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05.不妊外来
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麻酔の効き目がなくなると、普通に起きて母さんと話をする。
テレビカードを何枚か買ってもらったり、ちょっとした食べ物を小さな冷蔵庫に入れたりした。
週末には母さんか父さんのどちらかが必ず来てくれるそうだ。何かあったら悪いからと、結構な額のお金を渡してくれた。
「必要な物はちゃんと買って良いからね」
「ゲームとか?」
「それはダメ」
「ちぇ」
簡単に却下されて、俺は口を尖らせる。新しいゲーム、欲しかったなぁ。
そんな事を思っていると、看護師の園田さんが入って来た。
「颯斗くん、不妊外来に行こっか」
うわ、来た。サイセイだ。しかも母さんがいる時に……
「私も行った方が良いですか?」
何言ってんだ母さん! 来て何する気だよ!?
「そうですね、不妊外来の先生からのお話がありますから、一緒に来て頂ければ」
最悪だ。母さんが一緒に行く事になってしまった。
不妊外来までは補助師のオバちゃんが連れて行ってくれて、受け付けをするとオバちゃんは帰って行った。
俺と母さんは待合室で少し待つ。他の外来とは違って、完璧に隔離された場所だ。不妊外来に行く為だけの専用エレベーターまであった。それだけ配慮されているって事だろう。
待合室には多くの患者がいたが、殆どが女の人で男の人はまずいない。っていうか中学生とその親という組み合わせは、当たり前だけど俺達だけだ。
なんかすっげー恥ずかしい。場違い過ぎて辛い。周りに変な目で見られてる気がする。何で俺がこんな目に……。
「二十八番の方、中にお入りください」
俺は手の中の番号札を確認する。ここではプライバシー保護の為か、名前じゃなくって番号で呼ぶみたいだ。
二十八番は俺だった。有難い事に、すぐに診て貰えるようにしてくれていたんだろう。
中に入ると、そこにいたのは女の先生だった。なんでよりによって女の先生なんだよ……嫌過ぎる。
「こんにちは、初めまして。不妊外来担当の永峰です。すみませんが確認の為、お名前とお誕生日をお願いします」
「島田颯斗、誕生日は十月三十日です」
「ありがとう」
永峰先生はパソコンの画面を見て確認した後、俺と母さんに説明をしてくれた。
「抗がん剤治療と放射線治療の前に精子の凍結保存を希望されるという事ですね。精子を凍結保存しておく事で、今の状態の精子を未来に残せます。将来必要となった時、その精子を使って人工授精や体外受精、顕微授精等で子供を持つ事が可能となりますが、必ずしも全員が子供を持てる訳ではありません。相手の女性の年齢や卵子の状態にもよりますし、颯斗くんの現在の精子の状態も影響します」
うわぁ、何かプレッシャー掛けられてる? 俺……。
「精子を凍結保存したからと言って、百パーセントの確率で妊娠出来る訳ではない……それらをご理解頂けましたら、こちらの精子凍結保存の同意書にご本人と保護者様のサインをお願いします」
妊娠出来るか出来ないかは結局運次第って事なのかな。俺には運があると信じてサインを書き入れる。
「採精の方法は、マスターベーションで大丈夫かしら?」
永峰先生から出てきた恐るべき言葉に、俺は目眩がしそうになった。この質問を母親の前で女医さんに答えなきゃいけないとか、何この羞恥プレイ。死にそう。
けどもし大丈夫じゃないって答えたら、誰か手伝ってくれんの? 女の看護師さんが、俺の……
「無理なら電気刺激精子採取法という方法があって、電気で強制的に精子を……」
「自分でやれますっ!!」
俺の妄想は一気に冷めてそう叫ぶ。「こちらにどうぞ」と不妊外来の看護師さんが採精室とやらに連れて行ってくれた。勿論母さんは来てない。
「この容器に精液を入れてくださいね。採れたらあちらに置き場がありますから。焦らずにごゆっくりどうぞ」
俺は自分の名前が書かれた蓋つきプラスチックの容器を渡され、採精室の扉を閉められた。
広さは一畳くらいだろうか。清潔そうな椅子があり、その前にはテレビ。足元のラックには雑誌が、引き出しの中にはDVDが入ってある。
おおお、と狂喜乱舞したのも束の間。雑誌も、DVDも、古い。全部古い。古過ぎる。
いつの時代のだよ、これ?!
「しかもなんか、熟女物ばっか……誰の趣味だよ……中学生のとか、ないのかよ」
俺は思わずひとりごちる。まぁ、ないんだろうけど。中学生のエロDVDとかあったらヤバイよな、犯罪だ。でもせめてさ、童顔の女の子が制服着てるようなのとかあっても良いんじゃないの? 親友の智樹(ともき)ん家で見たような、可愛い系女子のエロDVDを置いとけよなっ!
しかもここで色んな奴がやってたのかとか思うと、萎える。超萎える。無理。出来んの? 俺。
でも今やらないと、将来俺に子供が出来ないかもしれない。外では母さんが待ってるし、早くしないと……。
うわぁあああ、無理だっ! 母さん、帰ってくれよぉぉおおっ
カテーテルの時は居てくれて嬉しかったけど、今はいい、いらないっ!
俺の射精を期待してる母さんなんか、マジで見たくないっ
はぁ。さっさと終わらせたいっていうのに、この体たらく。普段は無駄に元気なのに、何でこんな時だけ……。
真剣に泣けてきた。中学生でこんな苦労してんの、俺だけじゃないか?
「……くっそう、中二男子の妄想力、舐めんなよっ」
俺は目を瞑り、オカズを探す。
ごめん、真奈美……ほんっとごめん。
俺は真奈美を妄想で脱がせ始めた。わぁ~、めちゃくちゃ罪悪感。まだ俺たちは付き合い始めたばかりでキスすらしてないのに、妄想で真奈美をめちゃくちゃにしてる。
申し訳ないと思う反面、好きな子だとやっぱり上手くいきそうだ。
しばらくして、俺はようやく容器の蓋を閉める事が出来た。
悪い事をした後のような気分でそうっと採精室を出て、容器を指定された場所に置く。置いた瞬間に向こう側からさっと持っていくのが分かった。待ち構えられていたようで、めちゃくちゃヤダ。
どこに行けばいいんだろうと待合室を覗いて見ると、母さんが居心地悪そうに座っている。
出した後に母親に会う気持ち……誰か分かって欲しい。
「あ、颯斗……!」
「母さん」
「どう? その……大丈夫だった?」
まぁちゃんと出せたのか気になるのは当然だよな。当然、なんだけどさ……
「うん、まぁその……大丈夫だったよ」
「そう、良かった」
心からホッと息を吐く母さん。
何で俺、母親に射精報告してんの? 誰か俺を爆破させてくれ。
この変な空気が嫌過ぎる。もうオウチ帰リタイヨ……
微妙な雰囲気を耐えていると、しばらくして二十八番が呼ばれた。もう一度母さんと一緒に診察室に入る。中には永峰先生がいて、一枚の紙をこっちに向けて説明してくれた。
「精子の状態を確認しました。精液量は十分にありますし、精子濃度も精子運動率も問題ありません」
いや、問題なくて嬉しいけどさ? 精液量は十分にあるとか……言う必要ある? 俺、ナイーブな中学生だよ……
「では、このまま予定通り凍結保存という流れになります。今日はお疲れ様でした。これから治療大変だと思うけど、頑張って」
「先生、ありがとうございました!」
お礼を言ったのは母さんだ。俺は何となく素直に礼を言えなくて黙っていたら、母さんに頭を叩(はた)かれた。
「ほら、颯斗もお礼を言いなさいっ」
「………あーした」
「ちゃんと言うっ!!」
「いでっ! ありがとうございましたっ」
俺が頭を下げながら言うと、永峰先生はクスクスと眉を下げながら笑った。
もう疲れた。どっと疲れた。スッキリするどころか、俺のちっぽけなプライドがズタズタにされた気分だ。
「じゃあお母さん、そろそろ帰るからね」
母さんの言葉に、俺はコクコクと頷いただけだ。なんか真っ直ぐに母さんを見られない。母さんはそれ以上何も言わず、そっと帰って行った。
もう二度と、こんな事やらないからなっ!
俺はベッドに潜って、ふて寝を決め込んだのだった。
テレビカードを何枚か買ってもらったり、ちょっとした食べ物を小さな冷蔵庫に入れたりした。
週末には母さんか父さんのどちらかが必ず来てくれるそうだ。何かあったら悪いからと、結構な額のお金を渡してくれた。
「必要な物はちゃんと買って良いからね」
「ゲームとか?」
「それはダメ」
「ちぇ」
簡単に却下されて、俺は口を尖らせる。新しいゲーム、欲しかったなぁ。
そんな事を思っていると、看護師の園田さんが入って来た。
「颯斗くん、不妊外来に行こっか」
うわ、来た。サイセイだ。しかも母さんがいる時に……
「私も行った方が良いですか?」
何言ってんだ母さん! 来て何する気だよ!?
「そうですね、不妊外来の先生からのお話がありますから、一緒に来て頂ければ」
最悪だ。母さんが一緒に行く事になってしまった。
不妊外来までは補助師のオバちゃんが連れて行ってくれて、受け付けをするとオバちゃんは帰って行った。
俺と母さんは待合室で少し待つ。他の外来とは違って、完璧に隔離された場所だ。不妊外来に行く為だけの専用エレベーターまであった。それだけ配慮されているって事だろう。
待合室には多くの患者がいたが、殆どが女の人で男の人はまずいない。っていうか中学生とその親という組み合わせは、当たり前だけど俺達だけだ。
なんかすっげー恥ずかしい。場違い過ぎて辛い。周りに変な目で見られてる気がする。何で俺がこんな目に……。
「二十八番の方、中にお入りください」
俺は手の中の番号札を確認する。ここではプライバシー保護の為か、名前じゃなくって番号で呼ぶみたいだ。
二十八番は俺だった。有難い事に、すぐに診て貰えるようにしてくれていたんだろう。
中に入ると、そこにいたのは女の先生だった。なんでよりによって女の先生なんだよ……嫌過ぎる。
「こんにちは、初めまして。不妊外来担当の永峰です。すみませんが確認の為、お名前とお誕生日をお願いします」
「島田颯斗、誕生日は十月三十日です」
「ありがとう」
永峰先生はパソコンの画面を見て確認した後、俺と母さんに説明をしてくれた。
「抗がん剤治療と放射線治療の前に精子の凍結保存を希望されるという事ですね。精子を凍結保存しておく事で、今の状態の精子を未来に残せます。将来必要となった時、その精子を使って人工授精や体外受精、顕微授精等で子供を持つ事が可能となりますが、必ずしも全員が子供を持てる訳ではありません。相手の女性の年齢や卵子の状態にもよりますし、颯斗くんの現在の精子の状態も影響します」
うわぁ、何かプレッシャー掛けられてる? 俺……。
「精子を凍結保存したからと言って、百パーセントの確率で妊娠出来る訳ではない……それらをご理解頂けましたら、こちらの精子凍結保存の同意書にご本人と保護者様のサインをお願いします」
妊娠出来るか出来ないかは結局運次第って事なのかな。俺には運があると信じてサインを書き入れる。
「採精の方法は、マスターベーションで大丈夫かしら?」
永峰先生から出てきた恐るべき言葉に、俺は目眩がしそうになった。この質問を母親の前で女医さんに答えなきゃいけないとか、何この羞恥プレイ。死にそう。
けどもし大丈夫じゃないって答えたら、誰か手伝ってくれんの? 女の看護師さんが、俺の……
「無理なら電気刺激精子採取法という方法があって、電気で強制的に精子を……」
「自分でやれますっ!!」
俺の妄想は一気に冷めてそう叫ぶ。「こちらにどうぞ」と不妊外来の看護師さんが採精室とやらに連れて行ってくれた。勿論母さんは来てない。
「この容器に精液を入れてくださいね。採れたらあちらに置き場がありますから。焦らずにごゆっくりどうぞ」
俺は自分の名前が書かれた蓋つきプラスチックの容器を渡され、採精室の扉を閉められた。
広さは一畳くらいだろうか。清潔そうな椅子があり、その前にはテレビ。足元のラックには雑誌が、引き出しの中にはDVDが入ってある。
おおお、と狂喜乱舞したのも束の間。雑誌も、DVDも、古い。全部古い。古過ぎる。
いつの時代のだよ、これ?!
「しかもなんか、熟女物ばっか……誰の趣味だよ……中学生のとか、ないのかよ」
俺は思わずひとりごちる。まぁ、ないんだろうけど。中学生のエロDVDとかあったらヤバイよな、犯罪だ。でもせめてさ、童顔の女の子が制服着てるようなのとかあっても良いんじゃないの? 親友の智樹(ともき)ん家で見たような、可愛い系女子のエロDVDを置いとけよなっ!
しかもここで色んな奴がやってたのかとか思うと、萎える。超萎える。無理。出来んの? 俺。
でも今やらないと、将来俺に子供が出来ないかもしれない。外では母さんが待ってるし、早くしないと……。
うわぁあああ、無理だっ! 母さん、帰ってくれよぉぉおおっ
カテーテルの時は居てくれて嬉しかったけど、今はいい、いらないっ!
俺の射精を期待してる母さんなんか、マジで見たくないっ
はぁ。さっさと終わらせたいっていうのに、この体たらく。普段は無駄に元気なのに、何でこんな時だけ……。
真剣に泣けてきた。中学生でこんな苦労してんの、俺だけじゃないか?
「……くっそう、中二男子の妄想力、舐めんなよっ」
俺は目を瞑り、オカズを探す。
ごめん、真奈美……ほんっとごめん。
俺は真奈美を妄想で脱がせ始めた。わぁ~、めちゃくちゃ罪悪感。まだ俺たちは付き合い始めたばかりでキスすらしてないのに、妄想で真奈美をめちゃくちゃにしてる。
申し訳ないと思う反面、好きな子だとやっぱり上手くいきそうだ。
しばらくして、俺はようやく容器の蓋を閉める事が出来た。
悪い事をした後のような気分でそうっと採精室を出て、容器を指定された場所に置く。置いた瞬間に向こう側からさっと持っていくのが分かった。待ち構えられていたようで、めちゃくちゃヤダ。
どこに行けばいいんだろうと待合室を覗いて見ると、母さんが居心地悪そうに座っている。
出した後に母親に会う気持ち……誰か分かって欲しい。
「あ、颯斗……!」
「母さん」
「どう? その……大丈夫だった?」
まぁちゃんと出せたのか気になるのは当然だよな。当然、なんだけどさ……
「うん、まぁその……大丈夫だったよ」
「そう、良かった」
心からホッと息を吐く母さん。
何で俺、母親に射精報告してんの? 誰か俺を爆破させてくれ。
この変な空気が嫌過ぎる。もうオウチ帰リタイヨ……
微妙な雰囲気を耐えていると、しばらくして二十八番が呼ばれた。もう一度母さんと一緒に診察室に入る。中には永峰先生がいて、一枚の紙をこっちに向けて説明してくれた。
「精子の状態を確認しました。精液量は十分にありますし、精子濃度も精子運動率も問題ありません」
いや、問題なくて嬉しいけどさ? 精液量は十分にあるとか……言う必要ある? 俺、ナイーブな中学生だよ……
「では、このまま予定通り凍結保存という流れになります。今日はお疲れ様でした。これから治療大変だと思うけど、頑張って」
「先生、ありがとうございました!」
お礼を言ったのは母さんだ。俺は何となく素直に礼を言えなくて黙っていたら、母さんに頭を叩(はた)かれた。
「ほら、颯斗もお礼を言いなさいっ」
「………あーした」
「ちゃんと言うっ!!」
「いでっ! ありがとうございましたっ」
俺が頭を下げながら言うと、永峰先生はクスクスと眉を下げながら笑った。
もう疲れた。どっと疲れた。スッキリするどころか、俺のちっぽけなプライドがズタズタにされた気分だ。
「じゃあお母さん、そろそろ帰るからね」
母さんの言葉に、俺はコクコクと頷いただけだ。なんか真っ直ぐに母さんを見られない。母さんはそれ以上何も言わず、そっと帰って行った。
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