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フローリアン編①
22.捕縛
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一日十数分程度のものだが、ほぼ毎日、フローリアンはラルスに本を読んでいた。
読み終えた後、続きはどうなるんだろうとラルスと二人で話し合うのも楽しい。
しかしこの日は、数ページ読み終えた後に出てきた感情は虚しさであった。
「王子?」
いつものように笑顔にならなかったことを不思議に思ったのか、ラルスが首を捻っている。
フローリアンは本に栞を挟んで閉じると、ぽそりとつぶやいた。
「毎日これだけしか読めないなら、自分で読んでも大丈夫だよね。なにやってるのかな、僕は」
ラルスが喜んでくれると思って、ラルスのためにやっていると、そう思っていた。
けれど実際は毎日数ページ読む程度なら、ラルスは自分で読んでも負担にはならないはずである。
(僕のやってることは、所詮自己満足か……それどころか、僕がラルスに良い人だって思われたくてやってたところもある。最低だなぁ、僕は……)
利己的な自分に嫌気が差して自嘲すると、目の前で座っていたラルスは真っ直ぐ言葉を放った。
「ありがたいですよ、こうして読んでくれるの!」
「……本当?」
気を遣わせたのかもしれないと思ったが、ラルスはいつもの裏表のない笑顔で笑っている。
「もちろん! 王子は読むのが上手いし、自分で読む百倍は面白いですから。それに、読み終えた後すぐに感想を言い合えるのは最高ですね」
「うん! 僕もなんだ! 僕も、ラルスと感想を言い合ったり、次の予想を立てたりするの、すごく楽しい!」
「ですよね!」
ラルスの喜んでくれている顔を見ると、間違いではなかったのだとほっとする。
同じ気持ちだというだけで、心を明るく照らされたように幸せな気分になった。
「だから、これからも読んでくれると嬉しいです」
「あは! わかった、読むよ!」
ラルスとの共有の時間が増えていく。
護衛騎士になって二年以上経つが、新しい護衛騎士に変えられる様子はない。
おそらく、それだけエルネスティーネも、王であるディートフリートも、そしてシャインもラルスのことを信用しているのだろう。
(このままずっと、ラルスが護衛騎士だったらいいな……ううん、変えるって言われたら、僕もちゃんと抗議するんだ)
不純な動機ではあるが、もうラルスの以外の護衛騎士など考えられなくなっていた。
王である兄のディートフリートも、ルーゼンとシャインをずっと護衛騎士にしているのだし、無理なことではないはずだ。
そんなことを考えていると、ふとシャインの動向が気にかかった。
「そういえば、シャインの姿を最近見ないね」
シャインは仕事の合間に、フローリアンを気に掛けてくれる男だ。しかし最近は、さっぱり姿を見せていない。
「忙しい方ですからねー。騎士の詰め所で会っても、いつも過去の資料を読み漁ってますよ」
「ルーゼンも?」
「ルーゼン殿は、ほとんど詰め所にいないですね。外を走り回ってばかりいる印象ですけど、お二人ともなにを調べてるんでしょうね」
なにを、と言われて思いつくのは、シャインが話してくれたホルストの話である。
ディートフリートの元婚約者の父親は、国庫金を使ったり敵国に機密を漏らしたりしていた、ということになっている。しかしそれを濡れ衣だと彼らは思っているので、日々奔走しているのだろう。
「王子はなにか知ってるんですか?」
「ああ、うん。一度シャインに聞いたことがあって、実は──」
話しかけた瞬間、にわかに部屋の外の様子が騒がしくなった。
「やめろ! 私は侍従長だぞ!」
「諦めな! 証拠は上がってんだ!」
「暴れるだけ不利になりますよ。大人しくする方が身のためです。痛い思いをしたくはないでしょう」
そんな声が聞こえて来て、フローリアンはラルスと目を合わせる。
「ルーゼンとシャインの声だったね。なにがあったんだろう」
「気になるなら、聞いてきますが」
「うん、お願いするよ」
「王子は部屋から出ないでくださいね」
「わかってる」
そうしてラルスが得たのは、ウッツ・コルベが捕まったという情報だった。
伯爵であるウッツ・コルベは、国庫金を私的流用していたらしい。
それをルーゼンとシャイン、それにディートフリートが調べ上げ、捕縛に至ったとのことだった。
(兄さまたちはずっとウッツを疑ってたようだったし、これでホルストの件も無実だってわかるかな)
フローリアンはそう思っていた。
しかしその後の調べでも、ウッツの私的流用が確認されたのは五年前までで、それより昔の証拠は出てこなかったようだった。
もちろんウッツは昔のことがなくとも罪を犯したことには変わりない。当然投獄され、家督も剥奪されたのだった。
ディートフリートは、いつも前向きで穏やかで、力強さを兼ね備えた人物だ。
その兄が、歯を食いしばって悲しく顔を歪めている。
「っく……! 確たる証拠がなければ、もうどうしようもない……っ」
遠目であったが、絶望するように頭を抱えている姿を、フローリアンは生まれて初めて見た。
悔しがるディートフリートを、ルーゼンとシャインは慰めていたようだった。
ラルス曰く、シャインも悔しがっていたらしい。フローリアンの目にはいつもと変わらないように見えたが、人の機微に聡いラルスにはわかるのだろう。
(なんにせよ、ホルストの嫌疑は晴れないままだ。さすがの兄さまもユリアーナのことを諦めるしかないんだろうな……)
兄の気持ちを考えると、心が痛い。
しかしユリアーナを諦められたとして、婚約者候補のゲルダは犯罪者の娘だ。ディートフリートの婚約者候補は今のところ他にはいない。
(諦めて、誰か良い人と結婚してくれたらいいのに。兄さまに男の子ができれば、僕は王にならなくてすむ)
そう願っていたフローリアンだが、ウッツが投獄された日を境に、ますます忙しくなっていくのだった。
読み終えた後、続きはどうなるんだろうとラルスと二人で話し合うのも楽しい。
しかしこの日は、数ページ読み終えた後に出てきた感情は虚しさであった。
「王子?」
いつものように笑顔にならなかったことを不思議に思ったのか、ラルスが首を捻っている。
フローリアンは本に栞を挟んで閉じると、ぽそりとつぶやいた。
「毎日これだけしか読めないなら、自分で読んでも大丈夫だよね。なにやってるのかな、僕は」
ラルスが喜んでくれると思って、ラルスのためにやっていると、そう思っていた。
けれど実際は毎日数ページ読む程度なら、ラルスは自分で読んでも負担にはならないはずである。
(僕のやってることは、所詮自己満足か……それどころか、僕がラルスに良い人だって思われたくてやってたところもある。最低だなぁ、僕は……)
利己的な自分に嫌気が差して自嘲すると、目の前で座っていたラルスは真っ直ぐ言葉を放った。
「ありがたいですよ、こうして読んでくれるの!」
「……本当?」
気を遣わせたのかもしれないと思ったが、ラルスはいつもの裏表のない笑顔で笑っている。
「もちろん! 王子は読むのが上手いし、自分で読む百倍は面白いですから。それに、読み終えた後すぐに感想を言い合えるのは最高ですね」
「うん! 僕もなんだ! 僕も、ラルスと感想を言い合ったり、次の予想を立てたりするの、すごく楽しい!」
「ですよね!」
ラルスの喜んでくれている顔を見ると、間違いではなかったのだとほっとする。
同じ気持ちだというだけで、心を明るく照らされたように幸せな気分になった。
「だから、これからも読んでくれると嬉しいです」
「あは! わかった、読むよ!」
ラルスとの共有の時間が増えていく。
護衛騎士になって二年以上経つが、新しい護衛騎士に変えられる様子はない。
おそらく、それだけエルネスティーネも、王であるディートフリートも、そしてシャインもラルスのことを信用しているのだろう。
(このままずっと、ラルスが護衛騎士だったらいいな……ううん、変えるって言われたら、僕もちゃんと抗議するんだ)
不純な動機ではあるが、もうラルスの以外の護衛騎士など考えられなくなっていた。
王である兄のディートフリートも、ルーゼンとシャインをずっと護衛騎士にしているのだし、無理なことではないはずだ。
そんなことを考えていると、ふとシャインの動向が気にかかった。
「そういえば、シャインの姿を最近見ないね」
シャインは仕事の合間に、フローリアンを気に掛けてくれる男だ。しかし最近は、さっぱり姿を見せていない。
「忙しい方ですからねー。騎士の詰め所で会っても、いつも過去の資料を読み漁ってますよ」
「ルーゼンも?」
「ルーゼン殿は、ほとんど詰め所にいないですね。外を走り回ってばかりいる印象ですけど、お二人ともなにを調べてるんでしょうね」
なにを、と言われて思いつくのは、シャインが話してくれたホルストの話である。
ディートフリートの元婚約者の父親は、国庫金を使ったり敵国に機密を漏らしたりしていた、ということになっている。しかしそれを濡れ衣だと彼らは思っているので、日々奔走しているのだろう。
「王子はなにか知ってるんですか?」
「ああ、うん。一度シャインに聞いたことがあって、実は──」
話しかけた瞬間、にわかに部屋の外の様子が騒がしくなった。
「やめろ! 私は侍従長だぞ!」
「諦めな! 証拠は上がってんだ!」
「暴れるだけ不利になりますよ。大人しくする方が身のためです。痛い思いをしたくはないでしょう」
そんな声が聞こえて来て、フローリアンはラルスと目を合わせる。
「ルーゼンとシャインの声だったね。なにがあったんだろう」
「気になるなら、聞いてきますが」
「うん、お願いするよ」
「王子は部屋から出ないでくださいね」
「わかってる」
そうしてラルスが得たのは、ウッツ・コルベが捕まったという情報だった。
伯爵であるウッツ・コルベは、国庫金を私的流用していたらしい。
それをルーゼンとシャイン、それにディートフリートが調べ上げ、捕縛に至ったとのことだった。
(兄さまたちはずっとウッツを疑ってたようだったし、これでホルストの件も無実だってわかるかな)
フローリアンはそう思っていた。
しかしその後の調べでも、ウッツの私的流用が確認されたのは五年前までで、それより昔の証拠は出てこなかったようだった。
もちろんウッツは昔のことがなくとも罪を犯したことには変わりない。当然投獄され、家督も剥奪されたのだった。
ディートフリートは、いつも前向きで穏やかで、力強さを兼ね備えた人物だ。
その兄が、歯を食いしばって悲しく顔を歪めている。
「っく……! 確たる証拠がなければ、もうどうしようもない……っ」
遠目であったが、絶望するように頭を抱えている姿を、フローリアンは生まれて初めて見た。
悔しがるディートフリートを、ルーゼンとシャインは慰めていたようだった。
ラルス曰く、シャインも悔しがっていたらしい。フローリアンの目にはいつもと変わらないように見えたが、人の機微に聡いラルスにはわかるのだろう。
(なんにせよ、ホルストの嫌疑は晴れないままだ。さすがの兄さまもユリアーナのことを諦めるしかないんだろうな……)
兄の気持ちを考えると、心が痛い。
しかしユリアーナを諦められたとして、婚約者候補のゲルダは犯罪者の娘だ。ディートフリートの婚約者候補は今のところ他にはいない。
(諦めて、誰か良い人と結婚してくれたらいいのに。兄さまに男の子ができれば、僕は王にならなくてすむ)
そう願っていたフローリアンだが、ウッツが投獄された日を境に、ますます忙しくなっていくのだった。
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