再び大地(フィールド)に立つために 〜中学二年、病との闘いを〜

長岡更紗

文字の大きさ
上 下
73 / 92

73.小児病棟を出て

しおりを挟む
 四ヶ月ぶりに、小児病棟の扉を開けて出た。
 まだ病院内だから開放感はないけど、気持ちはドキドキして落ち着かない。

「あら、颯斗君! 退院!? 」

 何度もお世話になった補助士のオバちゃんが話し掛けてくれた。

「うん、今までありがとう、オバちゃん!」
「良かったねぇ~、長かったもんねぇ」

 本当に嬉しそうに言ってくれるから、俺も嬉しくなってくる。
 毎週シーツ交換してくれる人達や、清掃してくれる人、それに会った事はないけど調理師さんや栄養士さん、薬剤師さん。事務方や、他にも沢山の人達が病院を支えてくれているんだろう。
 皆、皆に感謝だ。直接お礼は言えないけど、心の中ではありがとうを伝えておく。
 オバちゃんと別れてから、俺はエレベーターを三階で止めた。ここにも挨拶をしておかなきゃいけない人がいた。

「よーっす! 山チョー先生!」

 俺は院内学級の扉を開けると、砕けた口調でそう話しかける。すると後ろから母さんに頭を叩かれてしまった。

「こら、先生に何て言い方をするの!!」
「いてー」
「おー、ハヤト! とうとう退院かぁ!?」

 山チョー先生がいつもの底抜けの明るさで、ニカニカとやってくる。

「先生、息子がお世話になりました。颯斗のために色々プリントまで作ってくださったそうで……」
「いえいえ、それが仕事ですから! 良かったなー、ハヤト! これ土産だ、持ってけ!!」

 ドサっと紙袋を渡される。もう見なくても分かるけど、一応確認してみた。

「やっぱり最後までプリントかよぉおお!?」
「勉強頑張れよ!! サッカーも勉強も恋愛も、全部諦めるんじゃない! 欲張れ!! 分かったか!?」
「おうっ」

 山チョー先生の気持ちが分かった俺は、拳を前に繰り出して。
 目の前に出された先生の拳に、ゴツっと当てる。

「こんなプリントなんか、あっという間にやっつけてやるからな!!」
「よっしゃ、その意気だ!」

 山チョー先生は『お前ならやれる』とでも言いたげに、俺のつるっぱげの頭をグリグリと撫で回した。

 プリントの入った紙袋を持って院内学級を出ると、今度はリハビリテーション科に向かう。ここにもスゲェお世話になった人がいるんだ。
 でも、目的地に着く前に、その人に会う事が出来た。

「塚狭先生!」
「え?  颯斗君!」

 塚狭先生は隣にいる患者さんを支えながら、廊下を歩いていた。リハビリの一環で、今から外を散歩しに行く途中だったようだ。
 塚狭先生は、俺の隣にいる母さんに気付いて会釈している。母さんも同じように頭を下げていた。

「先生、今までありがとう! 俺、今日で退院だから!」
「そうだったね。わざわざお礼を言いに来てくれたの? ありがとう! これからもサッカーは続けるんだよね?」
「勿論!」
「あはは、好きな事を頑張るのが、一番のリハビリだよ。頑張ってね、退院おめでとう!」
「ありがとう、塚狭先生!」

 あまりリハビリの邪魔をしちゃ悪いだろうと、俺は短めに切り上げて手を振った。塚狭先生も嬉しそうに手を振ってくれる。
 歩けなくなって絶望を感じた時に、若いと回復も早いから大丈夫と、不安を蹴っ飛ばしてくれたのが塚狭先生だ。
 傍から見れば、ちょっと恥ずかしいようなリハビリでも、俺に合わせて張り切ってやってくれたのが印象深い。これからもああやって、皆を楽しませながらリハビリの仕事を続けて行って欲しいな。
 本当に良い先生に出会えて、良かった。

 塚狭先生と別れてから、ようやく会計の所に行く。手続きはもう母さんがやってくれていたようで、あっという間に終わった。

「行こう、颯斗」

 母さんに促されて、出口の方に向かう。まだ少し寒いからと、マフラーを巻いてくれた。俺以外にマフラーを巻いている人なんて、見当たらなかったけど。
 出入り口を前に、俺の胸は高鳴りを沈められなかった。
 ようやく、ようやくこの時が来た。

 病院の扉を一歩、踏み出す。

 吹き抜ける風は、やっぱり部屋の中より冷たくて。
 でも、その自然を感じられたことに……季節を感じられた事に、鳥肌が立ってくる。

「どうしたの、颯斗。やっぱり寒い? もう一枚着る?」
「……ううん、大丈夫」

 何でもない季節の風が、こんなに懐かしくて愛おしいものだったとは、今まで気付かなかった。
 太陽の下を歩く事も。当たり前のようで、当たり前じゃなかった。
 たったこれだけの事が、涙が出るほど嬉しい。

「今まで、ありがとう母さん……」

 俺は、いつの間にかそんな言葉を紡いでいた。すると母さんは少し笑って、俺のツルペタ頭に手を置く。

「頑張ってくれてありがとう、颯斗」

 そう、言ってくれた。
 俺は改めて病院を振り返る。

 小児科の小林先生に、大谷先生。
 リハビリテーション科の塚狭俊明先生。
 院内学級の山チョー先生。
 不妊外来の永峰先生。
 放射線治療科の日下先生。
 薬剤部の菅原部長。

 看護師長の盛岡さん。
 担当看護師の園田さん。
 それに徳田さんや仲本さん、多くの看護師さん。

 補助士のオバちゃん、清掃士さん、栄養士さん、調理師さん、事務関係の人も……

 病院の人には沢山お世話になった。
 それこそ、何度お礼を言っても足りないくらいに。

「ありがとうございましたーーッ!!」

 俺が唐突に声を上げると、警備員さんや周りの人が驚いてこっちを見ている。
 母さんが「バカッ」と俺の肩を叩いて、ペコペコと顔を赤くしながら頭を下げていた。

「もうっ、颯斗! 何いきなり大声を出してるの!」
「俺、声小さくなっちゃったなぁ。もっとでかい声出せたのに……」
「あれだけ出せれば十分ですっ! もう、帰るわよ!!」

 逃げるようにその場を去る母さんに、俺も付いて行く。
 駐車場に懐かしい車が止まっていて、助手席に乗り込むとマフラーを外した。

「疲れたり、気分が悪くなったりしたら早めに言ってね。すぐに止まるから」
「分かった。多分大丈夫だよ」

 俺の言葉を聞いてから、母さんは車を発進させる。
 駐車場の料金を払って外に出ると、病院の全貌が見えてきた。
 俺のいた病室はどこだろう。大きな病院ではそれも分からなかったけど。
 守やユキ、桃花……他にも沢山の人が、まだまだここに入院している。

 どうか、皆も元気に退院できますように……。

 俺はそう願いながら、お世話になった病院を後にした。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...