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フロー編③
51.フローラティーネ
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断ってくれてもいい……それはフローリアンの本心であって、しかし本当の本心ではなかった。
本当は断ってほしくなどない。その腕に抱かれ、ラルスの子をこのお腹に宿したい。
けれど、王という立場を盾にしたり、女という秘密を知ったのだからと脅すのは違う。
ラルスが、ラルスの意思で決めてほしいと、フローリアンは決断を委ねた。
「王……」
なにを言われるのかと身構える。ラルスなら……と期待すると後がつらいかもしれず、フローリアンは断られる覚悟を決めた、その時。
「それ、わがままじゃないですから!」
ラルスの口から飛び出してきたのは、そんな言葉。
フローリアンがポカンと彼を見上げると、ラルスは少し怒ったように言った。
「王、わがままっていうのは、人のことなんかお構いなしに、自分のことだけを考えて行動することですよ! 俺に配慮してる時点で、それはもうわがままじゃないですから!」
「え、そう、かな……だって僕、ラルスにかなり無理を言ってると思うよ?」
「そのことに関して、俺が気になってるのは一点だけです」
なんだろうとフローリアンは首を傾げる。ちゃんと説明できたつもりだし、なにかを言い漏らした覚えはない。
「王は、どうしてその役目を俺に与えようと思ったんですか?」
「どうしてって……」
予想外の質問に、どう言葉を紡ごうと考えていると、一瞬だけラルスは瞳を暗くする。
「俺がフローリアン様を好きだと言ったから、その気持ちを利用しようと思ったんですか」
「ち、違う!」
慌てて否定すると、ラルスはそっと目を細めた。
「以前、王のためならこの身を捧げる覚悟だと俺が言ったのを、覚えてますか?」
「覚えてるよ、でも違うんだ! ラルスを利用するつもりは、これっぽっちも……!」
「フローリアン様」
言い訳しようとしていると、ラルスがピシャリと言葉を挟んでくる。
「俺は、こういう形でもフローリアン様を抱けるのは、嬉しいんですよ」
「ラ、ルス……」
「けど、王族の血を残すためだけに俺に抱かれる決意をしたというなら、あまりに王がかわいそうだ」
ラルスは、やはり優しい。
己の欲望のままに行動することなく、いつもこうしてフローリアンの気持ちを優先して考えてくれている。
嬉しいような、心が温まるようでいてギュッと締め付けられるような。人を思いすぎるラルスがどこか憐れにも思えて、名のつかぬ感情を前にぽろりと涙が溢れそうになる。
「王?」
「ごめん……僕は、大事なことを言ってなかったね……」
フローリアンが不安になったのと同じように、ラルスだって不安になっていて当然だ。
人の機微に聡い男だから、言わなくてもわかる……なんて思ってはいけなかった。
「僕は……僕は、ラルスが好きなんだ……抱かれるなら、ラルスじゃないといやだったんだ……!」
「フローリアン様……」
「きっと、出会った時から好きだったんだ……僕の方がずっとずっと長く、ラルスのことが好きなんだよ! 僕の方が、片想い歴は長いんだからね……ばかっ」
なぜだか涙があとからあとから滑り降りてきて、頭が熱い。
「嬉しいです、フローリアン様」
一歩、近づいてくるラルス。その手が視界に入り、涙を拭いてくれるのかと思ったその時。
ラルスは唇でフローリアンの涙にキスをした。
「わ、わぁ!」
「え、だめでした?」
「だめ、じゃ、ないけど……び、びっくりして……」
「フローリアン様が嫌がることは絶対にしませんから。遠慮せず言ってくださいね」
「う、うん、ありがと……」
そういうと、もう一度涙にキスをされた。
右を流れる涙に。左を流れる涙に。そしてそのまま降下していき……
「ん、んっ」
唇に、キスされた。
(ラルスが、知らない男の人みたいだ)
キスを受けながら、そんなことを思った。
これを望んだのはフローリアンの方で、まだまだ今からだというのに、すでに心臓は爆発しそうになっている。
少し離れたラルスは嬉しそうににっこり笑っていて、フローリアンは赤くなっているであろう顔で睨みつけた。
「ラルス……、僕、初めてなんだからね!」
「わかってます」
「なんかもう……は、恥ずかしくて……」
「恥ずかしがってるフローリアン様、めちゃくちゃかわいいですよ」
いつものような明るい声ではなく、しっとりとささやくように言われると、身体中に痺れが走り抜けていく。
「ば、ばか……」
「フローリアン様のすべてを、俺に見せてください」
「も、もう……っ」
いつもの明るいラルスとは違いすぎて、どうにもむず痒い。ラルスはすでに上半身裸で、火照る体を感じ取ってしまう。
ぎゅっと抱き寄せられたかと思うと、フローリアンはそのままベッドに押し倒された。
見上げると、ラルスの顔は真剣そのもので。今すぐにラルスがほしいような、それでいて時間が止まってほしいような、変な気分になってしまう。
ラルスはゆっくりと覆い被さってくると、ちゅっと音を立ててまた優しくキスをしてくれた。
「ラルス……」
「なんですか、フローリアン様」
ラルスが呼んだのは、男の、名前。
「僕……本当はね、フローラティーネって名付けられるはずだったんだ……」
「フローラティーネ……」
本来ならそうつけられたであろう名前をラルスは呟き、その長い指がフローリアンの髪を梳く。
「フローラ……似合ってます。さわやかで優しくてかわいいフローラにぴったりです」
「ん……うん、フローラって呼んで……僕のこと……二人っきりのときは、フローラって呼んで!」
「フローラ……フローラッ!」
ラルスは何度も女の名前を呼びながら、息荒くフローリアンの唇を奪い続ける。
「ラルス……ん、ラルス、すき……だいすき……っ」
「フローラ……俺も、愛してます」
二人は互いの名前を呼び、抱きしめ合いながら甘い夜を過ごした。
本当は断ってほしくなどない。その腕に抱かれ、ラルスの子をこのお腹に宿したい。
けれど、王という立場を盾にしたり、女という秘密を知ったのだからと脅すのは違う。
ラルスが、ラルスの意思で決めてほしいと、フローリアンは決断を委ねた。
「王……」
なにを言われるのかと身構える。ラルスなら……と期待すると後がつらいかもしれず、フローリアンは断られる覚悟を決めた、その時。
「それ、わがままじゃないですから!」
ラルスの口から飛び出してきたのは、そんな言葉。
フローリアンがポカンと彼を見上げると、ラルスは少し怒ったように言った。
「王、わがままっていうのは、人のことなんかお構いなしに、自分のことだけを考えて行動することですよ! 俺に配慮してる時点で、それはもうわがままじゃないですから!」
「え、そう、かな……だって僕、ラルスにかなり無理を言ってると思うよ?」
「そのことに関して、俺が気になってるのは一点だけです」
なんだろうとフローリアンは首を傾げる。ちゃんと説明できたつもりだし、なにかを言い漏らした覚えはない。
「王は、どうしてその役目を俺に与えようと思ったんですか?」
「どうしてって……」
予想外の質問に、どう言葉を紡ごうと考えていると、一瞬だけラルスは瞳を暗くする。
「俺がフローリアン様を好きだと言ったから、その気持ちを利用しようと思ったんですか」
「ち、違う!」
慌てて否定すると、ラルスはそっと目を細めた。
「以前、王のためならこの身を捧げる覚悟だと俺が言ったのを、覚えてますか?」
「覚えてるよ、でも違うんだ! ラルスを利用するつもりは、これっぽっちも……!」
「フローリアン様」
言い訳しようとしていると、ラルスがピシャリと言葉を挟んでくる。
「俺は、こういう形でもフローリアン様を抱けるのは、嬉しいんですよ」
「ラ、ルス……」
「けど、王族の血を残すためだけに俺に抱かれる決意をしたというなら、あまりに王がかわいそうだ」
ラルスは、やはり優しい。
己の欲望のままに行動することなく、いつもこうしてフローリアンの気持ちを優先して考えてくれている。
嬉しいような、心が温まるようでいてギュッと締め付けられるような。人を思いすぎるラルスがどこか憐れにも思えて、名のつかぬ感情を前にぽろりと涙が溢れそうになる。
「王?」
「ごめん……僕は、大事なことを言ってなかったね……」
フローリアンが不安になったのと同じように、ラルスだって不安になっていて当然だ。
人の機微に聡い男だから、言わなくてもわかる……なんて思ってはいけなかった。
「僕は……僕は、ラルスが好きなんだ……抱かれるなら、ラルスじゃないといやだったんだ……!」
「フローリアン様……」
「きっと、出会った時から好きだったんだ……僕の方がずっとずっと長く、ラルスのことが好きなんだよ! 僕の方が、片想い歴は長いんだからね……ばかっ」
なぜだか涙があとからあとから滑り降りてきて、頭が熱い。
「嬉しいです、フローリアン様」
一歩、近づいてくるラルス。その手が視界に入り、涙を拭いてくれるのかと思ったその時。
ラルスは唇でフローリアンの涙にキスをした。
「わ、わぁ!」
「え、だめでした?」
「だめ、じゃ、ないけど……び、びっくりして……」
「フローリアン様が嫌がることは絶対にしませんから。遠慮せず言ってくださいね」
「う、うん、ありがと……」
そういうと、もう一度涙にキスをされた。
右を流れる涙に。左を流れる涙に。そしてそのまま降下していき……
「ん、んっ」
唇に、キスされた。
(ラルスが、知らない男の人みたいだ)
キスを受けながら、そんなことを思った。
これを望んだのはフローリアンの方で、まだまだ今からだというのに、すでに心臓は爆発しそうになっている。
少し離れたラルスは嬉しそうににっこり笑っていて、フローリアンは赤くなっているであろう顔で睨みつけた。
「ラルス……、僕、初めてなんだからね!」
「わかってます」
「なんかもう……は、恥ずかしくて……」
「恥ずかしがってるフローリアン様、めちゃくちゃかわいいですよ」
いつものような明るい声ではなく、しっとりとささやくように言われると、身体中に痺れが走り抜けていく。
「ば、ばか……」
「フローリアン様のすべてを、俺に見せてください」
「も、もう……っ」
いつもの明るいラルスとは違いすぎて、どうにもむず痒い。ラルスはすでに上半身裸で、火照る体を感じ取ってしまう。
ぎゅっと抱き寄せられたかと思うと、フローリアンはそのままベッドに押し倒された。
見上げると、ラルスの顔は真剣そのもので。今すぐにラルスがほしいような、それでいて時間が止まってほしいような、変な気分になってしまう。
ラルスはゆっくりと覆い被さってくると、ちゅっと音を立ててまた優しくキスをしてくれた。
「ラルス……」
「なんですか、フローリアン様」
ラルスが呼んだのは、男の、名前。
「僕……本当はね、フローラティーネって名付けられるはずだったんだ……」
「フローラティーネ……」
本来ならそうつけられたであろう名前をラルスは呟き、その長い指がフローリアンの髪を梳く。
「フローラ……似合ってます。さわやかで優しくてかわいいフローラにぴったりです」
「ん……うん、フローラって呼んで……僕のこと……二人っきりのときは、フローラって呼んで!」
「フローラ……フローラッ!」
ラルスは何度も女の名前を呼びながら、息荒くフローリアンの唇を奪い続ける。
「ラルス……ん、ラルス、すき……だいすき……っ」
「フローラ……俺も、愛してます」
二人は互いの名前を呼び、抱きしめ合いながら甘い夜を過ごした。
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