森蘭丸外伝─果心居士

春野わか

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 責められる覚えはないが、相当歪んだ恋情を抱かれているらしい事だけは伝わってきた。

『お前は果心か?死んだのではないのか?その姿は何じゃ?何を望んでいる? 』

 ここぞとばかりに積もり積もった心話でぶつけてみた。

『我が名は果心──皮を脱ぎ捨てただけじゃ。そなたが知る果心は死んだ。問われるのは好かぬ。そなたは儂の問いに答えるだけで良い!』

 しゅ──しゅ──しゅ──

 細やかな問いへの返答すら拒み、果心は気分を害したのか手首や足首に絡み付いた蛇の締め付けがきつくなった。

『分かった……では、どうすれば良い?お前の問いとは?正直に答えれば縛めを解いて貰えるのか? 』

 果心の目が狂気の光りを帯び、口が再び三日月形に裂けた。

『もっとぬらぬらして蚯蚓《みみず》のような化け物だったが……今は蛇。こちらが本性?』

『そなたと儂は繋がっていると申した筈じゃ。考えは全て読めるのじゃぞ。くくく、随分と怯えている。可愛いいのう。強がっても無駄じゃ。聞きたい事が山程あるようじゃが、何も知らぬ儘そなたの全てを儂に曝け出すのじゃ』

 長く伸びた舌が淫靡に蠢き、乱法師の身体を舐め回すように視線が這う。

 鳥肌が立った。

『何をするつもりじゃ……』

 心話の問い掛けは抑えようの無い恐怖で弱々しかった。

『くくく、申すまでも無い。そなたを我が物とする! 』

 縛《いまし》められた箇所は動かせない儘、指先と腹の辺りに緊張でぐっと力が入った。
 蛇の数がいつの間にか増え、腿の辺りにも強く巻き付いている。

 果心の虹彩が赤みを増した途端、寝衣の腰紐がするりと解けた。

 寝衣の合わせが左右に広げられ、一纏めに括られた手首の所まで捲し上げられる。
 夜目にも白くきめ細やかな肌に、果心は淫らに目を細めた。
 極度の興奮を示し、赤黒い舌の動きが益々活発になる。

 肌に唯一身に付ける事を許されているのは純白の下帯だけだ。
 ほとんど全裸に近い自由を奪われた艶かしい肢体。

 その姿をじっくり堪能する果心の昂りに呼応して、乱法師に纏わりついている蛇達もしゅーしゅーと盛んに音を立てた。

『何故、こんな真似をする』

『問われるのは嫌いだと申した筈じゃ。答え次第では優しく愛でてやろう』

 一匹の蛇が腿から肌の上を滑り頬と唇を舌で舐めた。
 精一杯顔を背ける。

『そなたは美しい。じゃが心根はどうか?身体の隅々まで清らかなのか?いや、違う!──ぐぐ、知っておるのじゃ!既に信長に肌を許しておる事を!真か?真か?真か?正直に答えよーー! 』

 狂った妄執が乱法師を責め立てた。
 まともな場面ならば率直な問いに赤面しているところだが、そんな余裕は無かった。

『お前は下衆じゃ──あっうぅ──』

 怒りが込み上げ罵倒しようとした途端、腕と足を上下逆方向に強く引っ張られる。

『存じておるならば何故聞くのじゃ!そんなに儂の口から聞きたいのか!たわけ! 』

 異常な状況に少し慣れ、冷静になると同時に羞恥が甦った。
 絶対に言うまいと、唇を噛み締め果心から目を逸らす。

『それが答えか──やはり信長に抱かれたのじゃな。まだ、これだけでは終わらぬぞ。ならば肝心な事を聞く。どこまで許したのじゃ……全てを許したのか……』

 問いの意味が理解出来ない。
 全てとはどういう意味か。
 ぼんやりと見つめ返す乱法師に果心が苛立つ。

『無垢な振りをしおって!!答えぬなら儂がじっくり調べてくれるわ。くくく……』

 脚に絡み付いていた無数の蛇のうち一匹が脹脛《ふくらはぎ》を伝い腿の上を移動する。
 ぞわっと全身が粟立ち、神経の一本一本まで張り詰め鋭敏になる。

 腿の付け根まで移動した蛇は、信じられない事に下帯の中に鎌首を潜り込ませた。

『やめろ!!くっそだわけ!あっ……下衆が……あう……よせーーうおおーー!! 』

 乱法師は怒り狂った。
 顔を真っ赤にして、身体中汗だくで必死に抵抗した。
 礼儀正しく品の良い挙措が美しさを更に引き立て、さすが清和源氏の末裔、森家の若君よと誰もが褒めそやす。
 そんな弟と同じ環境で育った筈なのに傍若無人な兄の長可と、同じく粗野な言動が多い信長が口にする思い付く限りの悪態を吐いた。

 それが良く無かった。

『黙れぇ!そんな下品な言葉を一体どこで覚えたぁ。興が冷める。事が済むまで大人しくしていて貰うぞ』

 乱法師の荒々しい言動や抵抗を真っ向から拒絶した。
 果心が求めているのは、ひたすら己を受け入れる人形のように清らかで儚く従順な美しさだった。

 もう一匹の黒い蛇が胸の上を這い、顔に近付くと口の中に鎌首を入れようとしてきた。
 歯を食い縛るが無理矢理抉じ開けられ、中に入り込まれてしまう。

『ぐぅ……おえっうっ』

 喉奥まで突き上げられ嘔吐《えづ》く。
 心話で己の意思を伝えていたが、それすら赦されなくなってしまった。
 どんな非道な仕打ちを受けようとも、叫びも罵りの声も果心には届かない。

 歪な欲望で燃える双眸は、自由を奪われ苦しむ姿にこそ昂り紅く輝きを増した。
 緊縛されて黒い蛇の頭を口に押し込まれている図は、変態的な嗜虐心を煽るばかりだ。

 元より果心はまともでは無い。
 その上、今や人ですら無かった。

 とうとう下帯の紐まで解かれてしまい、屈辱の涙が目尻から零れ落ちる。
 身を捩《よじ》る事すら叶わず、視姦と蛇達の玩弄に身を固くする事しか出来ない。

 蛇達の舌と動きは、悍ましくあると同時に否応無く悦楽の花を肉体に咲かせていく。
 声を発する事が出来たなら、唇から漏れるのは甘く切ない吐息であっただろう。

 蛇達が肌の上を這うだけで反応し固く尖っていく。
 完全に拘束された状態では意識を他に逸らせず、血が集まる箇所の感度が嫌が上にも増してしまう。

 首から肩、胸に向かって絡み付く二匹の蛇が肌を交互に舐め上げ、別の二匹の蛇が閉じる事を赦されない腿の付け根に絡み付く。
 更にもう一匹がちろちろと舌を伸ばし、敏感な先端に触れる度に乱法師の頬が紅潮し眉根が切なげに寄せられた。

 自分を案じてくれる者達の顔が頭に浮かぶ。

『三郎……』

 金山にいる家族は無論大事だが、今一番力になってくれているのは間違いなく三郎だった。
 目尻から止めどなく涙が零れ落ちる。

 果心の興奮と欲望に連動した蛇が、乱法師を追い込んだ。
 快感が突き上げ、小さな汗の粒が浮かぶ艶めいた胸と脚が細かく痙攣する。

 目の前が真っ白になった瞬間、信長の笑顔が脳裏に浮かんだ。

『上様──』

 意識朦朧として脱力し掛けた時、蛇達がいきなり強く締め上げ始め、今度は苦痛で歯を食い縛る。

『信長の事を思ったな!全てお見通しなのじゃ!今までのは、ほんの小手調べよ。時間を掛けて、どれくらい男を知っているか身体に聞いてやるから覚悟致せ! 』

 その言葉を合図に足首に絡み付いていた蛇が、両足を胸に付くよう屈曲させた。
 腰から腿の裏側を一周し、その姿勢で縛ってしまう。

 邪な狙いが余りにも剥き出しの態勢であった。

 乱法師がずっと怯えていたのは言うまでも無いが、恐怖を忘れ全身が桜色に染まる。
 生々しく伝わる少年の羞恥に、人とは異なる形状の二本の男根が、めきめきと音を立てんばかりに膨れ上がった。

 恐怖も極限に達すると、見なければ良いのに、つい見てしまうものだ。
 湯殿の時には湯気で判然としなかったが、男根には無数の刺が生えていた。

 桜色から蒼白に、一気に肌の色が変化する。
 恥ずかしがっている場合では無かった。

『ふうむ。実に可愛いらしい……まだ信長に全ては汚されていなかったのか?くく、良いぞ!良いぞ!信長よりも先にそなたの秘奥を味わえるとはな……』

 男色行為の手順書二冊に目を通せば、いい加減意味も分かろうというものだ。
 身体が反射的に抵抗を試みる。
 邪な欲望の中身をいっそ知らぬ方が良かったのかも知れない。

 胸の方から移動した蛇が、固定された腿の間に鎌首を滑り込ませる。
 露にされた白い双丘の間に向かって舌が伸びた。
 触れた瞬間、乱法師の身体が嫌悪と快感でびくっと震える。

 生まれて初めての体験は強烈な記憶として残る。
 楽しかった事も辛かった事も。
 初めての性体験の記憶は特に──

 信長によって官能の扉が開かれ、秘奥まで解され全身を愛でられた時の記憶が甦った。
 それは恐怖と羞恥を伴いながら、ほのかに甘酸っぱい余韻を残した言い表し難い記憶であった。

 彼は果心に嬲られる事で、信長との違いを本能で理解した。
 同じ行為でも、心底不快と思う時とそうでは無い時がある事を。

 彼の意識と記憶が果心に流れ込んだ。

『ぐぐぅおのれぇーーおのれえーーまたもや、たばかったな!信長めぇーー何て手の早い男だぁ!くぅぅそおーー』

 支配欲の強い果心は、初物である事に異常なまでの拘りがあった。

 せっかく極上の初物を手に入れたと喜んで箸でひっくり返したら、既に食い掛けと知ってしまった時の怒りと言えば分かりやすいだろうか。
 食い物の恨みは恐ろしいと良く言うが、果心の場合は怒りが食い物そのものに向けられた。

 悔しいが気付いていた。
 信長がとてつもない強敵で、己の邪心を寄せ付け無い事を。

 無論、乱法師個人に対する執着もあったが、本人を攻撃出来ない故に、その愛する者を苦しめ奪ってやろうという歪んだ考えに取り憑かれてもいたのだ。

『ぬうぅ折角優しく愛でてやろうと思っていたのに。所詮そなたも顔が美しいだけの淫乱か!簡単に男に全てを許すとは。どこまで性根が腐っておるのじゃ! 』

 幼気《いたいけ》な少年の寝所に忍び込み縛り上げ、犯そうとしている事は棚に上げて罵倒する。

『一晩中可愛がって骨までしゃぶってくれるわ。ぐぐ』

 淫靡な欲望と残酷な攻撃性が結び付くのは良くある事だ。
 特に果心の場合は常に二つが連動していた。

 蛇は鎌首をもたげ、乱法師の双丘の狭間に頭を強く押し付けた。
 抵抗を無視し、ぬらぬらとした蛇の頭が力付くでぐいぐいと攻める。

『誰か……うう……』

 最早限界だった。

『若……どうしたんだい?……若!しっかりおしよ!若……』

 その時、聞き覚えのある女の声がした。

『射干……射干か……どおして? 』

 途端に力が抜け意識が薄らいでいく。

『ぐぐ生臭い……臭いいぃ堪らぬ。臭い女めぇ女めぇーー良いところで邪魔しおってぇ』

 意識を失う直前、憎々しげに罵る果心の声が遠く微かに響いた。




 

 































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