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62.ドナーからの手紙
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テクテクテク、と三人分の足音が廊下に伝わる。
南側の窓からは光が入って、めちゃくちゃ良い天気だ。外はまだ寒いんだろうけど、病院内でその光を受けると、じんわりと暑くなってくる。
そんな中で、俺はいくつか作っておいた紙飛行機の一つを裕介に手渡した。
「よし、今度これを飛ばしてみろ、裕介!」
「うんー! えいっ」
「あれ? 飛ばないなー。 じゃあユキはこっちな!」
裕介に渡したのとは別の形に折った紙飛行機を手渡すと、ユキは無言で受け取って投げる。
紙飛行機はユキの手を離れ、綺麗な弧を描くように飛んで、清潔室の扉の前に落ちた。俺や裕介の飛ばした紙飛行機は、ずっと手前に落ちている。
「ユキの勝ちだな!」
「もっかいしゅるー!」
「よし、取って来ような!」
皆んなで点滴を押しながら、落ちた飛行機を取りに行く。裕介はようやく病室を出る事が出来て、一緒に遊びながらのリハビリだ。
普通の病棟でこんな事をしてたら怒られるだろうけど、清潔室にいる子達はプレイルームに行ける子が少ないから、ボール遊びも紙飛行機遊びも許してくれてる。まぁ、俺が本気でボールを蹴ったりしたら怒られるけどな。
そうして裕介とユキの三人で遊んでいると、木下さんと田内さんが帰って来た。木下さんが田内さんを案内して、スポーツジムにあるお風呂に入りに行ってたんだ。
いいなぁ、お風呂。俺も入りたい。シャワーじゃなくて、湯船に浸かりたいなぁ。
二人はさっぱりした顔で、にこやかに話しかけてくれる。
「ありがとうね、ハヤト君」
「ありがとう……うちのユキ、大丈夫だった?」
「大丈夫、皆で楽しく遊んだよ。な、ユキ」
そう言うと、ユキはコクコクと頷いてくれた。まだ話はしてくれないけど、ちょっとは懐いてくれたみたいだ。
本当は田内さんは、プレイルームで保育士の先生にユキを見てもらうつもりだったみたいだけど、何かあったらすぐに看護師さんを呼ぶって約束で、俺がお願いして見させて貰った。
裕介も俺も、まだ清潔室から出られないしな。折角年の近い遊び相手がいるんだから、一緒に楽しませてやりたい。互いに接触禁止だから気は遣うけど、少し仲良くなれたから良かった。
二人とも母親が来たので、それじゃあなと飛行機を片付けてそれぞれ病室に戻る。ちょっとだけゲームしてから勉強しようとスマホで遊んでいると、看護師の徳澤さんが入って来た。その手に何やら、手紙を持って。
「ハヤト君、お手紙来てたよ」
「え? 誰?」
そう言いながら受け取る。見ると、骨髄バンク経由の手紙だ。
これって、もしかして……?!
徳澤さんが部屋を出て行くと同時に、慌ててハサミで封を切る。その中にはまた封筒が入っていて、宛名に目を走らせた。
『僕の骨髄液を受け取ってくれた君へ』
そう、書いてある。
間違いない、俺の提供者さんからだ!
「っちょ、返事早くねぇ?!」
思わず一人声を上げてしまう。この間返事を書いたばかりなのに、もう返事が来んだ。びっくりして当然だろ。
提供者と患者のやり取りは、移植から一年以内に二往復だけ。つまり、提供者からはこの手紙で終わりのはずだ。
「提供者さん、これが最後だってちゃんと分かってんのか??」
訝りながら封を開ける手は、ちょっとドキドキして震える。
手紙を貰えるのって、めちゃくちゃ嬉しい。でも、これが提供者さんからの最後の手紙だなんて、さみしいなぁ……。
中から便箋を取り出すと、俺は噛みしめるようにゆっくりと文章を目で追った。そこにはやっぱり、丁寧な男の人の字が書かれてある。
『二度目の手紙、失礼します。
本当は、もっと後で書くべきだとは思ったのですが、いてもたってもいられず、筆を取ってしまいました。
君からの手紙を受け取りました。嬉しい報告に、思わず涙が溢れました。
順調に回復しているようで、本当に良かったです!
君の中にいる僕の骨髄液に、「これからもしっかり仕事しろよ」と伝えておきますね。
そして、サッカー選手になるという大きな夢を持っているのを知って、胸が熱くなりました。
ぜひ、叶えて貰いたい。頑張って欲しい。
僕が君の一番のサポーターである事を、どうか覚えておいてください。
僕からの手紙はこれで最後になりますが、ずっとずっと、応援しています。
いつかテレビで君を見られる日を、楽しみにしていますね!』
カサッと手の中の手紙が、優しく音を鳴らす。
読み終わった瞬間、胸がガッと熱くなって、走り回りたいような、ブンブン腕を振り回したいような、じっとしていられない気分に襲われた。
俺の提供者さんが、すげぇ良い人で良かった! この人を本当に誇りに思うよ、俺。
文章は前回に比べて、『俺』っていう存在を尊重してくれているものだったように思う。
俺からの手紙で、多分、ある程度の年齢の検討をつけたんだろう。『ぼく』って言葉が漢字になってるし、難しい漢字にはふりがなを振ってくれていたけど、今回は一つもふりがなを振られてなかった。
ああ、俺も早く返事を書きたいなぁ。
でも書いたばっかだし、俺からの最後の手紙は、一年が経つギリギリまで我慢しよう。
次も絶対に良い報告をするんだ!
提供者さんを、また嬉し泣きさせてやる!
南側の窓からは光が入って、めちゃくちゃ良い天気だ。外はまだ寒いんだろうけど、病院内でその光を受けると、じんわりと暑くなってくる。
そんな中で、俺はいくつか作っておいた紙飛行機の一つを裕介に手渡した。
「よし、今度これを飛ばしてみろ、裕介!」
「うんー! えいっ」
「あれ? 飛ばないなー。 じゃあユキはこっちな!」
裕介に渡したのとは別の形に折った紙飛行機を手渡すと、ユキは無言で受け取って投げる。
紙飛行機はユキの手を離れ、綺麗な弧を描くように飛んで、清潔室の扉の前に落ちた。俺や裕介の飛ばした紙飛行機は、ずっと手前に落ちている。
「ユキの勝ちだな!」
「もっかいしゅるー!」
「よし、取って来ような!」
皆んなで点滴を押しながら、落ちた飛行機を取りに行く。裕介はようやく病室を出る事が出来て、一緒に遊びながらのリハビリだ。
普通の病棟でこんな事をしてたら怒られるだろうけど、清潔室にいる子達はプレイルームに行ける子が少ないから、ボール遊びも紙飛行機遊びも許してくれてる。まぁ、俺が本気でボールを蹴ったりしたら怒られるけどな。
そうして裕介とユキの三人で遊んでいると、木下さんと田内さんが帰って来た。木下さんが田内さんを案内して、スポーツジムにあるお風呂に入りに行ってたんだ。
いいなぁ、お風呂。俺も入りたい。シャワーじゃなくて、湯船に浸かりたいなぁ。
二人はさっぱりした顔で、にこやかに話しかけてくれる。
「ありがとうね、ハヤト君」
「ありがとう……うちのユキ、大丈夫だった?」
「大丈夫、皆で楽しく遊んだよ。な、ユキ」
そう言うと、ユキはコクコクと頷いてくれた。まだ話はしてくれないけど、ちょっとは懐いてくれたみたいだ。
本当は田内さんは、プレイルームで保育士の先生にユキを見てもらうつもりだったみたいだけど、何かあったらすぐに看護師さんを呼ぶって約束で、俺がお願いして見させて貰った。
裕介も俺も、まだ清潔室から出られないしな。折角年の近い遊び相手がいるんだから、一緒に楽しませてやりたい。互いに接触禁止だから気は遣うけど、少し仲良くなれたから良かった。
二人とも母親が来たので、それじゃあなと飛行機を片付けてそれぞれ病室に戻る。ちょっとだけゲームしてから勉強しようとスマホで遊んでいると、看護師の徳澤さんが入って来た。その手に何やら、手紙を持って。
「ハヤト君、お手紙来てたよ」
「え? 誰?」
そう言いながら受け取る。見ると、骨髄バンク経由の手紙だ。
これって、もしかして……?!
徳澤さんが部屋を出て行くと同時に、慌ててハサミで封を切る。その中にはまた封筒が入っていて、宛名に目を走らせた。
『僕の骨髄液を受け取ってくれた君へ』
そう、書いてある。
間違いない、俺の提供者さんからだ!
「っちょ、返事早くねぇ?!」
思わず一人声を上げてしまう。この間返事を書いたばかりなのに、もう返事が来んだ。びっくりして当然だろ。
提供者と患者のやり取りは、移植から一年以内に二往復だけ。つまり、提供者からはこの手紙で終わりのはずだ。
「提供者さん、これが最後だってちゃんと分かってんのか??」
訝りながら封を開ける手は、ちょっとドキドキして震える。
手紙を貰えるのって、めちゃくちゃ嬉しい。でも、これが提供者さんからの最後の手紙だなんて、さみしいなぁ……。
中から便箋を取り出すと、俺は噛みしめるようにゆっくりと文章を目で追った。そこにはやっぱり、丁寧な男の人の字が書かれてある。
『二度目の手紙、失礼します。
本当は、もっと後で書くべきだとは思ったのですが、いてもたってもいられず、筆を取ってしまいました。
君からの手紙を受け取りました。嬉しい報告に、思わず涙が溢れました。
順調に回復しているようで、本当に良かったです!
君の中にいる僕の骨髄液に、「これからもしっかり仕事しろよ」と伝えておきますね。
そして、サッカー選手になるという大きな夢を持っているのを知って、胸が熱くなりました。
ぜひ、叶えて貰いたい。頑張って欲しい。
僕が君の一番のサポーターである事を、どうか覚えておいてください。
僕からの手紙はこれで最後になりますが、ずっとずっと、応援しています。
いつかテレビで君を見られる日を、楽しみにしていますね!』
カサッと手の中の手紙が、優しく音を鳴らす。
読み終わった瞬間、胸がガッと熱くなって、走り回りたいような、ブンブン腕を振り回したいような、じっとしていられない気分に襲われた。
俺の提供者さんが、すげぇ良い人で良かった! この人を本当に誇りに思うよ、俺。
文章は前回に比べて、『俺』っていう存在を尊重してくれているものだったように思う。
俺からの手紙で、多分、ある程度の年齢の検討をつけたんだろう。『ぼく』って言葉が漢字になってるし、難しい漢字にはふりがなを振ってくれていたけど、今回は一つもふりがなを振られてなかった。
ああ、俺も早く返事を書きたいなぁ。
でも書いたばっかだし、俺からの最後の手紙は、一年が経つギリギリまで我慢しよう。
次も絶対に良い報告をするんだ!
提供者さんを、また嬉し泣きさせてやる!
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