男装王子の秘密の結婚 〜王子として育てられた娘と護衛騎士の、恋の行方〜

長岡更紗

文字の大きさ
上 下
64 / 90
シャイン編

01.回答

しおりを挟む
 王の部屋から出たシャインは、特別に与えられている執務室に戻ると一人息を吐いた。

 シャインには二人の娘いるが、二十七歳の長女はまだ結婚しておらず、交易関係の仕事をして働いている。
 その昔、シャインが騎士になりたての頃は、女性が外で働くことは少なかった。働くにしても、決められた職種でしか働けなかった。それを変えたのが、先王であるディートフリートだ。
 ディートフリートは一部の業種を除き、女性でも職種を選べるように法を整備した。女だからというだけで雇用しない場合は罰則を設けた。全体の一割以上の女性を雇った企業には、国から女性雇用達成の報奨金を与えた。

 それは二十四年前に撒かれた、小さな種だ。

 長女が十年前に雇い入れられたのも、その時の政策がなければできなかったこと。
 種は確実に芽吹いている。特にこの十年は、女性の働く人数が増えた。それは、時流に乗り始めたということでもある。

 けれど、シャインは知っていた。
 長女がどれだけ働いても出世できないこと。それどころか、同期の男と比べ、給金が三分の一しかないことを。
 おそらく、どの会社でも同じだろう。会社は女を安く使い潰そうとしているだけ。本質的には政策以前と変わりない。

 悔しそうな長女の顔がシャインの脳裏に浮かんだ。
 重要な仕事を取られ、私の方が仕事ができるのに、と悔し涙を流しているのも見たことがある。

 女性の雇用は広がりつつある。次に変えるとしたら、この部分だろう。
 男女の性差なしに、能力に応じた給金を支払わせる。
 しかし、その議案の承認は難しい。『女は下』という根付いてしまった思考をどうにかしないことには。

 種はすでに撒かれている。優れた才能を持った女性たちが、この不遇の世で活躍し始める時が、必ずくる。
 それが時流であり、次の政策を承認させるには、その時がベストなのだ。

「今はまだ、その時では……」

 そう一人呟こうとしたシャインは、途中でその言葉を止めた。
 もしこれを言い出したのがディートフリートだったとしたら、反対していただろうかと。

 ディートフリートも、色々と無茶をした王ではあった。
 どれも、最初は議会で通るはずもない案だったように思う。
 しかし、ディートフリートはどれもこれも説得して実際に成功させていった。実績が上がると、王が言うなら大丈夫という安心感が、議会の面々にも生まれたのだろう。それはシャインも同様だ。
 ディートフリートは引き際というものをわきまえていて、無茶はしたが無茶苦茶な人ではなかった。

 しかし、フローリアンは。
 議会に女性を入れようとなどと、正気の沙汰とは思えない。
 先王なら絶対にこのタイミングではしない無茶である。

 それとも無茶だと感じてしまうのは、フローリアンを信用できていないせいか。知らず知らずのうちに自分も女性を見下してしまっているのだろうかと、シャインは己の金の髪に手を通した。

「女の身でありながら……と思うのは、これも見下してしまっているのか……」

 見下しているつもりはない。フローリアンは女であることを隠しながらも、本当によくやっていると思う。
 シャインは、フローリアンがまだ王子だった頃のことを思い浮かべた。

 フローリアンとツェツィーリアを見ていると、若かりし日のディートフリートとユリアーナを見ているかのようで。だからこそ、感じる違和感があった。
 ユリアーナのディートフリートへの接し方と、ツェツィーリアのフローリアンへの接し方が、微妙に異なっていたのだ。ツェツィーリアの方が、妙に馴れ馴れしかったというべきか。
 婚約者でもなく、あれだけしっかり教育された令嬢の行動にしては、ほんの少しだったが違和感を持った。
 それから注視してフローリアンを見ていると、周期的に気分が悪そうだったりイライラしているのをみて、もしや女なのではないだろうかという疑惑が浮き上がる。
 それは小さな疑惑で、確信などまったくありはしなかった。

 しかし、もしもフローリアンが女だったとしたら。

 そう考えると、シャインに冷や汗が流れた。

 生まれたのが女児で、それを隠すために男として育てた……普通はありえるわけがない話。
 だが当時の王と王妃は精力剤と媚薬を毎日盛られ続けていたのだ。そこまでされて生まれたのが女児だった場合、男児が生まれたと嘘をついてしまう可能性は、ゼロではないかもしれない。

 ディートフリートに言われて精力剤や媚薬を調達したのは、シャインだ。
 本当にフローリアンが女だった場合、片棒を担いでしまっているといっても過言ではない。

 本人や、ましてや王や王妃に「本当はフローリアン様は女ですか?」などと聞けるわけもない。男だった場合に不敬になるのは自分だし、もし本当に女だったとしても口封じされる可能性はゼロではないのだ。
 主であるディートフリートにも伝えられなかった。すでに男として発表されていて十数年が経過している。どうあっても男として生きる以外の道が、フローリアンにはないのだ。確信のないことを伝えて、ディートフリートに要らぬ罪悪感など与えたくはない。
 伝えるならば、確たる証拠を得てからだ、と。
 フローリアンが女である可能性など無きに等しく、きっと考え過ぎに違いないとも思ってしまっていた。
 
 本当ならこの時に相談しておくべきであったが、ディートフリートへの甘さが出てしまったことは間違いない。

 しかし、もしも、万が一にも女だったとしたら。

 フローリアンには信頼できる、男の従者が必要だと思った。フローリアンと年が近く、すべてを許容できそうなおおらかな男。それでいて信頼でき、強くて常に共にいられる護衛騎士ならばなお良い。

 それからシャインは、忙しい合間を縫って、条件に合う男を探し出した。
 それが、ラルスだった。

 フローリアンが女だった場合、彼女と王家のためには、ラルスが必要になる。
 ラルスはまだ教育が行き届いてないので粗雑なところはあるが、町の者にも好かれる明るさとおおらかさ、優しさ、そして人懐っこさと遠慮のなさがある。
 なんとなく、ルーゼンに似た性格だったのも、決め手になった。
 ルーゼンとディートフリートの距離は近い。ディートフリートがあれだけ朗らかに育ったのは、ルーゼンの影響が大きいだろうとシャインは思っている。
 フローリアンにも、そういう護衛騎士が必要だとシャインは思った。フローリアンが女だったらなおのことだ。
 王家の血を繋げるには、相手が必要となる。これは、もしもの時のための保険であった。

 その相手に、ラルスを。

 それが、シャインの思惑だったのである。
 うまくいくかどうかわからぬ保険ではあったが。
 すべては、フローリアンと王家の存続のために。

 そしてこれは、フローリアンに対するシャインの贖罪でもあった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。 十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。 そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり────── ※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。 ※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

処理中です...