3歳で捨てられた件

玲羅

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学院中等部 6学年生

救民院

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 長期休暇に救民院に行くのは、私のルーティンワークだ。期間の長い短いはあるけど、ほぼ毎日通っている。

 救民院に通う際には、侯爵家の紋章の付いていない馬車を使っている。私が乗っているとバレにくいし、身を守る為でもある。

 救民院に向かう道路は整備されているけれど、貴族街を抜けると砂利道が多いからけっこう揺れる。雨の所為せいで大きな水溜まりが出来る事もある。数日雪混じりの雨が降っていたし、その日馬車が往来で止まったのも、その所為せいだと思っていた。

「どうしたのですか?」

「前方で馬車が立往生しております」

「立往生?どうなさったのかしら?」

「ただいま確認を行っております。お待ちください」

 しばらくして戻ってきた護衛のひとりが、報告してくれた。

「行き倒れですね。ひとりではなく全員で3人。親子のようです。警邏隊に連絡済みとの事で、馬車の主はザッファリーニ木工店の奥方です」

「ザッファリーニ木工店の奥様?よく教会に礼拝に来られる方ですわね」

「そうなのですか?」

「えぇ。礼拝堂で何度もお見かけしました」

 護衛や馭者と話している内に、警邏隊が来て、行き倒れの親子を運んでいった。

「救民院に行くなら、同乗を申し出ても良かったかも?」

「お嬢様……」

「分かっています。身元が不明な者を同乗させるなんて、でしょう?」

「はい。お嬢様の行動に干渉する気は無いのですが。申し訳ございません」

「皆さんがわたくしの身を、案じてくださっている事は分かっておりますから。わたくしこそ勝手な事を言って申し訳ございません」

 私の勝手な行動で、万が一私の身に何かあったら、責任を問われるのは護衛達だ。だから私は勝手に動けない。

 本当は飛び出して行きたかったけどね。

 馬車がユルユルと動き出した。

 行き倒れの親子がいたらしき場所には、もう何もなかった。ただ、ぬいぐるみだったであろう汚れた布の塊が落ちていたのが、気になった。

 同乗していたマリアさんに頼んで、その布の塊を拾って来てもらう事にした。

 教会に着くと、まずは礼拝堂でお祈りをする。気の済むまでお祈りをして、ミリアディス様にご挨拶に行く。

「ミリアディス様、おはようございます」

「おはようございます、キャスリーン様」

「今日は何かご用事はございますか?」

「そうねぇ。特に無いと思ったけれど。救民院かしら?」

「はい。救民院での奉仕をしたいと……」

「ミリアディス様っ、失礼いたしますっと、キャシーちゃん、ちょうど良かった。お願い急いで」

 話の途中で、ノックもせずに入ってきたララ様が、私を見留めて腕を引っ張る。

「ララ様、どうなさいましたの?落ち着いてくださいませ」

 腕を引っ張られながらミリアディス様に挨拶をし、ララ様に救民院に連れていかれた。

「ごめんね。お医者様が呼んできてって言うから」

 少しスピードを落としたララ様に、話を聞く。

「キャシーちゃんが来る少し前に運び込まれた親子かな?男性と女性と女の子がいるの。男性の怪我が酷くて。女性も子供も怪我してて」

「分かりました。急ぎましょう」

 救民院の重症区画には、お医者様が2人と助手の神官が3人、動き回っていた。

お医師様先生、キャスリーンです」

「おぉ、光の聖女様。この男性を頼みます」

 男性は打撲傷だらけだった。骨折もしている。

「この3人って、わたくしが来る直前に運び込まれたと聞きましたけど」

「そうですな。来られる直前です。警邏の兵が運び込みました」

 あの時の行き倒れ?でもこの怪我だと、行き倒れじゃないと思う。男性の手を握って、治癒を使う。

「この方達、道路で倒れていた方だと思います。護衛は行き倒れと言っていましたが、何かの事件に巻き込まれたのかもしれません」

「知らせます」

 神官が動いてくれた。私は治癒を続ける。

 骨折が治っていく。打撲傷もだけど、よほど強くぶつかったようで、内臓が傷付いていた。

お医師様先生、この方、本当に打撲傷でしょうか?」

「何かありましたかな?」

「内臓も傷ついています。打撲といっても、殴られたか蹴られたのじゃないかと」

「……。念の為に女性と子供もお願い出来ますかな?」

「分かりました」

 まずは男性を治す。一気に2人を治すとか出来たら良いんだけど、サミュエル先生に聞いても、「そんな事は出来ないよ」って笑われただけだった。

 感覚的には出来るような気もしてるんだけど、気がしてるだけ、なのよね。やり方は「こうかな?」位は思い付く。でも発動の仕方が分からない。

 男性の治療が終わると、もうひとりのお医師様先生の診ている女性に向き直る。

「聖女様、子供を先に」

「はい」

 お医師様先生の指示に、子供の手を握る。傷跡の残る小さな手。擦りむいたり切傷だったり。この子の痛みと苦しみが消えますようにと、祈りを込めて治癒を使う。

 子供の手は小さいから、もう片方で女性に触れた。女性の怪我も治ってほしい。

「光の聖女様、いったい何を?」

 じわじわと子供と女性の傷が消えていく。いつもなら浄化をかけながら治癒を使うんだけど、今はそこまで使えない。

 それでもイメージは出来ている。女性と子供の怪我が治ってから、改めて浄化をかけた。

「聖女様……」

「治ってますか?」

「えぇ、えぇ」

「きれいに治っていますよ。少しお休みになっては?」

「大丈夫ですよ」

 魔力は少し減っていると思う。でも疲れてはいない。

「いやいや。今は患者もいませんからな。お休みくだされ」

「『エリアントゥス太陽の花』を呼びましょうか?」

 私がララ様の言う事なら聞くって思ってるよね、これって。

「お言葉に甘えます」

 私がそう言ったら、2人がホッとした顔をした。

 控え室に行くと、リリス様がいた。

「キャスリーン様。いらっしゃってたのですね」

「えぇ。奥で治療をしてましたので。リリス様は今からですか?」

「はい。今日は少し遅くなってしまって。姪が熱を出しましたので」

「大丈夫ですの?」

「大丈夫です。はしゃいで汗をかいて、風邪を引いたんだろうってお医者様が仰ってました。食欲はありますので兄嫁様義姉も大丈夫だと」

「それなら安心ですわね」

 この世界の風邪薬は、主にハーブティー。サンブクスエルダーフラワーマトリカミアカモミールのハーブティーが特効薬とされている。他にもジンジャースパイスティーや大人ならモルドワインホットワインを飲んだりもする。

 もちろん病科医にかかったりもするけど、基本的に家で対処をする。病科にかかるのは症状が重かったり、何日も熱が続く時。病科見学の時、風邪で診察に来た女の子は、熱が5日続いていたんだそうだ。だから病科を受診したんだとあの時教えてもらった。

 ちなみにサンブクスエルダーフラワーは地球と同じように、コーディアル健康飲料としても使われている。ただし地球の物より花が大きいらしい。これはセシルさん情報だ。

 咲かせてみようかな?と頭をよぎった事もある。でも私の植物魔法には香り効果が強く出る。サンブクスエルダーフラワーには抗炎症作用や毒素排出、解熱効果がある。それらが私の植物魔法でどういった効果を発揮するのかが不明だ。だから気軽に試せない。

「リリス様、風邪薬はハーブティーですわよね?」

「えぇ。我が家にはサンブクスエルダーフラワーの木がありますので、風邪薬も自作出来てしまいますのよ」

マトリカミアカモミールはどうなさいますの?」

「もちろん育てておりますわ」

「見せていただけませんでしょうか?」

「はい?」

サンブクスエルダーフラワーマトリカミアカモミールを、わたくしに見せていただけませんでしょうか?」










     
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