森蘭丸外伝─果心居士

春野わか

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「何い?人間の分際で!儂は神なのじゃ、敬え膝間付け!儂を誰だと思っておる!儂は──」

 もう少しで名を聞き出せるところだったのにと六助は舌打ちした。
 それにしても挑発されたぐらいで直ぐに逆上するのは立派な弱点となろう。

「ふん、名を言えば信じちゃったものを!やったら聞くぞ。神の癖に陽の光りが怖いのか?夜にこそこそ忍んで来るのは何でや?妖魔悪霊が神を騙っちゅーっ思われても仕方ねえやろう」

「その手には乗らぬぞ六助!儂は陽光なぞ恐れておらぬ。闇を恐れる愚かな人間共に合わせているだけじゃあ。くくく、気付いているか?人とは朝起きて夜寝る生き物だという事を。人では無い儂に出来る事がお前等には出来ぬという事をな」

「……んん、ぅ……」

 柔らかな曲線を描く滑らかな頬に影を落とす長い睫毛が微かに震え、開いた唇から小さな声が洩れ乱法師が寝返りを打った。
 緊迫した空気に気付く様子も無く、寝顔はひたすら無邪気で愛らしい。

 未だ暑さが残る夜、胸から腰下辺りまでしか覆っていない衾が捲れ、乱れた寝衣から白い脚が太股近くまで露になる。 
 
 同時にそちらに目を遣るが、注ぐ視線は天と地程の差があった。

 引き続き気持ち好さそうに眠る乱法師を見て、六助は安堵した。

 だが果心は──

「六助、結界を解けえぇーー」

 乱法師の寝姿に欲情したのか塒を解き、飢えた獣さながらに唾液を滴らせる。

「げに気持ち悪いな。若様には手は出させねえっ言うたろう!とっとと失せろ!この不細工が! 」

「ぐぐぅ、強がっておられるのは今のうちじゃぞ。お前一人で守れる筈が無かろう。精々出来るのは結界を張るぐらいか」

「くっ!やったら結界を張り続けちゃる!われみてえなのに若様は渡さねえ」

「素直に渡せえ。従えばお前の命は助けてやる。聞かねば腸を引き摺り出して喰ろうてやるぞ。儂の正体を突き止めぬ限り、お前はずっと毎夜寝られず乱法師を守り続けなければならなくなる。術を切る事も跳ね返す事も出来ないお前は直に弱るじゃろう。くくく…六助……」
 
 幽体が一瞬薄くなり、振れ霞みながら近付いてくる。

「昼なら手え出せるがゆうなら出してみろ!こっちにとっては都合ええしなあ」

 そう強がって見せたが額には汗が滲んでいた。
 愛しい相手と共に過ごす一夜なら時は早く進むが、毎晩こんな化け物に夜這いを掛けられたら身体よりも精神を病んでしまいそうだった。
 況してや、ずっと付き纏われてきた無垢な心は潰れんばかりであろうと拳を握り締める。

「素直になれえ。お前は呪いを返せぬ。もし無理をすればお前自身がずたずたに切り裂かれるだけじゃ。お前の家族もなあ。闇に落ち永久に苦しむ。それでも良いのかあ」

「われは口も臭いがよ!近寄んな!それ以上近寄ったら──」

 さっと印を結び、結界の『囲い』を変化させる呪文を唱えた。

「五方十二が方へ御関の大神様と行い招じまいらする」

 結界に触れんばかりに首を突き出していた果心が慌てて退く。

 囲いは八幡鎧囲いから剣囲いに変化し、尖った切っ先が、もう少しで果心の幽体を切り裂くところだった。
 とはいえ所詮幽体であり、この場から消し去るぐらいが精々である。

 大幣を手に取ったものの、果心の言う通りだ。
 呪いとは敵に返されてしまえば自分に降り掛かる両刃の剣であり、呪詛返しであってもそれは変わらない。

 その災禍は様々だが、病や親族に累が及ぶのは無論の事、子供が生まれない、または子々孫々にまで引き継がれていくという恐ろしい結果を招くのである。

 よって確実に返さねばならず、その為には真の名を突き止める必要があった。

「どうしたあ?そこまでか?少しでも隙を見せてみろ。結界ごと捻り潰してくれるわ」

 具体的な反撃方法を見出だせない六助を威嚇し嘲り揺さぶりを掛ける。

 何よりも辛いのは、乱法師を差し出さないと家族も只では済まぬと脅され、しつこく囁かれ攻め落としに掛かってくる事だった。

 果心との睨み合いは未明まで続いた。

──

 小鳥達が囀ずる気持ちの良い早朝、爽やかに目覚めた乱法師は晴れやかな表情で信長の御殿に向かう石段を登っていた。

 昨夜はぐっすり眠れ、若い身体に久しぶりに活力が漲っている。

「流石は六助じゃ。果心も昨夜は恐れて来れなかったようじゃな」

「はっ、左様で──上様も乱法師様の御元気な御様子にきっと安堵なされる事でございましょう」

 武藤三郎に言われ耳朶を桃色に染める様子は恋する乙女のようだ。

 だが後ろに従う三郎の表情が乱法師とは対照的に暗く俯き加減なのは、昨夜の詳細を耳にしていたからだった。

『果心が来たなんて絶対に言わねえでくだせえ。今夜も奴は来る言いゆーんや。その事知ったら、ゆっくりお休みになる事も出来ねえ』
 
 六助は、そう念押しした。

 部屋の様子に変化は無かったので、乱法師は目覚めると開口一番嬉しそうに言ったのだ。

「果心は来なかったのじゃな」と。

 六助には言えなかった。
 何もかも言えない事ばかりだった。

 無論、それを打ち明けられた三郎も藤兵衛も同じ気持ちだった。

「儂等は何をすれば良い? 」

「果心の名と住み処を突き止めて下せえ。それしかねえ」

「手掛かりを掴んでも擦り抜けてしまうような相手の名など特定出来るのか。況して住み処など、どうやって探して良いのやら」

 得体の知れぬ敵との戦い方に悩み藤兵衛も苦渋を面に滲ませる。

「方術での戦いは六助に任せるしか無いのですから。細い糸でも伝って行けば、敵の正体に辿り着けるやも知れませぬ」

 三郎が努めて力強く藤兵衛を励ました。

「住み処については儂に策がごぜえます。奴が現れたら今夜試してみようかと」

「おお!頼もしい!して、その策とは? 」

「いや、上手ういけば今よりはちっくとはましってだけで、あんまり期待しねえで下せえ」

 と、そんなやり取りが三人の間で交わされているとは知らぬ乱法師の足取りは軽かった。

「今宵も現れねば良いが」

 だが突然ぽつりと洩れた小さな呟きに三郎の胸が痛んだ。

「六助は今宵も寝ずに御守りすると申しておりました」

 微妙に答えになっていない。

「のう、上様は松永弾正殿の元に逃げ込むのではと睨んでおられるようじゃが、そなたはどう思う? 」

 それは無い、と即座に思ったが、乱法師の楽観的な予想を直ぐに打ち砕くのは酷と思い、少し溜めてから答えた。

「可能性としては外せませぬが、容易く見つかりそうな場所に長く留まるとは思えませぬ。が、弾正殿の所に逃げ込めば、射干から必ず報せが参りましょう」

「射干、か。元気かのう? 」

 手を額に翳し、空を仰いだ。
 不思議な形の雲が浮かんでいる。
 一瞬考え、鳥と思った。

 少なくとも凶兆に繋がる形では無いが、気持ち次第で全く違う物に見えていたのかも知れない。

 御殿に近付くにつれ、一旦沈んだ気分が再び高揚してくる。
 昨日命じられた通りに出仕すると直ぐに信長のいる部屋へと急いだ。

 色事に鈍い彼に、そんな甘やかな気持ちが芽生えたのは、邸に自ら足を運び曲直瀬道三まで遣わしてくれた思い遣りを、格別な好意と本能で感じたからだろう。

 胸ときめかせながら部屋の外で声を掛けると信長の応えがあった。
 品の良い挙措で襖を開けた途端、ときめきが一瞬にして萎んでしまった。
 
 そこに座っていたのは自分より遥かに年上で位のある祐筆の武井夕庵や、お馴染みの側近衆に囲まれた天下人としての信長だったからだ。
 恋慕う相手の事を考えている時は並の者と変わらないのに、いざ本人を目の前にすると、あらゆる力の差を肌で感じ、幼い恋心を容易く押し潰してしまう。

 目の前にいる父親程年の離れた男は、全身から威厳を漂わせ、到底気軽に頬を寄せ合える対象には見えなかった。

 とはいえ、以前なら二人きりだと緊張していたのに、今は周りに人が居なければ良いのにと考える有り様なのだから、心境が随分変化したと言えるだろう。

「参ったか!遠慮無う、ささ、近う参れ! 」

 彼の繊細な心の揺れに比べ、信長の声は如何なる時も変わらず快活で親しげであった。

 長谷川秀一はあからさまに侮蔑の眼差しを向けたが、秀才、掘秀政は片眉を僅かに上げただけだった。
 掘は格別な悪感情を抱いている訳では無かったが、私的な『上様の御厚意』により呼び寄せられた乱法師など、煩く飛び回る蝿、いや紋白蝶程度にしか思わなかった。

 言われた通り側に寄ると、周囲の目を気にせず信長はいきなり手を伸ばし、乱法師の下瞼を曲直瀬道三がしたように下に引っ張った。

「うぅむ、確かに色が薄い。普通はもっと赤いものじゃ。ちゃんと言われた通り薬を飲んで食べておるのか? 」

 見立ては昨日の事なのだから、たちどころに効果が出る訳は無いのだが、こんなにも心配してくれるのだと感動で再び胸が高鳴る。

「顔が少し赤いのでは無いか?ふむ、熱は大丈夫か」

 大きな手を額に当てられ、幼子に対するような甘やかな扱いに益々顔が火照ってくる。

「上様、こちらの書状にもお目通し頂けますでしょうか? 」

 乱法師を押し退け長谷川秀一が割って入った。

「乱、暫し待て。後で別の部屋で話しをしよう」

 そう言われ待つ時間がとても長く感じられた。
 自分だけがこの部屋で仕事をしておらず手持無沙汰で居心地が悪く、早く信長と二人きりになりたかった。

 この部屋中の人間から、何故お前が此処にいるのだ、と冷たい視線を向けられているような気さえした。

 自分の事を無条件で丸ごと受け入れ、どんな時にも力になってくれると信じられる相手の側にいると心安ぐ。
 国中の者が畏れ敬う信長の傍らが、乱法師にとって、そんな場所になりつつあったのかも知れない。

 細かい雑事が一段落付いた所で別の部屋に誘われ移動する。

 緊張が解れ、ほっと息を吐いた。
 最も姿勢を正し気持ちを張り詰めていなければならない相手の前にいるというのに。

 そんな生温い感情に乱法師が浸るか浸らないかという内に、信長は彼の腕を引き、強く抱き寄せると即座に唇を重ねてきた。

 見詰め合い、仄かに頬を染め手をそっと握り先ず世間話から、などという温い手順は省かれ、一気に官能の扉を抉じ開けられてしまう。

 重ね合わせた唇からは、漸く二人きりになれたという情熱が伝わり、信長ただ一人だけの愛の対象と成り果て溶かされていく。

 まるで完璧に守られた温かい繭に包まれているような安心感と心地好さに瞼を閉じると、恍惚たる世界の淵へと落ちていった。

───

「何をそんなに悩んでいる」
 
 意識が未だ揺蕩う内に問われ、ぼんやりと顔を上げる。
 何を言われたのか分からぬ程、全身の力が脱けきっていた。

「何を抱え込んでおるのじゃ。眠れぬ程に。わざわざ儂がこの部屋に呼んだのは、それを聞く為である。分かっているであろう?」

 答えの代わりに涙が一筋頬を伝う。
 涙の湿り気で我に返り慌てて拭おうとしたら、先に信長の親指の腹で拭われてしまった。

 心を丸裸にされた状態で隠し通す事は不可能と分かっているが、逆に上手く説明出来る訳でも無い。
 織田家として果心の捜索をしているというのに、森邸に頻繁に蛇の姿で現れるのを黙っているのは全く矛盾している。

 妖の類いを一切信じない信長に言い辛いというのも理由の一つだったが、呪詛を仕掛ける屏風という媒体を失った果心の力が易々と信長に及ぶとは思えないというのもある。

 それに六助の話しだと、どんなに能力の高い呪術師でも、取っ掛かりも無く相手を呪う事は不可能だという。

 寧ろ都での出来事こそ珍事であり、あれ以来果心の矛先は信長には向いていない。

 腕の中にいると、並々ならぬ覇気と英気が流れ込んでくる。
 妖魔や呪いを跳ね返す結界を生まれながら持っているかのような頼もしさであった。

 本来ならば森邸に兵を潜ませ一網打尽というのが通常の流れだろう。
 だが常に本体で現れるとは限らず、仮に本体だったとしても蛇の姿で毒を吐く敵に常識的な攻撃が通用するとは思えない。

 蛇体の果心と、信長という現の権力に刃向かう果心とでは正直別物なのである。

 森邸に現れる果心の事は私事であり、今の段階で信長に話すべきではないと思った。

 二人の間には未だ歯痒い壁が聳え立っている。
 信長は乱法師が何に怯え悩んでいるかが分かっていない。
 それなのに知りたいと思っている。
 つまり彼個人の問題であっても、自分の力でどうにかしてやりたいという気持ちがあるからなのだ。

 端から見れば乱法師は、一夜を共に過ごしただけの美童に過ぎなかったが、いつの間にか信長にとって只の一家臣では無くなっていた。

 これ程に心を捉えるのは支配欲を掻き立てる儚げな容姿と、己のせいで父を亡くしたという罪の意識から庇護欲が強く刺激されるせいでもあったが、さりとてそれだけでも無い。

 美しい花を見初め手折りながら、野にあるが儘、側に置いて賞翫したい。

 それは言うなれば華道の境地にも似て、茶室に飾る花器にどのように摘んだ花を生けるのが最も美しいかと熟考する余り、花以外見えなくなってしまっているようなものであった。

 傷付けぬよう身も心も奪い、彼の美徳の全てを曲げる事無く完璧に育て上げ、己だけのものとして愛でていたいという我儘な欲望。

 信長の全てが公な訳では無く、私としての人間信長も存在するという事。
 それを多くの者達は忘れている。

 国中で殺戮を繰り返し、神仏をも恐れず自らを魔王と称する男。

 天下統一という頂の最も近くにいる者として多くの家臣達に傅かれているが、乱法師を掻き抱く信長は私としての信長なのである。

 愛する彼の苦しみは己の苦しみであり、喜びもまた然りであった。

「何故儂に申さぬ。そなたから見て、儂はそんなに無力に見えるか」

 障壁を軽々と跳び越える信長と比べ、漸くその縁に手を掛けたばかりの乱法師からすれば返答に困る問い掛けであった。

「どうか、私のような者に斯様な御気遣いは畏れ多うございまする。その御気持ちだけで充分にございます。申し上げるような内容ではございませぬ。つまらぬ私事でございます故、お捨て置き下さいませ」

「そんなに畏れ多いならば儂に無駄な時間を取らせるな!申せ!これは命令である」

 彼の悩みを自分事と思っている信長と、あくまでも主従として一線を引こうとする乱法師との間に意識の違いが生じていた。

「その……どうしても果心の事が頭から離れず。上様のような御方から見れば、何と懦弱なと御思いになられる事でしょう。ですが──」

「無理も無い。人生初の命懸けの戦いとなれば中々忘れられぬは道理であるし、恐ろしいと感じるのは人として当たり前の事じゃ。初陣の時の事は今でも覚えておる。負け戦で退却する時は無我夢中じゃが、後になってぶるぶる身体が震えて止まらぬ事が何度もあった」

「上様が?でございますか? 」

 驚いて目を見張る乱法師に信長はにやりと笑った。

「小便をちびりそうになった事は何度もあるがのう。三河守は特に酷いぞ。あやつは馬の上で糞を漏らしたらしいからな。皆そんなもんじゃ。そなたは決して臆病者では無い」

 三河守とは徳川家康の事であるが、武田信玄に大敗し、退却の際に恐怖で脱糞した逸話は有名である。

「くっふふ──」

 思わず笑ってしまったが、織田の同盟国三河の領主家康に対して不敬と思い、慌てて顔を引き締める。

「こら、儂の前で笑いを堪えたり変に取り繕うなと申したであろう。そなたの笑った顔を見ていたいのじゃ」

 そう言い、乱法師の頭を撫で頬を引っ張る。
 話しが核心から逸れてくれて助かったという気持ちと、信長の若かりし頃の話しを聞いて大分気持ちが和らいだ。

「奴の幻術は人に心地好い夢を見せるのでは無く、弱味や憎悪を揺り起こし、見たくないものを見せるようじゃな。それ故に頭にこびり付き夢で魘《うな》されてしまうのであろう。必ず奴は捕えてやる。今度こそ斬って捨てる!あやつの幻術が如何に優れていても天下を脅かす程では無いという事を死に際に思い知る事となろう」

 果心の真の姿を知らないのに、信長の発言は妙に的を得ていた。

 果心など大した事は無い、そう言えたらどんなに良いだろう。
 果心との戦いは、自身の中にある弱さとの戦いなのかも知れない。

 根本的な解決には遠く、真の悩みを打ち明ける事は出来なかったが、信長と話すといつも力を貰えた。

「上様のお話しを伺い、気持ちが楽になりました。お陰様で今宵は良く休めるかと存じまする」

「そうか。なら良いが、悩みがあれば何でも申せ!何時でも聞こう。溜め込まぬ事じゃ。そなたの辛そうな姿は見たくない」

 髪を撫でながら然り気無く、別格の愛を示す。

「はい! 」

 こんなに優しく頼もしい主君は他にいない。 
 気持ちは驚く程軽くなり、果心に立ち向かう気力が湧いてきた。

───

「六助、今夜も済まぬ。我等が居なくて真に良いのか? 」

「昼、良う寝れましたき大丈夫でごぜえます」

「なれど……」

「結界張るにも法文唱えるにも、集中したいんで周りに人がおらん方がええんや」
 
 六助は三郎と藤兵衛の申し出を固辞した。

「今宵も果心は来ると思うか? 」

 朝には華やかに咲いていたが、既に萎みかけの庭に植えた芙蓉の白色の花が、西に傾く夕陽で薄桃色に染まっていた。

「六助の話しでは恐らく」

「来ると分かっていながら何も出来ぬのが口惜しい」

「それは私とて同じ。御就寝中の乱法師様を御守りするのは六助なれど、昼に御守りするのは我等と考えておりまする。引き続き伴家に果心の正体を探って貰うのは無論ですが、古い文献の中に蛇神の名前が無いかどうかを調べて見ました」

「何か見つかったのか? 」

「寧ろ見つかり過ぎたと言うべきでしょうか」

「絞りきれぬという事か」

 塒《ねぐら》に戻る烏達の鳴き声が、不吉な夜の訪れを殊更知らせているようで耳障りに感じ、三郎は眉を潜めた。

「はい、求める神の特徴を持つものは数多いるのですが、ぴたりと合致する神が見つからないのでございます」

「致し方無い。八百万《やおよろず》の神と言うくらいじゃからのう」

 古より日本では様々な物に神が宿ると云われ、余りの数の多さから八百万と言い表されている。
 全ての物を大事に敬うべしという教えでもあろうが、八百万もいると思えば常に神に見張られているようで居心地が悪い。

 藤兵衛は庭の石や草花、障子や調度類にまで目を遣り、纏わりつく蚊を手荒く払おうとして、つい躊躇ってしまった。

「今宵六助が何かを仕掛け、上手くいけば──或いはそれで新しい手掛かりが何か出てくるやも知れませぬ」

「いずれにせよ六助頼みか」

「……」

 無言で頷く三郎の眼は充血し、下瞼には隈がうっすらと浮き出ていた。
 今の段階では出番が無い為、身体を休める事が大事と分かっていても、安穏とはいかず寝不足が続いていた。

 それこそが果心の思惑と知りながら。

 本音を言えば一晩中乱法師の側にいてやりたかった。
 だが一人の呪術師の力で大勢の者を守ろうとすれば結界の力は弱まり、気持ちを張り詰め果心と対峙する六助の気が散ってしまう。

 病に侵されていくように、森邸を覆う影が徐々に色濃くなり、光を圧倒し始めていた。

───

「六、上様が申されていたぞ。そなたの芸を御覧になりたいと」

 褥の上に寝そべり、両肘を付いた上に顎を乗せ、乱法師が朗らかに微笑み掛ける。
 信長に慰められ気が楽になったのは良いが、緊迫感まで緩んでしまったようだ。

 とはいえ、深刻な状況を和ませる可憐さに、六助は苦笑しながら答えた。

「畏れ多い事や。上様の御所望やったら儂に断る理由はねえや」

「ふぅ、儂も上様にそちの芸の素晴らしさを早う御覧頂きたい。なれど、そちの事を果心の幻術を唯一破れる男と見込んでおられる故、始末が付いてから心安うお楽しみになりたいと仰せであった」





 




 



 




 






 
 







  
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