59 / 92
59.ドナーへの手紙
しおりを挟む
そうだ、提供者さんへ手紙を書こう。
裕介が臍帯血移植している姿を見て、俺は唐突にそう思った。
提供者さんの骨髄液が体の中に入ってから、一ヶ月と二週間ほど経っている。体調は良いし、血液検査の結果も上々だ。そろそろ返事をしておかないと、『もしかしたらダメだったんじゃないか』って心配させちゃうかもしれない。
俺は事前に母さんに買って貰っていたレターセットを取り出して、目の前に準備する。
「うわぁ、何書こう。出だしってどう書いたら良いんだっけ……前略、とか?」
いざ書こうとすると、初っ端から躓いてしまった。ありがとうって気持ちだけはいっぱいあるけど、ありがとうを百回書いた手紙を貰っても困るだけだろうし。
自分の気持ちを上手く伝えられるか、不安だ。
「なんか拝啓とか前略とか入れると堅苦しくなるよなぁ……良いかな、別に……あっちは俺のこと十代の少年としか知らないみたいだし」
こっちの詳しい年齢を伝えるわけにはいかないし、まぁ多少お馬鹿な文章を書いても問題ないだろう。
そう決めたけれどやっぱりなかなか筆は進まず、書き上げるのに丸一日掛かった。
作文を書いても見直しなんかしなかった俺が、生まれて初めて推敲ってやつをして書いた手紙だ。これで大丈夫か、ちょっと誰かに見て貰いたい。
そんな風に思っていたら、看護師さんが中に入ってきた。手には紙袋を持っていて、中身は何なのか聞かなくてもすぐに分かる。山チョー先生の作ったテキストだ。たまに山チョー先生はこうして看護師さん経由で持ってきてくれる。
「はい、これ預かって来たよ」
「ありがと! 山チョー先生、もう帰っちゃった??」
「元気そうなら顔を見たいからって、清潔室の扉の前で待ってるわよ」
「よっしゃ」
俺は手紙と点滴ポールを持って、病室を飛び出した。
その瞬間、「よーー!!」とデカイ声がして、清潔室の扉の方を確認する。ガラスの向こう側で山チョー先生は、目がなくなってしまうんじゃないかと思うくらいの笑顔で、大きく手を振ってくれていた。
「山チョー先生!」
「おー、元気そうだな、ハヤト! 良かった!」
点滴ポールを持ったまま小走りで近付き、書いたばかりの手紙をバンッとガラスの扉に張り付けるように見せる。
「ちょっとこれ、読んでくれ!」
「な、なんだぁいきなり……手紙?」
「うん、俺に骨髄液を提供してくれた人へのお礼の手紙なんだけど……これでいいかどうか、見て欲しいんだ」
「どれどれ。もうちょっと手紙を上げてくれ」
俺は言われた通りに手紙を山チョー先生の目線まで上げて、両手で扉に押し付ける。
両腕を組んで、俺の書いた手紙をじっと見つめる先生。なんかテストの採点をされるより緊張するな。
山チョー先生は少しの間口を閉じ、その後で大きく頷いてくれた。
「うん、良いと思うぞ! ハヤトの気持ちがしっかり書かれてる、良い手紙だ!」
「ホント? 直した方が良いところとかない?」
「こういうのは、大人が変にテコ入れしない方が良い。ハヤトの思いを、そのまま相手に伝えてやれ!」
「うん!!」
山チョー先生からオッケーが出されて、俺の体は羽が生えたように軽くなる。
人に感謝の気持ちを伝えられるのは嬉しいし、相手の反応を見られるわけじゃないんだけどすごく楽しみだ。
これを読んだ提供者さん、喜んでくれるかな。提供して良かったって、思ってくれるかな。
想像すると顔がにやけて幸せな気分になる。
返事は多分すぐには来ないだろう。一年以内にたった二往復しか出来ない貴重な手紙だ。向こうも少し期間をおいて送ってくるに違いない。
俺はその手紙を、骨髄バンク経由で提供者さんに送って貰った。いつか来るだろう提供者さんからの手紙を、ゆっくりと待つことにしよう。
手紙を送ってもらうよう手配した後、俺は病室の窓から街を見渡す。
この日本のどこかに、俺の提供者さんがいる。赤の他人だけど、同じDNAを持った人がこの世の中にいるんだ……。
そう思うと、なんだか景色がとても優しく見えて。
ふわりと舞った初雪さえも、とても暖かく感じた。
感謝の気持ちが、ちゃんと届きますように。
信号待ちをしている郵便車を見つけて、そっと祈る。
そして何度も書き直した手紙の下書きに手を伸ばすと、もう一度目を走らせた。
『初めまして。僕はあなたに骨髄を提供してもらった者です。
骨髄液と手紙が届いた時はありがたくてうれしくて、涙が出そうになりました。
移植は無事にすんで、準無菌室から出る事もできました。
体調はとても良くて、順調だと思います。
僕は退院したら、やりたい事があります。それは、幼い頃から続けているサッカーを頑張る事です。
将来は、プロのサッカー選手を目指しています。
その夢を追いかけられるのも、ドナーさんのおかげです。
僕に骨髄をくれて、本当に本当にありがとうございました!』
骨髄液を提供して貰った事で、俺の血は提供者さんと同じものになったんだ。
この血に恥じない生き方をしよう。
絶対に絶対にプロのサッカー選手になって、有名になった時にこう言うんだ。
『俺がサッカー選手になれたのは、骨髄を提供してくれた人のお陰です』って。
手紙だけの感謝じゃ足りない。もっともっと伝えたい。
それが俺の、もうひとつの夢になった。
裕介が臍帯血移植している姿を見て、俺は唐突にそう思った。
提供者さんの骨髄液が体の中に入ってから、一ヶ月と二週間ほど経っている。体調は良いし、血液検査の結果も上々だ。そろそろ返事をしておかないと、『もしかしたらダメだったんじゃないか』って心配させちゃうかもしれない。
俺は事前に母さんに買って貰っていたレターセットを取り出して、目の前に準備する。
「うわぁ、何書こう。出だしってどう書いたら良いんだっけ……前略、とか?」
いざ書こうとすると、初っ端から躓いてしまった。ありがとうって気持ちだけはいっぱいあるけど、ありがとうを百回書いた手紙を貰っても困るだけだろうし。
自分の気持ちを上手く伝えられるか、不安だ。
「なんか拝啓とか前略とか入れると堅苦しくなるよなぁ……良いかな、別に……あっちは俺のこと十代の少年としか知らないみたいだし」
こっちの詳しい年齢を伝えるわけにはいかないし、まぁ多少お馬鹿な文章を書いても問題ないだろう。
そう決めたけれどやっぱりなかなか筆は進まず、書き上げるのに丸一日掛かった。
作文を書いても見直しなんかしなかった俺が、生まれて初めて推敲ってやつをして書いた手紙だ。これで大丈夫か、ちょっと誰かに見て貰いたい。
そんな風に思っていたら、看護師さんが中に入ってきた。手には紙袋を持っていて、中身は何なのか聞かなくてもすぐに分かる。山チョー先生の作ったテキストだ。たまに山チョー先生はこうして看護師さん経由で持ってきてくれる。
「はい、これ預かって来たよ」
「ありがと! 山チョー先生、もう帰っちゃった??」
「元気そうなら顔を見たいからって、清潔室の扉の前で待ってるわよ」
「よっしゃ」
俺は手紙と点滴ポールを持って、病室を飛び出した。
その瞬間、「よーー!!」とデカイ声がして、清潔室の扉の方を確認する。ガラスの向こう側で山チョー先生は、目がなくなってしまうんじゃないかと思うくらいの笑顔で、大きく手を振ってくれていた。
「山チョー先生!」
「おー、元気そうだな、ハヤト! 良かった!」
点滴ポールを持ったまま小走りで近付き、書いたばかりの手紙をバンッとガラスの扉に張り付けるように見せる。
「ちょっとこれ、読んでくれ!」
「な、なんだぁいきなり……手紙?」
「うん、俺に骨髄液を提供してくれた人へのお礼の手紙なんだけど……これでいいかどうか、見て欲しいんだ」
「どれどれ。もうちょっと手紙を上げてくれ」
俺は言われた通りに手紙を山チョー先生の目線まで上げて、両手で扉に押し付ける。
両腕を組んで、俺の書いた手紙をじっと見つめる先生。なんかテストの採点をされるより緊張するな。
山チョー先生は少しの間口を閉じ、その後で大きく頷いてくれた。
「うん、良いと思うぞ! ハヤトの気持ちがしっかり書かれてる、良い手紙だ!」
「ホント? 直した方が良いところとかない?」
「こういうのは、大人が変にテコ入れしない方が良い。ハヤトの思いを、そのまま相手に伝えてやれ!」
「うん!!」
山チョー先生からオッケーが出されて、俺の体は羽が生えたように軽くなる。
人に感謝の気持ちを伝えられるのは嬉しいし、相手の反応を見られるわけじゃないんだけどすごく楽しみだ。
これを読んだ提供者さん、喜んでくれるかな。提供して良かったって、思ってくれるかな。
想像すると顔がにやけて幸せな気分になる。
返事は多分すぐには来ないだろう。一年以内にたった二往復しか出来ない貴重な手紙だ。向こうも少し期間をおいて送ってくるに違いない。
俺はその手紙を、骨髄バンク経由で提供者さんに送って貰った。いつか来るだろう提供者さんからの手紙を、ゆっくりと待つことにしよう。
手紙を送ってもらうよう手配した後、俺は病室の窓から街を見渡す。
この日本のどこかに、俺の提供者さんがいる。赤の他人だけど、同じDNAを持った人がこの世の中にいるんだ……。
そう思うと、なんだか景色がとても優しく見えて。
ふわりと舞った初雪さえも、とても暖かく感じた。
感謝の気持ちが、ちゃんと届きますように。
信号待ちをしている郵便車を見つけて、そっと祈る。
そして何度も書き直した手紙の下書きに手を伸ばすと、もう一度目を走らせた。
『初めまして。僕はあなたに骨髄を提供してもらった者です。
骨髄液と手紙が届いた時はありがたくてうれしくて、涙が出そうになりました。
移植は無事にすんで、準無菌室から出る事もできました。
体調はとても良くて、順調だと思います。
僕は退院したら、やりたい事があります。それは、幼い頃から続けているサッカーを頑張る事です。
将来は、プロのサッカー選手を目指しています。
その夢を追いかけられるのも、ドナーさんのおかげです。
僕に骨髄をくれて、本当に本当にありがとうございました!』
骨髄液を提供して貰った事で、俺の血は提供者さんと同じものになったんだ。
この血に恥じない生き方をしよう。
絶対に絶対にプロのサッカー選手になって、有名になった時にこう言うんだ。
『俺がサッカー選手になれたのは、骨髄を提供してくれた人のお陰です』って。
手紙だけの感謝じゃ足りない。もっともっと伝えたい。
それが俺の、もうひとつの夢になった。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。



『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作

身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる