再び大地(フィールド)に立つために 〜中学二年、病との闘いを〜

長岡更紗

文字の大きさ
上 下
87 / 92

87.ドナーへの最後の手紙

しおりを挟む
『俺に骨髄を提供してくれたドナーさんへ。

 これが最後のやりとりだと思うと、なるべくギリギリに書きたかったので遅くなりました。心配を掛けていたらすみません。
 俺は今、すごく元気です。
 退院後は風邪を引く事もなく、勉強もスポーツも、どっちも頑張ってやっています。

 ドナーさんからの二通の手紙は、俺の宝物になりました。
 俺の一番のサポーターだと言ってもらえて、本当に嬉しかったです!

 俺は今、サッカー選手になるために、色々な努力をしています。
 絶対にプロになるので、楽しみにしていてください!

 ドナーさんの温かい心と励ましに、どれだけ言葉を尽くしても足りません。
 俺のドナーが、あなたで良かった。
 俺はこの血に、誇りを持って生きていきます。

 ドナーさんが、骨髄を提供して良かったって思えるように。
 精一杯生きていきます!

 手紙はこれで最後になりますが、この感謝の気持ちは一生忘れません。
 本当に、ありがとうございました!!』



 勉強そっちのけで書いた手紙は、我ながら上手く書けたと思う。
 俺の気持ちを、余すところなく伝えられたはずだ。

 手紙は骨髄バンク経由で提供者ドナーさんの元へ送られる。
 提供者ドナー患者レシピエントの手紙は、移植から一年以内に往復二通だけという規定だ。
 これが最後だけど……最後になんか、させない。
 提供者ドナーさんには、俺がプロになって活躍する姿を、絶対に見てもらうんだからな。

 その為には、まず翔律高校に受かる事。
 これだけ豪語しておいて、高校に受かりませんでした、じゃあ目も当てられない。

 俺は気分転換に体力作りやサッカーの基礎練をしながら、毎日の勉強を頑張った。



 ***


 冬のつんざくような寒さが和らいで、桜の蕾が柔らかく膨らんで来た三月。

『卒業生、退場』

 進行役の先生の声が、マイクで拡張されて講堂に響く。
 三年の俺たちは、有名なアーティストの桜の曲に送られた。
 今日で、中学校は卒業。
 四月からは、どうにかこうにか合格した、翔律高校に通う事になる。
 泣きじゃくって別れを惜しむ女子達がいる教室を離れて、俺は外の柔らかい日差しを浴びていた。

「颯斗ー、高校行ってもサッカー頑張れよ!」
「おー! そっちもな!!」

 別の高校に行く部活の仲間が、声を掛けてくれる。これからはライバルになるんだろうな。
 サッカー部で翔律高校に行くのは、俺と智樹だけだ。山中市から電車で一時間かかる所だから、宿舎に入る事になってる。
 これで毎日夢のサッカー漬け生活だな。

「颯斗」

 後ろから、リンと鈴がなるような可愛い声で話しかけられる。
 俺はゆっくりと振り向くと、微笑んで見せた。

「真奈美、もうクラスの女子とは良いのか?」
「うん、仲の良い子とは同じ高校だしね」
「そっか」
「颯斗……これから毎日は、会えなくなるね」
「電車でたった一時間の距離だろ」
「そうだけど……」

 俺はサッカーの強豪翔律高校、真奈美は合唱に力の入れている地元の高校に行く。
 電車で一時間とは言っても、お互いに土日も部活があるんだから、中々会えなくなるんだろうな。それは俺も寂しいけど……。

「休みの時は戻って来るから。デートしような」
「うん……」
「落ち込むなって。俺も寂しいからちゃんと電話するし。浮気すんなよ」
「颯斗の方こそ、浮気しないでね?」
「俺はこれから、浮気なんてしてる暇ねーし」

 そう言っても、まだ気落ちしてる真奈美の手を握る。
 目を上げた真奈美に向かって、俺はニッと笑った。

「ダイジョーブだって! 高校行って、全国大会に出場して、全国制覇! 卒業したらプロになってやるから、そしたらすぐ結婚しような!」
「……うん。えへへ」

 真奈美から、嬉しそうな恥ずかしそうな笑みが漏れる。
 それを近くで聞いていた同級生から、ヒューヒューと冷やかされたけど、「羨ましいだろ」と返しておいた。
 そう言った同級生の向こう側に、母さんがいたのは……大誤算だったけど。
 聞かれたかなー、やっぱり。隣にいたスーツ姿の父さんが、頭を抱えていたのを見ると、聞こえたんだろう。まぁいいか。いつかは言う事だったし。
 ふと見ると、智樹が篠原と一緒に俺達の前までやって来た。

「颯斗、お前は昔っからビッグマウスだったけど、最近は照れがなくなってきたよなぁ~」
「そうか? プロになるのも真奈美と結婚するのも、もう決めてる事だし」
「へいへい、聞いてる俺の方が照れるっつの」

 照れがない、か。確かに前の俺は、真奈美に好きだって言うのも恥ずかしくて言えなかったな。
 今は照れないって言うよりは、当然になっただけなんだと思う。

「颯斗くん、翔律行っても頑張ってね」
「おう。篠原は真奈美と同じ高校だったよな。真奈美の事、よろしくな!」

 篠原は俺の言葉に頷いてくれて、少し安心する。
 同級生のほとんどが、地元か電車で二十分くらいまでの高校に行くから、翔律高校に行くのは俺と智樹を含めても数えるほどだけだ。
 だから多分、俺よりも真奈美の方が心配してくれてるんだろうな。
 でも俺は、不安よりも希望の方が遥かに大きくて。
 中学最後の日を、晴れやかな気持ちで終わらせる事ができた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

処理中です...