再び大地(フィールド)に立つために 〜中学二年、病との闘いを〜

長岡更紗

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77.もう一度、このフィールドで

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 急いでグラウンドに出ると、皆は校外を走っているようだった。俺は顧問の井脇先生を見つけて駆け寄る。

「井脇先生!」
「おお、颯斗!! よく帰ってきたなぁ! 皆で待ってたんだぞ!!」

 井脇先生は、満面の笑みで俺を迎えてくれた。バシバシと叩かれる背中がちょっと痛い。

「もう今日から復帰する気か? 大丈夫なのか?」
「うん、まぁ出来る事からね。皆は外周?」
「ああ。まさか颯斗もやるのか? 今日は見学にしとけばどうだ」
「大丈夫、無理はしないから!」
「あ、おい! 本当に無理はするんじゃないぞ!」

 折角来たのに、見学だなんて冗談じゃない。俺は校門に向かって走り始めた……んだけど。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ!」

 冗談だろ……校門に着くまでに既に限界なくらいに息切れしてしまった。

「やべ……、どんだけ……っ、体力……っ」

 一周目が始まったばかりなのに既にジイさんがするジョギング並みに遅かった。息が続かない。マスクしてるから、余計に苦しいし。
 病院でリハビリ頑張ったって言っても、やっぱ走るとなると別だよな。
 分かってはいたけど、ここまでとは思っていなかった。嘘だろ……俺、足は速い方だったのに。

「ぜぇっ、ぜぇっ、ぜぇっ」

 それでも足は止めず、必死に走っていたら、後ろからドタドタドタドターッっていうすごい地響きが聞こえてきた。それだけで分かる、サッカー部のトップ集団だ。

「颯斗ーー!!」
「あー、颯斗先輩!」

 智樹や後輩達の嬉しそうな声が聞こえてきた。その足音はあっという間に俺を抜き去って行く。

「またサッカー一緒に出来るな!」
「無理すんなよ!」
「戻ってきてくれて嬉しいっすー!」
「ゆっくり来いよー」

 ドタドタわいわいと言いたい事を言って、すぐにあいつらの後ろ姿は小さくなっていった。
 速いな、皆。俺もあの集団にいたんだけどな。
 その後から来るサッカー部の連中にも声を掛けられては抜かされて行く。以前は俺が周回遅れにさせていた奴にも、軽々と抜かされてしまった。
 ちくしょう、やっぱ、悔しい。
 なんとかジョギング走りしていた足が止まってしまう。歩けはするものの、息が切れてどうにもならない。まだ半周もしてないのに、足がだるくて動いてくれない。

「大丈夫だ、今だけだ……塚狭先生が言ってただろ。若いから回復も早いって。すぐに元通りになるって……」

 退院したばっかりなんだ。焦っちゃいけない。落ち込んじゃいけない。
 やれる事から頑張っていけば良いんだから。

 足を引きずるようにして一周目を歩き終える頃、トップ集団がまた追い付いてきた。

「大丈夫か、颯斗!」

 もう最後の周回だったのか、智樹が足を緩めて俺に合わせてくれる。

「智樹……」
「無理すんなよ」

 そう言って、智樹が俺に肩を貸してくれた。

「う、智樹汗くせぇ!」
「しょーがねーだろ、走ってきたんだからよ!」

 そんな言い合いをしながらも、お互いプッと吹き出してしまう。

「ようやくまた一緒にサッカー出来るな!」
「おー。サクッとレギュラー取り返して、試合で活躍してやるよ!」
「よく言うよ、すぐ息切れしてるくせに」

 そんな風に憎まれ口を叩く智樹は、すごく嬉しそうで。俺も全然嫌じゃない。
 智樹に支えられながら井脇先生の所まで戻ってくると、軽いパスやドリブルの練習をしてから一年対二年でミニゲームをする事になった。まぁ当然というか残念ながら、俺はベンチで応援だ。
 試合が始まると、声を上げて応援しながら皆のプレイを観る。声も思ったほど出なくて悔しいったらない。
 それに……こんな試合を見てしまうと、ウズウズして仕方なかった。皆真剣だけど、楽しそうにプレイしているんだ。羨ましい。俺もやりたい。
 そんな風に思いながら応援していると、フィールドに向かってあれこれ指示を飛ばしていた井脇先生が、俺の隣にやって来た。

「颯斗」
「はい」
「出るか?」
「は……ハイッ!!」

 一瞬耳を疑ったけど……井脇先生はニヤって笑っていて。
 俺は一気に高鳴った心臓を抑えつけた。

「ヒロタカ、颯斗と交代だ!」

 井脇先生の指示でヒロタカが走って戻ってきた。交代でフィールド内に入ると、心臓がうるさいくらいに耳のそばで聞こえる。
 ただの部活内でのミニゲームに、こんなに緊張したのは初めてだ。試合はすぐに再開される。

「颯斗、上がれ上がれ!!」

 攻防が一瞬で入れ替わるサッカーというゲームで、ボーッと突っ立っているわけにはいかない。
 でもやっぱり情けない事に、少し走るとすぐに息が切れる。

「ゼーゼー……ッ」

 まだボールに触れてすらいないのに、もう肩で息をしてしまっている始末。
 マークする必要はないと思ったのか、俺なんかには目もくれず、一年は別の奴に掛かりきりになっている。
 悔しい、苦しい、情けない……ッ
 そんな思いで頭を塞いでしまいそうになったそのとき。

「颯斗ーーーー!!!!」

 見ると智樹が物凄い勢いでドリブルしながら、一年を蹴散らすように抜き去った。反射的に俺も走り出す。

「智樹!!!!」

 いつものゴール前。俺の周りには誰もいない。フリーだ。
 その状態で智樹から送られる絶好のボール。
 俺はそれをゴールに向かって思いっきり。

「行けーーーーーーッッ!!!!」

 智樹の叫び声と共に、これでもかと蹴り上げる!!


 ──目の前の時の流れが、おかしくなったのかと思った。
 俺の足とボールの接触で奏でられたサッカーの弾む音。
 驚いたような一年の顔と、眉を釣り上げた智樹のすげぇ顔と。
 帰り際にゲームを見ていた生徒達の歓声が耳に入ってきて。
 白と黒のボールはゴールキーパーの指先を掠める。
 そしてゆっくりと吸い込まれるようにゴールへと向かっていき──


 ザンッ!!

 その音と共に白いゴールネットが激しく揺れた。
 ぜぇぜぇと肩で息をする俺を、まるで祝福するかのように。

 ワッとフィールド内が湧く。
 自分で信じられずに呆然としている俺に、二年だけじゃなく一年も駆け寄って来た。

「颯斗ぉぉおおおおおっ!!」
「よっしゃーー!!」
「うわああ、さすがハヤト先輩ッ!!」
「やったな、颯斗!!」

 遠慮もなく皆に揉みくちゃにされて、俺は……俺は。

「……颯斗?」

 帰って、来たんだ。
 ようやく、ようやく。
 この大地フィールドに。

 いきなり、込み上げてきた。
 長かった……めちゃくちゃ長かった。
 ここに帰って来るまでが。

 そしてずっと不安だったんだ。
 仲間は、皆は、もう俺なんかを必要としていないんじゃないかって。
 今までみたいに、受け入れてくれないんじゃないかって。

 俺は耐え切れずにポロリと透明の雫を落とした。
 嬉しくて。
 こんな風に喜んでくてる仲間が、変わらずここに存在して。

「ば、ばかやろ、颯斗……何泣いてんだよ!」
「って、智樹センパイも泣いてるじゃないっすか!」
「うるさい!! これは涙じゃねー、オナラだ!!」
「っぶ、何言ってんだよ智樹!!」

 智樹のバカなボケに、俺も……そして皆も、泣きながら笑った。
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