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86.何かあやしい
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旅行が終わると、いつもの日常が始まった。
部活は、公式戦に出るつもりはないけど、完璧な引退をしたわけでもない。ほぼ毎日顔を出しては、後輩達と一緒に練習をするのが日課だ。
前みたいに朝練には出てないし、帰りも早く切り上げて帰ってくる。
じゃないと、母さんが勉強勉強ってうるさいしな。いや、実際勉強しないとやばいんだけど。
この日は午後五時に家に帰ってきて、夕飯までの時間を勉強して過ごす。
智樹がよく勉強に付き合ってくれるおかげで、二次方程式なんかはかなり正解率が高くなってきた。
「えーと、角BACと角BADはイコールか。AC対ABは十対六で……約分すると五対三……んで次はAB対ADを……ぐおおおおお、相似の証明とか、俺の将来の役には立たねぇよーーッ!!」
頭から煙がぷすぷすと上がって来た。この世に数学なんてなければ良いのに。
口から魂が抜けかけていると、誰かが階段を上ってくる音が聞こえてくる。
「おーい、颯斗ー。入るぞ」
「おお、智樹。待ってました!!」
俺が答えると、智樹は扉をガチャっと開けた。
たまに智樹はうちに来て、勉強を手伝ってくれる。そしてそのまま晩御飯を食べて行くこともある。
智樹は俺のやりかけの問題を覗き込んで声を上げた。
「へぇ、合ってる合ってる。ここまで出来たらもうちょっとじゃねーか」
「そのもうちょっとがしんどい……」
「休んでないでさっさとやれって。時間は待ってくれねーぞ!」
「俺、別に数学なんて出来なくても良い……」
「ばか、やらなきゃ高校に行けないんだぜ! それとも中学浪人すんのか!?」
「もっかい受験生はいやだあああああ早く高校でサッカーしてぇぇええええ」
「なら文句言わずにやれ!」
「ううううう」
智樹は智樹で、自分の勉強を始めた。智樹が真剣に勉強していると、俺も休んでられないって気にさせられて集中できる。それに、分からない所があった時、すぐに聞ける人がいるっていうのは有難いよな。
しばらく二人で集中して勉強していると、何やら下の階から声が聞こえてくる。
「……ん? 誰か来てんのかな」
「さ、さぁな。そんなことよか、勉強しようぜ!」
「晩御飯も遅いなぁ。いつもならとっくにメシの時間なのに。ちょっと母さんにご飯まだか聞いてくるよ」
「や、待て! おばさんだって、働いてて忙しいんだろ!? ちょっとくらい待ってやれって、急かしたら可哀想だろ!」
「……んー、まぁそうかもな」
俺は浮かしかけた腰を下ろして、もう一度勉強に集中しようとする。
……けど何か、今の智樹の態度、おかしくなかったか?
俺はガタッと椅子を押し出すように立ち上がり。
「やっぱ様子見てくる」
「え、ちょ、やめとけって……っ」
「颯斗ー、智樹くーん、ご飯よー!」
ちょうどその時、俺達を呼ぶ母さんの声が聞こえた。
「っほ、メシだってよ、颯斗」
「……お前、今安心しなかったか?」
「してねーしてねー!」
……あやしい。
気になりながらも一階に降りてリビングに入ると。
「颯斗、お誕生日おめでとうーー!!」
……え?! 真奈美?!
クラッカーがパンパンと鳴らされ、俺は目の前にいる真奈美に驚かされる。その隣にいる母さんと香苗は嬉しそうだ。
「な、なんで真奈美がここにいるんだ?」
「お誕生日を祝いたくて、颯斗くんのお母さんにお願いしたの。びっくりした?」
「う、うん、びっくりした」
何がびっくりって、母さんと真奈美がしてやったり顔で笑い合ってるのが、一番驚いたけどな。
真奈美は……少しでも母さんと仲良くなっておこうとしてくれてんのかな?
俺は後ろにいる智樹を目だけで少し見上げる。
「もしかして、お前もグル?」
「まぁな! 部屋から出さないようにするだけだったけど」
やっぱり。何かおかしいと思った。智樹は歯を見せて笑ってる。
なんだかんだと、真奈美も智樹もこういう事が好きだよな。
中に入ってテーブルを見ると、沢山のご馳走が並んでた。
相変わらず形の歪んだ下手くそなケーキは、母さんが作ったんだろう。
「母さんは何回作っても、デコレーションするの下手だよなぁ」
「それ作ったの、真奈美ちゃんよ」
え?! ゲッ、真奈美?! しまった!!
「さ、さっすが真奈美!! このケーキ、めちゃくちゃ美味しそう!!」
「い、いいよ颯斗! 私、初めて作ったから上手に出来なかったし」
そんな風に言い合う俺たちを、皆は苦笑いで見てくる。
「初めて作ったんなら上出来だよ、ありがとな!」
「まぁまぁ、彼女にはお優しい事!」
あ、何か母さんがちょっと不貞腐れた? それともからかってるだけか?
父さん、早く帰って来てくれー!
とその時、玄関から「ただいまー」という声がひびいたえ。
さすが父さん、ナイスタイミングだ!
香苗が喜んで迎えに行って、二人がリビングに入ってくる。そして俺たち四人家族と真奈美と智樹で、誕生日を祝ってもらった。
去年は病院で過ごした誕生日を、今年はちゃんと家で過ごせた。
家族と、彼女と、親友にと一緒に。
俺、十五歳になったんだなぁ……。
一つ、歳を重ねられた事が、こんなにも嬉しい。
来年も、再来年も、その先もずっと。
こうして手作りのケーキを食べて、歳をとっていきたい。
天寿を全うする、その時まで。
「ありがとう、皆」
俺は心からの言葉を紡いだ。
父さんも母さん香苗も、真奈美や智樹も。皆が笑顔で、胸がグッとなる。
そして俺は、この体に流れる血にも感謝を捧げた。
提供者さんのお陰で、生きながらえている事を。
こうして無事に誕生日を迎えられた事に感謝して。
骨髄移植をしてから、もうすぐ一年。
誕生日パーティーが終わって皆が帰った後、俺はペンを手にとって提供者さんへの最後の手紙を書き始めた。
部活は、公式戦に出るつもりはないけど、完璧な引退をしたわけでもない。ほぼ毎日顔を出しては、後輩達と一緒に練習をするのが日課だ。
前みたいに朝練には出てないし、帰りも早く切り上げて帰ってくる。
じゃないと、母さんが勉強勉強ってうるさいしな。いや、実際勉強しないとやばいんだけど。
この日は午後五時に家に帰ってきて、夕飯までの時間を勉強して過ごす。
智樹がよく勉強に付き合ってくれるおかげで、二次方程式なんかはかなり正解率が高くなってきた。
「えーと、角BACと角BADはイコールか。AC対ABは十対六で……約分すると五対三……んで次はAB対ADを……ぐおおおおお、相似の証明とか、俺の将来の役には立たねぇよーーッ!!」
頭から煙がぷすぷすと上がって来た。この世に数学なんてなければ良いのに。
口から魂が抜けかけていると、誰かが階段を上ってくる音が聞こえてくる。
「おーい、颯斗ー。入るぞ」
「おお、智樹。待ってました!!」
俺が答えると、智樹は扉をガチャっと開けた。
たまに智樹はうちに来て、勉強を手伝ってくれる。そしてそのまま晩御飯を食べて行くこともある。
智樹は俺のやりかけの問題を覗き込んで声を上げた。
「へぇ、合ってる合ってる。ここまで出来たらもうちょっとじゃねーか」
「そのもうちょっとがしんどい……」
「休んでないでさっさとやれって。時間は待ってくれねーぞ!」
「俺、別に数学なんて出来なくても良い……」
「ばか、やらなきゃ高校に行けないんだぜ! それとも中学浪人すんのか!?」
「もっかい受験生はいやだあああああ早く高校でサッカーしてぇぇええええ」
「なら文句言わずにやれ!」
「ううううう」
智樹は智樹で、自分の勉強を始めた。智樹が真剣に勉強していると、俺も休んでられないって気にさせられて集中できる。それに、分からない所があった時、すぐに聞ける人がいるっていうのは有難いよな。
しばらく二人で集中して勉強していると、何やら下の階から声が聞こえてくる。
「……ん? 誰か来てんのかな」
「さ、さぁな。そんなことよか、勉強しようぜ!」
「晩御飯も遅いなぁ。いつもならとっくにメシの時間なのに。ちょっと母さんにご飯まだか聞いてくるよ」
「や、待て! おばさんだって、働いてて忙しいんだろ!? ちょっとくらい待ってやれって、急かしたら可哀想だろ!」
「……んー、まぁそうかもな」
俺は浮かしかけた腰を下ろして、もう一度勉強に集中しようとする。
……けど何か、今の智樹の態度、おかしくなかったか?
俺はガタッと椅子を押し出すように立ち上がり。
「やっぱ様子見てくる」
「え、ちょ、やめとけって……っ」
「颯斗ー、智樹くーん、ご飯よー!」
ちょうどその時、俺達を呼ぶ母さんの声が聞こえた。
「っほ、メシだってよ、颯斗」
「……お前、今安心しなかったか?」
「してねーしてねー!」
……あやしい。
気になりながらも一階に降りてリビングに入ると。
「颯斗、お誕生日おめでとうーー!!」
……え?! 真奈美?!
クラッカーがパンパンと鳴らされ、俺は目の前にいる真奈美に驚かされる。その隣にいる母さんと香苗は嬉しそうだ。
「な、なんで真奈美がここにいるんだ?」
「お誕生日を祝いたくて、颯斗くんのお母さんにお願いしたの。びっくりした?」
「う、うん、びっくりした」
何がびっくりって、母さんと真奈美がしてやったり顔で笑い合ってるのが、一番驚いたけどな。
真奈美は……少しでも母さんと仲良くなっておこうとしてくれてんのかな?
俺は後ろにいる智樹を目だけで少し見上げる。
「もしかして、お前もグル?」
「まぁな! 部屋から出さないようにするだけだったけど」
やっぱり。何かおかしいと思った。智樹は歯を見せて笑ってる。
なんだかんだと、真奈美も智樹もこういう事が好きだよな。
中に入ってテーブルを見ると、沢山のご馳走が並んでた。
相変わらず形の歪んだ下手くそなケーキは、母さんが作ったんだろう。
「母さんは何回作っても、デコレーションするの下手だよなぁ」
「それ作ったの、真奈美ちゃんよ」
え?! ゲッ、真奈美?! しまった!!
「さ、さっすが真奈美!! このケーキ、めちゃくちゃ美味しそう!!」
「い、いいよ颯斗! 私、初めて作ったから上手に出来なかったし」
そんな風に言い合う俺たちを、皆は苦笑いで見てくる。
「初めて作ったんなら上出来だよ、ありがとな!」
「まぁまぁ、彼女にはお優しい事!」
あ、何か母さんがちょっと不貞腐れた? それともからかってるだけか?
父さん、早く帰って来てくれー!
とその時、玄関から「ただいまー」という声がひびいたえ。
さすが父さん、ナイスタイミングだ!
香苗が喜んで迎えに行って、二人がリビングに入ってくる。そして俺たち四人家族と真奈美と智樹で、誕生日を祝ってもらった。
去年は病院で過ごした誕生日を、今年はちゃんと家で過ごせた。
家族と、彼女と、親友にと一緒に。
俺、十五歳になったんだなぁ……。
一つ、歳を重ねられた事が、こんなにも嬉しい。
来年も、再来年も、その先もずっと。
こうして手作りのケーキを食べて、歳をとっていきたい。
天寿を全うする、その時まで。
「ありがとう、皆」
俺は心からの言葉を紡いだ。
父さんも母さん香苗も、真奈美や智樹も。皆が笑顔で、胸がグッとなる。
そして俺は、この体に流れる血にも感謝を捧げた。
提供者さんのお陰で、生きながらえている事を。
こうして無事に誕生日を迎えられた事に感謝して。
骨髄移植をしてから、もうすぐ一年。
誕生日パーティーが終わって皆が帰った後、俺はペンを手にとって提供者さんへの最後の手紙を書き始めた。
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