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20.二度目の外泊
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ようやく。
ようやくだ。
やっと二クール目が終了した。
吐き気と、倦怠感と、ベッドの上の暮らしがこれで終わる……はずだ。
「颯斗くん、今回の外泊は見送りましょうか?」
俺の気だるそうな様子を見て、小林先生がそう言った。
外泊を見送る……つまりそれは、妹の香苗に会ってやれないって事だ。
「先生……帰っちゃ駄目?」
「駄目って事はないですけど、まだ体調も戻ってないし、遠いから帰るのも大変じゃないですか?」
「大丈夫……俺、帰りたい」
「……何かあったら、すぐに戻ってきてくださいよ」
俺は小林先生とそう約束をして、二度目の外泊を許された。
情けない事にまともに歩けず、松葉杖をついて皆に支えられながら病院を出る。
久々の我が家だっていうのに、感慨に耽る間も無く俺はすぐに寝込んでしまった。まだ、薬の影響が抜けきっていないらしい。
「ただいまーー!! お兄ちゃんは!?」
バタバタと香苗が走りこんできた。この声、なんか懐かしいな。携帯を通した音じゃない、生の香苗の声。
「お兄ちゃん!!」
「ただいま、香苗……」
「……っ、うん、おかえりなさい、お兄ちゃん……っ」
やっぱりというべきか、香苗は俺の姿を見てショックを受けてるようだった。元気そうにしてる写真ばかりを送っていたのが、逆に仇になったみたいだ。
「大丈夫? お兄ちゃん……」
「うん、まぁこれからマシになってくるはずだから、大丈夫」
「痩せちゃったね」
「八キロ……九キロだったかな。痩せちゃったからな」
「頭も、つるつる……」
香苗の視線が俺の頭部に注がれた。
俺の頭にはすでに髪は残ってなく、正真正銘のつるっぱげだ。眉毛もまつ毛もないし、体は一気に痩せこけてしまった。なのに顔だけはムーンフェイスでパンパンに膨らんでいるというアンバランスさ。
今の俺は、どこからどう見ても『病人』だろう。たった二ヶ月でこの状態だ。先が思いやられる。
そう溜め息を吐きそうになった時、香苗の不安そうな顔が飛び込んで来た。
しまった。心配させちゃいけない。
「兄ちゃんの頭、触ってみろ。髪の毛ないから面白いぞ」
そう言って香苗に俺の頭を触らせてやる。香苗の温かい手が『ペタッ』と良い音を立てて俺の頭に触れた。
「うわ、なんかペタペタするー!」
「面白いだろ? なんか手に吸い付くんだよな」
多分、普通に坊主にしただけじゃこんな触感にはならないだろう。どんだけ綺麗に剃ったとしても、髪の毛の感触が残ると思う。全部抜け落ちたからこその、このしっとりとした不思議な触感だ。
香苗はこれが気に入ったのか、キャッキャと言いながらペチペチ俺の頭を触ってくる。こんなので喜んでもらえるんなら安いもんだ。
一通り触り終えると、香苗は満足そうにニコッと笑顔になった。
「髪の毛のないお兄ちゃんも、カッコイイよ!」
「そうか?」
「うん!! だって、頑張ってる証拠だもんね!!」
香苗の視線は、真っ直ぐ俺の頭部に向けられた。
目を背けられる事もされず、香苗は俺を見てくれているんだ。
そう思うと、俺は不覚にも涙が溢れそうになった。
「お兄ちゃん……? どうしたの、どこか痛いの?」
「……いや、大丈夫。ありがとう、香苗」
俺の言葉に、香苗は首を傾げながらも「どういたしまして」と言っている。
なんか、情けない兄ちゃんでごめんな。でも応援してくれている事が、俺を分かってくれている事が、こんなにも有り難くて嬉しい。
「お兄ちゃん、なんか食べたいものある? お菓子持ってこようか?」
「あ、いいよ。ようやくお粥が食べられるようになった所だから、香苗一人で食べて来ていいぞ」
「お粥だけ? お腹空かない?」
「空かないわけじゃないけど、食べたいって思えないんだよな……」
「早くなんでも食べられるようになるといいね!」
「うん、そうだな」
今は食べ物の事は考えられないけど、元気になったらまた皆でわいわいとご飯を食べたい。これから寒くなってくるし、鍋なんかも良いよな。
そんな風に考えていると、ピンポーンとチャイムの音がして母さんが応対している気配がする。
香苗と誰だろうと言い合っていると、その人物は現れた。
「よぉ、久しぶりだな颯斗!」
「智樹……!!」
同じクラスで同じサッカー部の、親友の智樹だ。親に隠れてエロDVDを見た仲間でもある。
「智樹、部活は?」
「ちょっと抜け出して来た。お前にこれだけ渡そうと思って」
そう言って智樹の手から白黒のボールが放り投げられた。いつもなら手なり足なりが出てとっさにガード出来るのに、俺は向かいくるボールを眺めてるだけで何もしなかった。するとボールは当然の事ながら俺に向かって落ちてくる。
「へぶっ」
「おいおい、受け取れって!」
見事顔面にそれを食らってコロコロと向こう側に転がってしまったボールを、香苗が取りに行ってくれた。
「何すんだよ、いきなり……」
「悪ぃ悪ぃ」
「はい、お兄ちゃん」
香苗に差し出されたボールを手に取ると、それは本物のサッカーボールじゃなく、空気を入れて膨らますビーチボールの絵柄がサッカーボールに似せられていただけの物だった。道理でそんなに痛くなかったわけだ。
「流石に本物を病院に持ってって蹴るのは駄目だろうけどさ。それくらいなら大丈夫だろ?」
「うん、多分な。サンキュ」
そっか、本物は駄目でもこれなら許してくれそうだよな。守や祐介と一緒に、これを蹴って遊ぶのも良いかもしれない。
「しっかし颯斗、変わっちまったなぁー! スキンヘッドじゃんか」
「似合うだろ?」
「いや、変。笑える」
「お前、こういう時はお世辞でも似合うって言うもんじゃないのか?!」
「俺、お世辞なんて言えねーから」
そう言って智樹はケラケラと笑った。深刻な顔をされるより随分とマシだ。まぁ俺と智樹の仲だから許せる事でもあるんだけど。
「んじゃあ、俺もう帰るわ」
「え、もう?」
「部活抜けて来たって言っただろ。じゃあな、颯斗」
「おう」
智樹はたった今来たばかりだと言うのに、すぐさま帰って行った。
まぁあいつもサッカー馬鹿だからな。その気持ちは分からなくはない。
俺は貰ったサッカーボールのようなビーチボールを手にして、智樹の気持ちを有り難く受け取った。
ようやくだ。
やっと二クール目が終了した。
吐き気と、倦怠感と、ベッドの上の暮らしがこれで終わる……はずだ。
「颯斗くん、今回の外泊は見送りましょうか?」
俺の気だるそうな様子を見て、小林先生がそう言った。
外泊を見送る……つまりそれは、妹の香苗に会ってやれないって事だ。
「先生……帰っちゃ駄目?」
「駄目って事はないですけど、まだ体調も戻ってないし、遠いから帰るのも大変じゃないですか?」
「大丈夫……俺、帰りたい」
「……何かあったら、すぐに戻ってきてくださいよ」
俺は小林先生とそう約束をして、二度目の外泊を許された。
情けない事にまともに歩けず、松葉杖をついて皆に支えられながら病院を出る。
久々の我が家だっていうのに、感慨に耽る間も無く俺はすぐに寝込んでしまった。まだ、薬の影響が抜けきっていないらしい。
「ただいまーー!! お兄ちゃんは!?」
バタバタと香苗が走りこんできた。この声、なんか懐かしいな。携帯を通した音じゃない、生の香苗の声。
「お兄ちゃん!!」
「ただいま、香苗……」
「……っ、うん、おかえりなさい、お兄ちゃん……っ」
やっぱりというべきか、香苗は俺の姿を見てショックを受けてるようだった。元気そうにしてる写真ばかりを送っていたのが、逆に仇になったみたいだ。
「大丈夫? お兄ちゃん……」
「うん、まぁこれからマシになってくるはずだから、大丈夫」
「痩せちゃったね」
「八キロ……九キロだったかな。痩せちゃったからな」
「頭も、つるつる……」
香苗の視線が俺の頭部に注がれた。
俺の頭にはすでに髪は残ってなく、正真正銘のつるっぱげだ。眉毛もまつ毛もないし、体は一気に痩せこけてしまった。なのに顔だけはムーンフェイスでパンパンに膨らんでいるというアンバランスさ。
今の俺は、どこからどう見ても『病人』だろう。たった二ヶ月でこの状態だ。先が思いやられる。
そう溜め息を吐きそうになった時、香苗の不安そうな顔が飛び込んで来た。
しまった。心配させちゃいけない。
「兄ちゃんの頭、触ってみろ。髪の毛ないから面白いぞ」
そう言って香苗に俺の頭を触らせてやる。香苗の温かい手が『ペタッ』と良い音を立てて俺の頭に触れた。
「うわ、なんかペタペタするー!」
「面白いだろ? なんか手に吸い付くんだよな」
多分、普通に坊主にしただけじゃこんな触感にはならないだろう。どんだけ綺麗に剃ったとしても、髪の毛の感触が残ると思う。全部抜け落ちたからこその、このしっとりとした不思議な触感だ。
香苗はこれが気に入ったのか、キャッキャと言いながらペチペチ俺の頭を触ってくる。こんなので喜んでもらえるんなら安いもんだ。
一通り触り終えると、香苗は満足そうにニコッと笑顔になった。
「髪の毛のないお兄ちゃんも、カッコイイよ!」
「そうか?」
「うん!! だって、頑張ってる証拠だもんね!!」
香苗の視線は、真っ直ぐ俺の頭部に向けられた。
目を背けられる事もされず、香苗は俺を見てくれているんだ。
そう思うと、俺は不覚にも涙が溢れそうになった。
「お兄ちゃん……? どうしたの、どこか痛いの?」
「……いや、大丈夫。ありがとう、香苗」
俺の言葉に、香苗は首を傾げながらも「どういたしまして」と言っている。
なんか、情けない兄ちゃんでごめんな。でも応援してくれている事が、俺を分かってくれている事が、こんなにも有り難くて嬉しい。
「お兄ちゃん、なんか食べたいものある? お菓子持ってこようか?」
「あ、いいよ。ようやくお粥が食べられるようになった所だから、香苗一人で食べて来ていいぞ」
「お粥だけ? お腹空かない?」
「空かないわけじゃないけど、食べたいって思えないんだよな……」
「早くなんでも食べられるようになるといいね!」
「うん、そうだな」
今は食べ物の事は考えられないけど、元気になったらまた皆でわいわいとご飯を食べたい。これから寒くなってくるし、鍋なんかも良いよな。
そんな風に考えていると、ピンポーンとチャイムの音がして母さんが応対している気配がする。
香苗と誰だろうと言い合っていると、その人物は現れた。
「よぉ、久しぶりだな颯斗!」
「智樹……!!」
同じクラスで同じサッカー部の、親友の智樹だ。親に隠れてエロDVDを見た仲間でもある。
「智樹、部活は?」
「ちょっと抜け出して来た。お前にこれだけ渡そうと思って」
そう言って智樹の手から白黒のボールが放り投げられた。いつもなら手なり足なりが出てとっさにガード出来るのに、俺は向かいくるボールを眺めてるだけで何もしなかった。するとボールは当然の事ながら俺に向かって落ちてくる。
「へぶっ」
「おいおい、受け取れって!」
見事顔面にそれを食らってコロコロと向こう側に転がってしまったボールを、香苗が取りに行ってくれた。
「何すんだよ、いきなり……」
「悪ぃ悪ぃ」
「はい、お兄ちゃん」
香苗に差し出されたボールを手に取ると、それは本物のサッカーボールじゃなく、空気を入れて膨らますビーチボールの絵柄がサッカーボールに似せられていただけの物だった。道理でそんなに痛くなかったわけだ。
「流石に本物を病院に持ってって蹴るのは駄目だろうけどさ。それくらいなら大丈夫だろ?」
「うん、多分な。サンキュ」
そっか、本物は駄目でもこれなら許してくれそうだよな。守や祐介と一緒に、これを蹴って遊ぶのも良いかもしれない。
「しっかし颯斗、変わっちまったなぁー! スキンヘッドじゃんか」
「似合うだろ?」
「いや、変。笑える」
「お前、こういう時はお世辞でも似合うって言うもんじゃないのか?!」
「俺、お世辞なんて言えねーから」
そう言って智樹はケラケラと笑った。深刻な顔をされるより随分とマシだ。まぁ俺と智樹の仲だから許せる事でもあるんだけど。
「んじゃあ、俺もう帰るわ」
「え、もう?」
「部活抜けて来たって言っただろ。じゃあな、颯斗」
「おう」
智樹はたった今来たばかりだと言うのに、すぐさま帰って行った。
まぁあいつもサッカー馬鹿だからな。その気持ちは分からなくはない。
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