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フローリアン編①
26.現実
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フローリアンが二十歳を迎えたあたりから、周囲からツェツィーリアとの結婚はいつなのかと急かされるようになってきた。
その度に『陛下を差し置いて結婚などできない』『ベルガー地方の創生が軌道に乗るまで』とさまざまな理由をつけ、延ばし続けて二年。現在は二十二歳になっている。
有名な音楽家になると豪語していたイグナーツは、王都ではかなりその名を知られるようになっていた。
一度、話をしなければならないとは思っているが、今は実績を積んで信用を得たいところなのだ。案件をいくつも抱えているので、イグナーツと会っている暇もなく日々が過ぎている。
護衛騎士のラルスは、今も変わらずフローリアンのそばにいた。
「王子、陛下から重要な話があるということで、今すぐ先王陛下の部屋に来てほしいそうです」
護衛になりたての二十歳の頃よりも、キビキビとして男らしくなったラルス。いつか彼のことを諦められるだろうと思いながら、気持ちは変わらず続いている。
ラルスは現在二十七歳。なんの報告もないので、まだ結婚はしていないようだ。
付き合っていた恋人とどうなっているのかは、怖くて聞くこともできていなかった。
先王である父親の部屋への呼び出されたフローリアンは、言われた通りに移動する。
先代の王ラウレンツは現在、体調がすぐれず、部屋で寝たきりである。王の間ではなく、父の部屋ということは、家族全員が聞かなければいけないということだ。
結婚の催促ならわざわざ家族ですることもないはずで、なんだか嫌な予感がした。
部屋に入ると、すでに父、母、兄が揃っている。
「兄さま、どうなさったのですか? 大事な話とは……」
フローリアンが兄に目を向けると、ディートフリートはにっこり笑った後、両親の方に顔を向けた。
「私の元婚約者であるユリアーナが、国境沿いのエルベスという町で見つかりました」
元婚約者、ユリアーナ。
フローリアンも名前だけは知っている。彼女の父親ホルストが不正を働いたために婚約破棄となり、王都を追放された元侯爵令嬢だと。
ディートフリートやシャインらはウッツ・コルベを投獄したものの、ホルストの不正がウッツによる画策だったとは証明できなかった。だからもう、ユリアーナのことは諦めたのだと思っていたが。
「ユリアーナが……? 元気にしていたの?!」
エルネスティーネが歓喜の声をあげていて、フローリアンは呆然とした。
とっくに縁が切れたはずの娘を、どうして気にしているのか、理解ができない。
「うん、元気だったよ」
「そう……良かったわ……」
この二十年間、気丈に振る舞っていたエルネスティーネが鼻を鳴らした。涙こそ見せていないものの、フローリアンの胸にズンとなにかがのしかかる。
「ディート……まさか、ユリアーナを王妃に迎えたいと言うのではないだろうな……」
ラウレンツの言葉にフローリアンは目を見開いた。
先ほどから展開についていけないが、もしユリアーナという女性が王妃となるなら、フローリアンとツェツィーリアはお役御免になるはずだ。
やった、と一瞬心で叫ぶも、彼女の父親の汚名は晴れていない。どうするつもりかと疑問を浮かばせた瞬間、ディートフリートは口を開いた。
「私は王位をフローに譲って王族を離脱し、一般人としてユリアを娶りたいと思っています」
予想外の兄の言葉に、フローリアンは思わず大きな口を開ける。
「はぁあああ?! 兄さま?!」
冗談じゃない、という言葉は、かろうじて飲み込んだ。
婚姻の話ではなく、まさかの王位継承が言い渡されて、頭は一瞬にして掻き乱される。
フローリアンの混乱をよそに、母エルネスティーネは『やっぱり』と言いたげな顔をし、父ラウレンツはベッドの上でクックと笑っていた。
「な、なにを笑っていらっしゃるのですか、父さま! 兄さまを止めてください!」
フローリアンの言葉を聞いても、父の笑い声は止まらない。
「ははは、いつかそう言うのだろうとは思っていたがな。お前が弟を作れと言った時から、覚悟はしていたよ」
「ふふ、そうですね」
ついていけない。どうしてこんなことになっているのか、まったく理解できない。
そして、今すぐにでも王族を離脱を望むという兄に、父は言葉を放った。
「お前の気持ちはよくわかった。だが王族を離脱するのは、次の王になるものを説得してからにせよ。わしからはそれだけだ」
実質の先王からの承諾。ディートフリートの視線はフローリアンに移される。
「フロー」
「待ってください、兄さま! 僕はまだ二十二歳ですよ?! まだまだ、王の器ではありません!」
フローリアンは必死になってそう言い訳した。
結婚はともかく、王になるのはまだ先だと思っていたのだ。急に言われて決心がつくわけもない。
「フロー、頼むよ……お前しか、王になる者はいないんだ」
「無理です! 僕は若輩者で、まだ力も人脈も勉強も足りない! 兄さまのような国家政策ができようはずもないではないですか!」
「大丈夫。フローなら、私以上に素晴らしい国を作ってくれる。最近の政策は目覚ましいものがあるよ」
それは、いつか女性の権利保護政策を実現させるために頑張っていたものだ。
ディートフリートが誰かと結婚し、女の子が生まれた時のためにと。
その兄が王族を離脱するなんて考えてもしておらず、まさに青天の霹靂だった。
「無茶を言わないでください……っいきなり言われて、はいそうですかと気軽に受け入れられる案件ではありませんよ!」
「私は昔から、王になる自覚を持つよう伝えていたつもりだけどな」
「それがこんなに早くなるとは聞いていないです……っ」
兄のディートフリートは、現在四十歳。もう何年も前から賢王と呼ばれるほどの手腕を持っている。まだまだこれから六十歳でも、なんなら七十歳まででも王に君臨できる器であるというのに。
(どうして僕が王になんか……! 僕は、女なのに……!)
怒りと悲しみが入り混じり、目からじわりと涙が滲んだ。
「とにかく、僕はまだ王になんてなりませんから!!」
「あ、フロー!」
今まで頑張っていたこと、すべてが無駄になったように感じて。
フローリアンは兄の止める言葉も聞かず、その場を後にした。
その度に『陛下を差し置いて結婚などできない』『ベルガー地方の創生が軌道に乗るまで』とさまざまな理由をつけ、延ばし続けて二年。現在は二十二歳になっている。
有名な音楽家になると豪語していたイグナーツは、王都ではかなりその名を知られるようになっていた。
一度、話をしなければならないとは思っているが、今は実績を積んで信用を得たいところなのだ。案件をいくつも抱えているので、イグナーツと会っている暇もなく日々が過ぎている。
護衛騎士のラルスは、今も変わらずフローリアンのそばにいた。
「王子、陛下から重要な話があるということで、今すぐ先王陛下の部屋に来てほしいそうです」
護衛になりたての二十歳の頃よりも、キビキビとして男らしくなったラルス。いつか彼のことを諦められるだろうと思いながら、気持ちは変わらず続いている。
ラルスは現在二十七歳。なんの報告もないので、まだ結婚はしていないようだ。
付き合っていた恋人とどうなっているのかは、怖くて聞くこともできていなかった。
先王である父親の部屋への呼び出されたフローリアンは、言われた通りに移動する。
先代の王ラウレンツは現在、体調がすぐれず、部屋で寝たきりである。王の間ではなく、父の部屋ということは、家族全員が聞かなければいけないということだ。
結婚の催促ならわざわざ家族ですることもないはずで、なんだか嫌な予感がした。
部屋に入ると、すでに父、母、兄が揃っている。
「兄さま、どうなさったのですか? 大事な話とは……」
フローリアンが兄に目を向けると、ディートフリートはにっこり笑った後、両親の方に顔を向けた。
「私の元婚約者であるユリアーナが、国境沿いのエルベスという町で見つかりました」
元婚約者、ユリアーナ。
フローリアンも名前だけは知っている。彼女の父親ホルストが不正を働いたために婚約破棄となり、王都を追放された元侯爵令嬢だと。
ディートフリートやシャインらはウッツ・コルベを投獄したものの、ホルストの不正がウッツによる画策だったとは証明できなかった。だからもう、ユリアーナのことは諦めたのだと思っていたが。
「ユリアーナが……? 元気にしていたの?!」
エルネスティーネが歓喜の声をあげていて、フローリアンは呆然とした。
とっくに縁が切れたはずの娘を、どうして気にしているのか、理解ができない。
「うん、元気だったよ」
「そう……良かったわ……」
この二十年間、気丈に振る舞っていたエルネスティーネが鼻を鳴らした。涙こそ見せていないものの、フローリアンの胸にズンとなにかがのしかかる。
「ディート……まさか、ユリアーナを王妃に迎えたいと言うのではないだろうな……」
ラウレンツの言葉にフローリアンは目を見開いた。
先ほどから展開についていけないが、もしユリアーナという女性が王妃となるなら、フローリアンとツェツィーリアはお役御免になるはずだ。
やった、と一瞬心で叫ぶも、彼女の父親の汚名は晴れていない。どうするつもりかと疑問を浮かばせた瞬間、ディートフリートは口を開いた。
「私は王位をフローに譲って王族を離脱し、一般人としてユリアを娶りたいと思っています」
予想外の兄の言葉に、フローリアンは思わず大きな口を開ける。
「はぁあああ?! 兄さま?!」
冗談じゃない、という言葉は、かろうじて飲み込んだ。
婚姻の話ではなく、まさかの王位継承が言い渡されて、頭は一瞬にして掻き乱される。
フローリアンの混乱をよそに、母エルネスティーネは『やっぱり』と言いたげな顔をし、父ラウレンツはベッドの上でクックと笑っていた。
「な、なにを笑っていらっしゃるのですか、父さま! 兄さまを止めてください!」
フローリアンの言葉を聞いても、父の笑い声は止まらない。
「ははは、いつかそう言うのだろうとは思っていたがな。お前が弟を作れと言った時から、覚悟はしていたよ」
「ふふ、そうですね」
ついていけない。どうしてこんなことになっているのか、まったく理解できない。
そして、今すぐにでも王族を離脱を望むという兄に、父は言葉を放った。
「お前の気持ちはよくわかった。だが王族を離脱するのは、次の王になるものを説得してからにせよ。わしからはそれだけだ」
実質の先王からの承諾。ディートフリートの視線はフローリアンに移される。
「フロー」
「待ってください、兄さま! 僕はまだ二十二歳ですよ?! まだまだ、王の器ではありません!」
フローリアンは必死になってそう言い訳した。
結婚はともかく、王になるのはまだ先だと思っていたのだ。急に言われて決心がつくわけもない。
「フロー、頼むよ……お前しか、王になる者はいないんだ」
「無理です! 僕は若輩者で、まだ力も人脈も勉強も足りない! 兄さまのような国家政策ができようはずもないではないですか!」
「大丈夫。フローなら、私以上に素晴らしい国を作ってくれる。最近の政策は目覚ましいものがあるよ」
それは、いつか女性の権利保護政策を実現させるために頑張っていたものだ。
ディートフリートが誰かと結婚し、女の子が生まれた時のためにと。
その兄が王族を離脱するなんて考えてもしておらず、まさに青天の霹靂だった。
「無茶を言わないでください……っいきなり言われて、はいそうですかと気軽に受け入れられる案件ではありませんよ!」
「私は昔から、王になる自覚を持つよう伝えていたつもりだけどな」
「それがこんなに早くなるとは聞いていないです……っ」
兄のディートフリートは、現在四十歳。もう何年も前から賢王と呼ばれるほどの手腕を持っている。まだまだこれから六十歳でも、なんなら七十歳まででも王に君臨できる器であるというのに。
(どうして僕が王になんか……! 僕は、女なのに……!)
怒りと悲しみが入り混じり、目からじわりと涙が滲んだ。
「とにかく、僕はまだ王になんてなりませんから!!」
「あ、フロー!」
今まで頑張っていたこと、すべてが無駄になったように感じて。
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