14 / 92
14.納豆
しおりを挟む
九月に入ると俺の白血球は回復してきて、生禁も解除された。
更にもう少し回復すると院内学級に行く事も許されたので、久々に山チョー先生の所に行く。
「山チョー先生、数学教えてー」
「おう、任せろ! どこまで自分でやった?」
「いや、数学って自分でやるの無理じゃね?」
「まぁ暗記系じゃないものは、自分でやるのは厳しいかもなぁ」
教科書に解き方は載ってるけど、やっぱり誰かに説明して貰わないと理解し辛い。
山チョー先生は意外にも数学の教え方が上手くて助かった。他の中学生は居なかったのでマンツーマンだ。
「山チョー先生、暇そうだなぁ」
「今は中学生で入院してる子は少ないみたいだしな」
「前に来てた奴らは?」
「とっくに退院してったぞ」
そうか、もう退院したんだな。まぁ長期に入院する奴の方が珍しいよなぁ。大抵は一泊か、長くとも二週間って感じなんだろうし。
「だからハヤトは、来れる時には来てくれよ!」
「山チョー先生が暇だから?」
「そうだ!」
「否定しろよっ」
「はっはっはっはっは!」
数学の公式を叩き込まれて何度も練習問題を繰り返し、この日の院内学級は終わった。
一人でやるとついスマホに手が伸びてしまうし、やっぱ誰かに教わるっていうのは良いな。
退院した時にはもう受験生なんだし、真面目に勉強しとかないとヤバイ。高校行ってサッカーしたいからな。
小児病棟に戻ってプレイルームを覗くと、守と祐介が居たので手を消毒してから俺も中に入る。
「ハヤト兄ちゃん!」
「ハヤトおにちゃー!」
ハッキリ喋る方が守、舌足らずの方が祐介だ。斎藤さんが一人で二人を見ていた。俺は二人に縋られながらキョロっと周りを見回す。
「あれ、木下さんは?」
「今、買い物に行ってるよ~」
「買い物? 売店?」
「売店じゃなくって、外のお店。ユウくんが納豆食べたいって言い出したんだって。売店では売ってないから」
だから斎藤さんが祐介も見てたんだな。祐介の方を見ると、ニパッと笑っている。
「ユウくんねぇ、納豆しきよ~」
「しき? ああ、好き?」
「そう~」
「一緒だな! 俺も納豆大好きなんだ!」
「あは、ハヤトくんもユウくんも、渋い趣味してるね~っ」
「ハヤト兄ちゃん、ハヤト兄ちゃん!」
「なんだ、守」
「ぼくはね、ハンバーグ大好きー!」
「ハンバーグも良いなー! 今日の晩飯なんだろうな!」
病院食は質素で不味いってイメージがあったけど、それほどでもない。
週に何度か選択食ってのがあって、AのメニューとBのメニューのどちらが良いか選ばせてくれたりする。
生禁解除になったし、俺も納豆食べたいなぁ……今日は味噌汁出るかな?
「ただいま~! 斎藤さん、遅くなってごめーん!」
ゼーハー言いながら木下さんが戻って来た。手を洗って来ると、「遅くなってごめんねーっ」と祐介を抱き締めている。
「早かったね、ゆっくりで良かったのに!」
「いやいや、祐介の事も気になったし」
「ユウくん、ちゃんと賢くしてたよ~守と楽しそうに遊んでたし」
「本当? マモちゃん、ありがとうねっ」
木下さんに礼を言われて、守はエッヘンと胸を張っている。
「マモちゃんに頼まれてたお菓子も買って来たよ」
「やったー!!」
「ありがとう。お財布病室だから、後で払うね」
「おっけー」
そんな風に斎藤さんと木下さんが話しているのを見て、何か羨ましくなった。こうやって互いに協力出来る人がいるって良いよな。
俺がジッと見ていると、木下さんが俺の視線に気付いてこっちを向く。
「ハヤトくんも、何か欲しいものあった?」
「……え?」
「ごめんね、病室に声掛けに行ったんだけど、居なかったから」
わ、木下さん、俺のところにも来てくれてたんだ。
「ごめん、俺、院内学級行ってて……」
「そうだったんだ。また買い物行く時には声掛けるからね。何か欲しいものある?」
「じゃあ、納豆!」
俺はそう答えてしまった直後に、パクッと口を閉じる。
買い物袋の中に見える納豆。今言っちゃったら、それをくれって言ってるようなもんじゃないか。
「ハヤトくん、納豆好きだったの? じゃあこれ、持ってく?」
木下さんが納豆をひとつ取り出してしまった。やっぱりそうなるよな。
「いや、それ祐介のだし」
「大丈夫! 三つ買って来たから!」
「どんだけ食べる気だよ、祐介っ!」
「いやー、安かったもんでつい……でもよく考えると、冷蔵庫に入んないんだよね。だから貰ってくれると助かるんだけど」
確かに他にも買い物してるようだし、あの小さな冷蔵には入らないだろう。俺はどうしようかと一瞬悩んだけど、有り難く納豆に手を伸ばした。ネバネバの誘惑に負けてしまった形だ。
「ありがと、お金払うよ」
「三十八円ね」
「やっす!!」
「だからついいっぱい買っちゃったんだってば」
安いからいっぱい買っちゃうとか、実は本末転倒だと思うんだけどな。うちの母さんもよくそれで物を腐らせてるし。
でもまぁ、主婦にそういう所があるおかげで、俺は今回納豆にありつけた訳だけど。
夕飯の時間に、俺はその納豆を開けた。
嫌いな人には最悪の匂いらしいけど、この匂いこそが食欲をそそる。病室に納豆の匂いが充満しようが、そんなの構うもんか。
俺は納豆をネバネバと混ぜ、白いご飯の上にぶっかけた。
そして今日の晩御飯には味噌汁も付いてる! 最高だっ!! やっぱ日本人はこれだよな。よく母さんにジジくさいって言われるけど。
「いっただっきまーす!」
ホカホカのご飯に納豆のネバネバがたまらない。父ちゃんが酒を飲んだ後によく『五臓六腑に染み渡る』なんて言ってるけど、俺はそれを味噌汁で感じる事が出来たくらいだ。
俺は久々の納豆とお味噌汁を、ゆっくりと心ゆくまで食べたのだった。
更にもう少し回復すると院内学級に行く事も許されたので、久々に山チョー先生の所に行く。
「山チョー先生、数学教えてー」
「おう、任せろ! どこまで自分でやった?」
「いや、数学って自分でやるの無理じゃね?」
「まぁ暗記系じゃないものは、自分でやるのは厳しいかもなぁ」
教科書に解き方は載ってるけど、やっぱり誰かに説明して貰わないと理解し辛い。
山チョー先生は意外にも数学の教え方が上手くて助かった。他の中学生は居なかったのでマンツーマンだ。
「山チョー先生、暇そうだなぁ」
「今は中学生で入院してる子は少ないみたいだしな」
「前に来てた奴らは?」
「とっくに退院してったぞ」
そうか、もう退院したんだな。まぁ長期に入院する奴の方が珍しいよなぁ。大抵は一泊か、長くとも二週間って感じなんだろうし。
「だからハヤトは、来れる時には来てくれよ!」
「山チョー先生が暇だから?」
「そうだ!」
「否定しろよっ」
「はっはっはっはっは!」
数学の公式を叩き込まれて何度も練習問題を繰り返し、この日の院内学級は終わった。
一人でやるとついスマホに手が伸びてしまうし、やっぱ誰かに教わるっていうのは良いな。
退院した時にはもう受験生なんだし、真面目に勉強しとかないとヤバイ。高校行ってサッカーしたいからな。
小児病棟に戻ってプレイルームを覗くと、守と祐介が居たので手を消毒してから俺も中に入る。
「ハヤト兄ちゃん!」
「ハヤトおにちゃー!」
ハッキリ喋る方が守、舌足らずの方が祐介だ。斎藤さんが一人で二人を見ていた。俺は二人に縋られながらキョロっと周りを見回す。
「あれ、木下さんは?」
「今、買い物に行ってるよ~」
「買い物? 売店?」
「売店じゃなくって、外のお店。ユウくんが納豆食べたいって言い出したんだって。売店では売ってないから」
だから斎藤さんが祐介も見てたんだな。祐介の方を見ると、ニパッと笑っている。
「ユウくんねぇ、納豆しきよ~」
「しき? ああ、好き?」
「そう~」
「一緒だな! 俺も納豆大好きなんだ!」
「あは、ハヤトくんもユウくんも、渋い趣味してるね~っ」
「ハヤト兄ちゃん、ハヤト兄ちゃん!」
「なんだ、守」
「ぼくはね、ハンバーグ大好きー!」
「ハンバーグも良いなー! 今日の晩飯なんだろうな!」
病院食は質素で不味いってイメージがあったけど、それほどでもない。
週に何度か選択食ってのがあって、AのメニューとBのメニューのどちらが良いか選ばせてくれたりする。
生禁解除になったし、俺も納豆食べたいなぁ……今日は味噌汁出るかな?
「ただいま~! 斎藤さん、遅くなってごめーん!」
ゼーハー言いながら木下さんが戻って来た。手を洗って来ると、「遅くなってごめんねーっ」と祐介を抱き締めている。
「早かったね、ゆっくりで良かったのに!」
「いやいや、祐介の事も気になったし」
「ユウくん、ちゃんと賢くしてたよ~守と楽しそうに遊んでたし」
「本当? マモちゃん、ありがとうねっ」
木下さんに礼を言われて、守はエッヘンと胸を張っている。
「マモちゃんに頼まれてたお菓子も買って来たよ」
「やったー!!」
「ありがとう。お財布病室だから、後で払うね」
「おっけー」
そんな風に斎藤さんと木下さんが話しているのを見て、何か羨ましくなった。こうやって互いに協力出来る人がいるって良いよな。
俺がジッと見ていると、木下さんが俺の視線に気付いてこっちを向く。
「ハヤトくんも、何か欲しいものあった?」
「……え?」
「ごめんね、病室に声掛けに行ったんだけど、居なかったから」
わ、木下さん、俺のところにも来てくれてたんだ。
「ごめん、俺、院内学級行ってて……」
「そうだったんだ。また買い物行く時には声掛けるからね。何か欲しいものある?」
「じゃあ、納豆!」
俺はそう答えてしまった直後に、パクッと口を閉じる。
買い物袋の中に見える納豆。今言っちゃったら、それをくれって言ってるようなもんじゃないか。
「ハヤトくん、納豆好きだったの? じゃあこれ、持ってく?」
木下さんが納豆をひとつ取り出してしまった。やっぱりそうなるよな。
「いや、それ祐介のだし」
「大丈夫! 三つ買って来たから!」
「どんだけ食べる気だよ、祐介っ!」
「いやー、安かったもんでつい……でもよく考えると、冷蔵庫に入んないんだよね。だから貰ってくれると助かるんだけど」
確かに他にも買い物してるようだし、あの小さな冷蔵には入らないだろう。俺はどうしようかと一瞬悩んだけど、有り難く納豆に手を伸ばした。ネバネバの誘惑に負けてしまった形だ。
「ありがと、お金払うよ」
「三十八円ね」
「やっす!!」
「だからついいっぱい買っちゃったんだってば」
安いからいっぱい買っちゃうとか、実は本末転倒だと思うんだけどな。うちの母さんもよくそれで物を腐らせてるし。
でもまぁ、主婦にそういう所があるおかげで、俺は今回納豆にありつけた訳だけど。
夕飯の時間に、俺はその納豆を開けた。
嫌いな人には最悪の匂いらしいけど、この匂いこそが食欲をそそる。病室に納豆の匂いが充満しようが、そんなの構うもんか。
俺は納豆をネバネバと混ぜ、白いご飯の上にぶっかけた。
そして今日の晩御飯には味噌汁も付いてる! 最高だっ!! やっぱ日本人はこれだよな。よく母さんにジジくさいって言われるけど。
「いっただっきまーす!」
ホカホカのご飯に納豆のネバネバがたまらない。父ちゃんが酒を飲んだ後によく『五臓六腑に染み渡る』なんて言ってるけど、俺はそれを味噌汁で感じる事が出来たくらいだ。
俺は久々の納豆とお味噌汁を、ゆっくりと心ゆくまで食べたのだった。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。



『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作

身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる