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フロー編③
57.夢
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出産が終わって二週間が経った。
この別荘地に来て、五ヶ月だ。
「ラルス……髪を切ってもらえるかな」
フローリアンは明日、ラルスと共に王都に帰らなければならない。
ここに来た五ヶ月間、一度も切らずに伸ばしていて、セミロングと言えるまでになっていた。
「……このまま伸ばしても、いいんじゃないですか」
ラルスがフローリアンの髪に触れながら、悲しそうに眉を下げる。
「だめだよ」
「でも、伸ばしたいんですよね? 男で伸ばしている人もいますし、別にフローラが伸ばしても……」
「なにがきっかけで女とバレるかわからないんだ。たかが髪のことでそんな危険をおかすわけにはいかないよ」
フローリアンの言葉に、ラルスはそれ以上なにも言わずに鋏を持ってきてくれた。
「……切りますね」
「うん」
シャキンと音がして、髪が床に散らばる。
髪くらい切ってたところで、いくらだって生えてくる。ただ、伸ばせないだけで。
「……できましたよ」
「ありがとう、ラルス。スッキリしたよ」
フローリアンがそう言っても、ラルスの顔は晴れていなかった。
「ごめんね。やっぱり髪の長い女の人の方が、好みだよね」
「俺は、フローラがどんな髪型をしていても変わらずすきですよ。ただ、フローラの願う通りの髪型でないことが、悲しいんです」
「ありがと。でも僕、この程度の我慢は慣れてるんだ。大丈夫だよ」
そう、この程度なら我慢できる。我慢できないのは、もっと他のこと。
「明日、ここを出なきゃいけないね」
「……そうですね」
病気療養と称して、五ヶ月も王が不在だったのだ。シャインから逐一報告が入り、すべて確認はしているが、王が不在の状況ももう限界だろう。一刻も早く戻らなければいけない。
「しばらく、ベルと会えないのがつらいよ……」
ベビーベッドですやすやと眠っているメイベルティーネを見ると、ほろりと涙が溢れてくる。
生まれたての子どもを連れて長時間の移動はさせられない。首が座る生後三ヶ月くらいになるまでは、ここでツェツィーリアたちが面倒を見てくれることになっている。
「僕はベルの母親なのに……一緒にいてあげられない……」
喉の奥がかすかに痙攣し始め、ラルスが悲しい瞳でフローラリアンの頬を撫でる。
「王都に帰れば、僕はベルの父親にならなきゃいけない……もう、母親だとは言えなくなっちゃうよ……」
「フローラ……」
ラルスがぎゅっとフローリアンを抱きしめてくれる。つらいのは、フローリアンだけではない。ラルスも……いや、きっとラルスの方が上なのだ。
「ごめん……ラルスは、親ってことすら言えないのに……ベルと他人でいなくちゃならないのに……!!」
「それでも、俺がベルの父親で、フローラが母親だってことには変わりないです」
「だけど、言えないの、つらいよ……僕は、また、一生秘密を抱えて生きていかなきゃならない……僕だけじゃなく、ラルスまで……ごめ……ごめん……う、うわぁぁああああああ!!」
「フローラ!」
ラルス胸の中で泣きじゃくると、メイベルティーネが目を覚ましてほやぁほやぁと声を上げ始めた。
少し冷静になり、ラルスから離れると愛おしいメイベルティーネを撫でる。
「ごめん……取り乱しちゃった……一国の王とは思えない発言だったよね……」
はは、と空笑いすると、ラルスは真っ直ぐフローリアンに視線を送っている。その顔がやたらと真剣で、フローリアンはどこかゾクリとした。
「三人で、どこか遠くに逃げませんか」
そんなラルスの放った言葉は、フローリアンには予期できなかったもので。
なにを言っているのかと、喉がひゅっと鳴る。
「逃げ出すなら、今日しかないです」
「……本気、なのか。ラルス」
「言ったじゃないですか。本当に嫌な時は、逃げちゃいましょうって」
冗談の顔……ではなかった。ラルスは、真剣にそう言っている。フローリアンの心臓は変な音を立て鳴り始める。
「逃げて……どうするんだよ」
「どこか、遠くの国にいきましょう。俺、一生懸命働きますよ。どんな仕事でもします。だからフローラは、ベルと一緒に俺の帰りを待っていてください」
そう言われると同時に、パァッとその光景が脳内に広がった。
王都より小さくとも賑やかな町。この別荘よりもずっとずっと小さな家で、親子三人で暮らす。
ラルスが行ってきますと言うと、フローリアンは娘と一緒に行ってらっしゃいのキスをして送り出す。そうしてラルスはにこやかにレジャーガイドの仕事に出かけていくのだ。
フローリアンはメイベルティーネを外で遊ばせたり、同い年の子どもを持つ奥さんたちと話したり、買い物や夕食の準備をしてラルスを待つ。
そして『ただいま』と帰ってくるラルスに抱きつき、キスをせがむ。ラルスは嬉しそうにキスしてくれた後、メイベルティーネを抱き上げて食卓につき、フローリアンのできそこないの料理を幸せそうに食べてくれる。
いま、ここを逃げ出せば、そんな親子三人だけの生活が送れる。
お金の面では、今より苦労するに違いない。
けど、それでも、メイベルティーネの母親は自分なのだと堂々としていられる。ラルスにも、ちゃんと父親をさせてあげられる。
そんな生活を送りたい。そしてラルスにもメイベルティーネにも、そうさせてあげたい。
そう思うと、ほろりとフローリアン目から涙が溢れる。
「逃げ出したいよ……ラルス……! 家族三人……親子三人で、なにも隠さずに生きられるなら……!」
なにもかもを捨てて、新しい人生を歩みたい。
そんな思いが、涙と共に溢れ出ていた。
「行きましょう、フローラ。今日のうちにここを出ます」
ラルスの真剣な瞳が、フローリアンを貫いた。
この別荘地に来て、五ヶ月だ。
「ラルス……髪を切ってもらえるかな」
フローリアンは明日、ラルスと共に王都に帰らなければならない。
ここに来た五ヶ月間、一度も切らずに伸ばしていて、セミロングと言えるまでになっていた。
「……このまま伸ばしても、いいんじゃないですか」
ラルスがフローリアンの髪に触れながら、悲しそうに眉を下げる。
「だめだよ」
「でも、伸ばしたいんですよね? 男で伸ばしている人もいますし、別にフローラが伸ばしても……」
「なにがきっかけで女とバレるかわからないんだ。たかが髪のことでそんな危険をおかすわけにはいかないよ」
フローリアンの言葉に、ラルスはそれ以上なにも言わずに鋏を持ってきてくれた。
「……切りますね」
「うん」
シャキンと音がして、髪が床に散らばる。
髪くらい切ってたところで、いくらだって生えてくる。ただ、伸ばせないだけで。
「……できましたよ」
「ありがとう、ラルス。スッキリしたよ」
フローリアンがそう言っても、ラルスの顔は晴れていなかった。
「ごめんね。やっぱり髪の長い女の人の方が、好みだよね」
「俺は、フローラがどんな髪型をしていても変わらずすきですよ。ただ、フローラの願う通りの髪型でないことが、悲しいんです」
「ありがと。でも僕、この程度の我慢は慣れてるんだ。大丈夫だよ」
そう、この程度なら我慢できる。我慢できないのは、もっと他のこと。
「明日、ここを出なきゃいけないね」
「……そうですね」
病気療養と称して、五ヶ月も王が不在だったのだ。シャインから逐一報告が入り、すべて確認はしているが、王が不在の状況ももう限界だろう。一刻も早く戻らなければいけない。
「しばらく、ベルと会えないのがつらいよ……」
ベビーベッドですやすやと眠っているメイベルティーネを見ると、ほろりと涙が溢れてくる。
生まれたての子どもを連れて長時間の移動はさせられない。首が座る生後三ヶ月くらいになるまでは、ここでツェツィーリアたちが面倒を見てくれることになっている。
「僕はベルの母親なのに……一緒にいてあげられない……」
喉の奥がかすかに痙攣し始め、ラルスが悲しい瞳でフローラリアンの頬を撫でる。
「王都に帰れば、僕はベルの父親にならなきゃいけない……もう、母親だとは言えなくなっちゃうよ……」
「フローラ……」
ラルスがぎゅっとフローリアンを抱きしめてくれる。つらいのは、フローリアンだけではない。ラルスも……いや、きっとラルスの方が上なのだ。
「ごめん……ラルスは、親ってことすら言えないのに……ベルと他人でいなくちゃならないのに……!!」
「それでも、俺がベルの父親で、フローラが母親だってことには変わりないです」
「だけど、言えないの、つらいよ……僕は、また、一生秘密を抱えて生きていかなきゃならない……僕だけじゃなく、ラルスまで……ごめ……ごめん……う、うわぁぁああああああ!!」
「フローラ!」
ラルス胸の中で泣きじゃくると、メイベルティーネが目を覚ましてほやぁほやぁと声を上げ始めた。
少し冷静になり、ラルスから離れると愛おしいメイベルティーネを撫でる。
「ごめん……取り乱しちゃった……一国の王とは思えない発言だったよね……」
はは、と空笑いすると、ラルスは真っ直ぐフローリアンに視線を送っている。その顔がやたらと真剣で、フローリアンはどこかゾクリとした。
「三人で、どこか遠くに逃げませんか」
そんなラルスの放った言葉は、フローリアンには予期できなかったもので。
なにを言っているのかと、喉がひゅっと鳴る。
「逃げ出すなら、今日しかないです」
「……本気、なのか。ラルス」
「言ったじゃないですか。本当に嫌な時は、逃げちゃいましょうって」
冗談の顔……ではなかった。ラルスは、真剣にそう言っている。フローリアンの心臓は変な音を立て鳴り始める。
「逃げて……どうするんだよ」
「どこか、遠くの国にいきましょう。俺、一生懸命働きますよ。どんな仕事でもします。だからフローラは、ベルと一緒に俺の帰りを待っていてください」
そう言われると同時に、パァッとその光景が脳内に広がった。
王都より小さくとも賑やかな町。この別荘よりもずっとずっと小さな家で、親子三人で暮らす。
ラルスが行ってきますと言うと、フローリアンは娘と一緒に行ってらっしゃいのキスをして送り出す。そうしてラルスはにこやかにレジャーガイドの仕事に出かけていくのだ。
フローリアンはメイベルティーネを外で遊ばせたり、同い年の子どもを持つ奥さんたちと話したり、買い物や夕食の準備をしてラルスを待つ。
そして『ただいま』と帰ってくるラルスに抱きつき、キスをせがむ。ラルスは嬉しそうにキスしてくれた後、メイベルティーネを抱き上げて食卓につき、フローリアンのできそこないの料理を幸せそうに食べてくれる。
いま、ここを逃げ出せば、そんな親子三人だけの生活が送れる。
お金の面では、今より苦労するに違いない。
けど、それでも、メイベルティーネの母親は自分なのだと堂々としていられる。ラルスにも、ちゃんと父親をさせてあげられる。
そんな生活を送りたい。そしてラルスにもメイベルティーネにも、そうさせてあげたい。
そう思うと、ほろりとフローリアン目から涙が溢れる。
「逃げ出したいよ……ラルス……! 家族三人……親子三人で、なにも隠さずに生きられるなら……!」
なにもかもを捨てて、新しい人生を歩みたい。
そんな思いが、涙と共に溢れ出ていた。
「行きましょう、フローラ。今日のうちにここを出ます」
ラルスの真剣な瞳が、フローリアンを貫いた。
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