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71.退院に向けて
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朝の回診の時間に、小林先生が何でもない事のように言った。
「体調も良さそうですし、明後日くらいには退院しますか? 迎えに来てくれるご両親の都合にもよりますが」
退院、明後日、という言葉に、俺は少し警戒する。
安心しきるのは禁物だ。前回のような例があるからな。
「分かった、母さんに都合が良いかどうか聞いてみる」
「よろしくお願いしますよ」
小林先生の言葉に、俺はコクコクと首を縦に振った。平静を装ったけど、やっぱり嬉しさは隠しきれない。
「先生、退院したらすぐに学校通っても良いのか?」
「ええ、構いませんよ」
「え!! マジで!?」
「でも風邪を引くと、Uターン入院になりますからね。それは気をつけてください」
「っげ、ただの風邪でも再入院!?」
「そうですよ、免疫がまだまだ低いですからね。風邪を引いたら入院だと思っておいてください。もう今の時期はインフルエンザはほぼ終わっていますが、それらにも気をつけて」
風邪を引いただけで再入院とか、絶対嫌だ。めちゃくちゃ気をつけないと。
「運動はしていいのか?」
「そうですね、むしろリハビリがわりにドンドンやってくれて結構ですよ。でも、怪我には気をつけて。もし怪我をした時には、ちゃんと消毒をして適切な処置をする事」
「分かった、ちゃんとするよ!」
「そういえば、颯斗君はサッカー部でしたっけ……」
小林先生が少し疑うような目を向けてきた。どうやら俺は信頼されていないらしい。
「大丈夫、無茶なプレイはしないし、気をつけるから!!」
「ふう……じゃあ退院後、三ヶ月間は絶対に気を付けるように。頼みますよ?」
「うん!!」
俺だって、せっかく退院しておいて、再入院は嫌だからな。
ああ、でも早くサッカーやりたい。
「あとは紫外線に注意してくださいね。なるべく日焼けをしないように、ちゃんと日焼け止めを塗る事」
「えー? 日焼け止めとか、女じゃないんだから……」
「日焼けがきっかけとなって、皮膚のGVHDが発症しては困りますから。そうなったらまたUターン……」
「わ、分かったよ! ちゃんと日焼け止めも塗るって!」
「それと、生水は禁止ですよ。必ず一度沸騰させるか、国内産の水やジュースにしてくださいね。ああ、清涼飲料水も、薬を飲む前後にはやめてくださいよ」
「あれダメこれダメばっかかよ……」
「退院出来るだけ良いでしょう?」
「まぁね」
その後も、お風呂は熱がある時以外は毎日入って清潔にしろとか、グレープフルーツは薬の成分が変わっちゃうから飲んだり食べたりしちゃダメだとか、薬は絶対に忘れずに飲むようにだとか、細かな注意をいっぱい受けた。
「あと、最初は一週間に一回のペースで診察に来てもらいますよ」
「えー、週一でまた小林先生の顔を見なきゃいけないのかよー!」
「ふっふ、嬉しいでしょう?」
ニヤリと笑ったドS先生の顔は本当に嬉しそうで、俺もなんだか笑えてくる。
「しょうがないから、見に来てやるよ!」
「薬と注射器を用意して待っていますよ。その前に、無事に退院してくださいね。もう熱は勘弁ですよ?」
「わ、分かってるし!」
俺が答えると、小林先生はやっぱりニヤニヤしながら出て行った。
とうとう決まった退院だ。絶対に今度こそ、ちゃんと退院してやる。
母さんに電話を掛けて伝えると、仕事を休んで迎えに行くと言ってくれた。
俺は部屋の荷物を使わないものから順に鞄に詰めて、帰る準備をする。
それが済むと、守やユキや桃花達に、退院が決まったことを伝えに行った。皆喜んでくれたけど、やっぱり先に退院するのって申し訳ない気分だな。
「ハヤトお兄ちゃん、年賀状を送りますので、住所を教えてくれませんか?」
桃花の言葉に、俺は苦笑した。
来年の事をいうと、鬼が笑うぞ。でも律儀な所が桃花らしいけどな。
「ハヤト君、私も教えてくれる? やっぱり年に一度くらいは元気にやってるかどうか確認したいしね!」
斎藤さんもそう言って、ユキの母親の田内さんも混じえて住所交換会になった。同じ県内とはいえ、住む所はバラバラだ。退院したら、そうそう皆と顔を合わせる機会はないだろう。
「五年後、皆が完治した頃にまた会いたいねぇ」
斎藤さんが交換した住所を書いた紙を持って、そう呟く。
うん、また皆に会いたい。誰一人欠ける事なく、あの頃はこんな風に過ごしたよなって、笑って語り合いたい。
「分かった、五年後に俺が声を掛けるよ。また皆で会おうぜ!」
「本当ですか? また、皆で会えるんですか?」
俺の言葉に、桃花が驚いたように声を上げている。
「会える会える! 桃花にも声を掛けるから、そん時には絶対来いよ!」
「……はい。でもハヤトさん、忘れちゃいそうですけど、大丈夫ですか?」
「しつれーな奴だな! ちゃんと覚えとくって!」
そういうと、皆は声を上げて笑った。だから俺は、『ちゃんと病気治せ』って言葉は言わなかった。
桃花も、そしてまだ小さな守もユキも。ちゃんと病気と向き合っている。五年後の完治を目指して、それぞれにもう努力をしているから。
「五年後かあ、ハヤト君はJリーガーかもね!」
斎藤さんが茶化すようにそう言ってくる。
「うん、俺はその頃にはもうプロになって、活躍しまくってるよ!」
「ふふっ、じゃあその時にはサインちょうだいね」
田内さんの言葉に俺は大きく頷いた。
「そんなの、いくらでも書いてやるよ!」
「うわあ、楽しみ!」
斎藤さんと田内さんのワクワクしている気持ちがこっちに伝わってくる。
茶化すだけじゃなくて、本当に期待してくれてるのかな。こんな約束をしてちょっとプレッシャーはあるけど、プロを目指す気持ちに変わりはない。
「じゃあ、皆、約束! 五年後な!」
桃花、ユキ、守と指切りをする。
五年後、こいつらはどんな風に成長しているのかな。
すごく楽しみな約束を交わして、俺は三日後に退院する運びとなった。
「体調も良さそうですし、明後日くらいには退院しますか? 迎えに来てくれるご両親の都合にもよりますが」
退院、明後日、という言葉に、俺は少し警戒する。
安心しきるのは禁物だ。前回のような例があるからな。
「分かった、母さんに都合が良いかどうか聞いてみる」
「よろしくお願いしますよ」
小林先生の言葉に、俺はコクコクと首を縦に振った。平静を装ったけど、やっぱり嬉しさは隠しきれない。
「先生、退院したらすぐに学校通っても良いのか?」
「ええ、構いませんよ」
「え!! マジで!?」
「でも風邪を引くと、Uターン入院になりますからね。それは気をつけてください」
「っげ、ただの風邪でも再入院!?」
「そうですよ、免疫がまだまだ低いですからね。風邪を引いたら入院だと思っておいてください。もう今の時期はインフルエンザはほぼ終わっていますが、それらにも気をつけて」
風邪を引いただけで再入院とか、絶対嫌だ。めちゃくちゃ気をつけないと。
「運動はしていいのか?」
「そうですね、むしろリハビリがわりにドンドンやってくれて結構ですよ。でも、怪我には気をつけて。もし怪我をした時には、ちゃんと消毒をして適切な処置をする事」
「分かった、ちゃんとするよ!」
「そういえば、颯斗君はサッカー部でしたっけ……」
小林先生が少し疑うような目を向けてきた。どうやら俺は信頼されていないらしい。
「大丈夫、無茶なプレイはしないし、気をつけるから!!」
「ふう……じゃあ退院後、三ヶ月間は絶対に気を付けるように。頼みますよ?」
「うん!!」
俺だって、せっかく退院しておいて、再入院は嫌だからな。
ああ、でも早くサッカーやりたい。
「あとは紫外線に注意してくださいね。なるべく日焼けをしないように、ちゃんと日焼け止めを塗る事」
「えー? 日焼け止めとか、女じゃないんだから……」
「日焼けがきっかけとなって、皮膚のGVHDが発症しては困りますから。そうなったらまたUターン……」
「わ、分かったよ! ちゃんと日焼け止めも塗るって!」
「それと、生水は禁止ですよ。必ず一度沸騰させるか、国内産の水やジュースにしてくださいね。ああ、清涼飲料水も、薬を飲む前後にはやめてくださいよ」
「あれダメこれダメばっかかよ……」
「退院出来るだけ良いでしょう?」
「まぁね」
その後も、お風呂は熱がある時以外は毎日入って清潔にしろとか、グレープフルーツは薬の成分が変わっちゃうから飲んだり食べたりしちゃダメだとか、薬は絶対に忘れずに飲むようにだとか、細かな注意をいっぱい受けた。
「あと、最初は一週間に一回のペースで診察に来てもらいますよ」
「えー、週一でまた小林先生の顔を見なきゃいけないのかよー!」
「ふっふ、嬉しいでしょう?」
ニヤリと笑ったドS先生の顔は本当に嬉しそうで、俺もなんだか笑えてくる。
「しょうがないから、見に来てやるよ!」
「薬と注射器を用意して待っていますよ。その前に、無事に退院してくださいね。もう熱は勘弁ですよ?」
「わ、分かってるし!」
俺が答えると、小林先生はやっぱりニヤニヤしながら出て行った。
とうとう決まった退院だ。絶対に今度こそ、ちゃんと退院してやる。
母さんに電話を掛けて伝えると、仕事を休んで迎えに行くと言ってくれた。
俺は部屋の荷物を使わないものから順に鞄に詰めて、帰る準備をする。
それが済むと、守やユキや桃花達に、退院が決まったことを伝えに行った。皆喜んでくれたけど、やっぱり先に退院するのって申し訳ない気分だな。
「ハヤトお兄ちゃん、年賀状を送りますので、住所を教えてくれませんか?」
桃花の言葉に、俺は苦笑した。
来年の事をいうと、鬼が笑うぞ。でも律儀な所が桃花らしいけどな。
「ハヤト君、私も教えてくれる? やっぱり年に一度くらいは元気にやってるかどうか確認したいしね!」
斎藤さんもそう言って、ユキの母親の田内さんも混じえて住所交換会になった。同じ県内とはいえ、住む所はバラバラだ。退院したら、そうそう皆と顔を合わせる機会はないだろう。
「五年後、皆が完治した頃にまた会いたいねぇ」
斎藤さんが交換した住所を書いた紙を持って、そう呟く。
うん、また皆に会いたい。誰一人欠ける事なく、あの頃はこんな風に過ごしたよなって、笑って語り合いたい。
「分かった、五年後に俺が声を掛けるよ。また皆で会おうぜ!」
「本当ですか? また、皆で会えるんですか?」
俺の言葉に、桃花が驚いたように声を上げている。
「会える会える! 桃花にも声を掛けるから、そん時には絶対来いよ!」
「……はい。でもハヤトさん、忘れちゃいそうですけど、大丈夫ですか?」
「しつれーな奴だな! ちゃんと覚えとくって!」
そういうと、皆は声を上げて笑った。だから俺は、『ちゃんと病気治せ』って言葉は言わなかった。
桃花も、そしてまだ小さな守もユキも。ちゃんと病気と向き合っている。五年後の完治を目指して、それぞれにもう努力をしているから。
「五年後かあ、ハヤト君はJリーガーかもね!」
斎藤さんが茶化すようにそう言ってくる。
「うん、俺はその頃にはもうプロになって、活躍しまくってるよ!」
「ふふっ、じゃあその時にはサインちょうだいね」
田内さんの言葉に俺は大きく頷いた。
「そんなの、いくらでも書いてやるよ!」
「うわあ、楽しみ!」
斎藤さんと田内さんのワクワクしている気持ちがこっちに伝わってくる。
茶化すだけじゃなくて、本当に期待してくれてるのかな。こんな約束をしてちょっとプレッシャーはあるけど、プロを目指す気持ちに変わりはない。
「じゃあ、皆、約束! 五年後な!」
桃花、ユキ、守と指切りをする。
五年後、こいつらはどんな風に成長しているのかな。
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