男装王子の秘密の結婚 〜王子として育てられた娘と護衛騎士の、恋の行方〜

長岡更紗

文字の大きさ
上 下
72 / 90
フロー編④

65.熱

しおりを挟む
 イグナーツがその手にリュートを持って、クーデターに賛同する者たちの後ろに立っていた。
 そして、さらに彼の後ろには。

「あれは……ドリス?」

 シャインの娘のドリスが見える。それだけではなく、何人もの女性たちがイグナーツの後ろに立っている。

「あんなところでなにをしようというんだ……危険だよ……!」

 ツェツィーリアも隣にきて、一緒に様子を覗った。やめろと叫ぶわけにもいかず、フローリアンたちには見守るしかできなかった。
 イグナーツはクーデター派の注意を引くためか、そのリュートを爪弾く。男たちの怒声が響く中、力強くも優しいリュートの音が響いて、ざわりと皆がイグナーツに注目し始めた。

「なんだ、てめぇは! こんなときに音楽なんぞ弾きやがって、殺されてぇのか!!」

 クーデター派の一人が、その中からイグナーツに向かって歩いていく。ツェツィーリアが体を震わせつつも身を乗り出した。しかしイグナーツは、いかつい男に睨まれても怯むことなく、堂々としている。

「曲を弾いただけで人を殺そうとする集団の、どこに正義があるんだ。このクーデターの、いったいどこに正義がある!!」

 叫ぶイグナーツに、ツェツィーリアが「熱くなってしまっていますわ……」と手を震わせて祈るように彼を見守っている。武器を持たずに無茶をするイグナーツに、フローリアンも心臓が痛くなった。

「この国の王はよう、頭がイカれてんだろうが! 女に権利を? バカバカしい! 俺たちはなぁ、この国を正常化しようとしてるだけなんだよ!!」

 男が剣を鞘ごと乱暴に振り上げ、後ろにいた女たちが小さく悲鳴をあげている。

「クーデターなどしても無駄だ。この国の女性たちは、すでに未来があることを知っている。トップが替わり前の体制に戻ったところで、女たちの歩みを止められる者はいない!!」

 イグナーツの高らかな宣言に、後ろにいた女たちが一歩前に出るように、そうだそうだと叫び始める。

「女に、権利を!!」
「このクーデターを即刻やめなさい!!」
「フローリアン王は、私たちの希望です!!」

 その女たちの声に、フローリアンの胸は熱くなる。
 己のやっていたことは、無駄ではなかったのだと。希望になっていたのだと。
 しかし女たちから声が上がると同時に、組織側からも苛立ちの声が上がり始めた。

「女が権力なんか持ってどうすんだ! ろくなことにならねぇ!」
「黙って男に従っていればいいんだ!」
「調子に乗ってんじゃねぇ!」

 なんの理由にもなっていない理不尽な言い分を、女たちが聞き入れるわけもない。
 ますます反対の声を上げ始めると、家に閉じこもっていた人たちが次々と現れ始めた。

「いい加減認めなさい! 男が支配する時代は終わりを迎えようとしていることを!」
「うるさい! 黙れ!!」
「時代に逆行して、恥ずかしくないの?!」
「男にメシを食わせてもらっている分際で生意気な!」
「フローリアン様の政策が理解できないなんて、この国の恥よ!」
「あんな若造に国政なんぞ任せられるか!!」
「頭の硬いあんたたちなんかより、よっぽど素敵よ!!」
「なんだとぉ?! 女と思って甘く見てやりゃあ!」

 男の一人が剣を引き抜き、女たちはキャアと悲鳴をあげる。
 フローリアンとツェツィーリアも冷や汗が流れたが、上から見ているだけではどうしようもできない。

「っけ、なんの力ももたねぇ弱い女がよ、つけ上がるな! フローリアン王の前に、お前たちを先に黙らせてやった方がいいようだな!」

 男がこれ見よがしに剣を上げ、なにも持たぬ女たちは青ざめて震え始めた。

「クーデターに反対する女どもから殺してやろうぜ! なぁ、みんなぁ?!」
「やめろ!!」

 男が周りに同意を求めた瞬間、イグナーツが大きな声を上げた。どうするつもりかと、フローリアンはツェツィーリアの震える肩をぎゅっと抱きしめながら状況を見守る。

「なんだぁ、さっきからてめーは!! 男のくせに女の味方なんかしやがって、恥ずかしくねぇのか!」
「恥ずかしくなどない。国は、女がいないと成り立ちはしないんだ」
「お前の言っているのは、女は子どもを産む道具ってだけだろうが。お前もこっち側なんだよ!」
「違う!!」

 遠くからでも、イグナーツの怒りの表情がわかる。それほどまでに彼が怒っているのをビリビリと感じる。

「女は優しく、強く、聡く、そして悲しみを知っている生き物だ。権力を与えたとて、お前のように傍若無人な振る舞いはしない。この国の発展のために与える権利を、なぜ否定しようとする!!」
「邪魔してんのはお前らの方だ!! 俺たちが暮らしよい世の中にするために、お前らは殺す!!」

 男の苛立ちも最高潮で、ツェツィーリアがこれ以上刺激しないでと願うように手を胸の前で組み合わせた。しかしイグナーツにそんなツェツィーリアの気持ちは届いていないようで、またも声を張り上げる。

「お前には恋人や妻はいないのか?! 娘は! 母親、姉、妹、姪、愛する女が一人もいないのか?! 彼女らの不遇を改善してやりたいとは思わないのか!!」

 イグナーツの口から、熱く語られる言葉。
 ツェツィーリアのことを言っているのだと気づき、胸が熱くなる。
 大親友が愛する人に大切に思われていることが、嬉しかった。イグナーツの想いがたくさん詰まった言葉に、フローリアンは涙腺が緩みそうだ。
 しかし、残念ながらその男には通じなかったようで、さらに半狂乱状態となっている。

「うるせぇ、皆殺しにしてやる!! おい、みんな! この男とここにいる女どもを皆殺しにしろ!!」

 乱暴に命令する男に、イグナーツは男を見下ろしながら言った。

「そう思っているのは、お前だけのようだぞ」
「へ?」

 間抜けな声を出して振り返る男。味方のはずの周りの男たちは、次々とその男から目を逸らし始めた。理解できないといった様子で、さらに男は続ける。

「なんだよ、さっさとここにいるやつらを殺しちまおうぜ! クーデターに反対するやつは斬るって話だっただろうが!」

 一人で興奮している男に、周りはぼそぼそと何事かを呟き始めた。

「あそこに僕の妻がいる……剣を向けることはできない……」
「俺の彼女もだ」
「僕の妹も」
「私の娘もいる……」
「っく!」

 風向きが変わったのを見て、女たちが殺されることはなさそうだと、フローリアンはほっと胸をなでおろす。
 傍若無人な男は悔しそうに女たちを睨みつけて、ギュッと剣を握り直した。
 そんな姿を見た組織側の男が、ゆらりと歩み出てくる。

「女は放っておけ」
「ブルーノ!」

 ブルーノと呼ばれた頭の切れそうな若い男は、冷たい目を女たちに投げたあと、すぐに男に視線を戻した。

(ブルーノ? ブルーノって、確か……ラルスの後輩で、シンドリュー子爵家の私的騎士だったか……)

 記憶を掘り起こしながら、フローリアンはブルーノの行動を注視した。

「どうせ騒ぐだけで女にはなにもできはせん。それよりも王を仕留めればそれですむ。どうやら手こずっているようだから、我らにも王の首を取るチャンスはあるぞ。行こう」

 そういってブルーノは王城に入ろうとしている。しかし傍若無人男はプライドを傷つけられたのか、すごい目をイグナーツに向けた。

「くそ!! てめぇだけは許さねぇ!! ぶっ殺してやる!!」

 男はそういったかと思うと。
 土を蹴ってイグナーツに飛びかかり、その剣を振り下ろした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。 十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。 そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり────── ※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。 ※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

処理中です...