3歳で捨てられた件

玲羅

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学院中等部 5学年生

特別講座

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 なんとか同好会も軌道に乗ってきた。メイト先生がエマちゃんの譜を仕上げていただいたから、先週からその楽譜に沿って練習を行っている。

 今日は医師資格取得の特別講座に出ている。

「フェルナー嬢」

「はい。どうかなさいました?リトルトン様」

「少しお話が」

 リトルトン様に対して、身構えてしまうのは仕方がないと思う。アヴァレーツィオの手の者だと分かっているし。

「お話、ですか?」

「あ、2人きりでという事ではありません」

 シェーン様を気にしながらリトルトン様が言う。この2人、何かあったのかな?

「まずはこちらを」

 渡されたのは冊子。ペラペラとめくってみると、人体の詳しい解剖図が極彩色で描かれている。ただし私の知る限り抜けている臓器がいくつかある。

「これをどうせよと?」

「目を逸らされないのですね」

「この位で目を逸らしていては、医師など務まりません」

 何人かは慌てて目を逸らしていた。リリス様もそのひとりだ。

「もちろん目を逸らしたくなる気持ちは分かります。でもこれは人体に誰もが持っている臓器です」

「それでも刺激が強いものですよ?ましてやこんなに写実的なのですから」

「写実的だと知っておられるのですね」

 嫌味っぽく言ってやると、曖昧に微笑まれてしまった。

「それでこれがどうされたのですか?」

「お渡しせよと」

 アヴァレーツィオにだろう。

「ありがとうございますとお礼を言った方が、よろしいのでしょうか?」

 言外に必要ないよね?と言うとリトルトン様も大きく頷いた。

「こちらはフェルナー嬢のお好きにお使いください」

「他の方にお見せしても?」

「ご自由に」

 臓器の形状がかなり詳しく描かれている。そのページには主な病気の症状と原因も書かれている。

「これは持ち出してはいけないのでは?」

 たぶんサン=コーム外科医の職業上、知り得た物だと思う。

「大丈夫ですよ」

 本当に大丈夫かな?

 中等部になってから、基本的な病気の症状や原因、それを治療する為の勉強が本格的になってきた。シャーマニー語は初等部でマスター出来てて当然といった体で、主に講座ではシャーマニー語が使われている。

 一応その後で個別対応もしてくれるけど、途中からでシャーマニー語が少しおぼつかないリリス様が涙目になっている。だから特別講座があった日は、先輩達と一緒に復習がてらリリス様に教えている。リリス様も分からないのは多くないから一緒に勉強している内に少しずつシャーマニー語の語学力も上がっている。

「この内容って執刀科の内容ですわよね?」

「えぇ。病科では使わないわ」

 この世界の内科は病科、外科は執刀科という。医師はどちらも出来なければならない。細分化されていた前世よりハードだと思う。麻酔薬もあるけど、前世のエーテル麻酔のような感じで、吸入式だ。麻酔医は居ないから、こちらも医師が管理する。教会のお医師お医者様は病科は薬で、執刀科は複数人で対応していた。全科対応とはいえ、やはり得手不得手はあるから、各々おのおの得意な分野を担当すると言っていた。私はまだ執刀科は見ていないんだよね。光魔法で治してしまえるから。ここが普通の医師との違いだ。

 それでも今度、特別講座の時間を使っての、執刀科の見学の募集があった。中等部以上という条件付きだけど。リリス様はまだ抵抗があると言って参加されないので、5学年生からの参加は私とアルベリク・リトルトンだけ。5学年生は全部で4人いるんだけどね。もうひとりは執刀科自体に興味が持てないらしい。すでに病科専門と定めているらしいんだよね。

「フェルナー嬢、無理なら無理せずに言ってくださいね?」

 リトルトン様は今から保護者のごとく心配している。それがシェーン様には面白くないようだ。

「アルベリク・リトルトン、キャスリーン様に触れないでいただこう」

「触ってませんって」

「心配と称して近寄りすぎないでいただきたい」

「適切だと思いますけど?」

 特別講座の度にこんな感じで、サミュエル先生が呆れていた。今回の執刀科の見学は、サミュエル先生の人脈コネなんだよね。シェアラー先生の時もリーベルト先生の時もあるんだけど今回はサミュエル先生。執刀科の見学は年に2回。5学年生は1度は見るように言われている。もちろん2回とも参加してもいい。

「はいはい。注目してもらえるかな?って言っても2人だけだけどね。注意事項を伝えようと思ったんだけど……。注意事項なんて言わなくていいと思ってしまうのは、どうしてだろうね?それからシェーン、キャシーちゃんの側を離れなさい」

「……はい」

 ものっすごく不満そうに、シェーン様が離れていった。

「ブランジット先生、彼は、その……」

「キャシーちゃんの護衛だよ」

「距離が近くありませんか?」

「そうかもね。でもそれは君には関係ないよね?」

「それは……そうですが」

 アルベリク・リトルトンも黙ってしまった。

「じゃあ、注意事項を言うね。今回は義足装着の為の左足下腿かたい切断を見学させてもらう。場所は王宮の医務室」

「王宮の医務室って事は、患者は兵士ですか?」

「そうだよ。熊と格闘技をやって負けたって笑ってるけどね。転倒した所を踏まれたんだよ。近くに医師も光魔法使いも居なくて、対処が遅れたんだ。兵士は続けられないけどこのまま放り出すわけにいかないからね。軍として義足を支給する事にしたっていうのが経緯だね。注意事項としては、むやみに物品に触れない事、近付きすぎない事、大声を出さない事、気分が悪くなったらすぐに医務室を出る事かな。心配無さそうだけどね」

「私はともかく、フェルナー嬢には少し酷では?」

「本人が見学を希望しているんだよ?生半可な覚悟じゃないだろうし、医師としてやっていくなら必要でしょ?」

「リトルトン様、わたくしは大丈夫ですわ。覚悟は出来ております」

「しかし……」

「1年半前も耐えたんだ。キャシーちゃんはそんなに弱くないよ」

「……はい」

見た目に惑わされているのかな?私の見た目は弱々しいってイメージらしいから。アルベリク・リトルトンは忘れちゃったのかしら?

執刀科の見学の日が近付いてきた。特別講座内にドキドキという2種類のオノマトペが混在しているように感じる。見学できる喜びと執刀科自体に対する不安。実際に医師の空気感に触れられる喜びと耐えられるのかという不安。

特別講座の中には強制的に参加させられる人も居る。今まで何かと理由を付けて執刀科の見学を避けていた人達で、主に令嬢だ。気持ちは分かるけどね。誰だって出血現場は見たくない。私も本来は避けたい。必要だ、仕事だと割りきっているから平気だけど、出血しているのを見ただけで、倒れてしまう人も居るからね。

「フェルナー様、フェルナー様は大丈夫ですの?わたくし、不安で」

「今から緊張してたら持ちませんよ?先輩。1番大変なのは患者さんです」

「分かってますわ。分かってはいるのですけれど」

今、この場にガウェイン・フィンチー様とフィオナ・イースデイル様、ガラハット・フィンチー様とキディー・ジェント様は居ない。執刀科の見学日が決まった時から、先生方が4人を出入り禁止にした。今はもう上手くいっているし、医師資格を目指すみんなの集中を乱したくないとの理由で、4人も納得してくれた。

いよいよ執刀科見学の日がやって来た。見学日は安息日だ。見学者が馬車に乗り込む。これから向かうのは王宮だけど、執刀科の見学だから女性は誰もドレスを身に付けていない。動きやすいパンツ姿だ。男性はいつもと変わらないけれど、余計な装飾品の付いていないシンプルな装い。







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