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53.園田さんの好きな人
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清潔室の中は空き部屋が多くなった。俺は部屋から出られないから分からないけど、入っているのは、俺と裕介だけになったらしい。
更に正月が近付いて来て、病院全体がガランとしている……と木下さんが言っていた。
病気で入院してる人でも、外泊出来る人は正月に帰るみたいだな。まぁ俺や裕介は無理なんだけど。
「園田さんも正月は休み?」
俺は血圧を測りに来てくれた園田さんに聞いてみた。すると園田さんは微妙な顔をして笑っている。
「元旦はね、前日の大晦日から夜勤なんだよね。明けましておめでとうを言いに来るよ」
「そっかぁ、看護師さんって大変だなぁ」
「仕事だからね。でもこの時期患者さんも減るから、ナースの人数も少し減るんだけどね」
「じゃあ、正月に休みを取れる看護師さんも結構いるってこと?」
「うん、いつもの休みよりはね」
「園田さんは貧乏クジ引いちゃったわけだ」
「んー、家庭持ってる人が優先かな、何て思っちゃって」
園田さんの言葉で、俺は何となく気が付いた。きっと、自分から夜勤をするって言い出したに違いない。
優しいんだよな、園田さんって。
「まぁ私は一人暮らしだし、家にいてもどうせ一人だからねー」
「彼氏とかいないのかよ」
「ちょっとそれ聞くー? いたら何が何でも休みを取ってるよ!」
ぷりぷりと頬を膨らませて怒っている園田さん。ちょっと可愛い。
「彼氏いなかったのか。意外だなぁ」
「出会いがないのよ、出会いが……」
「職場恋愛とかダメなのか? 小林先生とか仲本さんって独身じゃなかったっけ」
「小林先生は医者としては優秀でも、彼氏となるとちょっとねぇ……」
園田さんはそう言いながら宙を見ている。うん、まぁ、ドS相手だと躊躇しても仕方ないけどな。
「仲本さんは?」
「私はイケメン無理だから!」
イケメンが無理って……どういう事だ? 園田さんの好みは変にうるさいようだ。
「じゃあ、どんな人がタイプなんだ?」
俺の問いを聞いた途端、園田さんは急にまごつき始めた。
これは……好きな人でもいるのかな。
「だ、誰にも言わないでよ?」
「言わない言わない」
「い、言っとくけど、タイプってだけだからね! 好きとかじゃないから!」
「うん、誰?」
「うーっ」
園田さんはその後散々前置きしたあと、やっとその名前を口にしてくれた。
「えっとね……リナちゃんの、お兄ちゃん……」
「えっ、拓真兄ちゃん!?」
思わず驚きの声を上げると、園田さんがシーッと人差し指を口に当ててきょろきょろしている。
予想外の人物の名前を出されて、俺もなんだかキョドッてしまった。
「え、マジで、拓真兄ちゃんなのか?」
「だ、だから、タイプだからねっ」
「拓真兄ちゃん、かっこいいじゃん。イケメン駄目だったんじゃなかったのかよ」
拓真兄ちゃんは仲本さんのような王子様系のキラキラした爽やかイケメンなわけじゃないけど、ゴツくて逞しくて、いかにもスポーツやってますってタイプのイケメンだと俺は思ってる。まぁちょっと年の割に老け顔ではあるけど。
「え、拓真くんってイケメンなの? 違うんじゃない?」
だけど、園田さんにとってはイケメンじゃなかったみたいだ。ズバッというなぁ。拓真兄ちゃん傷付くぞ。
「じゃあ、拓真兄ちゃんのどこがタイプなんだ?」
「そりゃあ背が高くて体も鍛えてて、妹には優しいし、私達看護師にも気を使ってくれるし……」
「好きなんだな」
「うん……」
肯定の言葉を紡いだ直後に、園田さんはハッとしている。でももう聞いちゃったもんね。
「ちょ、何言わすのっ! だから、ああいう人がタイプなだけだってば!」
「拓真兄ちゃん、彼女いないみたいだけど?」
「え、本当? ……って、違うんだからっ! 第一、相手は高校生じゃないのっ」
「別に良いと思うけどなぁ。この春で高校卒業だし」
「良いと思う? 変に思われない?」
園田さん、分かりやす過ぎるっ! 俺は思わず息を口の隙間から吹き出してしまった。
「何だよ、やっぱ好きなんじゃん! 電話してやろうか」
「きゃーー、やめてやめて!」
俺は顔のニヤニヤが止まらないまま、拓真兄ちゃんに電話を掛ける。隣であわあわ言ってる園田さんが面白い。
呼び出しのコールが数回鳴った後で『もしもし』と声がした。
「拓真兄ちゃん」
『おう、ハヤト。久しぶりだなぁ、大丈夫か?』
「移植の後、ちょっとGVHDが出たけど、もうほとんど治った。すごい順調だよ」
『そっかぁ、良かったなぁ! もうちょっとだ、頑張れよ!』
「ありがとう。ねえそれよりさ、園田さんって看護師さん覚えてる?」
唐突の俺の振りにびっくりしたのは、拓真兄ちゃんじゃなくて園田さんの方だったらしい。口パクで『やめて』と言ってるのが分かる。やばい、楽しいなーこういうの!
『ああ、覚えてるぜ。目のクリッとした、ちょっと背が低くて可愛い看護師さんだろ?』
お、園田さん、好印象じゃないか! 拓真兄ちゃんは彼女欲しがってたし、押せばいけるような気がしてきた。まぁ、そこまでお節介はしないけど。
俺はチラッと園田さんの方を見て、小声で「可愛いって言ってる」と教えてあげた。園田さんの口角が、嬉しそうに恥ずかしそうに、みるみると上がって行く。
「今さ、その園田さんがいるんだ。電話変わるな」
『ん? おう』
「え、ちょ、ちょっとぉっ」
「だいじょぶだいじょぶ」
ヒョイっとスマホを渡すと、園田さんはワタワタしながら受け取り、「んんっ」と喉を整えてから声を上げる。
「も、もしもし、園田です。……うん、お久しぶり。リナちゃんの具合はどう? うん……うん、良かったね」
折角電話を代わったのに、当たり障りのない会話をしていた。電話番号を聞いとけば良いのに。
「また通院に来た時にでも、病棟の方に顔を見せに来てってリナちゃんに伝えておいてくれる? お願いしまーす。 じゃあ、颯斗君に代わります」
二分もしないうちに、再びスマホが俺の手に戻ってきた。何やってんだよ、園田さん……。
「もしもし」
『おお、ハヤト。園田さんって良い人だよなぁ。退院した後もこんなにリナの事気遣ってくれて……』
いや、なんていうか……気づいてたけど、拓真兄ちゃんって鈍感だよな。
今まで彼女が出来なかったのも、そのせいじゃないのか? このまま放っておいたら、拓真兄ちゃんって一生彼女が出来なさそうだ。
「あー、それでさ。いちいち俺が中継するのも面倒だから、拓真兄ちゃんの携帯番号教えておいていい?」
『おー、勿論。リナも喜ぶだろうしな!』
不安そうにこっちを見ている園田さんにオッケーのサインを出す。
怯えたネズミみたな顔だったのに、一瞬にしてパッと電気がついたように明るくなった。俺はもう、笑いを堪えるのに必死だ。
「ありがと、じゃあ園田さんに後で伝えとくよ」
『ああ、こっちも登録しときたいから、時間が出来た時にでもワンコールしてくれって頼んでおいてくれ』
「オッケー、分かった」
じゃあまた、と言ってお互いに通話を切る。
園田さんが喜んでくれるかと思って顔を上げると、何故か少し怒った様子で俺を見下ろしていた。
「……そ、園田さん?」
「もう、いきなりあんな事してーっ! びっくりするでしょ!」
「でも、電話出来て良かっただろ?」
「こういうのは、心の準備がいるのよ。緊張しすぎて口から心臓が飛び出しそうだったんだから!」
全然そんな風には見えなかったけどなぁ。至って冷静だったよ。看護師さんの特性かな。
「それに、患者さんとこうなるのはマズイっていうか……」
「拓真兄ちゃんは患者じゃないし」
「そうだけど……」
「リナも退院してるしいいんじゃないの? もしダメだったとしても、俺が黙ってればいい話だろ?」
「でも……」
真面目だなぁ、園田さん。気にしなきゃいいのに。
「じゃあ拓真兄ちゃんの携帯番号いらない?」
「い、いるっ」
そこだけは即答して、番号を写していた。なんだ、結局連絡取る気満々じゃないか。
「あ、ありがとね、颯斗君……もう会うこともないし、連絡も取れないと思ってたから……」
「良かったな」
そういうと、本当に嬉しそうに「うん」と笑っていた。本当に拓真兄ちゃんの事、好きだったんだな。上手くいくと良いけど、どうなるかは俺には分からない。
まぁたまには鈍感そうな男に匂わせてやるとするか。
来年の正月は、園田さんは休みを意地でも取ってるといいな。
更に正月が近付いて来て、病院全体がガランとしている……と木下さんが言っていた。
病気で入院してる人でも、外泊出来る人は正月に帰るみたいだな。まぁ俺や裕介は無理なんだけど。
「園田さんも正月は休み?」
俺は血圧を測りに来てくれた園田さんに聞いてみた。すると園田さんは微妙な顔をして笑っている。
「元旦はね、前日の大晦日から夜勤なんだよね。明けましておめでとうを言いに来るよ」
「そっかぁ、看護師さんって大変だなぁ」
「仕事だからね。でもこの時期患者さんも減るから、ナースの人数も少し減るんだけどね」
「じゃあ、正月に休みを取れる看護師さんも結構いるってこと?」
「うん、いつもの休みよりはね」
「園田さんは貧乏クジ引いちゃったわけだ」
「んー、家庭持ってる人が優先かな、何て思っちゃって」
園田さんの言葉で、俺は何となく気が付いた。きっと、自分から夜勤をするって言い出したに違いない。
優しいんだよな、園田さんって。
「まぁ私は一人暮らしだし、家にいてもどうせ一人だからねー」
「彼氏とかいないのかよ」
「ちょっとそれ聞くー? いたら何が何でも休みを取ってるよ!」
ぷりぷりと頬を膨らませて怒っている園田さん。ちょっと可愛い。
「彼氏いなかったのか。意外だなぁ」
「出会いがないのよ、出会いが……」
「職場恋愛とかダメなのか? 小林先生とか仲本さんって独身じゃなかったっけ」
「小林先生は医者としては優秀でも、彼氏となるとちょっとねぇ……」
園田さんはそう言いながら宙を見ている。うん、まぁ、ドS相手だと躊躇しても仕方ないけどな。
「仲本さんは?」
「私はイケメン無理だから!」
イケメンが無理って……どういう事だ? 園田さんの好みは変にうるさいようだ。
「じゃあ、どんな人がタイプなんだ?」
俺の問いを聞いた途端、園田さんは急にまごつき始めた。
これは……好きな人でもいるのかな。
「だ、誰にも言わないでよ?」
「言わない言わない」
「い、言っとくけど、タイプってだけだからね! 好きとかじゃないから!」
「うん、誰?」
「うーっ」
園田さんはその後散々前置きしたあと、やっとその名前を口にしてくれた。
「えっとね……リナちゃんの、お兄ちゃん……」
「えっ、拓真兄ちゃん!?」
思わず驚きの声を上げると、園田さんがシーッと人差し指を口に当ててきょろきょろしている。
予想外の人物の名前を出されて、俺もなんだかキョドッてしまった。
「え、マジで、拓真兄ちゃんなのか?」
「だ、だから、タイプだからねっ」
「拓真兄ちゃん、かっこいいじゃん。イケメン駄目だったんじゃなかったのかよ」
拓真兄ちゃんは仲本さんのような王子様系のキラキラした爽やかイケメンなわけじゃないけど、ゴツくて逞しくて、いかにもスポーツやってますってタイプのイケメンだと俺は思ってる。まぁちょっと年の割に老け顔ではあるけど。
「え、拓真くんってイケメンなの? 違うんじゃない?」
だけど、園田さんにとってはイケメンじゃなかったみたいだ。ズバッというなぁ。拓真兄ちゃん傷付くぞ。
「じゃあ、拓真兄ちゃんのどこがタイプなんだ?」
「そりゃあ背が高くて体も鍛えてて、妹には優しいし、私達看護師にも気を使ってくれるし……」
「好きなんだな」
「うん……」
肯定の言葉を紡いだ直後に、園田さんはハッとしている。でももう聞いちゃったもんね。
「ちょ、何言わすのっ! だから、ああいう人がタイプなだけだってば!」
「拓真兄ちゃん、彼女いないみたいだけど?」
「え、本当? ……って、違うんだからっ! 第一、相手は高校生じゃないのっ」
「別に良いと思うけどなぁ。この春で高校卒業だし」
「良いと思う? 変に思われない?」
園田さん、分かりやす過ぎるっ! 俺は思わず息を口の隙間から吹き出してしまった。
「何だよ、やっぱ好きなんじゃん! 電話してやろうか」
「きゃーー、やめてやめて!」
俺は顔のニヤニヤが止まらないまま、拓真兄ちゃんに電話を掛ける。隣であわあわ言ってる園田さんが面白い。
呼び出しのコールが数回鳴った後で『もしもし』と声がした。
「拓真兄ちゃん」
『おう、ハヤト。久しぶりだなぁ、大丈夫か?』
「移植の後、ちょっとGVHDが出たけど、もうほとんど治った。すごい順調だよ」
『そっかぁ、良かったなぁ! もうちょっとだ、頑張れよ!』
「ありがとう。ねえそれよりさ、園田さんって看護師さん覚えてる?」
唐突の俺の振りにびっくりしたのは、拓真兄ちゃんじゃなくて園田さんの方だったらしい。口パクで『やめて』と言ってるのが分かる。やばい、楽しいなーこういうの!
『ああ、覚えてるぜ。目のクリッとした、ちょっと背が低くて可愛い看護師さんだろ?』
お、園田さん、好印象じゃないか! 拓真兄ちゃんは彼女欲しがってたし、押せばいけるような気がしてきた。まぁ、そこまでお節介はしないけど。
俺はチラッと園田さんの方を見て、小声で「可愛いって言ってる」と教えてあげた。園田さんの口角が、嬉しそうに恥ずかしそうに、みるみると上がって行く。
「今さ、その園田さんがいるんだ。電話変わるな」
『ん? おう』
「え、ちょ、ちょっとぉっ」
「だいじょぶだいじょぶ」
ヒョイっとスマホを渡すと、園田さんはワタワタしながら受け取り、「んんっ」と喉を整えてから声を上げる。
「も、もしもし、園田です。……うん、お久しぶり。リナちゃんの具合はどう? うん……うん、良かったね」
折角電話を代わったのに、当たり障りのない会話をしていた。電話番号を聞いとけば良いのに。
「また通院に来た時にでも、病棟の方に顔を見せに来てってリナちゃんに伝えておいてくれる? お願いしまーす。 じゃあ、颯斗君に代わります」
二分もしないうちに、再びスマホが俺の手に戻ってきた。何やってんだよ、園田さん……。
「もしもし」
『おお、ハヤト。園田さんって良い人だよなぁ。退院した後もこんなにリナの事気遣ってくれて……』
いや、なんていうか……気づいてたけど、拓真兄ちゃんって鈍感だよな。
今まで彼女が出来なかったのも、そのせいじゃないのか? このまま放っておいたら、拓真兄ちゃんって一生彼女が出来なさそうだ。
「あー、それでさ。いちいち俺が中継するのも面倒だから、拓真兄ちゃんの携帯番号教えておいていい?」
『おー、勿論。リナも喜ぶだろうしな!』
不安そうにこっちを見ている園田さんにオッケーのサインを出す。
怯えたネズミみたな顔だったのに、一瞬にしてパッと電気がついたように明るくなった。俺はもう、笑いを堪えるのに必死だ。
「ありがと、じゃあ園田さんに後で伝えとくよ」
『ああ、こっちも登録しときたいから、時間が出来た時にでもワンコールしてくれって頼んでおいてくれ』
「オッケー、分かった」
じゃあまた、と言ってお互いに通話を切る。
園田さんが喜んでくれるかと思って顔を上げると、何故か少し怒った様子で俺を見下ろしていた。
「……そ、園田さん?」
「もう、いきなりあんな事してーっ! びっくりするでしょ!」
「でも、電話出来て良かっただろ?」
「こういうのは、心の準備がいるのよ。緊張しすぎて口から心臓が飛び出しそうだったんだから!」
全然そんな風には見えなかったけどなぁ。至って冷静だったよ。看護師さんの特性かな。
「それに、患者さんとこうなるのはマズイっていうか……」
「拓真兄ちゃんは患者じゃないし」
「そうだけど……」
「リナも退院してるしいいんじゃないの? もしダメだったとしても、俺が黙ってればいい話だろ?」
「でも……」
真面目だなぁ、園田さん。気にしなきゃいいのに。
「じゃあ拓真兄ちゃんの携帯番号いらない?」
「い、いるっ」
そこだけは即答して、番号を写していた。なんだ、結局連絡取る気満々じゃないか。
「あ、ありがとね、颯斗君……もう会うこともないし、連絡も取れないと思ってたから……」
「良かったな」
そういうと、本当に嬉しそうに「うん」と笑っていた。本当に拓真兄ちゃんの事、好きだったんだな。上手くいくと良いけど、どうなるかは俺には分からない。
まぁたまには鈍感そうな男に匂わせてやるとするか。
来年の正月は、園田さんは休みを意地でも取ってるといいな。
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