いのだと考えてしまう。
たった一泊程度の不在で気が緩み怠けるのかと。
信長の憤る心の声が聞こえてくるようだった。
此度の事は女房衆だけの問題でない事は一目瞭然。
今回だけではなく、主が不在の時に度々こんな真似をしていた可能性を考えれば些細な悪事では済まされない。
城内には女達の不在を知り得た者もいた筈。
城内は広く、留守居役を任されたとて全ての者達の所在を把握するのは至難の技であろう。
ならば尚更、一人一人の心にしっかり植え付けなければなるまい。
このような事をした場合はこうなるのだと。
未だ各地で戦いが繰り広げられているというのに、主の留守中に平気で無断外出するような城内に、策を巡らすのは容易と敵の間者は考えるだろう。
物事の上辺だけを見ずに、後の影響を考え瞬時に苛酷な処罰を決断する。
一見罪の無い高野聖を片っ端から捕らえたり、無断で外出したとはいえ女子を斬るなど激情に駆られた狂気のように見えるかもしれない。
だが少なくとも信長は必要でないと判断すれば無駄に人を殺して楽しむ趣味はないし、女子衆を斬れば悪しざまに言われる事も承知している。
偶々発覚した女房衆の怠慢は、今後の事を考えれば断固とした処罰が必要と考えたのだ。
「上様は東には武田、西には毛利ちゅう大敵との戦を控えてはる身。いよいよ御出馬される折りには、この吉田兼和に是非知らせとぉくれやす。先勝祈願させて頂きます。」
「是非その時には──武田は調略の行方次第でございましょう。毛利は御存じのように羽柴筑前守殿が対峙しております故。」
そう答えた彼は、耳にした凄惨な兵糧攻めの実態を思い出し美しい眉を潜めた。
「羽柴様は以前お会いした際、にこにこと笑うとられて恐ろしい感じはいっこもしまへんどしたけど、えらい非道な策を取られるんどすなぁ。」
批判的な言い様に、兼和が光秀とかなり親しい間柄である事を思い出す。
『長宗我部の件を日向守殿から聞いているのか?軍事的な事まで、すぐに知り得るとは相当親しいのじゃな。』
とも感じたが、都の公卿故、秀吉の事を快く思わぬだけかもしれないとも考えた。
風流な知識人で公卿のような優しげな風貌の光秀の方が、剥げ鼠と渾名される如何にも学がなく下賤な雰囲気の秀吉よりも好もしいのだろう。
ふと長宗我部の件をすぐに知り得た理由に思い至り、兼和に訊ねる。
「この度は日向守殿にはお気の毒な事でございました。此度こちらに立ち寄られたのは、日向守殿の妹御の事でございましたか?」
八月初旬、明智光秀の義理の妹が病で亡くなっていた。
「──ええ、まあ文で知らせを受けて、こないだ坂本に行って会うて参りました。酷う落胆してましたけど、こればっかりは……人の生き死にだけは、どうにもならんもんどす。ただ、妹はんの事だけでのう……」
言い澱んだ兼和の様子に、開けていた障子を閉めに立つ。
初秋を感じさせる鈴虫の鳴き声が少し小さくなった。
「妹御の事だけではない?」
「四国の情勢変わったと……その事も頭痛いようで。何しろ明智家の重臣である石谷頼辰と斎藤利三の妹は、土佐の長宗我部元親の正室どすやろ?今まで縁戚やさかいとえらい互いに打ち解けて、上様とのあいさも取り持ってきたのに──今更、三好を優遇する余り四国切り取り次第をなかったものにとは──」
吉田兼和は乱法師の表情を伺いながら言った。
「日向守殿の御気持ちは分かりますが、今は中国で毛利勢と対峙する筑前殿への支援が先決。三好ばかりに肩入れという訳ではござらぬが、長宗我部と三好が四国の領土を取り合う事は天下の為にはなりませぬ。三好や四国の織田家に臣従する大名達は元の領地の回復を求めているだけ。何も全ての領地を取り上げると申している訳ではないのですから、納得して貰うしかありますまい。」
「仰せはごもっともでおじゃるが、承服しいひん場合の事を何よりも案じとりましてのぅ。いささか、急な政策の御変更に十兵衛はんはおつむを悩ませてるさかい。上様は長宗我部を追い込み御征伐を御望みなのか、それとも承服致せば立場は守られるんか?なんか御乱殿にええ策はございまへんか?」
長宗我部に対する思い入れが全くない故に今一親身になれないが、己が日向守と同じ苦境に立たされたらどうするだろうかと、ふと考えた。
「まず、第一に上様の御意向に従う事が前提なれど、素直に従うとは思えませぬ。上様と三好と長宗我部との間を取り持ち、均衡を保つ事が出来る人物を上手く使うのが宜しいかと。長宗我部元親の弟、香宗我部親泰に話を通した上で、説得すれば戦は避けられるやもしれませぬ。」
香宗我部親泰は、元親の弟で非常に外交手腕に長けている。
信長に交渉し、元親の息子の烏帽子親として、信の一字を偏諱《へんき》として 賜るなど織田家との友好関係を築くのに尽力した。
昨年は情勢の変化を感じ、三好との和睦の仲介を信長に求めるなど、実に抜け目ない。
武人寄りの兄の長宗我部元親に直接約束反古を伝えれば激昂するのは明らか故、弟の香宗我部を交渉に巻き込み兄を説得する方向に持っていくのが得策だろう。
「専ら外交を得意とする弟ならば、今、織田家や阿波、伊予の大名達を敵に回すのは愚かな結末を迎えると理解するでしょう。」
「ほんでも、やはり交渉が決裂した場合は-……」
吉田兼和が何を望み、己からどんな答えを引き出したいのかと乱法師は考え答えた。
「長宗我部が従わねば戦は避けられぬとは思いますが、交渉が決裂したからといって、日向守殿に厳しい御咎めがあるとは思いませぬ。敵は毛利だけではなく、その先には九州もございます。日向守殿は博多の商人や島津家久殿まで城に御迎えになられた事があるとか。文武に秀で、調略も政も器用に成される日向守殿の御才覚を上様は大変高く評されていらっしゃいます。」
吉田兼和の表情が和らいだ。
『長宗我部との戦よりも交渉が上手くいかなかった場合の己の立場を案じているという訳か。』
与力を多く抱える光秀のような大身や、吉田兼和のような親ほど年が離れた都の殿上人が己のような若輩者の機嫌を取り結んでくるのには、さすがに馴れてきた。
特殊な立場は周囲にはどう映るのだろう。
秀才だと誉められたところで、他の年上の側近衆のように重責は未だ担わされていない事に疾うに気付いている。
信長の名代として出向けば嫡男の信忠ですら平伏し、父の信長に対して直接書状を送らず乱法師に宛て取り次ぎを依頼してくる。
実体は使者や取り次ぎ役など、小姓に毛が生えたような仕事しか任されておらず、戦経験どころか目付役も検使役すらした事がないというのに──
信長の愛故に己の立場が守られ、重用されているのではなく寵愛されているだけなのに──
「もし万一上様の御不興を買い、十兵衛はんの立場偉う悪なるような事があればどうか、お取り成し頂く訳には参りまへんでっしゃろか……今回の事だけは、いやに十兵衛はんにとって旗色悪過ぎるさかい……」
皆、お乱殿、お乱殿と、自分に胡麻をすれば何とかなると思っているようだが、他人の尻拭いに対して意外と余裕がない心の内を誰が知るだろう。
他の家臣達のような、血と汗の混じった泥臭さが全くなく、謀略をして今の地位を得たというような卑屈な感じもない。
諸将と側近達の繋がりには互いを守り合う意味もあるが、乱法師だけは一人超然として裏で誰とも通じていない。
味方に付ければ心強い限りだが、常に満たされ欲を感じないような清らかな佇まいに、心に入り込む隙がないと思われているようだ。
その身も心も信長只一人の為にあるかのように。
───だが家族は別物。
彼の家族に問題がある事は最早衆知の事実だ。
兄の長可が京での馬揃えの際に毛利河内守の馬丁を勝手に斬り捨て、大きな遺恨を残してしまった。
お咎めなしの甘い裁決に毛利河内守が黙っている訳がない。
長可の悪行を、織田家中の者に吹聴しまくり鬱憤を晴らした。
乱法師の耳に入ってくるだけなら救いようがあるが、何と本人の耳にまで入ってしまい、反省する事のない長可は懲りもせず毛利河内守に喧嘩をふっかけたらしいと小姓の小倉松寿が親切に教えてくれた。
毛利河内守との溝を修復する事は最早不可能。
信長がいくら自分達兄弟に甘いからとて、これ以上兄の悪行が耳に入らぬようにせねばと苦心するのは弟として当然だ。
幸い、坊丸、力丸も小姓として侍っている為、三人で力を合わせて揉み消している真最中だった。
はっきり言って他家の尻拭いなどしている余裕はない。
光秀に何かあった時の取り成しを求める吉田兼和に、「兄の尻拭いに忙しくしておりますので他家の尻拭いには手が回りませぬ。」と言う訳にもいかない。
「無論、日向守殿が気まずい思いをされるような事があれば、私に出来る事でしたら御力になりましょう。」
涼しげな顔で『私に出来る事でしたら』という部分に力を込めて適当にあしらう。
大体、明智と長宗我部の縁戚関係など、どれ程の事もない。
たかが明智の重臣、石谷頼辰と斎藤利三の妹とやらが長宗我部に嫁いでいるというだけであろう。
こちらは実兄なのだ。
問題があるからと斬る訳にはいかない。
以前は母と叔父が本願寺に内通し肝を冷やした事もあった。
自分の立場を気にするのであれば、いっそ重臣ごと縁を切ってしまえば良いだろうと腹の内でかなり非情な事を考えた。
「お乱殿に御力になって頂けるのどしたら、千人力どすなぁ。これ聞いたら十兵衛はんも失敗を怖れずに長宗我部との交渉に専任出来るさかい。」
相当力になって貰えると思い込んでいるのか、喜色満面の笑みを浮かべた。
「そらそうと、以前に延期になっとった帝の譲位の件。上様はなんか仰せではいらしゃいまへんか?」
何気なさを装おうとしているが、身を乗り出し、どう見ても力が入っている。
『先程は日向守の立場の心配で、次は己の保身か?やれやれ、年を取ると随分忙しいものじゃ。』
武家伝奏という職務がある。
武家伝奏とは朝廷の職で、主に武家からの奏請を取り次ぐ。
謂わば、乱法師の職務と同じような事を朝廷で行っている。
今は勧修寺晴豊がその任に就いていた。
公武の正式な橋渡し役が晴豊になるのだが、晴豊は橋渡し役であっても、はっきりと朝廷側の人間だ。
乱法師は織田家の武将と信長との橋渡し役だが、勅使、或いは吉田兼和のような公卿からの伝奏も取り次ぐ。
公家でありながら、武家贔屓の橋渡し役が吉田兼和や近衛前久父子と言えるのかもしれない。
彼らは勧修寺晴豊のような公の時だけでなく、私的にも積極的に武家と交わり深く入り込んでいる。
吉田兼和は細川藤孝の従兄である上に、頻繁に坂本城を訪ね、茶会や連歌の会などに招かれる程、光秀とも親しい。
近衛前久父子は趣味の鷹狩りを通して信長と交流を深め、従軍まで許されている。
当然、軍事的内情の詳細を知り得るのだ。
これが良いか悪いかは情勢次第。
武家と公家は水面下で蔑み合っている。
武家に近付き過ぎる事を快く思わない者達もいるが、近衛前久や吉田兼和は信長を始めとする武家と関わる事で朝廷内での地位を高めてもきたのだ。
「譲位の事はいずれと……朝廷の官職推任についても、ありがたい仰せであると御勅使様には御伝え致しました。あまり落ち着かない情勢での譲位は、お気が進まぬだけかと。まず武田、毛利等の状況次第。世が先ず治まらねばと御考えなのだと思いまする。時が来れば帝の譲位の吉日を兼和殿に占って頂く事になりましょうな。」
「ほな、ほな──やっぱし、上様は官職に就く事を望まれてるのでおじゃりますか?して、どないな官職を御望みなのか?ご存知やったらお教え頂きたい。」
朝廷は形ばかりで財力は無く、古より続く権威に利用価値があり、武家に対する取引材料は官位官職のみ。
信長がかつて尾張の一田舎大名として上洛を果たした時には、官職は例えようもない程価値のあるものだった。
群雄割拠する乱世で誰が正義かなど本来決められる筈はないのだから。
所詮、簒奪者であろうが、勝った者が正義とはいえ、諸大名の領土を武力で制圧しただけでは只のならず者になってしまう。
既存の権威である朝廷から認められ、諸国を侵略する大義名分を得た証明が官位官職なのだ。
今は少し状況が異なり、乱法師が信長の側で発言や様子を伺う限りでは、全く官職を欲していないように感じられる。
寧ろ官職を得る事で既存の古臭い権威に組み込まれ、例え意味のないものでも任官すれば公家社会の序列の中での振る舞いを要求されてしまう。
信長が如何に型破りでも、任官した以上、多少は宮中の風習に従わなければならない場面も出てくるだろう。
今の信長にとって官職など首枷のように邪魔な物であり、朝廷側にとっては恩を売り首枷に出来るのではという思惑が透けて見える。
官職という餌に飛び付かなければ、朝廷には獰猛な虎を大人しくさせる餌が他にない。
「上様が、いずれの官職を御望みかは私は存じ上げませぬが──帝の譲位の事も官職の事も今はその時ではないとお考えなのだと推察致しまする。」
まさか、いずれの官職に就くのも面倒がっているようだとは口が裂けても言えない。
「そうどすか……まだ先の…でおじゃるか。上様が早う天下平定される事を一心に神様に祈らせて貰います。」
兼和は、明確な答えが得られずに残念そうだった。
いらないと言っている訳では決してない。
官職は使える時には使えるのだ。
そして信長自身には必要なくとも、嫡男信忠の前に征服すべき諸大名をひれ伏させる時には役に立つだろう。
信忠が松永久秀を討伐した時の恩賞としての、三位中将任官だったのだ。
ならば武田討伐で手柄を立てさせ、織田家中にも敵対する諸大名にも、名実共に天下を譲り受けるに相応しい跡継ぎとして分かりやすく知らしめる為に、新しい官職に就かせるのも良いだろう。
信長の側でそんな内容の話を耳にした記憶があった。
結局、望む答えの半分は今のところ諦めるしかないと判断したのか、この後側近の猪子兵介の元にも立ち寄るからと吉田兼和は邸を後にした。
猪子兵介は斎藤道三の元家臣で、陣中での検使役、知行の検分や、高天神城を包囲していた家康の元に遣わされるなど職務は多岐に渡り、権勢のある側近の一人だ。
斎藤道三の家臣であったくらいだから、年は四十を超え、信長との付き合いも長く信頼は篤い。
それを見越して秀吉も吉田兼和も彼に取り入ろうと、贈り物と言えば聞こえは良いが、賄賂を度々渡していた。
明らかに猪子兵介の方が年上で、任される役目も重い内容が多いのに、乱法師を格上の側近として吉田兼和は位置づけ扱っている。
一応序列はあるが、誰が誰より上かなど外からは分かりにくい。
年上だからとか、仕事を多く任され名前を良く耳にするから重用されている、というような感覚的基準であろうか。
乱法師はどれにも当てはまらないのだが、兼和は必ず彼を上に立て、訪問する順序も先なら、日記に名を記す際にも信長の血筋は除いて、必ず乱法師の名前を最初に記した。
彼の事を常に信長の名代と捉えているのか、前の関白近衛前久の名よりも前に記す程の敬いぶりだった。
────
まだ、少しだけ暑さが残る初秋。
各地で捕らえられた高野聖、およそ千人が処刑された。
乱法師の予想は外れ、全て斬首。
この時代は常に公開処刑である。
家に閉じ込め焼き殺すよりも、見物人に見せる目的で斬首を選んだのか。
高野聖を並べて片っ端から首を刎ねる役目を命じられたのは小姓衆だった。
小姓の中には、坊丸と力丸がいる。
そして小倉松寿も──
弟達や松寿が人を斬ったとて、戦で人を殺めるより後味が悪いというだけで、武家の男子ならば遅かれ早かれ経験する事だ。
寧ろ、戦に臨む前の試し斬りなのだと言い聞かせようとした。
己がまだ一人も人を斬った経験がない事を思い、此度の処刑役に加えて貰おうと、信長の顔を見た。
「そなたは行かずとも良い。」
言葉を発する前に、すぐに心の内を読まれてしまう。
「ですが──」
まだ続けようとすると信長は人払いを命じた。
子供扱いされているようで少し腹が立った。
『儂がごねると思っておられるのか。』
「そなたを子供扱いしている訳ではない。第一、そなたより子供の小姓達にやらせるのじゃからな。」
静かに信長が口を開いた。
「何故……私は……」
「そなたは只の小姓ではない。立場をわきまえよ!処刑役などやらせぬ。」
その言葉は正しかった。
地位が上がれば自らの手は汚さなくなるものだ。
でも何処か間違っているようにも感じた。
それが何処かが分からぬうちに信長の言葉が続いた。
「儂の側に常に侍り、名代として使者や取り次ぎをするそなたが、衆人環視の前で高野聖共の首を刎ねるなど。それがどういう事か分かっておるのか。」
やはり言っている事は間違っていない、と思おうとした。
取り次ぎ役とは家に例えるなら入り口であろう。
入り口は掃き浄められ美しくなければならない。
常に近侍する乱法師の振る舞い一つが、信長の威信を上げもするし下げもするのだ。
名代として品良く優美な乱法師を好んで遣わすのは、己の体面を飾る目的もある。
そのような者に衆人環視の前で憎まれ役となりやすい処刑役などさせる訳にはいかない。
納得したような納得出来ぬような──
何処か間違っているという何処かとは私的な理由だ。
乱法師を単独で戦目付けとして派遣した事もなければ、処刑の検使役も罪を糾明する役も、敵方への使者はおろか戦の前線に送り出す事もしない。
表向きは彼を重用しているつもりでいるが、危険な事と汚れ仕事はさせたくないし、長期間側から離れなければならない遠方への使者の役もやらせたくないというのが本音だろう。
但し、わざわざ他にいるのに無理して処刑役などやりたがるのもどうか。
問題を起こす兄に加え、自身も特殊な立場で何かと噂になりやすい為、据え物斬りが好きだと思われたら信長の印象が益々悪くなってしまう。
寵愛が過剰であるにせよ、信長の心の声を聞き理解し側に立ち、諸将に柔らかく意向を伝える。
彼に寄せる信頼は血を分けた息子以上であろう。
信長の手足、血肉。
二人の周囲に与える印象は火と水程違っても常に一体なのだ。
二人の間の他者が入り込めぬ強い絆と、如何に若年でも信長の分身のような彼を、何人たりとも軽々しく扱う事は出来なかった。
─────
十月、城内での共食いという凄惨さが、後世にまで『鳥取の渇泣かし』として語り継がれる兵糧攻めの末、守将、吉川経家の切腹で鳥取城は開城した。
飢えで地獄の餓鬼か魑魅魍魎の如く腹が膨れ上がり、形相凄まじい城兵達に、羽柴秀吉は即座に粥を振る舞ったのだが、空っぽの胃にいきなり食物を入れ込んだせいで胃痙攣を起こし、その時点で命を落とす者も数多いたとか。
当初は抗戦を主張していた森下道誉と中村春続の命と引き換えに、城内の者達の助命をするとの条件であった。
秀吉は吉川経家は助けようと信長に助命嘆願した。
吉川経家に抗戦の罪はないとの理由と、やはり武将として筋が通った男気に感服したからというのもある。
信長も助命を許した。
だが大抵、男気溢れた武将は責任感が強く、城兵が飢えに苦しみ死んでいったというのに、己一人生き残るのを潔しとせず切腹の意志を変えなかった。
忠誠心も誇りも投げ捨てられる人間は、助けたくなくても長生きするものだというのに。
吉川経家が、まだ幼い子供達に宛てた遺書は、読めるようにと平仮名が多く使われていたと云う──
──────
「いよいよ巣立ちの時じゃ!鳥小屋から出してみよう。今度の鷹狩りで早速使えるかどうか。」
言いながら楽しげに向かうのは、所有の鷹が多数飼育されている鷹舎である。
信長が雪のような純白の鷹を、殊の他秘蔵した事が諸国にも知れ渡り、別の真っ白な鷹の雛が献上されていた。
鷹匠が育て、この度小屋から出して飛ばせて見る事になったのだ。
無事に巣立った白鷹は気持ち良さそうに飛翔すると、完全な野生ではないので鷹匠の合図で腕に戻ってくる。
鷹の調教と飼育は、まるで我が子を育てるかのようだ。
懐くまで寝食を共にし愛情を注ぎ、信頼関係を築いているからこそ、また腕の中に戻ってくる。
空高く飛ぶ鷹を見上げながら、乱法師はそんな事を思い巡らし、嘗て白鷹を彼に似ていると信長が言った時、子供っぽく腹を立てた事を思い出した。
翌日、早朝から安土城の東の方角に流れる愛知川の辺りで、弥助も伴い巣立ったばかりの鷹を使い鷹狩りをした。
「オッハヨーゴゼーマス!」
元々陽気な質で、中々賢いのか言葉も随分達者になった弥助である。
そんな彼を気に入り、頻繁に供の衆に加えているせいか、安土周辺に住む者達は弥助の異国人としての容姿にすっかり馴染み、以前は出掛ける度に人だかりが出来て大変だったのだが、今はそのような事もなくなっていた。
武道は槍も刀も上達し、なまじ膂力《りょりょく》があるだけに力に頼り過ぎてしまうとはいえ、実際に戦で相対すれば一対一なら弥助に勝つのは至難の業だろう。
鷹狩りの後は、安土城から南西の方角に建設を許可したセミナリオ(神学校)に行く事になった。
セミナリオは三階建ての立派な建物で、奥内にまで入るのは初めてだが、安土の天守閣からも遠目に見る事が出来る。
安土城と同じ鮮やかな青色の瓦に陽光が当たると瑠璃色に煌めく。
日本に建てられた和の様式の建築物でありながら、何処か異国情緒漂うのは、切支丹の学校だからか信長の趣味なのか。
完成して間もないセミナリオは間近で見るとどこもかしこも新しく、神学校なだけに驚くほど清潔だった。
既に切支丹大名、摂津の高山右近の家臣の中から優秀な子弟が選ばれ、ここで学ばせている。
授業の内容はキリスト教理論、日本の文学、ラテン語、修辞学に音楽も含まれる。
一階には茶室付きの座敷まであり客人を持て成せるようになっていて、二階に上がると神父の居室、三階が教室と生徒達の寝泊まりする寄宿所となっていた。
乱法師や供の小姓達とあまり年が変わらない、それよりも年若い少年達が熱心に神父の教義に耳を傾けているところだった。
信長は日頃の活動の様子を見たかったので、特に堅苦しい挨拶や気遣いは要らぬと伝えさせた。
「せっかく上様にお越し頂いたのですから、まだ拙い技巧ではありますが、少年達のクレヴォとビオラの演奏を聞いて頂きたいのです。」
神父が言う異国の楽器クレヴォとは、鍵盤で音を奏でる現代のオルガンのようなものだ。
ビオラは現代のビオラよりも大型で、寧ろチェロかコントラバスに似て床に置いて弾く。
日本では馴染みのない形状の楽器が一体どのような音色を奏でるのかと、乱法師の胸は期待で高鳴った。
少年が指で鍵盤を押さえ、別の少年がビオラの弦に添わせて弓を引く。
クレヴォの音を最初に耳にした瞬間、確かな旋律の中に鈴のような軽やかな音色が響き、不思議な感覚に囚われた。
ビオラは低く人の声のように暖かで愁いを帯び、心の奥深くを揺さぶるように長く伸びやかに響く。
クレヴォの癒しの煌めく音色が美しく鳴り響くと、低く震えるビオラの音色が共鳴し混じり合う。
そして他の数名の少年達は、習い覚えたラテン語で音に合わせて歌う。
全く異なる音が重なり混じり、一つの音楽を作り上げていく。
信長と供の家臣の者達は異国の音色に聞き惚れ、静かに耳を傾け、各々の記憶に思いを馳せた。
哀しみの記憶か、愛する者との幸せな記憶か──
弥助は目を閉じていた。
心の内に広がるのは、幼き日に生き別れた家族と熱い大地の祖国の情景だったのかもしれない。
肘を付きゆったりと異国の椅子に腰掛け、聞き入る信長の横顔を乱法師は見つめた。
高い鼻梁の美しい横顔は、穏やかな眼差しで熱心に演奏をする少年達を優しげに見ていた。
音に耳を傾けながら、信長の横顔を見つめているうちに、いつしか一筋の涙が頬を伝う。
その涙の意味は分からなかったが、彼の心に様々な記憶が去来した。
木曽川を下り安土に来た日の事。
初めて信長に会った日の事。
────初めて抱かれた夜の事。
信長を愛しいと思う己の気持ちに初めて気付いた日の事。
時は流れているのだ。
河のように、きっと何百年も後の者が見たとて水の流れる情景には変わりはないのだろう。
だが、流れる水の色には変化は無くとも、確かに流れているのだ。
確実に未来へ向かって──
時を止める事は誰にも出来ない。
例え訪れる未来が望む未来でないとしても。
彼の心に強く、白鷹が空を舞う姿が蘇った。
心地良さそうに飛翔していた。
自由とは、心地良いものなのか──
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