17 / 25
ゴツい乙女騎士の俺は傍若無人な冷酷王子に愛されたかっただけなのに
1
しおりを挟む「ちょ、ちょっと、おお落ち着けアルベルトっ!!」
「俺は落ち着いてるよ。ね、マルクス、そんなに焦ってどうしたの?」
端正な顔を歪めて俺を押し倒すこの男、アルベルトをこの国で知らないやつはいないだろう。
顔よし、頭よし、なんて言ったってこの国の第二王子ときたら、男女問わずほっとくはずがない。
しかし性格は恐ろしく冷徹で、一度キレると狂ったように暴れ、手に負えないらしい。
本来ならば、第一王子を差し置いて王位を継承できるほどの力があるのだが、そのあまりの傍若無人っぷりに、王でさえ手を焼いている状態だ。
そんな彼が唯一心を許しているのが、俺。
俺の前では特大級の猫を被っていて、他の奴らには見せないであろう人懐っこい笑顔で過度なスキンシップをしてくる。
俺は城に勤める騎士隊の1人で、いわば城や王たちを守る仕事をしている。
身体はごついわ顔はゴリラ寄りだわで、もう40を過ぎるがいまだに独り身だ。
そんな俺に彼が懐いてるのを見て、気に食わないと思うやつがいるのは知っている。
難攻不落で暴君だが、腐っても第二王子。なんとか取り入りたいと思う奴は多い。
毎日陰口は当たり前、わざと騎士隊の訓練内容を増やされたり、私物が捨てられていたりと、地味に困る嫌がらせを受けているのだ。
最初は理不尽な仕打ちに腹も立ったし、悲しくなった。
こんなナリだが心は結構繊細な方で、いっそ仕事を辞めてしまおうかと思った時期もあった。
でも、どうしても彼から離れることができなかった。
なぜなら、アルベルトを好きになってしまったから。
最初に出会った時、アルベルトは俺に対しても冷酷だった。
当時アルベルトは騎士隊と一緒に訓練をしていて、その最中にかすり傷を負った。
『アルベルト王子、怪我の手当てをしましょう。』
『そんなものいらない。訓練を続けるぞ。』
『ですが王子っ!』
かすり傷とはいえ多少出血はしているし、戦場ならともかくここは城内。
小さい怪我でもそこから菌が入ることもあるし、手当てできるならするに越したことはない。
そんな思いで食い下がると、明らかに苛立ちながらこちらに近づいてくるアルベルト。
『俺が訓練を続けろと言ったんだ。聞こえなかったのか?』
『…聞こえた上で進言しました。手当てをしましょう、王子。』
『お前、何を言っているのかわかっているのか?』
視界の端でアルベルトが拳を握るのが見えた。
こうなったら、やられる前に!やる!
『王子!失礼いたします!!』
『?何を…っ!!!』
王子に殴られるより先に、いわゆるお姫様抱っこで王子を運ぶ。
もしかしたらクビになるかもしれない。
それでも、俺には放っておくことはできなかった。
俺の父親は戦場で死んだ。
深手を負ったわけではないが、医療班の手が足りず、碌に消毒もできずに感染症にかかって死んでしまった。
小さな傷でも、俺にとっては父親の死を思い出してしまい、どうしても無視することができないんだ。
城の医務室に彼を押し付け、騎士隊の寮へ帰る。
もうクビになるのであれば、訓練に参加するのも無駄だ。
部屋の荷物を全て片付けて翌日出ていこう、などと考えながら適当に服など必要最低限のものを鞄に詰め込んでいると、自室のドアが勢いよく開いた。
入り口には、アルベルトが立っていた。
見ると、怪我をしていた部分には丁寧に包帯が巻かれている。
大人しく治療を受けてくれたんだな、なんて安心していると、いきなり距離を詰められる。
『お前、マルクスというそうだな。』
『っ…先ほどは失礼な真似をしてしまい、申し訳ありませんでした。』
声は低く、眼光で人を殺せそうなほど、俺の顔を睨んでいる。
公衆の面前でお姫様抱っこしたんだもんな、そういえば。クビどころか不敬罪かもしれない。
さっきは王子の治療を優先したが、今度こそ甘んじてその拳を受け入れよう。
そう思って目をかたく瞑ると、
『俺を心から心配してくれたのはマルクス!お前が初めてだ!これは両想いってことでいいよな?今日から毎日らぶらぶちゅっちゅしよ!』
…ん?
待て待て待て。
あまりの衝撃に、閉じていた目が開けない。
俺の目の前にいるのは本当にあのアルベルト王子だよな?
さっきまではいつも通りだった気がするから、目を瞑った瞬間に現実逃避で夢を見てるのか?
目を開けば覚めたりする?
そう思って恐る恐る目を開けると、今まで見たこともないような満面の笑みを浮かべた正真正銘のアルベルトが立っていた。
『えっと、ア、アルベルト王子…?』
『なんだい、マルクス』
表情もそうだけど口調も変わってる。
本当にアルベルトなのか?
とまあそんな経緯で、それ以降、アルベルトは俺に対してだけ口調も表情も変えるようになった。
名前も呼び捨て、敬語もなしじゃないと一緒に俺の寮室に住むなんて言い出したから、せめて2人きりの時だけにしてくれと頼み込んだ。
純粋に懐かれていて嬉しかった。
一緒にいて楽しくて、不敬かもしれないが弟ができたようで楽しい日々だった。
そんな俺たちをよく思わない連中はやっぱりいて。
だんだん嫌がらせをされるようになった。
元々立場が違うわけだし、離れようと思えば離れられた。
でも、どうしてもできなかった。
肩に置かれた手に胸が高鳴るようになった。
2人の時だけ手を繋いでいい?と言われ、何度も、手だけなんて言わずそのまま押し倒してくれたらいいのにと思った。
好き、いちゃいちゃしよう、結婚しようと言ってくるくせに、何もしてこないことが悲しかった。
抱きしめてほしい。
キスしてほしい。
酷くしてもいいから、俺の全部を愛してほしい。
こんなナリだが、女の子のように扱われたい。
そう思っては、自分と彼との身分や見た目の差を感じ落ち込む日々を過ごしていた。
***
「マルクス、明日は休みを取っているよね?よかったら俺の部屋で酒でも飲まない?」
「アルベルト王子、だから皆の前で誘うなってあれほど…」
訓練終わり、いつものようにアルベルトに話しかけられる。
またやっかみが増えるから人のいないところで誘ってくれと言いたいところだが、無邪気な笑顔で誘われて嬉しくないわけがない。
まあどれだけ嫌がらせをされたって俺が我慢すればいい話だしな、と納得して返事をしようとした矢先。
「アルベルト王子、こちらにいらっしゃったのですね!」
そう言ってアルベルトの腕に抱きついたのは、隣国から来賓として来ている令嬢だ。
華奢でしなやかな身体、まだあどけなさは残るが端正な顔、おまけに宰相の令嬢と言ったら、俺に勝ち目がないどころか同じ土俵に立つこともできない雲の上の存在。
この人とアルベルトが一緒にいる姿を見るたびに、本来アルベルトが俺の手なんか到底届かない立場の人間なんだって自覚する。
国政の関係で今日で2週間ほど滞在しているが、来た初日から彼女がアルベルトを狙っているという噂が城中に広まった。
なにしろ、気持ちを隠しもせずアプローチしていて、一日に何度も出会ったり、出会うたびに周りを気にせずアルベルトに抱きついてくる。
最初は国賓ということもあり、アルベルトにしては丁寧に対応していたが、だんだん面倒くさくなったのか、いつもの冷たい態度で接すようになった。
それに対して、素を見せてくれている!と余計燃え上がり、良くも悪くも王宮中の話の中心になっている。
…確かにお似合いの2人だ。
元からアルベルトのことを慕っていた奴らは彼女を非難しているが、平凡騎士のゴツい俺よりも彼女の方が奴らの溜飲も下がる。
だって彼女は全てを持っている。
俺が選ばれるのは納得いかないが、彼女なら仕方ないと思ったようで、だんだん非難の声が少なくなっていった。
アルベルトも、今は若気の至りで俺に懐いてくれているが、本来ならばまともに話すことすら叶わない立場で、俺と一緒にいたって何も得することはなくて…
頭の中でいろんな感情がぐるぐるとまわって気持ち悪い。
俺に懐いてくれてるという優越感と、とられたくない独占欲、アルベルトに素直に甘えられる彼女を羨む嫉妬心。
密着する2人を見てられなくて、思わず視線を外す。
「あら、そこの騎士のおじさま、どうされたの?顔色が悪いわ。もう訓練も終わったようですし、お部屋にお戻りになった方がよろしいんじゃないかしら?」
高く甘ったるい声が胸に刺さる。
見ると、勝ち誇ったような顔の彼女。
そうか。
俺は邪魔者なのか。
36
お気に入りに追加
639
あなたにおすすめの小説
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
溺愛前提のちょっといじわるなタイプの短編集
あかさたな!
BL
全話独立したお話です。
溺愛前提のラブラブ感と
ちょっぴりいじわるをしちゃうスパイスを加えた短編集になっております。
いきなりオトナな内容に入るので、ご注意を!
【片思いしていた相手の数年越しに知った裏の顔】【モテ男に徐々に心を開いていく恋愛初心者】【久しぶりの夜は燃える】【伝説の狼男と恋に落ちる】【ヤンキーを喰う生徒会長】【犬の躾に抜かりがないご主人様】【取引先の年下に屈服するリーマン】【優秀な弟子に可愛がられる師匠】【ケンカの後の夜は甘い】【好きな子を守りたい故に】【マンネリを打ち明けると進み出す】【キスだけじゃあ我慢できない】【マッサージという名目だけど】【尿道攻めというやつ】【ミニスカといえば】【ステージで新人に喰われる】
------------------
【2021/10/29を持って、こちらの短編集を完結致します。
同シリーズの[完結済み・年上が溺愛される短編集]
等もあるので、詳しくはプロフィールをご覧いただけると幸いです。
ありがとうございました。
引き続き応援いただけると幸いです。】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる