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56.デート
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園田さんは拓真兄ちゃんにメールはしたのかな。
正月以来ずっと気になってた事だけど、周りに人が居たりして、中々聞く機会がなかった。拓真兄ちゃんの方に確認してみようかなと思わないでもなかったけど、変に聞いたりして園田さんの気持ちが拓真兄ちゃんにバレちゃったら申し訳ないしな。
俺は向かい側の部屋に移動して、裕介もシャワーのある部屋に引っ越した。そこにまた、大きなアイソレーターが運ばれている。
俺はそれを、廊下に出て裕介達と一緒に見守った。
「放射線治療は明日だっけ」
「うん」
裕介の代わりに木下さんが答えてくれる。
「そっか。大丈夫だからな、心配すんなよ!」
「うんー!」
そうやって頷く裕介の頭をグリグリと撫でてやりたいけど、接触禁止なので我慢だ。
アイソレーターが設置されると、裕介と木下さんは病室へと入って行った。
俺も自分の病室に戻り、何しようかなーとぼんやり外を眺めていると園田さんが入って来た。
「颯斗くん、お昼どれくらい食べた?」
「九割がた食べたよ」
「リハビリはもう終わった?」
「まだ来てくれてない。多分、夕方くらいかなー」
リハビリ再開の初日は、少し歩いただけでびっくりするほど息が上がった。一ヶ月以上もの間、行動範囲がベッドとその周辺だったから、当然と言えば当然なのかもしれない。
でも俺はショックだった。歩いただけで息が切れるとか、初めての体験だったから。
中学サッカーは前半三十分、後半三十分、途中でハーフタイムが五分あるとは言え、六十分間ほとんど走りっぱなしのスポーツだ。
俺は出突っ張りでも戦い抜ける体力があったし、それを当然の事だと思っていた。
けど、今はその自信が……全くと言っていいほどない。
時間が空けば、体力を取り戻すために廊下を適当に歩いたりしてるけど、狭い空間でただ歩くだけってつまらなくてあんまり長い時間は続かない。せめて清潔室を出られれば、気分も変わるんだけどな。
「ところでさ、園田さん。拓真兄ちゃんにメールはしたのか?」
「……え?」
唐突の俺の言葉に、園田さんはわざとらしく聞き返してくる。その顔からは笑みが漏れていたから、何となく察しはついた。園田さんって分かりやすいよなぁ。
「拓真兄ちゃんに、メール! したんだろ?」
「う、うん」
「で、どうなった?」
「それが、今度会おうかって話になって……」
「え!? マジで!?」
「それが、マジなのっ」
そう言いながら園田さんは証拠とばかりに拓真兄ちゃんからのメールを見せてくれた。そこには『八日の午前十一時頃に鳥白駅に着く予定です。よろしくお願いします』と書いてある。
鳥白駅は、この病院から徒歩十五分くらいの所にある駅だ。拓真兄ちゃんが住んでる海近市に行くんじゃなくて、こっちに来てくれるらしい。
「すごい、やるなぁ園田さん!! でもなんで急に会う事になったんだ?」
「拓真君は将来、パティシエになりたいっていうのは知ってる?」
「あーそう言えば、聞いた事ある」
確か、俺の結婚式の時にはウエディングケーキを作ってくれるって言ってたな。冗談だろうけど。
「それで、この鳥白市の製菓専門学校にこの四月から通うんだって!」
「そうだったんだ」
「住む場所をいい加減決めなきゃいけないんだけど、どういう所がいいか分からないから悩んでるって言ってて……」
「……で?」
もじもじする園田さんに先を促すと、照れたように笑って。
「私はこの辺詳しいから、また来る時があったら教えてねって言ったら」
「言ったら?」
「八日に行きます、って」
「なにそれ早っ!!」
すげーさすが拓真兄ちゃん、行動早いし!!
「元々、こっちに来る予定だったみたい。候補がいくつかあって、どこに住めば地理的に良いかアドバイスが欲しかったみたいで、喜んでた」
そうやって笑う園田さんが一番喜んでるように見えた。
多分拓真兄ちゃんは『ラッキー』くらいにしか思っていないだろうけどな……。それとも流石にちょっとは気付いたかな? 普通、患者の家族ってだけでこんな事しないもんな。後で電話掛けてちょっと聞いてみてやろう。
「まさか、デートまで漕ぎつけるなんてなー。やったな、園田さん!」
「で、デートじゃないしっ」
顔を赤くさせて両手で否定する園田さん。
うわー、この写真を撮って拓真兄ちゃんに送ってやりたい!!
この浮かれ顔の園田さんを見せてやりてぇ~~っ!
「どうしてスマホを私に向けてるの?」
「いや、うん、えーっと……撮ってないよ」
首を傾げて尋ねられ、思わず起動してしまったカメラアプリを終了させた。残念、失敗だ。実際に送ったら、園田さんに嫌われそうだから出来なかっただろうけど。
そのあと園田さんが部屋を出て行ってから、俺は早速拓真兄ちゃんに連絡を取った。まだ学校は冬休みだから、すぐに電話に出てくれる。
『おおー、ハヤト! 明けましておめでとうー!』
相変わらず大きくて元気な拓真にいちゃんの声が耳の奥まで響いて来た。
「明けましておめでとう、拓真兄ちゃん」
『おう、どうした? なんかあったか?』
「ううん、特に用事ってわけじゃないんだけど、園田さんが今度拓真兄ちゃんに会うって言ってたからさ。元気にしてるかなってちょっと電話してみただけ」
取ってつけたような言い訳をしてしまって自分でちょっとドキドキしながら答えるも、拓真兄ちゃんの声は変わらず嬉しそうに話し掛けてくれる。
『そうそう、俺が住む場所をそっちで探してるって言ったらさ、車出そうかってすぐ言ってくれて。実際に移動して距離感掴んだ方が分かりやすいだろうからってさ。良い人だよなぁ、園田さん』
なんだ、園田さん、結構自分から押してるじゃん。って、このままじゃあ園田さんは良い人止まりになるんじゃないか? 拓真兄ちゃん、マジで気付いてなさそうだぞ。
『病院の人は、皆良い人ばっかだったしな。有り難いよなぁ』
いやいやいやいや、園田さんと他の人を一緒にしないでやってくれよ!! ってか気付けっ!!
「拓真兄ちゃん! 園田さんはなぁっ!」
『うん?』
って、何を言うつもりだ、俺!? 園田さんの気持ちを勝手に伝えちゃったら、殺されかねないぞ……。
俺は元日の必死な顔をした園田さんを思い出して冷や汗をかく。
「そ、園田さんは、俺にも優しいんだぞ!」
『ん? おお、そうだろうな!』
何言ってんだ、俺。何故か嫉妬した男の台詞みたいになってしまった……。違うのに。
「あーー……そんじゃ」
『なんだよ、もう切るのか?』
「うん、拓真兄ちゃんの声聞くより、真奈美の声を聞きたくなってきた」
『んだよそれ。彼女のいない俺への当て付けか?』
「別にー。拓真兄ちゃんって彼女欲しいの?」
『おー、出来るもんなら欲しい』
「ふーん?」
『くっそ、出来ないと思ってんな!?』
「思ってない思ってない!」
笑いながら答えると、拓真にいちゃんは怒ったように『こんにゃろ』と漏らしている。むしろ拓真兄ちゃん次第ですぐに彼女が出来ると思ってるのに、俺の言葉は信じて貰えなかったみたいだ。道は遠いなー。園田さん、頑張れ。
「そんじゃあ」と拓真兄ちゃんとの電話を切ると、今度は真奈美に電話を掛けた。相変わらず可愛い声の真奈美が俺の体を心配してくれる。それに大丈夫だよと答えてから、俺は彼女の名前を呼んだ。
「なぁ真奈美」
『何?』
「退院したら、デートしような」
俺の急な発言に、真奈美はびっくりしているようだ。数秒だけ息が止まった後、「うん!!」と大きな返事が来た。
「どこ行きたい? あんまり遠くや人混みは、最初のうちは無理かもしれないけど」
『じゃあ、登下校デートが良い!』
予想外のデートに、俺はハテナマークを浮かび上がらせる。そんなので良いのか? それがデート?
『私ね、ずっと颯斗と一緒に登下校したかったんだー』
真奈美の言葉に、俺は下唇を噛んだ。
ああ、真奈美はずっと俺の部活が終わるのを待ってくれてたもんな。一緒に帰りたかったんだ。
一緒に登校して、一緒に下校する。
そんな簡単なデートでさえも、俺はしてあげられてないんだ。
俺は『ごめんな』と出そうになる言葉を飲み込んで、口を開いた。
「分かった! じゃあ、朝は迎えに行くからな! サッカーの朝練で早いこともあるけど、ちゃんと起きろよ!?」
『ふふ、うん! 分かってる!』
声を聞くだけで、真奈美の喜んだ顔が浮かんでくる。
登下校デート、早く俺もしたいな。
サッカーバカと合唱バカと書かれた、ストラップのついたスマホを持って。
皆にからかわれるのが楽しみだなって、そんな事を考えると少し笑えて。
早くそんな日が来る事を心から願った。
正月以来ずっと気になってた事だけど、周りに人が居たりして、中々聞く機会がなかった。拓真兄ちゃんの方に確認してみようかなと思わないでもなかったけど、変に聞いたりして園田さんの気持ちが拓真兄ちゃんにバレちゃったら申し訳ないしな。
俺は向かい側の部屋に移動して、裕介もシャワーのある部屋に引っ越した。そこにまた、大きなアイソレーターが運ばれている。
俺はそれを、廊下に出て裕介達と一緒に見守った。
「放射線治療は明日だっけ」
「うん」
裕介の代わりに木下さんが答えてくれる。
「そっか。大丈夫だからな、心配すんなよ!」
「うんー!」
そうやって頷く裕介の頭をグリグリと撫でてやりたいけど、接触禁止なので我慢だ。
アイソレーターが設置されると、裕介と木下さんは病室へと入って行った。
俺も自分の病室に戻り、何しようかなーとぼんやり外を眺めていると園田さんが入って来た。
「颯斗くん、お昼どれくらい食べた?」
「九割がた食べたよ」
「リハビリはもう終わった?」
「まだ来てくれてない。多分、夕方くらいかなー」
リハビリ再開の初日は、少し歩いただけでびっくりするほど息が上がった。一ヶ月以上もの間、行動範囲がベッドとその周辺だったから、当然と言えば当然なのかもしれない。
でも俺はショックだった。歩いただけで息が切れるとか、初めての体験だったから。
中学サッカーは前半三十分、後半三十分、途中でハーフタイムが五分あるとは言え、六十分間ほとんど走りっぱなしのスポーツだ。
俺は出突っ張りでも戦い抜ける体力があったし、それを当然の事だと思っていた。
けど、今はその自信が……全くと言っていいほどない。
時間が空けば、体力を取り戻すために廊下を適当に歩いたりしてるけど、狭い空間でただ歩くだけってつまらなくてあんまり長い時間は続かない。せめて清潔室を出られれば、気分も変わるんだけどな。
「ところでさ、園田さん。拓真兄ちゃんにメールはしたのか?」
「……え?」
唐突の俺の言葉に、園田さんはわざとらしく聞き返してくる。その顔からは笑みが漏れていたから、何となく察しはついた。園田さんって分かりやすいよなぁ。
「拓真兄ちゃんに、メール! したんだろ?」
「う、うん」
「で、どうなった?」
「それが、今度会おうかって話になって……」
「え!? マジで!?」
「それが、マジなのっ」
そう言いながら園田さんは証拠とばかりに拓真兄ちゃんからのメールを見せてくれた。そこには『八日の午前十一時頃に鳥白駅に着く予定です。よろしくお願いします』と書いてある。
鳥白駅は、この病院から徒歩十五分くらいの所にある駅だ。拓真兄ちゃんが住んでる海近市に行くんじゃなくて、こっちに来てくれるらしい。
「すごい、やるなぁ園田さん!! でもなんで急に会う事になったんだ?」
「拓真君は将来、パティシエになりたいっていうのは知ってる?」
「あーそう言えば、聞いた事ある」
確か、俺の結婚式の時にはウエディングケーキを作ってくれるって言ってたな。冗談だろうけど。
「それで、この鳥白市の製菓専門学校にこの四月から通うんだって!」
「そうだったんだ」
「住む場所をいい加減決めなきゃいけないんだけど、どういう所がいいか分からないから悩んでるって言ってて……」
「……で?」
もじもじする園田さんに先を促すと、照れたように笑って。
「私はこの辺詳しいから、また来る時があったら教えてねって言ったら」
「言ったら?」
「八日に行きます、って」
「なにそれ早っ!!」
すげーさすが拓真兄ちゃん、行動早いし!!
「元々、こっちに来る予定だったみたい。候補がいくつかあって、どこに住めば地理的に良いかアドバイスが欲しかったみたいで、喜んでた」
そうやって笑う園田さんが一番喜んでるように見えた。
多分拓真兄ちゃんは『ラッキー』くらいにしか思っていないだろうけどな……。それとも流石にちょっとは気付いたかな? 普通、患者の家族ってだけでこんな事しないもんな。後で電話掛けてちょっと聞いてみてやろう。
「まさか、デートまで漕ぎつけるなんてなー。やったな、園田さん!」
「で、デートじゃないしっ」
顔を赤くさせて両手で否定する園田さん。
うわー、この写真を撮って拓真兄ちゃんに送ってやりたい!!
この浮かれ顔の園田さんを見せてやりてぇ~~っ!
「どうしてスマホを私に向けてるの?」
「いや、うん、えーっと……撮ってないよ」
首を傾げて尋ねられ、思わず起動してしまったカメラアプリを終了させた。残念、失敗だ。実際に送ったら、園田さんに嫌われそうだから出来なかっただろうけど。
そのあと園田さんが部屋を出て行ってから、俺は早速拓真兄ちゃんに連絡を取った。まだ学校は冬休みだから、すぐに電話に出てくれる。
『おおー、ハヤト! 明けましておめでとうー!』
相変わらず大きくて元気な拓真にいちゃんの声が耳の奥まで響いて来た。
「明けましておめでとう、拓真兄ちゃん」
『おう、どうした? なんかあったか?』
「ううん、特に用事ってわけじゃないんだけど、園田さんが今度拓真兄ちゃんに会うって言ってたからさ。元気にしてるかなってちょっと電話してみただけ」
取ってつけたような言い訳をしてしまって自分でちょっとドキドキしながら答えるも、拓真兄ちゃんの声は変わらず嬉しそうに話し掛けてくれる。
『そうそう、俺が住む場所をそっちで探してるって言ったらさ、車出そうかってすぐ言ってくれて。実際に移動して距離感掴んだ方が分かりやすいだろうからってさ。良い人だよなぁ、園田さん』
なんだ、園田さん、結構自分から押してるじゃん。って、このままじゃあ園田さんは良い人止まりになるんじゃないか? 拓真兄ちゃん、マジで気付いてなさそうだぞ。
『病院の人は、皆良い人ばっかだったしな。有り難いよなぁ』
いやいやいやいや、園田さんと他の人を一緒にしないでやってくれよ!! ってか気付けっ!!
「拓真兄ちゃん! 園田さんはなぁっ!」
『うん?』
って、何を言うつもりだ、俺!? 園田さんの気持ちを勝手に伝えちゃったら、殺されかねないぞ……。
俺は元日の必死な顔をした園田さんを思い出して冷や汗をかく。
「そ、園田さんは、俺にも優しいんだぞ!」
『ん? おお、そうだろうな!』
何言ってんだ、俺。何故か嫉妬した男の台詞みたいになってしまった……。違うのに。
「あーー……そんじゃ」
『なんだよ、もう切るのか?』
「うん、拓真兄ちゃんの声聞くより、真奈美の声を聞きたくなってきた」
『んだよそれ。彼女のいない俺への当て付けか?』
「別にー。拓真兄ちゃんって彼女欲しいの?」
『おー、出来るもんなら欲しい』
「ふーん?」
『くっそ、出来ないと思ってんな!?』
「思ってない思ってない!」
笑いながら答えると、拓真にいちゃんは怒ったように『こんにゃろ』と漏らしている。むしろ拓真兄ちゃん次第ですぐに彼女が出来ると思ってるのに、俺の言葉は信じて貰えなかったみたいだ。道は遠いなー。園田さん、頑張れ。
「そんじゃあ」と拓真兄ちゃんとの電話を切ると、今度は真奈美に電話を掛けた。相変わらず可愛い声の真奈美が俺の体を心配してくれる。それに大丈夫だよと答えてから、俺は彼女の名前を呼んだ。
「なぁ真奈美」
『何?』
「退院したら、デートしような」
俺の急な発言に、真奈美はびっくりしているようだ。数秒だけ息が止まった後、「うん!!」と大きな返事が来た。
「どこ行きたい? あんまり遠くや人混みは、最初のうちは無理かもしれないけど」
『じゃあ、登下校デートが良い!』
予想外のデートに、俺はハテナマークを浮かび上がらせる。そんなので良いのか? それがデート?
『私ね、ずっと颯斗と一緒に登下校したかったんだー』
真奈美の言葉に、俺は下唇を噛んだ。
ああ、真奈美はずっと俺の部活が終わるのを待ってくれてたもんな。一緒に帰りたかったんだ。
一緒に登校して、一緒に下校する。
そんな簡単なデートでさえも、俺はしてあげられてないんだ。
俺は『ごめんな』と出そうになる言葉を飲み込んで、口を開いた。
「分かった! じゃあ、朝は迎えに行くからな! サッカーの朝練で早いこともあるけど、ちゃんと起きろよ!?」
『ふふ、うん! 分かってる!』
声を聞くだけで、真奈美の喜んだ顔が浮かんでくる。
登下校デート、早く俺もしたいな。
サッカーバカと合唱バカと書かれた、ストラップのついたスマホを持って。
皆にからかわれるのが楽しみだなって、そんな事を考えると少し笑えて。
早くそんな日が来る事を心から願った。
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