再び大地(フィールド)に立つために 〜中学二年、病との闘いを〜

長岡更紗

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83.結婚しよう

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 一人ソファーに座って、スポーツドリンクを飲む。
 もう九時を回っていたせいか、辺りは薄暗くて静かだ。
 今日は色々あった。朝早くに家を出て、兼六園を見て回って、敬吾に会って……墓参りもした。
 智樹とぎゃーぎゃー騒ぎながら遊んで、女子達に呆れられて。
 ようやく俺も、修学旅行が出来た気がする。皆にはホント感謝だな。

 少し休憩したらすぐ戻るつもりだったのに、一度座ってしまうと中々立ち上がれなかった。やっぱり今日の墓参りの事を思い出してしまう。
 マツバの立場が俺だったとしても、全然不思議じゃなかった。
 生存率が上がっているとはいえ、死を伴う病気には変わりない。

 敬吾の母親の、『あの子は夢を叶えられなかったけど、あなたはしっかりこの手で掴んでね』って言葉。
 山チョー先生の『サッカーも勉強も恋愛も、全部諦めるんじゃない! 欲張れ!』って言葉も。

 多分この先、生きていく上で諦めなきゃいけない事はあるんだろう。
 でも二人はきっと、そんな事は分かってて俺に伝えてくれている。

 出来る事はやれって、最初から諦めるなって。
 そう言ってくれているんだと思った。

 色々な治療のせいで、二次ガンの確率が高くなっているこの体。
 何事も後回しにはしちゃいけない。
 やりたい事は全部全力でやっていく。
 欲しいものも全力で取りに行く。
 後悔しないためにも。

 そうやって生きていく事が、俺には必要なんだ。

 空になったペットボトルをグッと握りしめると、バキッという音が響いた。

「……颯斗?」

 薄暗い廊下の向こうから、人影が近付いて来ていた。俺の、彼女だ。

「真奈美……」
「遅いから、心配になって……どうしたの、気分でも悪い?」

 真奈美は心配そうな顔になって、小走りでそばに来てくれた。俺の隣に座ると、やっぱり眉を下げたまま、顔を覗き込んでくる。

「大丈夫、気分は悪くないよ」
「そう? なら良いんだけど……戻ろ、皆心配してるよ」
「真奈美」

 立ち上がろうとする真奈美の手を取って阻止する。
 真奈美は不思議そうに首を傾げながらも、もう一度着席してくれた。

「ちょっとだけ話したいんだけど、良いか?」
「え? 良いけど……」

 戸惑いながらも座り直してくれる真奈美。
 少し不安そうなのは、俺が何を言うか分からないからだろう。

「本当に、大丈夫……? お墓参りで、何かあった?」
「何かあったってわけじゃないけど、マツバの事を考えてたら、俺も色々思うところがあってさ」
「……」

 真奈美は何も答えられなかったみたいで、ぎゅっと口を結んで俺の目だけを見ている。
 そんな優しい彼女に、俺も見つめ返して言った。

「好きだよ、真奈美」
「……ええっ!?」

 いきなりこんな言葉を言われるとは思ってなかったんだろう。真奈美は慌てた様子で周りをキョロキョロと見回している。

「何驚いてんだよ?」
「だ、だって颯斗、いつもはそんな言葉、言ってくれないし……っ」
「うーん、言いたくなった」

 そう言って俺は笑い、膝に置かれていた真奈美の手の上に俺の手を乗せる。自販機の灯りが互いの顔を照らしている。
 手を繋ぐのは初めてじゃないのに、真奈美の顔はカーッと真っ赤に染まっていた。

「は、颯斗……?」
「俺はさ、いつか真奈美と結婚したいな」
「えっ、ちょ、な、どうしちゃったの、颯斗!」

 赤くなった顔がさらに赤くなって、わたわたと挙動不審になっている。
 可愛いよな、俺の彼女は。
 そう思うと、手は自動的に真奈美を抱き締めていた。手の中の真奈美がうろたえているのを感じる。

「俺の体はこれからどうなるか分からない。何事もなく爺さんになれるかもしれないし、再発するかもしれない」
「……」
「でも、だからこそ、何かを諦めたり後回しにする事はしない。今、そう決めた所だったんだ。欲しいものを全部手に入れる、その努力をする」
「……うん、そうだね。颯斗らしい」

 真奈美に柔らかい声を聞けて、抱擁をゆっくりと外した。それでもまだ、おでこがくっつきそうなくらいに距離は近い。

「今すぐは無理だけど、俺はなるべく早く真奈美と結婚したい。覚えといて」
「え、ほ、本気……!?」
「もちろん」

 自分でも全く思い描いてなかった唐突のプロポーズだったけど、全く後悔はなかった。
 真奈美とずっと一緒に居たいって気持ちは、これからも変わらない。その自信がある。
 当の真奈美はびっくりし過ぎたのか、声も出せずに唇を震わせている。
 その姿を見ると、胸がぎゅうっとなると同時に愛しい想いが溢れ出した。

「結婚しよう、真奈美」

 俺の言葉を受けた真奈美は、目にいっぱい涙を溜めて。

「……はい……っ」

 承諾の、返事をくれた。

 やっぱり、俺は真奈美が大好きだ。
 まだ子供のくせにって、大人は言うかもしれない。
 でも愛情っていう感情は大人だとか子供だとかは関係なく、誰しもが持っている本能みたいなものだと思う。

「真奈美、大丈夫か?」
「もう、いきなり言うからびっくりしちゃ……んっ」

 俺はたまらずに、自分の唇を彼女の唇に寄せた。真奈美の言葉は途中で遮断されて、それでも俺を受け入れてくれる。
 一度だけじゃ名残惜しくて、もう一度キスをしてから俺は少し離れた。

「ば、ばか……っ」
「だって、嬉しくってさ。ありがとうな!」
「それは、私もだけど……早く戻らないと……っ」

 またも真奈美の言葉は途中で遮断された。今度も俺がキスをしたから……じゃない。

「颯斗、真奈美ちゃん」

 低く響く、大人の男の声。
 視線を廊下に向けると、そこには父さんが立っていた。
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