男装王子の秘密の結婚 〜王子として育てられた娘と護衛騎士の、恋の行方〜

長岡更紗

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フロー編③

41.ふたりっきりの夜

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 フローリアンとツェツィーリアの婚姻の日が決まってしまった。
 今まで逃げて逃げて遠ざけていたが、これ以上の引き伸ばしは家臣の不審を買うことになる。
 結局はツェツィーリアに説得される形で婚姻の儀を進めることになってしまった。

 ツェツィーリアは、相変わらず気丈に振る舞っている。
 けれど、片時も離そうとしないアパタイトのネックレスを見ればわかった。ずっとずっと、イグナーツだけに想いを寄せていることくらいは。

 フローリアンは自室から続くバルコニーの扉を開いた。すでに外は暗く、ホーホーという鳥の声が聞こえてくる。

「王、夜に外に出るのは控えてください。危険です」

 毎日夜遅くまで勤務しているラルスが嗜めてくる。

「外って、ただのバルコニーだよ」
「それでもですよ」
「じゃあラルスが隣に来て、僕を守ってよ」

 そう命令すると、ラルスは静かにフローリアンの隣にやってきた。月を探すように空を見上げたラルスは、「今日は新月か」と一言呟き、いつもよりも輝きを増した星々を見ている。

「星がよく見えて、綺麗ですね」
「そうだね……思えば、こうやって夜空を見上げることって、あまりなかった気がするよ」
「王は、基本的に夜は外に出ることがありませんしね」

 逆にラルスは毎日のように夜空を見ているのだろう。
 朝から晩まで護衛騎士として働いて、このあと家に帰るのだから。

「ねぇ、ラルス。僕がまた星空を見る時は、こうして隣にいてくれる?」
「もちろん。いつでもおそばにいますから!」

 この言葉は、護衛騎士だから言ってくれているだけだ。ラルスはただ、王の命令を断れないだけ。わかっているのに、つい聞いてしまいたくなる。
 もうツェツィーリアとの結婚が、三日後に迫っている。
 結婚後はツェツィーリアと同室になり、こうやってラルスと二人っきりの夜を過ごすことは、減ってしまうだろう。そう思うとフローリアンは無性に寂しくなった。
 ラルスの退勤の時間はとうに過ぎている。いつの頃からか、ラルスはフローリアンが帰りを促すまで、一緒にいてくれるようになっていた。
 今日も部屋に戻ったらちゃんと言うつもりだった。『もう帰っていいよ』と。

「体、冷えちゃいますよ。中に戻りましょう」

 背中にラルスの大きな手が当てられて、部屋の中に促される。
 扉がパタンと閉められて、カタカタとガラスの揺れる音が聞こえた。
 ラルスは待っているはずだ。帰りの許可が出るのを。

 なにも言わなかったら、どうなるんだろう?

 ふと沸き起こる、好奇心にも似た感情。
 そして、今日はなんだか離れがたい気持ちになってしまっている。

「王? まだなにか用事はあります?」
「いや、えーっと……」

 ここで『ない』といえば、さすがのラルスも帰ってしまう。
 そう思うと、フローリアンは無意識にラルスの袖を握っていた。

「……フローリアン様?」
「まだ帰らないでよ」

 言ってしまってからハッとする。心の声がだだ漏れ過ぎていて、かぁっと顔が熱くなった。

「あ、ごめ……なにを言ってるんだろうね、僕は……ラルスは一日中働いて疲れてるっていうのに……」
「じゃあ、ここからは勤務時間外ってことで一緒にいさせてください!」

 なんでもないことのように提案してくれたラルスは、相変わらずにこにこと笑っている。

「い、いいのか?」
「いいですよ。俺も護衛騎士としてではなく、一人の男としてフローリアン様と話してみたかったですし!」
「え、いつもラルスは公私混同してないか?」
「そんなことないですよー! これでもちゃんと分けてますから!」

 やっぱりいつもと変わらぬラルスに、くすくすと笑ってみせる。彼は少し怒っていた顔を綻ばせると、一緒にあははと口を開けて笑った。

「でも、どうしたんですか? 王がこんなこと言うなんて、初めてですよね」
「そうだね……ツェツィーとの結婚が迫っているからかな。こうしてラルスと二人っきりで過ごす夜は、もうないかもしれないと思うと……」

 言いながら、またも顔が熱くなってきた。今の発言は、変にとられなかっただろうかと気になってくる。
 ふとラルスを見ると、優しく微笑んでいたはずが、真顔に変わっていた。

「王……俺になにか伝えておきたいことはありませんか」
「え?」

 伝えておきたいこと。
 それはいろいろある。
 本当は女だということ、王になんてなりたくなかったこと、ツェツィーリアにはイグナーツと結ばれてほしいこと……そして自分の好きな人はラルスで、一生そばにいてほしいこと。

(言えるわけ、ないじゃないか──)

 フローリアンは自重すると、にっこりとラルスに顔を向けた。

「別に、なにもないよ」
「王が無理して笑っている時の顔、すぐわかるんですよ俺」

 ドキッと心臓が鳴り、慌ててラルスから顔をそらす。

「俺に、話してくれませんか」

 話す。ラルスに。
 フローリアンはゆっくりとラルスに目を戻した。
 ラルスの澄んだ瞳は信用できる。本当は女だったといっても、きっと彼は受け入れてくれる。
 しかし、恋愛対象として見ているとなるとどうだろうか?
 弟のようにしか見えていない相手に、告白されても困るだけだ。しかも三日後には、ツェツィーリアを王妃に迎えなければいけない立場である。
 優しいラルスは、きっと真実を知ることで苦悩するだろう。本当は女のフローリアンが、ラルスに気持ちを残したまま、同性であるツェツィーリアと婚姻を結ばなければいけないことに。

(ラルスにまで、そんな思いをさせるわけにはいかないよね……)

 こんな思いをする必要はない。こんなにつらい思いをするのは、自分だけで十分なのだから。
 フローリアンは溢れ出しそうになる想いを、ごくりと喉の奥に飲み込んだ。

「ラルスに話すようなことは、なんにもないよ」
「本当ですか」
「うん、本当」

 ほんの少し傷ついたようなラルスの顔を見ると、胸が痛む。

「それでもいつか……話せる時がきたら、話してください。俺は、王の……フローリアン様の力になりたいんです!」

 ラルスのその気持ちが嬉しい。飲み込んだ想いのかわりに、涙が溢れてくる。

「ばか、やめてよ……僕、涙もろいんだから……」
「知ってます。そんなフローリアン様も……すきですよ」

 溢れる涙を手で拭ってくれるラルス。
 この時間が永遠に続けばいいのに……とフローリアンは願いながら、ラルスの温かい手を見ていた。
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