再び大地(フィールド)に立つために 〜中学二年、病との闘いを〜

長岡更紗

文字の大きさ
上 下
19 / 92

19.脱毛

しおりを挟む
 今日も気分は最悪だった。
 相変わらずの吐き気と倦怠感。それに足が思うように動かないから、イライラもする。
 室内でだけ松葉杖を使ってもいいという許可はもらえた。だからトイレや身の回りのことは自分でなんとか出来るのが救いだ。看護師さん達は遠慮せず呼べっていってくれるけど、忙しくしているのが分かるからナースコールは押しにくい。
 松葉杖と点滴を一緒に持つのは大変だし危ないから、部屋を出る時は必ず誰かを呼んでと園田さんにしつこく言われてる。あれから病室を出てはいないけれど。

「颯斗、大丈夫?」

 安心できる声が聞こえてそっと目だけで確認した。今日は母さんの来る日だったか。
 母さんは一週間前とは違う俺の頭を見て少し驚いたような様子を見せたけど、すぐに元に戻った。

「具合、どう……?」
「……うん、大丈夫」
「……」

 母さんは何も言わなかった。ばれちゃってるかな、俺が嘘付いてるって。でも、心配掛けたくない。

「何か、して欲しいことある?」
「じゃあ、ベッドの上の髪の毛取ってくれない? チクチクして痛いんだ」
「分かった」

 俺がもぞもぞと体を動かして移動すると、母さんが髪の毛をかき集めてくれる。

「そこにガムテープあるから、それで取った方が早いよ」
「ああ、これね。いつもこうやって取ってるの?」
「うん、あんまり酷い時は、補助師のオバちゃんがシーツ変えてくれたりするよ。シーツ交換の日じゃなくても」
「そう」

 母さんはガムテープで綺麗に髪の毛を取ってくれた。まぁまたすぐに抜けるんだけどな。
 これまで相当抜けたように思うのに、まだ前髪は残ってるし横髪も健在だ。俺の髪は現在ハゲチョロケ状態で、ハッキリ言ってめちゃくちゃカッコ悪い。いっそのこと、最初からボウズにしといた方が良かったな。そしたら抜け毛の掃除をする手間も省けたし。まぁ今更だけど。

「颯斗……帽子、買ってこようか?」

 母さんの言葉に、俺は目をパチクリさせた。

「え? 何で?」
「だって、その髪……」
「ああ、いいよ。もうすぐなくなるだろうし」
「だから、余計に必要なんじゃないの?」

 そう言われて俺は頭に手をやる。折角綺麗にして貰ったベッドの上に、またパラパラと髪の毛が散った。

「そっか、そう言えばドラマとかでよく帽子被ってるよな」
「ドラマだけじゃなくって、実際リナちゃんも被ってたでしょ」
「まぁ、リナは女の子だし」
「颯斗はいらないの?」
「俺? うーん……」

 別に帽子を被るって発想がなかったわけじゃない。でも俺は男だし、隠す必要はないかなと思った。
 もちろん髪の毛が抜けたのはショックだったし、かっちょ悪い自分は嫌だけど。

「帽子はいいよ。多分、面倒だから被らないと思うし」
「そう? でもプレイルームに行く時とか、院内学級に行く時とか必要じゃないかしら」
「いらないって」
「でも、恥ずかしくない?」
「恥ずかしいって、何? 俺が病気だって事が?」

 恥ずかしいと言われたことにムッとして、つい突っ掛かってしまう。俺の言葉に驚いた母さんは、慌てて首やら手やらを左右に振っていた。

「ち、違うわよ! ただ、周りから好奇の目で見られたりしないかなって心配で……」
「髪がないのは、俺が頑張って治療してるって証拠だ。隠す必要なんてないし、見たい奴には見せてやればいいよ」
「……でも……」

 母さんは俺の話を聞いても、まだ納得出来ないでいるみたいだ。母親って、どうしてこんなにどうでもいい事で不安になったりするのかな。

「俺、絶対帽子は被んないよ。あいつらに、見せてやりたいんだ」
「……あいつら?」

 俺の指す言葉が誰の事か分からなかったようで、母さんは首を傾げている。だから俺は教えてあげた。

「守と、祐介」
「守くんと、祐介くん?」
「うん。あいつらも同じような治療してるんだから、そのうちこう・・なるだろ?」

 俺はすっかり抜けてなくなってしまった後頭部を、ペンと叩いて見せる。母さんは困ったように「まぁ、そうでしょうね……」と頷いた。

「髪の毛が無いのは恥ずかしい事じゃないって、頑張ってる証だって事を教えてやりたい。だって、実際あいつらすごい小さいのに頑張ってるんだからな。ツルッパゲなんて大した事じゃないんだって、俺を見て分かってくれたら嬉しいんだ」

 俺は守や祐介よりも十歳近く年上なんだ。俺が行動で示せば、あいつらだって髪がない自分を恥じたりはしないはずだ。むしろ、頑張っている事を誇りに思って欲しかった。
 そんな当然の事を言っただけのつもりなのに、何故か母さんは涙ぐんでいる。どうしたんだろう。

「母さん?」
「……何でもない。分かったよ。恥ずかしいだなんて言って、ごめんね」
「うん、分かってくれたならいい……あ、いてっ!」

 チクンと目の中が痛んで、思わず声を上げる。すると母さんは腰を浮かせてナースコールを手に取った。

「どうしたの、大丈夫!? 看護師さん呼ぶ!?」
「ちょ、待って……まつ毛が目に入っただけだし……っ」
「な、何だ、まつ毛か……」

 母さんはホッとしてヘタリと椅子に腰をかけ直していた。どうやら痛いって言葉に敏感になってるらしい。

「どう、大丈夫?」
「ってて……うん、取れたみたい。最近、まつ毛も抜けてきて、よく目に入るんだ」
「そう、まつ毛まで抜けちゃうのね……眉毛も、微妙に薄くなった?」
「ああ、抜けてるみたいだな。結構落ちてるから」
「お母さんの眉ペン、置いていこうか?」
「や、だからそういうのいらないってば……」

 俺の言った事、本当に分かってんのかな? 取り乱すと全部忘れちゃうのは母さんの悪い癖だ。
 母さんは「そうだったそうだった」と言いながら、手に掛けていたバッグから携帯電話を取り出した。

「颯斗、嫌じゃなければ写真撮ってもいい? 今、颯斗が頑張ってるっていう証拠写真」
「うん、勿論。香苗にも見せとかないと、いきなりボウズになってるの見たらビックリするだろうしな」
「ふふ、そうね。でもあの子、順応性高いから大丈夫よ、きっと」

 まぁ確かに、大人より子供の方が慣れるのは早いかもな。でもいきなり見たらショックを受けるのは間違いないだろうし、これからは俺の髪の様子も写真に撮って送ってやろう。
 俺は上半身を起こすと、笑顔を見せてピースサインをした。なるべく元気に写るように。
 カシャっと母さんの携帯が音を出す。頑張っている、俺の証拠写真だ。撮影が終わると俺はすぐさま横になる。

「母さん、香苗に、兄ちゃんは頑張ってたって言っといてよ」
「……うん、分かってる。頑張ってるよ、颯斗は」

 母さんがそう言って、俺の頭を撫でてくれた。その手が温かくて嬉しくて、俺は自然な笑顔が溢れてくる。
 しかしベッドの上には、またも髪の毛がパラパラと抜けて敷き詰められた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...