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26.地獄、再び!?
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「もしもし、真奈美?」
俺が電話を掛けると、向こう側で嬉しそうに『颯斗!』と声がした。
『どうしたの、何かあった?』
「うん、外泊の日程が決まったから、伝えとこうと思って」
『ほんと? いつ?』
「十月の二日と三日」
当然の事ながら、真奈美は喜んでくれると思った。今回の外泊は真奈美に会うつもりだ。俺の体調も随分と良くなったしな。
けど真奈美は俺の予想に反して、明るい声は返ってこなかった。
『ごめん、颯斗……その日、ちょうど修学旅行なんだ……』
修学旅行。
そういえばすっかり忘れてたけど、そんなものがあるんだった。
そっか、修学旅行か……俺も皆と一緒に行きたかったな……。
「気にすんなって、楽しんで来いよ!」
『うん……ねぇ、なんかお土産に欲しいものある?』
「え? うーん、そう言われてもパッと思い浮かばないなぁ……別に何でもいいよ」
『じゃあ、颯斗のために一生懸命選ぶからね!』
「うん、楽しみにしてるな」
俺はそれだけ伝えて、そうそうに電話を切った。
正直言うと……やっぱりちょっとツライ。
中学の修学旅行は一度っきりのものだ。それに参加出来ないのは仕方ない事とは言え、やっぱり悔しい。皆との思い出が、どんどん欠けて無くなっていく気さえする。
病気さえしなければ。
今頃はクラスの連中と、修学旅行の話題で盛り上がってた事だろう。皆で知らない土地を散策したり、泊まった宿でギャーギャー騒いで先生に怒られたりするのかもしれない。
そこに俺がいないという事が寂しかった。
卒業アルバムに、俺の修学旅行の写真はないんだろう。
そこまで考えた所で、醜い感情に蓋をするように俺は思考を止めた。せっかくの外泊をこんな感情で過ごしたくはなかったから。
修学旅行の日の外泊を、俺は家族と過ごした。確かに旅行に行けなかったのは残念だったけど、家族と過ごせるって時間が幸せなんだって事を忘れちゃいけない。絶対に。
三度目の外泊は、俺の希望で鍋料理にして貰った。
まだ鍋の季節にはちょっと早かったけど、皆で一つのものを分け合うって事をしたかったんだろうな。今頃智樹や真奈美達も、こうやって皆で飯を食ってんのかなって、そんな事を考えながら鍋をつついた。
三度目の外泊が終わると、四クール目が始まる。
家でエネルギーを充填して帰って来た俺に、小林先生は淡々と言った。
「今クールの治療は、オンコビンを使いたいと思ってます」
俺と、そして俺を病院まで送ってくれた母さんの体は同時に固まった。
抗がん剤は色んな種類があって、色んな副作用がある。斎藤さんは、キロサイドって抗がん剤を入れた時が一番守の調子が体調が悪いって言ってて、逆にオンコビンの時は平気だったと言ってた。人それぞれなんだろう。
何を隠そう、俺の天敵はこのオンコビンだ。
気分悪くて、吐き気ばかりで、何も食べられなくなって、足が動かなくなって、便まで出なくなって、看護師の仲村さんに何度も摘便でお世話になってしまった。
またあれが……あの地獄が、始まるのか……?
「……いやだ」
俺の口は勝手にそんな事を呟いてしまっていた。あれだけは駄目だ。名前を聞くだけで拒否反応を起こしてしまっている。俺の言葉を聞いて、小林先生は困ったように眉を下げた。
「颯斗くん……」
「あの、先生、他の薬で代用は出来ないんですか?」
母さんが縋るように先生に尋ねてくれた。あんなガリガリで動けなくなった俺を、母さんはもう見たくないんだろう。
俺だってようやく戻って来た体重や筋力を、また失うのは嫌だ。けど、小林先生の答えは非情だった。
「前回の事を知っているので、使わなくても良いなら使いたくかったんですが……この治療は、どうしても必要な物なんです」
治療に必要な事。
分かってる。分かってはいるけど、それでもどうしても、簡単に答えられない。
「……あの苦しさは、経験した人にしか分からないよ。小林先生は簡単に言ってくれるけどさ、抗がん剤とかやった事ないんだろっ!」
「颯斗……っ」
俺の物言いに、母さんの目は少しだけつり上がった。その後すぐに先生に向き直り、「すみません」と謝っている。
「颯斗くん。確かに僕は抗がん剤の辛さを味わった事はありません。でも、今の君に最善の治療が何かという事は、僕が一番分かっている」
つまり……最善の治療が、オンコビン……。
目を見られない俺に、小林先生は続ける。
「薬量は出来るだけ落として、他のもので代用できる所は変えた。だから……少しだけ、オンコビンを使わせて下さい」
「せ、先生!?」
母さんの声に驚いて見てみると、小林先生が俺に向かって深々と頭を下げている。
先生、なんで俺にこんな事してんの?
頭を下げる必要なんて、これっぽちもないのに。
ただの俺の、わがままなのに……。
俺だって、本当は分かってる。嫌だって言っても、使うしかないんだ。
でも、またあんな状態になるのかと思うと……辛くて怖くて仕方なかった。
「颯斗くんの病気を治すために必要な事なんです。分かって欲しい」
「颯斗……」
先生は俺のためにここまで言ってくれてる。
なのにガキみたいに嫌がって……。やらなきゃいけないって分かってるのに。でも、怖くて……。
俺はギュッと拳を握る。
この治療を拒んだらどうなるのか。それを想像した時の方が、遥かに怖かった。
「……ごめん」
「颯斗くん?」
「わがまま言ってごめん。受けるよ……オンコビンの治療」
そう言うと、小林先生はホッと息を吐いていた。先生は先生で色々と考えてくれてたんだろう。マニュアル通りでない、俺専用の治療計画書が渡された。
前回のオンコビンを投与された時の計画書と比べると、確かに量は半分にまで減っていた。
「これだけ減らせば、前回のような酷い副作用は……多分、起こらないはずです」
「酷い副作用は? じゃあ、やっぱり酷くない程度には副作用出るんだな」
「出るでしょうね」
小林先生はあっさりと言ってくれる。まぁそれが小林先生らしいっちゃらしいけど。
「頑張れますか?」
「耐えるしかないだろ」
やけ気味にそう答えると、この先生らしくニヤッと笑った。
……やっぱSだよなぁ。
「じゃあ、四クール目も頑張って行きましょうね」
「あ、先生」
くるっと扉へと向かった小林先生の背に声を掛けると、「ん?」と振り返ってくれる。
俺はそのドS先生に向かって。
「ありがとう……ございます」
そう伝えると、小林先生は満足そうに声なく笑って病室を出て行った。
俺が電話を掛けると、向こう側で嬉しそうに『颯斗!』と声がした。
『どうしたの、何かあった?』
「うん、外泊の日程が決まったから、伝えとこうと思って」
『ほんと? いつ?』
「十月の二日と三日」
当然の事ながら、真奈美は喜んでくれると思った。今回の外泊は真奈美に会うつもりだ。俺の体調も随分と良くなったしな。
けど真奈美は俺の予想に反して、明るい声は返ってこなかった。
『ごめん、颯斗……その日、ちょうど修学旅行なんだ……』
修学旅行。
そういえばすっかり忘れてたけど、そんなものがあるんだった。
そっか、修学旅行か……俺も皆と一緒に行きたかったな……。
「気にすんなって、楽しんで来いよ!」
『うん……ねぇ、なんかお土産に欲しいものある?』
「え? うーん、そう言われてもパッと思い浮かばないなぁ……別に何でもいいよ」
『じゃあ、颯斗のために一生懸命選ぶからね!』
「うん、楽しみにしてるな」
俺はそれだけ伝えて、そうそうに電話を切った。
正直言うと……やっぱりちょっとツライ。
中学の修学旅行は一度っきりのものだ。それに参加出来ないのは仕方ない事とは言え、やっぱり悔しい。皆との思い出が、どんどん欠けて無くなっていく気さえする。
病気さえしなければ。
今頃はクラスの連中と、修学旅行の話題で盛り上がってた事だろう。皆で知らない土地を散策したり、泊まった宿でギャーギャー騒いで先生に怒られたりするのかもしれない。
そこに俺がいないという事が寂しかった。
卒業アルバムに、俺の修学旅行の写真はないんだろう。
そこまで考えた所で、醜い感情に蓋をするように俺は思考を止めた。せっかくの外泊をこんな感情で過ごしたくはなかったから。
修学旅行の日の外泊を、俺は家族と過ごした。確かに旅行に行けなかったのは残念だったけど、家族と過ごせるって時間が幸せなんだって事を忘れちゃいけない。絶対に。
三度目の外泊は、俺の希望で鍋料理にして貰った。
まだ鍋の季節にはちょっと早かったけど、皆で一つのものを分け合うって事をしたかったんだろうな。今頃智樹や真奈美達も、こうやって皆で飯を食ってんのかなって、そんな事を考えながら鍋をつついた。
三度目の外泊が終わると、四クール目が始まる。
家でエネルギーを充填して帰って来た俺に、小林先生は淡々と言った。
「今クールの治療は、オンコビンを使いたいと思ってます」
俺と、そして俺を病院まで送ってくれた母さんの体は同時に固まった。
抗がん剤は色んな種類があって、色んな副作用がある。斎藤さんは、キロサイドって抗がん剤を入れた時が一番守の調子が体調が悪いって言ってて、逆にオンコビンの時は平気だったと言ってた。人それぞれなんだろう。
何を隠そう、俺の天敵はこのオンコビンだ。
気分悪くて、吐き気ばかりで、何も食べられなくなって、足が動かなくなって、便まで出なくなって、看護師の仲村さんに何度も摘便でお世話になってしまった。
またあれが……あの地獄が、始まるのか……?
「……いやだ」
俺の口は勝手にそんな事を呟いてしまっていた。あれだけは駄目だ。名前を聞くだけで拒否反応を起こしてしまっている。俺の言葉を聞いて、小林先生は困ったように眉を下げた。
「颯斗くん……」
「あの、先生、他の薬で代用は出来ないんですか?」
母さんが縋るように先生に尋ねてくれた。あんなガリガリで動けなくなった俺を、母さんはもう見たくないんだろう。
俺だってようやく戻って来た体重や筋力を、また失うのは嫌だ。けど、小林先生の答えは非情だった。
「前回の事を知っているので、使わなくても良いなら使いたくかったんですが……この治療は、どうしても必要な物なんです」
治療に必要な事。
分かってる。分かってはいるけど、それでもどうしても、簡単に答えられない。
「……あの苦しさは、経験した人にしか分からないよ。小林先生は簡単に言ってくれるけどさ、抗がん剤とかやった事ないんだろっ!」
「颯斗……っ」
俺の物言いに、母さんの目は少しだけつり上がった。その後すぐに先生に向き直り、「すみません」と謝っている。
「颯斗くん。確かに僕は抗がん剤の辛さを味わった事はありません。でも、今の君に最善の治療が何かという事は、僕が一番分かっている」
つまり……最善の治療が、オンコビン……。
目を見られない俺に、小林先生は続ける。
「薬量は出来るだけ落として、他のもので代用できる所は変えた。だから……少しだけ、オンコビンを使わせて下さい」
「せ、先生!?」
母さんの声に驚いて見てみると、小林先生が俺に向かって深々と頭を下げている。
先生、なんで俺にこんな事してんの?
頭を下げる必要なんて、これっぽちもないのに。
ただの俺の、わがままなのに……。
俺だって、本当は分かってる。嫌だって言っても、使うしかないんだ。
でも、またあんな状態になるのかと思うと……辛くて怖くて仕方なかった。
「颯斗くんの病気を治すために必要な事なんです。分かって欲しい」
「颯斗……」
先生は俺のためにここまで言ってくれてる。
なのにガキみたいに嫌がって……。やらなきゃいけないって分かってるのに。でも、怖くて……。
俺はギュッと拳を握る。
この治療を拒んだらどうなるのか。それを想像した時の方が、遥かに怖かった。
「……ごめん」
「颯斗くん?」
「わがまま言ってごめん。受けるよ……オンコビンの治療」
そう言うと、小林先生はホッと息を吐いていた。先生は先生で色々と考えてくれてたんだろう。マニュアル通りでない、俺専用の治療計画書が渡された。
前回のオンコビンを投与された時の計画書と比べると、確かに量は半分にまで減っていた。
「これだけ減らせば、前回のような酷い副作用は……多分、起こらないはずです」
「酷い副作用は? じゃあ、やっぱり酷くない程度には副作用出るんだな」
「出るでしょうね」
小林先生はあっさりと言ってくれる。まぁそれが小林先生らしいっちゃらしいけど。
「頑張れますか?」
「耐えるしかないだろ」
やけ気味にそう答えると、この先生らしくニヤッと笑った。
……やっぱSだよなぁ。
「じゃあ、四クール目も頑張って行きましょうね」
「あ、先生」
くるっと扉へと向かった小林先生の背に声を掛けると、「ん?」と振り返ってくれる。
俺はそのドS先生に向かって。
「ありがとう……ございます」
そう伝えると、小林先生は満足そうに声なく笑って病室を出て行った。
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