鷹華は幸せです。

メメント槍

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年老いた男は一葉の写真を見ていた。
薄暗い中でディスプレイモニタの光だけを頼りに、じっと注視する。

掠れたセピア色の写真。
焦点は、皿を割るのが得意な黒髪の給仕に合わせられていた。大きな目が可愛らしいツインテールの給仕に抱き着かれて狼狽している。

皺だらけの瞼を細め、男はひどく懐かしい想いにかられた。
不意に思い出される過去の一場面。

『婚約を破棄したいと思う』
『なっ……! 何を仰るんですか。冗談もほどほどにして下さい』

回想。
黒の長髪を三つ編みに結った給仕長は、唐突な申し出に悲鳴を上げた。

『……誰かお好きな方が、出来たのですか』
『そうだ』
『そんな勝手は許されませんよ。どこの馬の骨とも知れぬ輩との婚姻など……』

眼鏡のガラス越し、生真面目そうな瞳が怒りに燃えている。
俺はそれに見詰められ言葉に詰まりながらも、どうにか口を開いた。

『婚姻はできない。故人だからな』
『……! それは』

給仕長は優秀だった。
俺の意志を、いち早く理解してくれる。

『この俺が、初めて人を好きになったんだ。“健気で、いい女だ”と思った』
『許容できません! その選択は、ご主人様を不幸にします……!』

不幸か。
どうなんだろうな。

勘当されてからはや数十年。
野に下り謗られながらも、後悔はしていない。

俺は研究者として身を立てた。
研究者を目指した動機を聞けば誰もが笑う筈だが、0と1の羅列を弄り回すのはどうやら俺の天職だったらしい。

そして時代は変わった。

人類は環境に配慮のない開拓と不毛な戦争を繰り返した。
青い星は灰色の星になった。

動植物は絶滅し海は枯れ果て、荒廃した世界で娯楽を求めた愚かな人類は五感を錯覚させる装置すら作りだした。
それが『E.G.O』と呼称される仮想電脳空間だ。人類は、緑豊かな大地を、澄み渡る青空を取り戻した。

しかし偽りの楽園も長くは続かなかった。
ある日、突如『E.G.O』が機能を停止したからだ。

政府はその原因を研究者達に探るよう命じた。
男は、研究開発に注がれる巨額の投資に目を付けた。

男の初志が。念願が。
青写真が、彩りを取り戻すのではないか、と。

「鷹華」

ディスプレイに駆け巡る数式が結実する。
『仮想兵器』と名付けられた計画を、男は発案した。

『仮想兵器』とは、『兵器のデータ』と『かつて実在した人間の少女のデータ』を融合し作り出される兵器。
ただのサイボーグとは異なり、口調、振る舞い、性格には生前の個性が反映される。

人道に反する所業だ。
神の領域を侵している。

加えて懸念要素もあった。
シミュレーションの結果、兵器との融合の際に人間であったときの記憶の大半を失ってしまうのだ。

ただ、それでも一目会いたい。

身を挺して俺を庇った少女に。
要領が悪く、不器用で、謗られながらも、懸命に生きたあの少女に。

キーボードを叩く。
最終段階だ。
男は意を決して、エンターキーを押下した。

煌めく青白い光が研究室を包み込む。
光の粒子が朧げな輪郭を形成する。
男は立ち上がり、固唾を飲んで見守る。

黒髪に生える桜色の髪飾り。薄桃を基調とした和服姿。
玉座の様に浮遊する統合戦闘ユニットに腰掛けた、その姿が、確かな形を成して。

「私は鷹華。鷹、華、と書いて鷹華ヨウカと読みます。何か給仕のような仕事をしていた気がするので、こちらでも何かお申し付け頂けると嬉し――」

鷹華と名乗った彼女は言葉に詰まった。浮遊する戦闘ユニットから勢いよく立ち上がれば、どこか茫然としたように男の方まで歩を進める。一歩毎に、目が潤んでいるようにも見えた。

「鷹華。俺も――愛している」

不器用な男は。
あの日、遠ざかっていった言葉の続きを口にした。

「――――はい!」

可憐な少女は。
元気よくそう応え、力いっぱい抱きしめた。
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みんなの感想(1件)

太郎
2018.08.25 太郎
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