3歳で捨てられた件

玲羅

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学院初等部 4学年生

夏期休暇

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 結局、夏期休暇までにローレンス様達は帰ってこなかった。フェルナー侯爵家でも情報収集はしているけれど、分かったのはキプァ国の王女2人が訪問大使である第3王子殿下とローレンス様、リジーちゃんのお兄様のラインハルト様、同行した外交官子息2人を気に入ったと、話し相手にと毎日のように呼びつけているらしいという事。王女宮に滞在もかなり強引に勧められていたという報告も入っていた。現在滞在しているのはスタヴィリス大使館らしいから、思い付く最悪の事態は避けられたんだと思う。帰還予定は5日後だと連絡は来たけど、それもどうなるか分からない。王女殿下達の意向で延びる事もありうるから。帰還の延長の連絡はこれまでに2回あったらしい。

 私とランベルトお義兄様が夏期休暇にタウンハウス王都の侯爵邸に帰って、4日が過ぎてもローレンス様達はまだ帰ってこなくて、お義母様と顔を合わすと何度でもその話題になってしまっていた。

「困ったわねぇ」

「正確な情報の遅れが気になります」

「これでもかなり早くなったそうよ。『テンセイシャ』の大半は、情報を重要視したみたいだから。ツウシンシュダンが乏しいって嘆いていたって記録にも残っているわ。今は重要施設に転移の魔方陣があるから、重要な情報は送られてきてるのよ」

「転移の魔方陣って、送れる物は?生物は送れますか?」

、残念ながら物質のみね。たぶん王宮には今回の訪問の成果が届いていると思うのだけれど。さすがに国家間機密に当たるから、旦那様も教えてはくださらなくて」

「そうですよね。国家間機密ですものね」

 ローレンス様達にお変わりはないだろうか。体調は崩されていないだろうか。そんな事ばかりが気にかかる。

 玄関先が騒ついた気がする。お義母様と同時に顔をあげた。

「奥様、お嬢様、ローレンス様です。ローレンス様がお戻りになられました」

 家礼の言葉に思わず立ち上がった。お義母様は座ったままだけど視線で「行きなさい」と言われた気がする。はしたなくならない速度で部屋から飛び出した。

「やぁ、ただいま」

「おかえりなさいませ、ローレンス様」

 玄関先にいたのは、少し痩せた感じがするローレンス様。思わず抱きついたらギュッと抱きしめ返された。

「ローレンス様、お痩せになられました?」

「かもね。キャシーに会えなくて辛かった」

わたくしもです。お手紙も差し上げられませんでしたし」

「着替えてくるよ。今日はゆっくりして明日王宮に行くから」

「王宮ですか?」

「報告だね。キャシーはどうするの?」

「夏期休暇の課題も終わりましたし、明日から救民院に行こうかと思っておりましたが」

 ローレンス様が部屋に向かいかけて、ピタリと足を止めた。

「救民院か。私も一緒に行くから待っていてくれないか?」

「明日ですか?」

「出来れば行くのは明後日からにしてほしい」

「?はい。分かりました」

 ララ様やブレンダ様の様子も見たかったんだけど。お手紙を出しておこうかしら。ケネス・ハートラー様からお母様の様子は聞いている。元々裁縫で生計を立てていたそうで、今は救民院の繕い物を引き受けてくれているそうだ。ブレンダ様もお母様を手伝っていて、教会併設の窮民施設で母子で暮らしているらしい。

 ローレンス様が着替えてホワイエ娯楽室にやって来た。

「ローレンス、おかえりなさい。大変だったようね」

「本当に大変でした。無碍にも出来ませんし」

 ローレンス様の隣に座って、キプァ国の話を聞く。当たり障りのない各地の名産や気候風土の話ばかりだけど、キプァ国では名産のザクロをジュースにして飲んだり、ガラス工房にも行ったそうだ。

「これはお土産ね。キャシーにはこの小物入れ」

「スゴい、綺麗」

 渡されたのは青色ベースに、様々な小さな模様が埋め込まれたガラスの丸い蓋付きの器。お義母様は手鏡を貰っていた。手鏡にはガラスの花の装飾がされていて、お義母様の「怖くて持ち歩けないわ。壊してしまいそう」って言葉が印象的だった。

 ランベルトお義兄様には剣に付ける装飾品。とんぼ玉って言うんだっけ。当然こちらでの呼び名は違っている。

 お義父様にはグラス。小降りな青いグラスで、お義母様とお揃い。

「それからキャシーにはもうひとつ。王女殿下が口添えしてくれた」

「王女殿下が?」

 滴型のペンダントを渡された。深くて綺麗な青色。ローレンス様の瞳の色のようだ。

「そう。この色を出せる工房が限られていてね。職人が結構気難しくて、王女殿下の口添えがなければ作ってもらえなかったんだ」

「王女殿下って……」

「しつこく迫られていたのは随行員のひとりね。私はキャシーが居るってずっと言っていたし、姿絵を見せたら諦めてくれた」

「姿絵?」

「これだよ」

 見せてもらったのは10センチ位のキャンパスに描かれた、ドレス姿の私。

「これを見せたら妙に協力的になってくれて、さっきのペンダントも似合いそうだからって口添えしてくれたし、他にも色々便宜を図ってくれた。その王女殿下からの伝言。是非ともお会いしたいって」

わたくしに?」

「明日次第だね」

 明日次第って……。


 翌日、ローレンス様はお義父様と一緒に王宮に上がった。私は久しぶりに侯爵邸の蔵書庫にこもっていた。

 ここには政治関係、宗教関係の資料も納められている。先祖代々何らかの役職に就いてきた際に集めた資料だそうだ。お義父様は宰相だけど先祖には法曹関係者や宗教関係者も居たらしく、学院の図書館にも無い資料も置いてある。他にも様々な言語の原書も納められている。

 シャーマニー語の本も幼児書から専門書まで揃っている。数は少ないけどね。幼児書は簡単に読めた。単語の羅列と短い平易簡単な文章だから。思うにこれはシャーマニー語の入門書だったんじゃないかしら。何の為に手に入れたか分からない幼児書。文字やスペルを覚えるには最適だけど、単語に小さな挿絵が書いてあるだけだもの。

 他のシャーマニー語の本は一気に専門色が強くなる。医学書が多いけれど、薬学や宗教関係の本も少数ながら収蔵されている。

「キャシー、客が来ている」

 邸内に居たらしいランベルトお義兄様が呼びに来てくれた。

「お客様?」

「ララっていう平民女とハートラーと名乗った男女」

「お義兄様、平民女と言う呼び方はお止めくださいませ。ララ様はわたくしの友人です」

「オレは認めてない。キャシーを傷付けたんだぞ?」

「ララ様が?そんな事はございませんけれど?」

「キャシーを無視したり、キャシーに紅茶をぶっかけたり、キャシーを突き飛ばしたりしたじゃないか」

「謝ってくださいましたわよ?何度も真摯に」

お義兄様が黙ってしまった。ララ様達が待っているという応接室に行くと、ララ様とガチガチに緊張したハートラー兄妹とそのお母様のチェルシー様が座っていた。

「お待たせいたしました」

「キャシーちゃん、久しぶり。あのね、彼らが挨拶したいって言うから連れてきちゃった」

「連れてきちゃったって、ここまでどうやって?」

「もちろん馬車でよ?辻馬車で来て少し歩いたけれど」

ガチガチに緊張しているハートラー家族の緊張をほぐす為に、リラックス効果のある冷たいハーブティーをお出しする。

「大丈夫ですよ。どうぞお飲みください」

「こんなお高そうなカップ、壊しちゃったら……」

「そんな事は考えなくて良いです。ララ様、リラックス効果の光魔法は使えますか?」

「さっきから使っているのよ。でも、効果が無いのよね」

「あらら……」

ハートラー家族の緊張が強すぎて、リラックスの魔法が効かないらしい。
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