3歳で捨てられた件

玲羅

文字の大きさ
上 下
290 / 328
学院中等部 8学年生

仮婚約者とピアーズ君

しおりを挟む
 翌々日の午前中に、サミュエル先生がタウンハウス王都フェルナー邸にやって来た。私は救民院に行こうと思っていた時だったから、着替えてホールに降りた所だった。

「キャシーちゃん、ちょっといいかな?」

「はい」

 いつも魔法の練習をしていた庭に出る。

「非常に言いにくいんだけど、決定してしまったよ」

 何を?とは聞かない。たぶん私とサミュエル先生の、仮婚約の件だよね。

「ごめんね、力不足で」

「いいえ。精一杯やってくださったのでしょう?ご自分の為にも」

「宰相も謝っておいてくれって言っていた。両陛下もね」

「その為にフェルナー邸へ?」

「うん。一足先に知らせてこいって。叔母上王妃なんて怒って泣いて大変だったよ」

「怒って泣いて?」

「キャシーちゃんの事を考えてないって怒って、キャシーちゃんの立場を、見栄や駆け引きに使うしかないのが情けないって泣いて」

 ありがたいと思う。王妃様は私の事を思ってくれている。

「それから、キャシーちゃんは卒業後に聖国に行くでしょう?もしそれまでにローレンス君が見付からなければ、私が同行するから。婚姻もせっつかれると思うけど、それは回避するからね」

「はい。色々とご迷惑をお掛け致します」

「聖国に行ってしまえば、というか、聖王猊下さえ味方に出来れば楽なんだけどね」

「そうなのですか?」

「例えば、聖王猊下が『光の聖女の婚姻は真に愛した者としか認めぬ』とか言ってくれたら、誰もごり押しできないからね。そこの交渉は任せておいて」

「暗黒微笑の貴公子様の出番ですか?」

「この年で貴公子は無いでしょ」

 暗黒微笑は否定しないんだ。

「キャシーちゃん、炎の聖人様に連絡は取れる?」

「確実にとは申せませんが、いくつか手段は思い付きます」

「やってもらえる?」

「連絡はサミュエル先生にで良いですか?」

「そうだね」

 そう言ってジィッと私を見る。

「元気そうだね」

「落ち込んでベソベソ泣いてみんなに慰められて、あの時間があったからこそ、今出来る事をしようって思えているんです。わたくしにはローレンス様の行方を追う力はありません。でも出来る事はたくさんあります。なによりもベソベソ泣いてばかりでは、ローレンス様に呆れられてしまいます」

「いつでも寄りかかってきて良いからね?」

「為すべき事を為した後ですね、それは」

「そんなに気を張っていたら、いつか折れてしまうよ?」

「折れない程度には気は抜いていますよ?」

「弱い所を見せないのは、キャシーちゃんらしいけどね」

「そうですか?わたくしだって弱い所は見せてますよ?」

「『いつも気高く可愛らしく、慈愛の微笑みを浮かべる光の聖女様』だからねぇ、キャシーちゃんは」

「何ですか?それ」

「市井で流行ってる光の聖女様の歌」

「はい?また出来たんですか?」

「今のところ、5曲位あるらしいよ。正式にテアトルム野外劇場で上演するからって、使用許可願いが出されてた」

「どうしてご存じですの?」

「たまたま行き合わせたんだよ。申請書が出された所にね」

「もちろん止めてくださったのですわよね?」

「嫌だなぁ。ちゃんと許可しておいたよ。市井の者に楽しみを提供するのも王宮の義務だからね」

「止めてくださいよ」

「止めないよ。歌劇仕立てオペレッタにするらしいし、キャシーちゃんも観に行ったら?」

「確実に注目されるじゃないですか」

「当然でしょ?」

 当然なんだ。それを良しとしちゃうんだ。

「キャシーちゃんは光の聖女様候補だよ?正式に任命されたら、今以上の注目度だよ?」

「分かっております。でも、積極的に目立ちたい訳じゃないんですよ?」

「知ってるよ」

 そう言って伸ばしかけた手を引っ込めた。

「サミュエル様、正式発表まではお待ちいただきますよう」

 マリアさんがにらみを効かせてたみたい。

「分かってるよ、マリア。ちょっとキャシーちゃんに似てきたんじゃない?」

「そうですか?」

「ははは……。さてと、ちょっと貴族院のジジィ達とやりあってくるかな。キャシーちゃんは救民院?」

「はい。久しぶりになってしまいましたが」

「仕方がないよ。ピアーズ君も行っているよ」

「ピアーズ様の光魔法はどうですか?」

「それは自分で判断して。上達はしてるよ」

 上達してる、か。何かあるのかしら?

 帰っていくサミュエル先生を見送って、私も救民院に出掛ける。

 救民院ではララさんが編み物をしていた。

「お邪魔いたします」

「キャシーちゃん、来てくれたのね」

 ポイッと編み物を放り投げて、ララさんが私に抱き付いた。

「ララさん、編み物が」

「いいのいいの。放っておいて」

「駄目ですって。それにしてもこの暑いのに編み物ですか?」

「今から編んでおかないと、時間が足りなくなっちゃうのよ」

 救民院は閑散としていた。

「今日は患者さんは?」

「さっきまでは居たんだけどね。去年から来てくれてるあの子、えっと、ピアーズ君。あの子頑張ってるわね。ちょっと空回りしちゃってる気がするけど」

「空回り?」

「今はね、農園区画に行ってるの」

「あぁ。お家の方でもやっていたみたいですし、良いんじゃないでしょうか?」

「他にも侍衛官から剣術を習ったり、薬師に作り方を聞いたり。なんと言ったら良いのかしら?」

「詰め込みすぎですわね。お話ししましょうか?」

「お願い出来る?私じゃ説得力が無いのよね」

「そんな事は無いと思いますが。あ、ララさん、後でお話が」

「私も?」

「ララさんにとっては良い話ですよ」

「何かしら?楽しみにしておくわ」

 ララさんに案内されて、農園区画に行く。ピアーズ君が一生懸命草むしりをしていた。

「ピアーズ様」

「あっ、フェルナー先輩」

 子犬のように走ってきたピアーズ君が、私の少し手前で急に止まった。

「あ、泥だらけだ。手を洗ってきます」

 言うや否やピューっと走っていく。

「なんと言うか、子犬を彷彿とさせますね」

 後ろでマリアさんが呟いて、ララさんが吹き出していた。

「フェルナー先輩、こんにちは」

「はい、こんにちは。聞きましたよ?いろんな事を学んでいるんですって?」

「はい。たくさん勉強させてもらっています」

「でもね、詰め込みすぎではなくて?」

「詰め込みすぎですか?」

 キョトンと聞き返された。

「光魔法は使っていけば上達します。でも、剣術はそうではないでしょう?出来なくてもどかしい時もあるのではないですか?」

「……あります」

「誤解しないでくださいね?するなと言っている訳ではございませんのよ?ただ、剣術を習うなら、まずは体力を着けた方が良いのでは?と思ったのです」

「侍衛官にもそう言われました」

わたくしは剣術を習った事はございません。ですが、お義兄様がずっとやっているのを見てまいりました。農園のお手伝いは体力を使いますでしょう?」

「はい。僕はすぐに疲れてしまって」

「ならばそこからご指導いただいた方が良いのでは?」

「えっと、どういう?」

「体力を付けるにはどうすれば良いかのご指導です。後は学院で剣術倶楽部に入る、という手もございましてよ?」

「剣術倶楽部って、僕みたいな初心者が入っても良いんですか?」

「良いと思いますわよ?誰だって最初は初心者ですもの。わたくしの知り合いに聞いてみましょうか?」

「良いんですか?」

 パァッと顔を輝かせる。

「でも聞かせてくださらない?どうして急に?」

「あ、えっと、急にっていうか……」

 しどろもどろになりながら説明してくれた。曰く、救民院に通っている内に今までの「弱い自分」を反省したのだそうだ。

 デリス・ヘリンソン侯爵令息と話もしたと言う。そこで貴族の心得というか心構えや、貴族としての義務についても聞いたらしい。

「その時に言われたんです。貴族は心身ともに強くなければって」









しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

跡継ぎが産めなければ私は用なし!? でしたらあなたの前から消えて差し上げます。どうぞ愛妾とお幸せに。

Kouei
恋愛
私リサーリア・ウォルトマンは、父の命令でグリフォンド伯爵令息であるモートンの妻になった。 政略結婚だったけれど、お互いに思い合い、幸せに暮らしていた。 しかし結婚して1年経っても子宝に恵まれなかった事で、義父母に愛妾を薦められた夫。 「承知致しました」 夫は二つ返事で承諾した。 私を裏切らないと言ったのに、こんな簡単に受け入れるなんて…! 貴方がそのつもりなら、私は喜んで消えて差し上げますわ。 私は切岸に立って、夕日を見ながら夫に別れを告げた―――… ※この作品は、他サイトにも投稿しています。

婚約破棄から~2年後~からのおめでとう

夏千冬
恋愛
 第一王子アルバートに婚約破棄をされてから二年経ったある日、自分には前世があったのだと思い出したマルフィルは、己のわがままボディに絶句する。  それも王命により屋敷に軟禁状態。肉塊のニート令嬢だなんて絶対にいかん!  改心を決めたマルフィルは、手始めにダイエットをして今年行われるアルバートの生誕祝賀パーティーに出席することを目標にする。

魅了の魔法を使っているのは義妹のほうでした・完

瀬名 翠
恋愛
”魅了の魔法”を使っている悪女として国外追放されるアンネリーゼ。実際は義妹・ビアンカのしわざであり、アンネリーゼは潔白であった。断罪後、親しくしていた、隣国・魔法王国出身の後輩に、声をかけられ、連れ去られ。 夢も叶えて恋も叶える、絶世の美女の話。 *五話でさくっと読めます。

【完結】裏切っておいて今になって謝罪ですか? もう手遅れですよ?

かとるり
恋愛
婚約者であるハワード王子が他の女性と抱き合っている現場を目撃してしまった公爵令嬢アレクシア。 まるで悪いことをしたとは思わないハワード王子に対し、もう信じることは絶対にないと思うアレクシアだった。

戻る場所がなくなったようなので別人として生きます

しゃーりん
恋愛
医療院で目が覚めて、新聞を見ると自分が死んだ記事が載っていた。 子爵令嬢だったリアンヌは公爵令息ジョーダンから猛アプローチを受け、結婚していた。 しかし、結婚生活は幸せではなかった。嫌がらせを受ける日々。子供に会えない日々。 そしてとうとう攫われ、襲われ、森に捨てられたらしい。 見つかったという遺体が自分に似ていて死んだと思われたのか、別人とわかっていて死んだことにされたのか。 でももう夫の元に戻る必要はない。そのことにホッとした。 リアンヌは別人として新しい人生を生きることにするというお話です。

こういうの「ざまぁ」って言うんですよね? ~婚約破棄されたら美人になりました~

茅野ガク
恋愛
家のために宝石商の息子と婚約をした伯爵令嬢シスカ。彼女は婚約者の長年の暴言で自分に自信が持てなくなっていた。 更には婚約者の裏切りにより、大勢の前で婚約破棄を告げられてしまう。 シスカが屈辱に耐えていると、宮廷医師ウィルドがその場からシスカを救ってくれた。 初対面のはずの彼はシスカにある提案をして―― 人に素顔を見せることが怖くなっていたシスカが、ウィルドと共に自信と笑顔を取り戻していくお話です。

処理中です...