鷹華は幸せです。

メメント槍

文字の大きさ
上 下
3 / 8

励まされましょう。

しおりを挟む
「よっ。陰気な顔してんね」

結局、誰にも会わずに自分の部屋に行く事は出来なかった。

嫌味のない声が聞こえ、私は顔を上げた。

紺色の軍服を着込んだ少し気取ったショートヘアの男。この屋敷の跡取りにして、私のご主人様でもあるお方。
年は二十歳に差し掛かろうとしており私とも年齢が近い。幼い頃から同じ屋根の下で過ごしている事もあって、気安く話しかけて来て下さる。そんな人だった。

「……あ、はい。ごめんなさい」
「ごめんなさいじゃないが」
「申し訳ございません」

“そう言うのじゃなくて”とでも言いたげにご主人様は困ったような表情を浮かべ、髪をぼりぼりと掻いた。私が困らせてしまう返答をしているのはよく分かっているのに、気分が沈んでて謝罪の言葉しか出てこない。

「おいおい、重症かよ……また何かやらかしたのか? 怒らないから、言ってみな?」
「……はい」

洗いざらい話してみた。
先程の失態の事。普段は温厚な給仕長に酷く叱られた事。
不器用すぎて、自分をどうしても好きになれない事も。

彼は瞳を逸らさない。
いつも一言一句聞き漏らさないように、耳を傾けてくれるのだ。

「うーん。そうか。そりゃ鷹華が悪い」
「はい」
「……お前、こう、ネガティブ過ぎる。自分には出来ない、って思ってる感じがするんだ。最初から」

…………。
私は黙ってしまう。

「そんな前置きは忘れて素直にやればいい。『何が出来ないか』って考え続けるより、『どんな事なら出来るのか』って考えた方が前向きだろ?」
「………………」
「最初から挫けてたら、うまく行かない。だからその……何だ。強く生きろ」
「はい!」

ご主人様の話の趣旨そのものは一般論に過ぎない。ただ、すんなりと私の心に入ってくる。きっと私の気持ちをちゃんと聞いた上で返答してくれているからなんだろうな、と思う。
普段の私は自分の気持ちを喋れない。『私が悪い』と言う気持ちが強すぎて、自分の話をする事すら憚られてしまうのだが、彼の前では違う。

嫌な記憶がすーっと引いていく。
私の置かれる状況が何か変わった訳ではないが、話した事で前向きな気持ちになれるような気がした。

「いつも、ありがとうございます。少し気が晴れました」
「そか。良かった」

そう言ってご主人様は、にか、と笑う。
これはこれで……困る! 彼に特別な感情を抱いている事を意識させられてしまうから。

「そ、そう言えば! この間の縁談はどうだったんですか?」
「え? ああ、うん。例の財閥の令嬢でね、綺麗な人だったよ。好きな本が同じでさ、滅茶苦茶盛り上がった」
「いいですね、いいですね。その話、もっと聞きたいです! 聞いたら私、元気になるかも……!」

私は意識的に話を変える。別に無理をしているつもりはない。恋にまつわる話は好きだし、テンションも上がるし、この発言だって半分は本心だ。

跡取りと使用人。その領分を越える物語は、大概悲恋によって締めくくられる。
『虚構少女シナリオコンテスト』タグの他の投稿小説だって大体そう。皆私を不幸にしてポイントを稼いでいるのでしょう? ゆ、許せない。

……こほん。
際どい発言はさておき、閑話休題。

私は、この関係性に満足している。
私は私が心底嫌いだから。

私の好きな人は、私じゃない誰かと結ばれて欲しい。

だから私は辛くありません。
――悲しくなんか、ない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ
キャラ文芸
※毎日18時更新予定です。 架空の国の後宮物語。 若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。 有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。 しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。 幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……? あまり暗くなり過ぎない後宮物語。 雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。 ※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

後宮の華、不機嫌な皇子 予知の巫女は二人の皇子に溺愛される

たかつじ楓*LINEマンガ連載中!
キャラ文芸
【書籍化決定!23年12月13日発売です♫】 「予知の巫女」と呼ばれていた祖母を持つ娘、春玲は困窮した実家の医院を救うため後宮に上がった。 後宮の豪華さや自分が仕える皇子・湖月の冷たさに圧倒されていた彼女は、ひょんなことから祖母と同じ予知の能力に目覚める。 その力を使い「後宮の華」と呼ばれる妃、飛藍の失せ物を見つけた春玲はそれをきっかけに実は飛藍が男であることを知ってしまう。 その後も、飛藍の妹の病や湖月の隠された悩みを解決し、心を通わせていくうちに春玲は少しずつ二人の青年の特別な存在となり…… 掟破りの中華後宮譚、開幕!

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あやかし嫁取り婚~龍神の契約妻になりました~

椿蛍
キャラ文芸
出会って間もない相手と結婚した――人ではないと知りながら。 あやかしたちは、それぞれの一族の血を残すため、人により近づくため。 特異な力を持った人間の娘を必要としていた。 彼らは、私が持つ『文様を盗み、身に宿す』能力に目をつけた。 『これは、あやかしの嫁取り戦』 身を守るため、私は形だけの結婚を選ぶ―― ※二章までで、いったん完結します。

薬膳茶寮・花橘のあやかし

秋澤えで
キャラ文芸
 「……ようこそ、薬膳茶寮・花橘へ。一時の休息と療養を提供しよう」  記憶を失い、夜の街を彷徨っていた女子高生咲良紅於。そんな彼女が黒いバイクの女性に拾われ連れてこられたのは、人や妖、果ては神がやってくる不思議な茶店だった。  薬膳茶寮花橘の世捨て人風の店主、送り狼の元OL、何百年と家を渡り歩く座敷童子。神に狸に怪物に次々と訪れる人外の客たち。  記憶喪失になった高校生、紅於が、薬膳茶寮で住み込みで働きながら、人や妖たちと交わり記憶を取り戻すまでの物語。 ************************* 既に完結しているため順次投稿していきます。

処理中です...