再び大地(フィールド)に立つために 〜中学二年、病との闘いを〜

長岡更紗

文字の大きさ
上 下
24 / 92

24.病院で秋祭り

しおりを挟む
 病室に戻って勉強をしていると、しばらくして志保美先生が呼びに来てくれた。待ってましたと俺は池畑さんの携帯を鳴らす。勿論、テレビ電話でだ。

『は、はい? 何でテレビ電話??』
『あ、ハヤトお兄ちゃんー!』

 池畑さんの困惑した声と顔、そして横からリナが顔を覗かせる。

「リナ、そのまま見てろよ」
『へ? 見てればいいの? 分かったー!』

 俺は清潔室の扉を開けて、廊下を映した。この画像は池畑さんの携帯に映し出されているはずだ。

「隣には志保美先生もいるぞー」
「はぁーい、リナちゃん! 今からお祭りだよー!」

 志保美先生を映すと、茶目っ気たっぷりに手を振ってくれた。俺の携帯から『お祭りー?!』とリナの声が聞こえてくる。志保美先生に向けていた携帯を自分に戻して確認すると、リナは目をパチクリさせて驚いていた。

「このまま祭りの実況中継してやるから、一緒に楽しもうな!」
『本当!? わーい、やったぁ!!』

 リナの喜ぶ声を聞けて、俺も志保美先生も満面の笑みだ。
プレイルームに着くと俺の他には誰も子供はいなかった。本当に一人一人順番にやってるんだな。
屋台の番をしている先生や看護師さんたちに「いらっしゃい!!」と温かく迎えられて、一番奥の方へと案内された。

「じゃあ、金魚すくいからやって貰おうかな~」
「え、金魚すくい!?」
『金魚ー!?』

 志保美先生の言葉に俺たちは驚いた。だってここ、病院だぞ?!

「じゃーん、ここでーす!」

 目の前の子供用プール。そこに入っていたのは……

『見せて見せてー!』
「おお、金魚だ」

 携帯のカメラをプール向けて見せてやる。中にあったのはおもちゃの金魚だ。それだけじゃなく、カブトムシやクワガタのおもちゃまで入っている。押すとピカピカ光るタイプのおもちゃまであって、かなりの量のおもちゃが水に浮いていた。

「いらっしゃーい! ポイですくってねー!」

 看護師の園田さんが担当していて、ポイを渡してくれた。志保美先生がその様子を撮ってあげると言ってくれて、俺の携帯電話を持って行く。
 俺はポイとお椀を持って、金魚すくい……もとい、おもちゃすくいに挑戦だ!

『ハヤトお兄ちゃん、いっぱい取ってねー!』
「おう、任せとけ! リナ、どれがいい?」
『んじゃあ、ピンクのトンボとー、赤い金魚!』
「よしゃ!」

 リナのリクエスト通り、ピンクのトンボと赤い金魚をすくい上げる。そんな破れないもんだな~。

『ハヤトお兄ちゃんすごぉぉおい!!』

 ガバガバすくっていると、携帯からそんな声が聞こえて来た。俺はさらに調子に乗って、あれこれとすくい上げる。

「こらこら、ちょっと! 子供用に破れにくいポイにしてるんだから、中学生は考えてすくってよ?」

 遠慮容赦なくすくっていると、園田さんに怒られてしまった。つまり、あんまりすくい過ぎるなって事か。俺は仕方なく水を搔きまわすようにして不自然じゃないようにポイを破る。

『あー、破れちゃった。ざんねーん』
「でも結構取れただろ?」
『うん! さっすがぁ!』

 携帯中のリナは満足そうに笑っている。お椀いっぱいになったおもちゃは、園田さんが袋に入れてくれた。

「次は輪投げでーす!」

 志保美先生に連れていかれ、今度は輪投げの所に行く。するとそこには驚くべき人が立っていた。

「え、こ、小林先生!?」
「やあ、颯斗くん!」
「なんて格好してんだよ、小林先生~っ!!」

 金魚すくいをしている間に小林先生が後ろに立っていた。
 その小林先生が、何とサンバの格好をしてるんだ! 一人だけリオ・デ・ジャネイロから抜け出して来たようなド派手な衣装に、俺は目を丸くさせた。

『小林先生すごーーい!!』

 携帯の向こうのリナも感嘆の声を上げている。いや、まぁ驚くよ。だってすっごい衣装だもん。しかもそれを、小林先生が着てるとか!!

「すっげぇ、この衣装作ったのか!?」
「私と沙知先生で作ったのよ~」
「志保美先生も沙知先生もすげー!!」

 孔雀のような円状の羽は、よく見ると色画用紙で作ってある。保育士さんって本当にすごいな。こんなので衣装を作れちゃうんだから。

「はい、輪投げしてね! 入ったら良い事が起こりまーす!」

 プラスチックの輪を渡され、俺は一番奥にあった点数の高い棒に向かって投げる。それは見事命中して、輪は中にスッと入っていった。

「よっしゃっ!」
「最高点、十点入りましたー!!」
『ハヤトお兄ちゃん、すごぉぉおい!!』

 志保美先生もリナも絶賛してくれる。
 任せろ、こういう事は得意だ!
 俺は手に持っていた五つの輪っかを、次々とあちこちに入れて行く。

「颯斗くん、合計37てーん!! おめでとう~」
『37点、すごいー!!』
「で、何くれるんだ?」

 わくわくして志保美先生を見ると、志保美先生は俺から小林先生へと視線を移した。

「37点取った颯斗くんには、37秒間、小林先生からダンスをプレゼントしてもらえまーす!」
「ブハッ!! マジかーーっ」

 CDが掛けられ、音楽が流れると同時に小林先生がノリノリで踊り始めた。
 いや、小林先生ってこんなキャラだったっけ!?

『きゃはははははっ!!』
「何だその踊りーーっ!! あはははははっ!!」

 どう見てもサンバに見えないコミカルな踊りを披露してくれる小林先生。あのクソ真面目なドS先生が、こんな格好でヘンテコな踊りをするなんておかし過ぎるっ!! 俺もリナも、息ができない程声を上げて笑い続けた。

「オ・レ!!」

 そういうと同時に小林先生はビシッと決めてフィニッシュだ。
 いやそれ、ブラジルじゃなくてスペインじゃね!?
 駄目だ、その天を仰ぐようなキメキメポーズ、腹がよじれるほど笑えるっ!

「あははははっ! ひー、ひーーっゲホゲホゲホッ」

 咳き込む程笑って、目には涙でいっぱいだ。こんなに笑ったの、いつ以来だ? おかし過ぎて息が上手く吸えないくらいだ。

『きゃーーははははっ! 先生おかしーっ』

 リナの笑い声も小林先生にまで届いていて、先生は満足そうだった。

「はい、輪投げはおしまいでーす!」
「えっ!! 小林先生の出番、こんだけ!?」
「そうでーす!」

 先生の踊りが景品とか、すごい事考えるな~。これを考えて提案した人、勇気あるよな。

『小林先生、面白かったね、ハヤトお兄ちゃん!』
「本当だなっ」

 次は空気砲を使って紙を倒したり、くじ引きしてガチャのおもちゃをもらったり、沢山のうちのひとつの紐を引っ張ってお菓子を取ったり、色んな事をした。どれをしても、リナはキャーキャーと喜んでいる。

「ラストはわたあめ作りでーす。普通のとイチゴ味とミカン味のわたあめがあるけど、どれが良い?」
「俺は普通ので良いかなー」
『リナはね、イチゴ!! イチゴが良い!!』
「おっけー、分かった!」

 割り箸を渡されて、わたあめに元となるものを入れてもらう。すぐにもわもわとした糸が出て来て、俺はそいつをクルクルと絡め取った。白とピンクのわたあめが完成すると、スマホ向けて見せてやる。

「出来たぞ、リナ!」
『早く食べたーい!!』
「すぐ行くからなっ、一旦切るぞ!」

 色々ゲットしたおもちゃは紙袋に入れて貰い、左手に点滴ポール、右手にわたあめを二つ持ってリナの待つ清潔室へと急ぐ。清潔室への透明な扉は、リナの息で真っ白になるんじゃないかと思うほどしがみついてこっちを見ていた。

「持って来たぞ!」
「ハヤトお兄ちゃん、ありがとーーーー!!」

 リナと池畑さんが俺の帰りを待ちわびていて、俺は手の中のイチゴ味わたあめを渡してやった。

「ふわふわー、おいしーっ」
「ハヤトくん、ありがとうね」
「うん。あ、これ色々取ったおもちゃとかお菓子」

 そう言ってリナの分を池畑さんに渡すと、池畑さんはアルコール消毒用のティッシュでおもちゃをひとつひとつ拭いてからリナに渡している。

「うわぁ、いっぱーい!」
「俺の分もやろうか? 俺、 別に使わないし」
「駄目だよ! 香苗ちゃんにあげるために持っておかないとー!」
「あ……そっか」

 すっかり忘れてた、何て言ったら怒られるかな。
 普段、妹に何にもしてやれないもんな。このおもちゃは今度香苗に持って行って貰おう。
 そう考える俺の顔を、リナはニコニコと満面の笑みで見ている。

「お祭り、面白かったね!」
「そうだな! 小林先生すごかったしなぁ!」
「若い先生だし、皆にやらされちゃったのかしらねぇ」
「でもノリノリだったけどなっ」
「ねーーっ!」

 俺とリナが声を上げて笑うと、池畑さんも「人は見かけによらないわね」とクスクス笑っていた。

 病院の『秋祭り』が、こんなに楽しいものだとは思わなかった。病院側も色々考えてくれてるんだな。
 俺も、そして多分リナも、こんなに笑ったのは久しぶりだった。
 志保美先生や沙知先生、小林先生や園田さんたち看護師さん。いつもの仕事に加えてこんな事までするって大変だと思うけど、皆楽しそうだった。俺たちが笑うと、皆も本当に嬉しそうに笑ってくれた。

 なんでだろう。
 俺は不意に泣きそうになった。

 小児科の先生たち、看護師さんたちがこういう事をするのは、ただ業務の一環なのかもしれない。
 でも、それでも、俺たち患者に楽しんで貰おうって、笑って貰おうって気持ちがありありと分かった。それがすごくありがたいなって、心の底からそう思ったんだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...