男装王子の秘密の結婚 〜王子として育てられた娘と護衛騎士の、恋の行方〜

長岡更紗

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フロー編④

63.信じる道

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 翌朝、シャインが報告に入ってきた時にはみんな起きていて、一日中閉じ込められていたメイベルティーネが不機嫌に泣いている。
 フローリアンは娘をあやしながら、シャインの報告を聞いた。夜が明けるまでは、どうやら大きな動きはなかったようだ。
 昼の報告では、城の中と外で膠着状態が続いているものの、朝に比べて組織の人数は目に見えて増えているようだった。近隣の町からも、組織にくみするものが出てきているのだろう。

「ある程度人数が増えれば、強行突破してくる可能性が高いです。おそらく、今日中か……遅くとも明日には」

 強行突破という言葉に戦慄が走る。人数の増えた組織を取り押さえることは、かなり厳しいだろう。
 王城にはかなりの騎士がいるとはいえ、寝返られる危険を孕んでいるのだ。叩くなら今かもしれないが、逆に一網打尽にされてしまう可能性があるので簡単には動けない。

「シャイン、なにか策はあるか?」

 そう聞くと、シャインは端正な顔立ちを少し苦くした。

「私の策は、今は時間を稼ぐのみです」
「時間を? でも時間をかければかけるほど、組織に有利になるんじゃ……」
「はい。けれども私は、外にいる者たちを信じます」
「それってどういう……」

 その瞬間、にわかに外が騒がしくなり、地響きまでも聞こえてきた。
 シャインは一瞬で顔を変え、ぎりっと眉を釣り上げる。

「始まったようです」

 シャインのその一言が死刑宣告のように聞こえて、心臓がドクドクと耳のそばで鳴る。

「陛下、私は今から最前線に向かい、指揮をとります」
「シャイン……危険だよ……」
「私が一番、時間稼ぎができると自負しております故」

 シャインの有能さはフローリアンもよくわかっている。現場の指揮を任せられる信頼できる騎士は、彼以外にいない。

「陛下のご尊顔を拝するのは、これが最後になるかもしれません」
「なに、を……」
「どうか私の妻と娘たちに、陛下の造る女性に優しい国を、見せてあげてください」

 にっこりと穏やかな笑みを見せるシャイン。今から死地に赴く人間の顔とは思えない。

「シャインも……シャインだって、見てよ! 僕の造る国の行方を……っ」
「行って参ります」
「シャイン!!」

 部屋を出て行くシャインを追いかけようとすると、ラルスに止められる。
 シャインは背筋をピンと伸ばしたまま、重い扉を開けて出ていってしまった。
 すぐさまラルスに鍵を閉められ、フローリアンはへたりと床に膝をつける。
 ずっと機嫌の悪いメイベルティーネが、さらにフローリアンの手の中で大きな泣き声を上げた。

「フローリアン様」

 そっと温かく大きな手が背中に乗せられる。
 フローリアンの目からはいつの間にか涙が溢れていて、メイベルティーネをぎゅっと抱きしめた。

「どうしよう……人が死んじゃう……僕の決断のせいで、シャインが!!」
「まだ死ぬと決まったわけじゃありません。王の決意が揺らぐと、俺たち騎士も迷います。大丈夫、フローリアン様はなにも間違ってない。堂々としていてください」

 ラルスにそう言われて、大声で泣き叫びたい気持ちをぐっとこらえる。
 扉一枚隔てた向こう側には、騎士たちがいる。シャインが用意してくれた信用のできる騎士とはいえ、国王の弱音を聞いては、どう判断されるかわからない。

「……ごめん……」
「シャイン殿は強い上に頭も切れますから、大丈夫です。大丈夫ですよ」

 ラルスが、メイベルティーネごと優しくフローリアンを包んでくれた。
 それでも、これからどうなってしまうのかという不安はつきまとう。

(やっぱり僕は、王の器なんかじゃない……っ)

 きっと、兄であるディートフリートが王であったなら、こんなことは起きなかった。
 この国を統べるべきは、やはり自分ではなくディートフリートだったのだと思うと、胸が突き刺されたように痛みを発する。

「お立ちくださいませ、フロー様。ベルが泣いておりますわ」

 ピシリとツェツィーリアに言われて、フローリアンは鼻を鳴らしながらツェツィーリアを見上げた。
 厳しくも優しい目をしたツェツィーリアは、ハンカチを取り出してフローリアンの流れる涙を拭いてくれる。

「ツェツィー……」
「フロー様、わたくしたちは信じましょう。フロー様を信じてくれている人がいるように、わたくしたちも信じなければ、信用は成り立ちませんもの」

 ツェツィーリアにうながされ、フローリアンは足にぐっと力を入れて立ち上がる。
 目の前にいるラルスとツェツィーリアは、力強いまっすぐな瞳をこちらに向けていて、フローリアンはこくんと頷いた。

「うん……今は、戦ってくれているみんなを信じるよ……」

 勝機はゼロなんかじゃない。
 信じてくれる人のために、フローリアンも自分の道を信じることにした。

 しかし。

 抗争の声は時が経てば経つほど、大きくなるばかりであった。
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