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シャイン編
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王の部屋から出たシャインは、特別に与えられている執務室に戻ると一人息を吐いた。
シャインには二人の娘いるが、二十七歳の長女はまだ結婚しておらず、交易関係の仕事をして働いている。
その昔、シャインが騎士になりたての頃は、女性が外で働くことは少なかった。働くにしても、決められた職種でしか働けなかった。それを変えたのが、先王であるディートフリートだ。
ディートフリートは一部の業種を除き、女性でも職種を選べるように法を整備した。女だからというだけで雇用しない場合は罰則を設けた。全体の一割以上の女性を雇った企業には、国から女性雇用達成の報奨金を与えた。
それは二十四年前に撒かれた、小さな種だ。
長女が十年前に雇い入れられたのも、その時の政策がなければできなかったこと。
種は確実に芽吹いている。特にこの十年は、女性の働く人数が増えた。それは、時流に乗り始めたということでもある。
けれど、シャインは知っていた。
長女がどれだけ働いても出世できないこと。それどころか、同期の男と比べ、給金が三分の一しかないことを。
おそらく、どの会社でも同じだろう。会社は女を安く使い潰そうとしているだけ。本質的には政策以前と変わりない。
悔しそうな長女の顔がシャインの脳裏に浮かんだ。
重要な仕事を取られ、私の方が仕事ができるのに、と悔し涙を流しているのも見たことがある。
女性の雇用は広がりつつある。次に変えるとしたら、この部分だろう。
男女の性差なしに、能力に応じた給金を支払わせる。
しかし、その議案の承認は難しい。『女は下』という根付いてしまった思考をどうにかしないことには。
種はすでに撒かれている。優れた才能を持った女性たちが、この不遇の世で活躍し始める時が、必ずくる。
それが時流であり、次の政策を承認させるには、その時がベストなのだ。
「今はまだ、その時では……」
そう一人呟こうとしたシャインは、途中でその言葉を止めた。
もしこれを言い出したのがディートフリートだったとしたら、反対していただろうかと。
ディートフリートも、色々と無茶をした王ではあった。
どれも、最初は議会で通るはずもない案だったように思う。
しかし、ディートフリートはどれもこれも説得して実際に成功させていった。実績が上がると、王が言うなら大丈夫という安心感が、議会の面々にも生まれたのだろう。それはシャインも同様だ。
ディートフリートは引き際というものをわきまえていて、無茶はしたが無茶苦茶な人ではなかった。
しかし、フローリアンは。
議会に女性を入れようとなどと、正気の沙汰とは思えない。
先王なら絶対にこのタイミングではしない無茶である。
それとも無茶だと感じてしまうのは、フローリアンを信用できていないせいか。知らず知らずのうちに自分も女性を見下してしまっているのだろうかと、シャインは己の金の髪に手を通した。
「女の身でありながら……と思うのは、これも見下してしまっているのか……」
見下しているつもりはない。フローリアンは女であることを隠しながらも、本当によくやっていると思う。
シャインは、フローリアンがまだ王子だった頃のことを思い浮かべた。
フローリアンとツェツィーリアを見ていると、若かりし日のディートフリートとユリアーナを見ているかのようで。だからこそ、感じる違和感があった。
ユリアーナのディートフリートへの接し方と、ツェツィーリアのフローリアンへの接し方が、微妙に異なっていたのだ。ツェツィーリアの方が、妙に馴れ馴れしかったというべきか。
婚約者でもなく、あれだけしっかり教育された令嬢の行動にしては、ほんの少しだったが違和感を持った。
それから注視してフローリアンを見ていると、周期的に気分が悪そうだったりイライラしているのをみて、もしや女なのではないだろうかという疑惑が浮き上がる。
それは小さな疑惑で、確信などまったくありはしなかった。
しかし、もしもフローリアンが女だったとしたら。
そう考えると、シャインに冷や汗が流れた。
生まれたのが女児で、それを隠すために男として育てた……普通はありえるわけがない話。
だが当時の王と王妃は精力剤と媚薬を毎日盛られ続けていたのだ。そこまでされて生まれたのが女児だった場合、男児が生まれたと嘘をついてしまう可能性は、ゼロではないかもしれない。
ディートフリートに言われて精力剤や媚薬を調達したのは、シャインだ。
本当にフローリアンが女だった場合、片棒を担いでしまっているといっても過言ではない。
本人や、ましてや王や王妃に「本当はフローリアン様は女ですか?」などと聞けるわけもない。男だった場合に不敬になるのは自分だし、もし本当に女だったとしても口封じされる可能性はゼロではないのだ。
主であるディートフリートにも伝えられなかった。すでに男として発表されていて十数年が経過している。どうあっても男として生きる以外の道が、フローリアンにはないのだ。確信のないことを伝えて、ディートフリートに要らぬ罪悪感など与えたくはない。
伝えるならば、確たる証拠を得てからだ、と。
フローリアンが女である可能性など無きに等しく、きっと考え過ぎに違いないとも思ってしまっていた。
本当ならこの時に相談しておくべきであったが、ディートフリートへの甘さが出てしまったことは間違いない。
しかし、もしも、万が一にも女だったとしたら。
フローリアンには信頼できる、男の従者が必要だと思った。フローリアンと年が近く、すべてを許容できそうなおおらかな男。それでいて信頼でき、強くて常に共にいられる護衛騎士ならばなお良い。
それからシャインは、忙しい合間を縫って、条件に合う男を探し出した。
それが、ラルスだった。
フローリアンが女だった場合、彼女と王家のためには、ラルスが必要になる。
ラルスはまだ教育が行き届いてないので粗雑なところはあるが、町の者にも好かれる明るさとおおらかさ、優しさ、そして人懐っこさと遠慮のなさがある。
なんとなく、ルーゼンに似た性格だったのも、決め手になった。
ルーゼンとディートフリートの距離は近い。ディートフリートがあれだけ朗らかに育ったのは、ルーゼンの影響が大きいだろうとシャインは思っている。
フローリアンにも、そういう護衛騎士が必要だとシャインは思った。フローリアンが女だったらなおのことだ。
王家の血を繋げるには、相手が必要となる。これは、もしもの時のための保険であった。
その相手に、ラルスを。
それが、シャインの思惑だったのである。
うまくいくかどうかわからぬ保険ではあったが。
すべては、フローリアンと王家の存続のために。
そしてこれは、フローリアンに対するシャインの贖罪でもあった。
シャインには二人の娘いるが、二十七歳の長女はまだ結婚しておらず、交易関係の仕事をして働いている。
その昔、シャインが騎士になりたての頃は、女性が外で働くことは少なかった。働くにしても、決められた職種でしか働けなかった。それを変えたのが、先王であるディートフリートだ。
ディートフリートは一部の業種を除き、女性でも職種を選べるように法を整備した。女だからというだけで雇用しない場合は罰則を設けた。全体の一割以上の女性を雇った企業には、国から女性雇用達成の報奨金を与えた。
それは二十四年前に撒かれた、小さな種だ。
長女が十年前に雇い入れられたのも、その時の政策がなければできなかったこと。
種は確実に芽吹いている。特にこの十年は、女性の働く人数が増えた。それは、時流に乗り始めたということでもある。
けれど、シャインは知っていた。
長女がどれだけ働いても出世できないこと。それどころか、同期の男と比べ、給金が三分の一しかないことを。
おそらく、どの会社でも同じだろう。会社は女を安く使い潰そうとしているだけ。本質的には政策以前と変わりない。
悔しそうな長女の顔がシャインの脳裏に浮かんだ。
重要な仕事を取られ、私の方が仕事ができるのに、と悔し涙を流しているのも見たことがある。
女性の雇用は広がりつつある。次に変えるとしたら、この部分だろう。
男女の性差なしに、能力に応じた給金を支払わせる。
しかし、その議案の承認は難しい。『女は下』という根付いてしまった思考をどうにかしないことには。
種はすでに撒かれている。優れた才能を持った女性たちが、この不遇の世で活躍し始める時が、必ずくる。
それが時流であり、次の政策を承認させるには、その時がベストなのだ。
「今はまだ、その時では……」
そう一人呟こうとしたシャインは、途中でその言葉を止めた。
もしこれを言い出したのがディートフリートだったとしたら、反対していただろうかと。
ディートフリートも、色々と無茶をした王ではあった。
どれも、最初は議会で通るはずもない案だったように思う。
しかし、ディートフリートはどれもこれも説得して実際に成功させていった。実績が上がると、王が言うなら大丈夫という安心感が、議会の面々にも生まれたのだろう。それはシャインも同様だ。
ディートフリートは引き際というものをわきまえていて、無茶はしたが無茶苦茶な人ではなかった。
しかし、フローリアンは。
議会に女性を入れようとなどと、正気の沙汰とは思えない。
先王なら絶対にこのタイミングではしない無茶である。
それとも無茶だと感じてしまうのは、フローリアンを信用できていないせいか。知らず知らずのうちに自分も女性を見下してしまっているのだろうかと、シャインは己の金の髪に手を通した。
「女の身でありながら……と思うのは、これも見下してしまっているのか……」
見下しているつもりはない。フローリアンは女であることを隠しながらも、本当によくやっていると思う。
シャインは、フローリアンがまだ王子だった頃のことを思い浮かべた。
フローリアンとツェツィーリアを見ていると、若かりし日のディートフリートとユリアーナを見ているかのようで。だからこそ、感じる違和感があった。
ユリアーナのディートフリートへの接し方と、ツェツィーリアのフローリアンへの接し方が、微妙に異なっていたのだ。ツェツィーリアの方が、妙に馴れ馴れしかったというべきか。
婚約者でもなく、あれだけしっかり教育された令嬢の行動にしては、ほんの少しだったが違和感を持った。
それから注視してフローリアンを見ていると、周期的に気分が悪そうだったりイライラしているのをみて、もしや女なのではないだろうかという疑惑が浮き上がる。
それは小さな疑惑で、確信などまったくありはしなかった。
しかし、もしもフローリアンが女だったとしたら。
そう考えると、シャインに冷や汗が流れた。
生まれたのが女児で、それを隠すために男として育てた……普通はありえるわけがない話。
だが当時の王と王妃は精力剤と媚薬を毎日盛られ続けていたのだ。そこまでされて生まれたのが女児だった場合、男児が生まれたと嘘をついてしまう可能性は、ゼロではないかもしれない。
ディートフリートに言われて精力剤や媚薬を調達したのは、シャインだ。
本当にフローリアンが女だった場合、片棒を担いでしまっているといっても過言ではない。
本人や、ましてや王や王妃に「本当はフローリアン様は女ですか?」などと聞けるわけもない。男だった場合に不敬になるのは自分だし、もし本当に女だったとしても口封じされる可能性はゼロではないのだ。
主であるディートフリートにも伝えられなかった。すでに男として発表されていて十数年が経過している。どうあっても男として生きる以外の道が、フローリアンにはないのだ。確信のないことを伝えて、ディートフリートに要らぬ罪悪感など与えたくはない。
伝えるならば、確たる証拠を得てからだ、と。
フローリアンが女である可能性など無きに等しく、きっと考え過ぎに違いないとも思ってしまっていた。
本当ならこの時に相談しておくべきであったが、ディートフリートへの甘さが出てしまったことは間違いない。
しかし、もしも、万が一にも女だったとしたら。
フローリアンには信頼できる、男の従者が必要だと思った。フローリアンと年が近く、すべてを許容できそうなおおらかな男。それでいて信頼でき、強くて常に共にいられる護衛騎士ならばなお良い。
それからシャインは、忙しい合間を縫って、条件に合う男を探し出した。
それが、ラルスだった。
フローリアンが女だった場合、彼女と王家のためには、ラルスが必要になる。
ラルスはまだ教育が行き届いてないので粗雑なところはあるが、町の者にも好かれる明るさとおおらかさ、優しさ、そして人懐っこさと遠慮のなさがある。
なんとなく、ルーゼンに似た性格だったのも、決め手になった。
ルーゼンとディートフリートの距離は近い。ディートフリートがあれだけ朗らかに育ったのは、ルーゼンの影響が大きいだろうとシャインは思っている。
フローリアンにも、そういう護衛騎士が必要だとシャインは思った。フローリアンが女だったらなおのことだ。
王家の血を繋げるには、相手が必要となる。これは、もしもの時のための保険であった。
その相手に、ラルスを。
それが、シャインの思惑だったのである。
うまくいくかどうかわからぬ保険ではあったが。
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